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2007年06月23日

ベランダガーデニング

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ベランダのバジルとミニトマト。先月買ってきてから、毎朝水を遣るためにえいやっと起きるようになった。コンパニオンプランツという相性があるらしく、この2つを隣に植えておくとお互いの生長によいようだ。

ベランダは東向きで開けているので、直射日光がかーっと当たる。バジルは芽を摘むと両脇からわしゃーっと新しい芽が生えてきて、もしゃもしゃと増えている。パスタに添えたり、野菜と食べたり、チキンと食べたりすると美味しい。トマトはわきから出た芽を摘むときに、誤って生長点も摘んでしまい、今年は3段のみ。その分実が甘くなることを期待。他の鉢ではシソも育てている。ちょっとしたガーデニングだけれど、毎日の生長が楽しみでいい気分転換。

2007年07月17日

公文俊平さんを囲む会

公文俊平先生が、国際大学GLOCOMを退任されたことから、先生を囲んでの集まりが持たれた。

前半は公文先生のこれまでを振り返る講演だった。特に印象的だったことを書いてみる。

学生時代の公文先生は、「宇野理論」に夢中になられ、これで全てが理解できる!と思われたそうだ。ところが、ある日突然、宇野理論が理解できなくなったという。今まで読めていたものが読めない。見えていたものが見えなくなるという経験を経て、その後ソ連研究を志された。講演の後、國領先生はこの件について質問し、「凡人なら、今まで見えていたものが見えなくなったら、それを『見なかったこと』にして辻褄を合わせようとしてしまうけれど、公文先生はどうしたのですか」と聞いた。その答えは、次を探す、というものだった。
この潔さ。
信じていたものが違うと分かったときのショックはあるけれど、という前置きがあったが、個人的なショックから視点をくもらすことなく、真実を追い求める姿勢を知り、衝撃を受けた。そこまで深く、進めるだろうか。

引退どころか、今も公文先生の視点は、新しい。Second Lifeにはとうに参加しておられるし、これから新たにシステム論の研究会すら始めるとのこと。若手も負けずに走ります。

2007年08月16日

山と海

お盆休みは山と海、よく学んでよく遊び、だった。

まずは國領先生の別荘にて、博士論文合宿。河口湖ICまでは猛暑だったが、別荘地に入るとぐんぐん涼しくなっていく。夕方1時間ほどの散歩をしたが、気持ちよいほどだったし、信じられないことに夜は寒いとすら感じられた。

現在の論文を読んでいただいて、大幅に要らない内容をカット。理論研究の軸もシンプルにした。涼しいせいか、みんな寝てしまった夜22時過ぎから、執筆がとても捗った。朝は5時起き。きーんとした空気の中で、普段より頭が冴えたのだろうか。論文の前半は相当に改稿し、このまま進めとのことになった。

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翌日は家族と海へ。ずっと運動不足だったこともあって、身体を思いっきり動かした。
日帰りできて、スノーケリングで魚が見えるところを探したところ、三浦半島の先っぽ、油壺の荒井浜海岸に行くことにした。横浜から京急線で1時間10分ほど、さらにバスで15分で到着。電車を使えば渋滞知らずだ。

朝10時に到着し、ちょうど干潮だった。水は澄んでいてソラスズメダイやカワハギなどがよく見える。スノーケリングは背中が焼けるので、Tシャツを着て泳いだ。存分に泳いだ後は、徒歩でホテル観潮荘で日帰り温泉。ホテルの隣でアジたたき定食を食べて、日没前に帰宅。思いっきりリフレッシュできた。

2007年08月23日

政策空間執筆者交流会

昨日23日、政策空間というオンラインジャーナルの第1回執筆者交流会を開催した。第3号から私も編集部に参加し(一時は副編集長もつとめさせていただきました)、気づいたら4年。45号を発行し、多くの方々に執筆いただいてきた。

原稿料なし、編集部は編集とPDF化、blog化して配信するのみ、という媒体にも関わらず、さまざまな立場からの投稿をいただいてきた。投稿はメールベースでいただいており、編集作業のほとんどもオンラインで実現している。それゆえに、執筆者の皆さんと編集部が実際にお会いできる機会をとても楽しみにしていた。

20名を超える参加者の方々。胸の名札を拝見しながら、「あの記事の方だ!」と、オフラインでの初対面にどきどきしてしまった。普段の投稿~編集のやりとりでは伺えないような、お仕事の話、政策に対する姿勢など、執筆者の方々の人となりを伺ううちに、あっという間に時間が過ぎていた。

2007年10月10日

夫婦別姓≠旧姓使用?

大学時代の仲間達と話している中で、「旧姓使用と夫婦別姓は違う気がする」と言われた。どうやら、事実婚=夫婦別姓だが、旧姓使用はそうではないということのようだ。

民法上、夫婦のどちらかが改姓しないと婚姻届は受け付けられないため、名字を変えたくないという夫婦は次の3つの方法を取るしかない。
一つには、婚姻届を出さない事実婚。「妻(未届)」の続柄を記載できたり、法律婚に準じた権利・義務が一部認められたりするものの、「籍が入ってないんでしょ?」という批判を受けやすい。その代わり、戸籍姓は変わらない。

二つには、上記で「別姓とは違う気がする」と指摘された、旧姓使用。そもそも1980年代に職場で旧姓を使えるように‥というところから、いわゆる夫婦別姓という言葉が生まれたという背景がある。ただし、純粋に便宜上旧姓、という場合には職場以外では旧姓を使わないので、ワーキングネームとそれ以外、という意識があるかもしれない。

三つには、戸籍姓を求められる度に書類上の離婚・再婚を繰り返すペーパー離再婚。元衆議院議員の水島広子さんがこの言葉を広めたように思う。

方法としてはこの3つに分類できるが、実はこの中でもさらに細かく分類できるのではないかと思う。
旧姓使用に関しても、 a) 仕事上のみ旧姓 b) 生活全般で旧姓 という区分けが考えられるだろう。また、a-1)仕事上戸籍姓を変えられない a-2)呼称のみ旧姓でかまわない ‥と言ったように分けられそうだ。例えば、企業の役員は通称を使うことができない。司法書士は事務署名を戸籍上のフルネームにしなければならず、呼称のみというわけにはいかないだろう。

仕事は旧姓、他は新姓、と割り切る人もいれば、仕事もプライベートも旧姓で暮らしたい(改姓したくない)が、やむをえず婚姻改姓、という人もいる。日常で旧姓を使い続ける苦労は相当なものだ。

きっと、仕事は旧姓、あとはこだわらないというのがスマートに見えるだろうし、周囲との軋轢も少ないのだろう。旧姓を使い続けようとすれば、「そこまでして?」と思われることもあるだろうし、「本当は新姓なのに?」ということもあるだろう。かといって、事実婚ならばさらに「そこまでするか!?」という抵抗感は強い。旧姓使用が浸透してきたゆえと思うが、却って「改姓したくない」という意識が異端視される気がしてならない。

2007年10月12日

相鉄・ほどがや能

相鉄・ほどがや能のチケットが当選したので行って来た。能も狂言も興味はあったのだが、敷居が高くて見に行ったことはない。幸い、大学からの帰り道の相鉄線沿線なので、今週は前もっていろいろ頑張って予定を空けた。

まずは横浜能楽堂館長の山崎有一朗さんのお話。70歳くらいの方と思いきや、「相鉄線は90周年と言いますが、私はその4年前に生まれまして‥94歳です」と!聴衆からはどよめき。しゃんと立っていらして、お話も大変よかった。初めてでも「早くみたい!」とわくわくさせるような話だった。

曰く、「理解しようとしない。美しさを感じてください」とのこと。踊りは縦方向、舞いは横方向だと言う。「立体的な絵を見ているものと思ってください」という一言に、リラックスできた。

舞囃子は「高砂」(岡本房雄)。足をどんと踏み鳴らす音と動き、太鼓との間合いが独特のリズムだった。続いて狂言「萩大名」(三宅右矩)。大笑いで楽しめた。休憩を挟んで、能「羽衣」(観世恭秀)。能面をつけた天人が入ってきたとき、舞台の美しさにはっとした。シテの衣装は鮮やかな橙、ワキの衣装は黄緑。動きはとてもゆるやかに始まったが、声と太鼓と笛の重なりが、美しい。何を言っているかを考えずに、ただ重なりを感じていた。天人が去っていくところは、すーっと横滑りのように歩き、名残惜しむようにふわっと回って消えていった。空中で旋回するかのようなやわらかさと軽さを感じた。

2時間は思ったより早く過ぎた。

2007年10月22日

研究者ネットワーク

今日はYahoo!知恵袋でお世話になった岡本真さんのご紹介で、三浦麻子先生にお目にかかった。博論でかなり読み込んだ一冊「インターネットにおける行動と心理―バーチャルと現実のはざまで」の翻訳者でもあり、CMCやウェブログ研究で有名な方である。Yahoo!知恵袋の利他的行動についての研究報告もあり、いつかお会いしたいと思っていた方だった。朝から落ち着かずにそわそわしてしまった。

そもそもは、岡本さんが知恵袋を扱っている研究者同士を繋いでくださるとのことで、今回も機会をいただいたのだ。こうした存在は、研究者にとっては大変にありがたい。

プロジェクタにブラウザを映し、人名が出るたびに検索して「この人だ」と話が続く。三浦先生が挙げるお名前は、不勉強ながら知らないお名前も少なくなかった。他にも、本は読んでいるのだけれど、お目にかかったことがない方の多いこと。何かとっかかりや紹介がない限り、飛び込みでご連絡するという障壁は高い。意外なことに、同じ題材を研究対象としていながらも、所属する人的ネットワークは全く違っていた。

興味のある事柄が次々と飛び出して、こんなこともしたいですね!という話が盛り上がってきた。博論が終わったら燃え尽きるかと思っていたが、次々と面白そうなことが出てくるので、早く次のフェーズに行きたいと思えるくらいだ。

お忙しい中時間を作ってくださった三浦先生、場所と機会を提供してくださった岡本さんに感謝。

2007年11月01日

訃報 itojunさん

訃報:萩野純一郎氏
http://www.wide.ad.jp/news/press/20071031-itojun-j.html

WIDEプロジェクトの先輩、itojunさんこと萩野純一郎さんが逝去された。
37歳、急な知らせが信じられなかった。

itojunさんには修論の折、「個人サイトを充実して作っている方」として取材に応じていただいたのが最初だった。お会いしたのは、去年カレーをカーナピーナに食べに行って以来だったかもしれない。一週間前にLinkedInでもつながって、itojunさんのネットワークの大きさに驚いたばかりだった。

技術から離れている私ですら、itojunさんの記憶はたくさん残っている。メールを送ったら、今でも返事が帰ってきそうな気がしている。

言葉が見つからない。

ご冥福をお祈りいたします。

2007年12月05日

ヘリの音がすごい

横浜市神奈川区上空が騒がしい。14時頃からずっとヘリが旋回していて、ホバリングしているものもある。音が相当に大きいのと、途切れないのとでだんだん不安になってしまった。事件か事故か?しかし、どこに問い合わせればよいのやら。

思い立って、横浜市コールセンターに電話し、今日の午後からヘリコプターの騒音が続いているとのことを伝えると、米軍機と民間機では連絡先が異なるのでまずは区役所に確認するとのこと。その結果、米軍機ではそのような予定はないとのことが分かり、環境創造局の番号を教えていただいた。

電話をかけ、「神奈川区上空のヘリの件で‥」と言いかけるや否や、電話を代わってくれた。問い合わせが相次いでいるらしい。調べたところ、なんと箱根駅伝のリハーサルだそうだ。ヘリを飛ばしている企業に対して、病人や住民から苦情が出ている旨は市から伝えたというが、強制力はないとのこと。

依然として音は続いていて、頭痛もしてきたのだが、まずは正体がわかってほっとした。得体の知れないヘリコプターの音は、おそろしい。せめて付近の住民に「この日にリハをやります」というアナウンスをしてほしいものだと思った。

それにしても、コールセンターを利用したのは初めてだったが対応のよさにびっくりだ。

2007年12月31日

データと記録で振り返る2007年

2007年、あっという間に一年が過ぎた感覚が強いが、振り返ってみると多くのことがあった。このブログ、mixiの日記、本を記録しているサイトなど、CGMは自分の記録の集積としても興味深い。

2007年に読んだ本は約150冊。
図書館で新刊を借りたり、自分で買ってきたりした本。読むたびにG-Toolsというサイトに登録してきた。1月から11月までで143冊。12月はまだ登録していないけれど、数冊読んだ。

2007年最もよく聴いた音楽は"ALFA and OMEGA"(∀GUNDAM ORIGINAL SOUND TRACK Ⅱ)。

2007年後半の平均起床時刻は‥

などと、自分に関する記録はたくさん溜まっているようだが、全てを自分に紐付けはじめるとやや恐ろしくなってしまう。

改めて。2007年の最大のニュースは、博士号取得だ。多くの方のご協力、そしてご支援があってこそ一区切りをつけることができたと実感している。恩返しすべく、ここで一旦定めた自分の軸足を元に、次に向けて頑張って行きたいと思う。実際には、博士号取得の瞬間よりも、博士論文を書きあげたときの方が、達成感が強かったように思う。
次に感謝したいのは、幸運にも科研費(個人)をいただけたことだ。調査研究費や学会への旅費など、大切に使わせていただいている。

今年は初めて、研究発表以外の講演をさせていただいた一年でもあった。謝礼をいただくこともあり、身の引き締まる思いで準備をした。ケース教材の執筆など、今後教職に身を置く上での貴重な体験もさせていただいた。

来年は引き続き、科研費のプロジェクトもあるし、本の執筆やラボの活動もある。気を引き締めて進みたい。

感謝とともに。

2008年02月15日

Drの効用

情報処理学会の2007年12月号、「次世代の女性技術者たちへのメッセージ」を遅ればせながら読んだ。1980年代から今に至るまでの、大変勇気付けられる話の中で、ひときわ目を引いたフレーズがあった。

些細なことだが、博士課程に進んだ理由のひとつが、Dr.なら呼称に男女差がないということだった(村山優子(岩手県立大学),pp1391)

たしかに、些細なことだ。それよりも、研究と育児の両立だとか、女性に機会が与えられることの方が本筋なのだろう。けど、学会の申し込みや宿泊申し込みで「Mr/Mrs/Miss」と区分けされていることへの違和感は、ずっと喉にささった骨のように気にかかる。女性だけが既婚か未婚かを書かされる。やり過ごせるけれど、ひっかかる。近頃では「Mr/Ms」も増えているけれど。これを 「Dr」と書くことができるなら、既婚・未婚どころか、男女の差さえぱっと見て分からないし、どちらにも使える。

Drという呼称はちょっと便利でもあって、相手が男性か女性か分からない外国の方にメールする際に、
Sir/Madam ではなく、 Dr.で書けるのは楽なのだ。

Drの効用がもう一つ。夫と違う姓でも目くじらを立てられないこと。旧姓使用にせよ、事実婚にせよ、相手が「研究者だからねー」と納得してくださるのでありがたい。

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