草野厚研究会・Spring '98・Group 1
上領美香・黒岩康弘・長岡佐知・野畑友里・三宅周平
石垣直美・大場貴志・川田美穂・後藤貴樹・銭高丈善・田所歩・森川亜衣子
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草野研究会春学期最終報告書では,T.R.Reid の名著 Congressional Odyssey を用いて米議会の機能と実態を分析し、さらにわが国の国会の現状も併せて分析して,日米議会比較と提言を行いたい。
日本は今、長引く経済不調の中で、国際社会からの根深い不信感を払拭できないでいる。このような状況を踏まえれば、日本はやはり米国との関係をより密接にし、強固なパートナーシップを築いていくことが重要である。そのために、相手国がどのような政策決定を行っているのかを分析し,三権分立が徹底しているこの国の、我々から見ればつい行政府の動向に隠れて見えにくくなっている「連邦議会のシステムと特徴」を理解することが不可欠となってくる。
とはいうものの、米国議会の立法過程は非常に複雑で、外部からは見えにくい「慣習」や「人脈」こそが,実はそのプロセスにおいて大きな影響力を持っているのが現実であり、その分析は容易ではない。今回の報告書でも、「誰も知らないアメリカ議会」(“Congressional Odyssey”)を熟読するだけでなく、日米両議会の立法過程関する文献、論文などをたくさん読み込んで、その理解の助けとした。
本報告書の構成は以下の通りである。
第1章では米議会の立法過程を分析する。議員立法の審議過程をチャートを添えてまとめ、「小立法府」の別名を持つ「委員会」に着目しながら米議会の力関係を整理する。また、拒否権を持つ大統領が唯一の立法府議会にどのような影響力を作用させるのか,大統領と議会の対立構造にも注目してみた。
第2章では、1977年の第95回連邦議会で上院本会議に提出された「水路利用者料金法案」の政策過程を<アクターの相関図><日表>を作成して紐解き、法案可決までのハードルを検討する。一介の新人上院議員ピート・V・ドメニチがなぜこの法案を通すことが出来たのか、その背景も併せて考える。
第3章では、日本の国会における立法過程を概観する。現状では法案の大部分を占める「閣法」と、最近その重要性が注目される「議員立法」の2つそれぞれの審議過程をまとめ、さらにわが国の立法過程に携わる諸アクターと組織を整理する。
第4章では、日米議会の機能と実態の比較を行う。「委員会」「利益団体」「議会スタッフ」の3つに着目して両国議会を比較してみる。
最後に、米国において一介の新人議員が一つの法案を通せた理由を班のメンバー全員で考えたので、その意見をまとめたい。
上領美香
(田所)
第1項 法案の提出
米国憲法は厳格なる三権分立を規定しており、「憲法によって与えられるいっさいの立法権は、合衆国議会に属」することとされている(第1章第1条)ので、法律案の提出権を持っているのは上下両院の議員だけである。
法案の起草は、議員および議員スタッフが議員法制局の援助を得て立案し、提出する。また、米国における発達した各種圧力団体の多くは、専門分野の知識情報提供にとどまらず、法律の専門家を雇用して必要な法律案の原案を立案して議員に持ち込むことがる。
法案は1人でも数人でも提出できるが、下院は複数の場合は25人までとされている。日本のような予備審査の制度はなく、同種の法案がいくつも、しかも上院にも下院にも提出されるため、1議会期中に議会に提出される法案数は、上下両院あわせて1万件を越えるほどである。
なお、議案は上院、下院のどちらが先に審議してもかまわない。そして先議した院によって可決された議案の送付を受けて、他の院が審議する場合もあるし、同じか類似した法案が上院、下院にほぼ同時に提案され、並行して審議がされるときもある。ただし、歳入法案については、憲法によって、まず下院に提出されなければならないと規定されている。
この膨大な法案を実際に審議し、本会議へ提出する議案として採否を決めるのは、それぞれ所管の常任委員会である。議会に提出された法律案平均1万件のうち1割に満たない900件程度の法律案しか委員会から本会議へ報告されない。いかに委員会が立法過程の中で重要な役割を担っているかがこのことから想像できる。
委員会において、提出法案に対するもっとも包括的な審議が行われる。法案は委員会が自ら審議することもあるが、数が多いので通常は小委員会が設置され、そこで審査される。その数はそれぞれの議院で100以上に達している。提出法案数が増える度に、実質的な審議は小委員会にゆだねられる傾向が強まっている。また、かつて法案は大抵1つの常任委員会にゆだねられていたが、同時にいくつかの委員会の管轄範囲に関わる法案が増してきたため、1つの法案が2つ以上の委員会に付託される「複数付託」方式がとられることも多くなっている。
このようにして、提出された法案はいずれかの常任委員会に振り分けられるのであるが、ここでその法案の運命が決まるといっても過言ではない。委員会内で会期中に審議されることができなかったものは廃案になってしまうし、審議されたとしても委員会内で否定意見が多ければ本会議に持ち込まれない内に廃案へと追い込まれてしまう。法案が、本会議に持ち込まれるためには、この常任委員会とその下の小委員会に認められる必要がある。
後にも説明するが、この委員会の中で、議案決定権やその他のおもな決定権がすべて委員長に属する。法案が付託される委員会の委員長や委員会内の議員に反対派がいると、簡単に法案は葬り去られてしまう。そこで、どうにか委員会の関門を通過させようと、法案起草の段階で法案の内容、性格からして、付託されるであろう委員会にその法案に好意的でない議員が多いと判断される場合、その委員会を避けて好意的な議員の多い委員会に付託されるように、あえてそのような委員会に関連するような条項を盛り込むこともある。
重要法案や、論争の対象となっている法案について小委員会の審議段階において公聴会が開かれる。公聴会の開催につき、委員会はあらかじめ開会の日時、場所、内容を一般に公示し、法案に賛成のもの、反対のもの、その他一般の利害関係者に対し発言の機会を与える。証人は通常法案に関係する政府関係者、専門家、スポークスマンなど、また法案に関心を持つ他議院の議員や他委員会に属する議員などである。
第4項 マークアップ
公聴会が終わり、法案に対する各方面からの意見が出そろうと、委員会あるいは小委員会はマークアップ・セッションと呼ばれる法案修正のための会合を開く。この会議において、法案は逐条ごとに検討され、用語の統一がなされ、調査の結果や公聴会において提起された意見をもとに条文を追加あるいは削除したりする。委員長及び多数の委員が成立させたい法案であれば、この段階において、当該法案がその後の審議過程を抵抗なく円滑に通るように仕上げられる。そのため、法案の内容が強化されたり、反対に弱められたりする。法案の修正は小委員会におけるマークアップ・セッションの段階だけではなく、小委員会から委員会へと送付された段階においても修正が提案され、さらに本会議に上程されてから修正されることもある。
さらに法案審議の敏速化を図るために、下院は下院本会議を下院全員委員会に切り替えて法案の審議をすることができる。この際の定足数は、下院議員435名の過半数にあたる218名以上ではなく100名以上である。
下院議事規則によって、討議は討議打ち切りの動議が出されることによってうち切られる。討議がうち切られると、最終表決が行われる。
(野畑)
1節では米国議会における委員会などの役割を審議過程にそって説明をしたが、ここでは、各議会内組織の実権と機能を整理したいと思う。米国議会の構成は非常に複雑で、多くの慣習もあり、理解しにくいものであると思う。しかし、その性質を理解した上でうまく利用すると、新人議員ドミニチのように一人でも法案を通過させることが可能となってくる。また、利益団体としても、議会の制度によく精通して、どこに圧力をかけたり接近するべきかを知ることで、重要な立法過程にも効果的な影響力を与えることができるのである。
まずは、上下院の構図、委員会、その中の人物関係を分析する。
米国議会の上下院は基本的には同等の権限を有しているが、議員の行動などの点でそれぞれの相違がある。その要因としては、規模の違い、代表する選挙区の大きさの違い、任期の長さ、などの点が挙げられる。
下院は2年任期であり、選挙活動をする必要性があるが、基本的には435人の殆どが再選の確立が高くなっており、約4分の3が再選されている。各州二人の上院の場合、任期は6年間であるが、選挙によって3分の1しか残らないようになっている。上院議員のドミニチが、水路利用者法案提出に当たっての動機として、 重要な問題であるということだけではなく、名声を一人占めすることや、ポークバレル的な考え方があったことは否めなく、それは本人の再選・政治生命を考えたものである。
下院はその大きな規模によって、より組織的な構造となっており規則が激しい。下院規則は多数派がその意思を働かせることができるように作られている。一方上院は「クラブ」的であり、非正式的な進め方をとるため、個々人や少数派の権利を強調している。上院においてドミニチのような新人議員が法案を通すことと比較して、下院で同じく未経験であったベッテルが本会議まで通すことは、このような理由からも非常に困難であったのである。また、議事妨害や立法活動の延期や引き延ばし(filibusters)も上院においてより可能である。
下院 |
上院 |
25才以上、7年以上合衆国市民 |
30才以上、9年以上合衆国国民 |
435人 |
100人 |
任期2年 |
任期6年(2年ごとに1/3ずつ改選) |
約570,000人の選挙区 |
約40万から3千万人の選挙区 |
構成員に対する手続き上の拘束強い |
弱い |
政策におけるスペシャリスト |
ジェネラリスト |
マスメディアの注目度低い |
高い |
権力が不平等に配分 |
平等に配分 |
威信がより低い |
より高い |
個人スタッフ約15名 |
約30名(依存度高い) |
より党派的 |
下院ほど党派的でない |
規則は決定過程への参加を制限する |
参加を最大限にする |
委員会が構成員と政策形成に重要 |
本会議の方が重要 |
討論が制限される |
討論が無制限である |
常任委員会:
下院 |
上院 |
Agriculture Appropriations Armed Services Banking, Finance, and Urban Affairs Budget District of Columbia Education and Labor Energy and Commerce Foreign Affairs Government Operations House Administration Judiciary Merchant Marine and Fisheries Natural Resources Post Office and Civil Service Public Works and Transportation Rules Science, Space, and Technology Small Business Standards of Official Conduct Veterans’ Affairs Ways and Means |
Agriculture, Nutrition, and Forestry Appropriations Armed Services Banking, Housing, and Urban Affairs Budget Commerce, Science, and Transportation Energy and Natural Resources Environment and Public Works Finance Foreign Relations Government Affairs House Administration Judiciary Labor and Human Resources Rules and Administration Small Business Veterans’ Affairs
|
両院協議会 conference committeeの議会における役割は極めて大きく、「第三の議院」とも呼ばれている。大統領の署名を受けるために法案が両院で全く同じ形のものが通過しなければならなく、調整が多々必要であるということは既に説明した。
協議会のメンバーは下院議長と上院議長(presiding officer)に正式に任命され、慣習的には法案を担当した委員会の委員長や少数党の筆頭議員の推薦よって選ばれる。(両党から参加)通常、彼らは自分達や委員会のメンバーを選び、小委員会が大きな役割を果たした場合は、そこからも選ばれる。年功序列的な選択だけではなく、その法案への関心度や専門性もその選択にとって重要である。ただし、1970年代にこの任命基準を厳しくし、無制限の自由裁量を委員長が行使できるようにすべきではないという、議会の動向を反映している。また、近年は法案の複数付託やメガ法案の増加によって参加者の数も増加しており、平均で下院11.8、上院10.1であった。
両院協議会は、連邦議会の会合の公開が要請されるようになるにつれ、1975年からは基本的に公開で開かれるようになり、透明性が確保されている。ただし、両院協議会委員が非公式の会談をしたり、開催場所の規模や時間などの問題もある。
(川田)
アメリカの大統領と議会の間には、強い対抗関係が見られることが少なくない。議員は選挙区の利益を率直に代表すべきだとされる。それはアメリカが直接民主制の伝統が強く、全員参加が本来のあり方であるため、議員は選挙区の有権者の要求を忠実に代弁するきだとされてきたからだ。アメリカの議会では、国民の全員参加が不可能なためにとられる便宜的方法として、地域的代表制がとられている。この地域代表制は、より民主主義を徹底した制度であるが、一方でそれが政治的にざまざまな困難を引き起こしていることは否めない。その一つに大統領と議会の対抗関係が挙げられる。それは議会が選挙区の地域的な利害に固執しやすいのに対し、大統領は全国的な国民からの支持を必要とするため、地域的な利害を超えた国民的な利害を重視せざるを得ないからである。つまり、議会が地域代表の立場にたつのに対し、大統領は国民代表の立場に立たざるを得ないのである。こういった大統領と議会の対立はアメリカの厳格な三権分立制の帰結でもあるといえよう。
大統領が就任期間中、法案審議おいてに強力なリーダーシップをとって国民にアピールをしようとすれば、議会を制御することが不可避となる。法案審議過程において、リーダーシップをとるための手段として、第一に議会に教書を送付して「必要かつ適切な」立法を勧告する権限がある。アメリカ合衆国憲法第二条三節一項で、「随時連邦の状況について連邦議会に情報を提供し、また、自ら必要かつ良策と考える施策について、議会にこれを審議するよう勧告する」権限が大統領には与えられており、この規定に基づいて大統領は、一般教書・予算教書・特別教書等を議会に送付する。この権限は憲法上認められたもので、フォーマルな手段といえよう。ところで、立法の提案として特に重要なのは特別教書である。これは特殊な問題について立法を勧告するもので、大統領はこれをもって自分の考えを議会におしつけることが可能となる。さらに、アメリカでは三権分立の制度が徹底されているため、日本も含め他の国々で見られるような議員立法の減少はみられないが、議員によって法案提出がされる時、それは名目的であってその内容は行政府により教書を通じて与えられることが最近多くなってきて いる。議員の発案する法律案のかなりの部分が執行部の立案に係るものものであり、制定される重要法律の80%は執行部の立案に係るものであるといわれている。この意味で行政府の立法部に対する影響力は大変大きいと言えよう。
第二の手段として、拒否権がある。憲法第1条6節2項に「上院および下院を通過したすべての法律案は法律となるに先立って合衆国大統領に送付しなければならない」とある。法案がまったく同じ形で上院・下院を通過すると、当該法案を先議した院がとちらであろうと、先ず下院議長が署名し、上院議長が署名した後、法案は大統領のもとに送られる。登録された法案の原本がホワイトハウスに送られた時点で、憲法により承認もしくは拒否を決定する10日間の決定期限がスタートする。そこで、その法案が大統領の承認によって法律となる場合と、大統領が拒否権を行使する場合と分けて考えることにする。
次に後者、すなわち大統領が拒否権を行使する場合であるが、もし大統領が法案を承認しないときは、その理由を付して発議した議院に還付する。還付された議院はこれを再議し、再議の結果、その院の出席議員の3分の2の多数をもって、その法案の通過を可決したときは、拒否理由とともに他の議院にまわす。そして他の議院においても同様の再議を行い、その出席議員の3分の2の多数をもって可決された場合、その法案は大統領の反対にもかかわらず法律として成立する。(オーバーライド:override)ただしこの要件が充たされないとき法案は拒否され、法律とならないことは言うまでもない。ちなみにこれは後述の拒否権と区別して、通常拒否権と呼ばれる。
以上のように、立法府と行政府の関係を見てみると、近年の傾向として、議員によって法案が提出されていても、それは実は名目的であってその内容は行政府により教書を通じて与えられていることが多くなっていること、また上院下院を通過しホワイトハウスへ送付された法案に対し、大統領が拒否権を行使する回数が多く、たとえオーバーライドで成立するものでも平均で5%ほどしかなく、法律の成立率が低いこと、こういった点からして、アメリカでは行政府の立法府に対する影響力は着実に増大しているといえる。
水路利用者料金法案を成立する過程で様々な登場人物が現れる。彼らはありとあらゆる背景の人物であるにもかからわず、それぞれが密接な関係を持っている場合が多い。その人物関係を分かりやすく理解するために、いくつの段階でグループ分けをしていくとする。
まず、この水路利用者料金法案に対して賛成であるか、また反対であるかで議員や行政府関係者の立場を二つのグループに分ることが出来る。次に、上院、下院、行政府、利益団体の四つの組織別に扱うことが出来る。
水路利用者料金法案の提出者当本人であるピート・ドメニチは公共事業委員会の管轄下にある水資源小委員会に属していた。上院歴が短かったドミニチは、この法案を成立させるために、ハル・ブレイマンとリー・ロウルズという二人の有力なスタッフを得ることが出来た。彼は上院内では、水資源小委員会委員長を努めていたマイク・グラベルから支援を受けていた。また、ドミニチは運輸長官のブロックス・アダムスと個人的な友情の持ち主でもあった。しかし、出身州が水路問題と深い関わりがある議員たちとは、対立した。その反対派には、財政委員会の会長を努めていたウォレン・マグヌサンや商業委員会の管轄下である水上輸送小委員会の委員長を努めていたラッセル・ロングがいた。その他として、システム調査特別委員会の委員長を努めていたスティブンソンは、初めは法案に対して反対の立場を取っていたものの、最終的には合意するという、曖昧な立場を示した。
下院に関して言うと、議員数でも上院と比べると大変多いため、まとまり性に欠るなど、多くの議員が法案に対して反対の立場をとった。バークレイ・ベッデルは唯一初めから賛成派にいた議員であった。下院で法案が無事可決された過程に貢献をした人物は、ティップ・オニール議院長であった。彼は、運輸長官のブロックス・アダムスと個人的な友情の持ち主でもあった。
行政府内の関係を見てみると、賛成派のカーター大統領と反対派のモンデール副大統領の対立が存在した。賛成派には、若く、やる気に満ちていた運輸長官のブロック・アダムスやOMBの局長を努めていたバート・ランスらがいた。その反面、反対派には、水路の「ただ乗り」などの利点が与えられていた陸軍工兵関係者がいた。
利益団体に関して言うと、法案賛成派に、鉄道業界がいた。彼らは、水路利用者料金制度が設けられることによって、引き船業界に対して長い間与えられてきた補助金制度を廃止することができるが、これは鉄道業界にとって大きな優利点であろう。その反面、政府からの補助金をもらい続けたい、引き船業界は法案に対して猛烈に反対した。
ドメニチが1977年2月24日「水路利用者法案」(上院法案790)を上院本会議に提出したことから、すべては始まる。
ドメニチは、利用者税法案だけでは見込みが少ないとして、アルトン・ダム法案に利用者税法案を添付する。また、財政委員会のロング氏が水路利用者法案に反対であることが明らかであった。そのため、財政委員会の法案付託を避けるために法案から「税」の字句を削除した。
ドメニチ法案が上院で審議されているのとほぼ同じ時期、下院では類似した内容のベッテル法案が棚上げされていた。ドメニチはベッテル法案に着目し、下院を通過した上院に送付された別法案にアルトン・ダム水路利用者料金法案を添付し、両院協議会にのぞむが結局は実現しない。
一方、下院は上院法案790が通過し下院に送付されると上院主導の法案審議を批判し改めて下院発議による法案を通過させる。批判した理由としては、歳入増をもたらす全法案は下院の発議によるとする憲法上の規定に違反したというものであった。
下院の可決済法案を上院に送付したため、上院では再び審議を行わなくてはならなかった。この結果、ドメニチとスティーブンソンによる連合法案は否決されてしまう。
否決された法案とほぼ同じ内容の法案であるロング修正案が成立した。この法案では、燃料税を避ける一方で、キャピタルリカバリーの考え方を避けていた。
これに対して、ジミー・カーター大統領は、ポーク・バレル法案を強く否定し、これにより利用者料金法案は宙に浮くことになる。
法案成立が危うくなった状況ではじめて双方が歩み寄り、それぞれがスタッフを通じて妥協の道を模索した。そして、会期終了まで8日の時点でようやく、ポーク・バレルの部分を全面削除し、キャピタル・リカバリーは信託基金を設立することで合意に至る。
ロングは、下院を通過し上院での審議を待つ未解決法案の一つであるビンゴ法案に利用者料金法案を添付し、上院でビンゴ・アルトン・ダム・利用者料金法案が可決される。
下院は、この上院通過済法案を可決し、二転三転したドメニチの目指したものは実現を迎える。
主なハードルと考えられるところを重点的に取り上げ、その他のイベントは項目列挙にとどめることにする。
<上院>
‘77 2月
‘77 4・5月
‘77 6月
<下院>
‘77 7月
●上院法案790は、上院を通過するも、発議条項問題(歳入増となる法案は下院が発議しなければならない)が浮上した。引き船業者達は、この問題を裁判所で争おうとせず、下院のアルウルマン議員に持ち掛けた。ウルマンは、青い紙片(発議条項違反)を配布しようとした。
‘77 9月
<上院>
’77 10月
’78 5月
’78 10月
アメリカの上院には、「シニオリティー制度」というものが根強く存在している。これは同じ上院議員であっても、議員に選ばれてからどれくらいの年数が経過したかなど、議員歴に焦点を当て、それが長かったら長いほど上院内で有力であり、権限が与えられているという制度の事を指している。また、下院議員歴を経てから上院議員になる場合が多いため、上院議員の年齢層も下院議員に比べ、かなり上回っている可能性が高い。この様な環境で、若く、また新人に近い上院議員の一人であったピート・ドミニチが長い間問題になっていた水路利用者料金の法案を提出し、それが最終的に可決され、法律にまで至るという事実は驚くべき事である。ドミニチはいかにして法案を成功の道に導いていったのであろうか。また、どのような他の要因がこの法案を成立させていったのだろうか。以下で検証していきたい。
●行政府との連携
議会の法案審議過程において、行政府の圧力は非常に大きな影響力をもつ。その圧力のかけかたは「大統領による拒否権の行使を示唆する脅し的行為」や「議員の再選キャンペーン支持」である。この水路利用者法案に関して、カーター大統領自身がドメニチに近い考え方をもっていたことも重要だが、ブロックアダムスとの個人的な友情関係と政策思想の一致、それにもとづくアダムスの尽力が、この法案の実現において大きな原動力となった。上院法案790の審議過程において、上院議員に対する敵陣営のロビー活動に対抗するため、ドメニチは幾度もアダムスに助けを求めた。アダムスは自ら議員達にロビー活動を行い、時にはカーター自身も「再選キャンペーン支持」をえさに、議員達を説得することもあった。また「拒否権行使」の脅しも法案審議過程に大きな影響を与える。拒否権が行使された法案は、廃案として扱われ復活させることができなくなる。料金法案とアルトンダムのパッケージ法案が拒否権にあうということは、両陣営にとって避けたいものであり、実際その点で同意した賛成派、反対派は最終的に妥協案を生み出し、可決するにいたった。
●アメリカ議会の複雑な規則や慣習を利用した戦略
成立の見込みが少なかった利用者料金法案が可決した最大の成功要因は、支持者の多いアルトンダム法案と抱き合わせて一つの法案として提出したことである。このテクニックはよく利用される方法であるが、この人質作戦は最後まで機能していた。また、ドメニチは、料金法案の反対者が権力を持っている委員会に付託されることを割けるために、法案名から「税」の字を削除したり、「下院から送付された法案は委員会に付託せずに上院本会議で討議される」という規定に訴えるなどのテクニックを駆使した。
またこのようなテクニックを駆使できる有力な議員の協力をとりつけることができたことも、成功要因である。シニオリティールールで最上位に位置するオニール下院議長やロングは、規則や習慣をたてに、縦横無尽に力を振るうことができた。オニールやロングの協力なくして、ドメニチはこの法案を成立に導くことはできなかったであろう。
○個人的な友情、ドメニチの魅力
○ドメニチがこの法案を通す為に、最後まで粘り強い行動を行ったこと。
○優秀なスタッフ
ドメニチはこの法案に関して精通している優秀なスタッフを擁していたことも大きな成功要因である。法案の起草、公聴会の証人の選定、ロビーイングの指揮、各議員との折衝など、ドメニチのサポートというよりも、実質的にこの政治過程に参加した。そもそも、ドメニチがこの問題に関心を抱くきっかけになったのは、彼のスタッフであるブレイマンのレクチャーであった。
●公共政策としての正しさ
次に、法案の内容ないしその政策自身の正しさに法案成立の理由が見られよう。二百年以上もの間、引き船は水路をただで利用してきた。これは政府からの援助金に依って賄われていたものであった。水路利用の際のみならず、水路の拡張や、ダム建設などの設備整備にかかる様々の費用はすべて政府が支払ってきた。この様な利点が引き船産業に与えられていたため、引き船の交通手段は安く抑えられていた。その反面、この「ただ乗り」制度に依って大きな被害を受けていたのが鉄道業界であった。毎年の如く鉄道会社の収入は減少し、また成長率も悪化していく一方であった。この行政府による不平な取り扱いに対して批判があがるのも不思議ではなく、道理であろう。引き船業界に与えている援助金というのも、そもそも国民から取り上げた税金で補っているものであり、彼らにとってこの様な説明不足であり、また税金の不平な使い道は停止するべきという意見が一般の市民にも広まっていったのであった。
●マスコミの影響力
また、マスコミが与えた影響力が挙げられよう。法案を通す過程で、この水路利用者料金方は「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムス」などの有力なアメリカの全国紙の一面を飾るようになった。ドミニチ自身も、「ワシントン・ポスト」の記者から取材を受けるなど、マスコミは法案の進展具合を細かく追っていた。これに依って、法案が掲げている問題点を、理解しきれいていない議員や一般の市民たちに知らせ、法案についての彼らの理解度を深めて行く事ができた。ドミニチはマスコミの力を借りて、法案を可決し、成立させる重要性を多くの人々に知ってもらう事に成功したのだ。
以上のように、様々の要因が考えられよう。これらの一つ一つの役割は大変に大切であり、また大きいものであったが、これらの要因が皆同時に働いた事に依って法案が無事成立したと考えてよいだろう。
(黒岩・長岡)
(銭高)
日本で成立する法律の8割は閣法である。よってここで述べる内容は日本の一般的な法案審議過程だと言うことができる。さらに閣法は提出された法案の内8割ぐらいが成立する。ちなみに議員立法は3割程度の割合である。これから閣法が成立するまでを追ってみるが、この立案過程を見ると閣法立案に必要なまでに省庁が関わっていることがわかり、これだけ省庁が関わっているならば法案成立の割合が高いのにも納得がいくだろう。(表D参照)
議会政治では議会で多数を占める与党の支持を得ない法案は国会で成立する可能性が低く、議会提出前にその了承を取り付けておくことが必要となる。そして現在与党である自民党は長期に渡る政権を通じて、事前の審査機構を整備してきており、中でもその中核となるのが政務調査会の各部会である。よって次に政務調査会について述べる。
自民党政調会の中で利益調整の最前線となっているのが部会である。部会の最も大きな役割は国会で審議される閣法に対する与党審査である。法治国家では政策が法律という形で表現される以上、法案は国会を通過しなければならない。我が国のような議院内閣制の下では与党の支持なしには政策の実現は不可能である。いかに官僚が策定した政策であろうとも、与党の支持を獲得するために行われるのが与党審査である。いったん国会に法案が提出されれば党議決定に従って自民党が成立に全力をあげているわけであるから、これらの政策や法案は自民党の全党的な支持を得たものでなければならない。そこで部会での決定は事実上の全会一致を原則としており、反対勢力の抵抗が激しい場合はこれらの法案がタナ上げになる場合もある。
国会での審議が与野党対立の図式の中で行われるのに対し、部会での審議はそれぞれが対立する利益やイデオロギーを主張する同じ自民党議員同士の対立図式の中で行われる。ハト派対タカ派、都市対農村、生産者対消費者、選挙区対選挙区、業界対官庁など様々な対立図式がさまざまな利益をめぐって自民党内部にモザイク模様を作り出しているのである。そしてここで主張される利益の総計がそれぞれの自民党議員を通して自民党が包括する利益に他ならないのである。その意味では自民党内部での利益対立の増加は逆に自民党が包括する社会的利益の拡大を意味するところとなるわけである。
部会を通過すると次いで政務調査会・審議会(政調審議会)と総務会の審査に順次付される。政調審議会では大局的な見地から審査が行われ、部会で結論がでないものやいくつかの部会にまたがるものについて調整が行われることになる。また総務会は全党的な立場から審査を行うもので、そこでは高度の政治的判断が下される。
閣議請議された法律案については、閣議の席上、内閣法制局長官からその概要の説明が行われ、異議なく閣議決定が行われると、内閣総理大臣からその法律案が国会(衆議院又は参議院)に提出される。なお、内閣提出法律案の国会提出に係る事務は、「内閣官房」が行っている。
閣議は内閣総理大臣が主宰し、全員一致によって決定、了解、報告がなされ、内閣は閣議によってその職権を行う。このうち閣議決定は法律に閣議を経るべき定めのある事項についてなされるが、事項の振り分けは事務慣例に従い、決定と了解には実質的な効力に大差はない。閣議は秘密会である。しかしその実体は、国の行政の最高意思決定機関とはいえ、実質的には前日に開かれる事務次官会議の追認という性格が強く、単なるサイン会となっているとの批判もある。
ひとつの課題に精通した議員が政策を練り上げれば、効率のいい政治が可能ではあるが、日本での個別分野の専門家は特定団体と癒着して利害の代弁者になることが多く、そこから数々の疑獄事件も発生してきた。族議員の存在がこれにあたり、官僚と結びつき、政・官・財のトライアングル構造をつくっている現状がある。
族議員と官僚が結びつく構図を、政策決定のプロセスから見ると次のようになる。法律のほとんどが議員立法ではなく政府提出法案の日本では、政策の準備・立案は担当省庁の官僚が行なうことになる。この法案の叩き台はまず、与党の「政務調査会」に移され、専門部会での検討が行なわれる。そして、総務会などの了承を経て省庁が最終案をまとめて閻僚了承されるというのが、おおまかな経過である。たとえば自民党の場合、各省庁と対応するように政調会の下に17の部会と30の調査会が設置されている。そこで担当の役人は、その部会、政調会に長くいる議員に話をつけることが法案をとりまとめるうえでもっとも早い方法となる。このことが族議員(部会族)と官僚の癒着の構図を作り上げるのである。さらに、族議員のバックにいる業界は、役所から規制や行政指導を受ける立場でもあるから、政官の構図に組み込まれやすい。つまり、法案を通したい役人は政治家の都合がいいように業界への”指導”を甘くしてしまう。
こうして政財官の三角関係ができあがる。そして、族議員の利益誘導を官僚が後押しする政治が続くことになる。
(石垣)
日本には法律を作る方法として、内閣から提出される法案以外にもう一つ議員立法がある。これはGHQが戦後日本の憲法を考えるにあたって、基本的にイギリスの「議員内閣制」を採用したうえで、これにアメリカの大統領制下での「常任委員会」を付け加えたことに由来している。アメリカ大統領制下では、行政と立法は完全に分離されていて、立法は議員提出法案にのみよるものである。日本の議員立法は、このアメリカの制度を導入したものである。しかし、国会で多数を占めた政党が内閣を構成する議院内閣制の下では、立法権と行政権の区別が明確ではなく、内閣が与党の承認を受けて提出する法案がかなりの数にのぼる。
また、現在の国会法は議員が議案を発議するための要件として、衆議院の場合、一般の法案は議院二十人以上、予算関係法案は五十人以上の賛成、参議院の場合、一般の法案は十人以上、予算関係法案は二十人以上の賛成を必要としている。すなわち、議員提出法案といっても、個人が独力で法案を提出することはできないわけである。
では、議員立法は誰が立案するのであろうか。たしかに問題を提起し、実際議院に発議するのは個々の議員である。しかし、条文を作成し、法案としての形式を整えるためには、法律に明るい専門のスタッフの存在が不可欠である。法案作成にあたって議員を補助する人物、機関としては、議員の秘書、各党の政策審議会、国会内におかれている常任委員会調査室、国立国会図書館(特に調査及び立法考査局)があげられる。これら立法スタッフの詳細については、後の日米立法過程の比較において述べる。
以上のような立法補佐機構の協力により、法案は起草され、大綱といったものができる。この法案の大綱というのは、その法案についての基本的な事項その他の必要な事項が簡潔に、箇条書きに記載されている。議員は、この大綱を、所属する議院の法制局に持ち込んで、法案として形式および内容をととのえてもらう。法律上は、議院法制局の通過を必要事項とはしていないが、実際には、ほとんど例外なく、議員発議の法案はそれぞれの議院法制局において作成、審査し、法案としての仕上げをしている。
法案の要綱が議院法制局に持ち込まれると、その内容に応じて相当の部課にその立案が命じられる。そして、まず議員の立法の意図を的確につかむための作業から始める。担当課の所属の法制局参事は、依頼の議員などと納得するまで質問、議論、批判をし、さらには修正や変更を求めることもある。立案の内容については、次のような観点から検討する。法理論、法的用語、そして文法が逐一吟味されるのである。@法律で定めるのに適しているかどうか A法律で定めた場合に実行が可能かどうか B憲法に適合しているかどうか C個人の人格の尊重と社会全体の福祉との調和が保たれるかどうか D公権力の不当な行使をもたらすことにならないかどうか E既存の関連する法律制度と矛盾しないかどうか。以上の@〜Eのいずれかに適合しない場合には、立案の要求を行った議員に再考を求め、助言、改善を加える。内容が明確になると、法案文の作成を行う。作成するためには、資料収集、実態調査などを行う。法制局の組織や立案のプロセスの中で特に重要なのは、上にあげた@〜Eの「観点」との整合性である。つまり、政策はこの「観点」から見て合格されなければならず、合格しない限りそ の政策は陽の目を見ることができない。その意味で、この「観点」は法律実現への最初の関門と言えよう。その法案が従来の法の文脈と異質であればあるほど、言い換えれば、その政策が改革的であればあるほど、この関門は高いものとなる。ここを通るか否かは、実は高度に専門化した「政治」であると言える。最近では、政界において実力者になるためには、法制局の中に人脈をもたなければならないという話もある。
議員法制局における立案の作業がある程度のところまで進むと、立案議員は、その所属する政党の機関に諮るなどの、いわゆる根回しを行う。立案議員の後援団体などでの説明会が開かれることもある。この頃になると、その法案の概要などが新聞あるいは関係機関誌などに掲載されるようになり、その法案の内容に利害関係を持つ団体や個人などから賛成あるいは反対のいろいろな意見が出てくる。なお、法案を発議する場合に、その政党の所定の機関において承認を得ることは法案発議の手続きにおける法律上の要件ではない。言い換えれば、政党の了承が得られなくても、法律上は有効に法案の発議はできるのである。しかし、先にも述べたように、議員が国会に発議する場合、一定の賛成者が必要である。そのため、立案議員はその法案を所属政党の事務長に渡し、事務長は党内の所定の手続きをとり、発議に必要な賛成議員の署名を集めて、議院の議長に提出する。
(表G参照)
(石垣)
閣議は内閣総理大臣が主宰し、全員一致によって決定、了解、報告がなされ、内閣は閣議によってその職権を行う。このうち閣議決定は法律に閣議を経るべき定めのある事項についてなされるが、事項の振り分けは事務慣例に従い、決定と了解には実質的な効力に大差はない。閣議は秘密会である。しかしその実体は、国の行政の最高意思決定機関とはいえ、実質的には前日に開かれる事務次官会議の追認という性格が強く、単なるサイン会となっているとの批判もある。
委員会で採決が行われた法案は本会議に上程される。本会議での審議は、@委員長報告 A質疑 B討論 C採決 の順で行われる。本会議での審議は委員会審議に比べると形式的であり、さまざまな拘束がある。例えば、本会議の質疑では、自己の意見を述べることに制約があったり、同一の問題について三回を越えて質疑を行うことができないことなどが定められていたり、慣例化している。
先議の議院で可決された法律案は、後議の議院へ送付される。後議でも同じ手続きを経て審議され、法案が両院を通過した場合、実際の法律となる。また、議案について両院が異なった議決を行った場合に、両院の意見を調整して妥協案(成案)を得るために、両院協議会で協議する。成案が得られない場合には、衆議院は出席議員の三分の二以上の多数をもって衆議院の意思のみによって法律を成立させることができる。法律案の成立手続きにおいて、衆議院の優越性がここに見られる。
(上領・野畑)
この章では、米国立法過程の特徴である「利益団体の影響力」「充実した議会スタッフ」「絶大な権力を持つ委員会」に注目し、日本と比較してみたい。
(野畑・石垣)
米国議会における審議過程で重要な役割を担っているのが各委員会であることは、既に1,2章から感じ取ることができていると思う。この節では具体的にそれらの委員会の種類や状況を見ていくと共に、対する日本国会における委員会が審議過程においてどのような役割を担っているのか考えていく。そして、相違の存在は議員の立法過程においてどれほどの影響を生んでいるのだろうか。
「本会議は公開されたショーであり、委員会が本当に働いている姿であり、すなわち本当に権力のある人とは重要な委員会の長である」、とウィルソン大統領は1885年に話している。現在ではもう少しその権限は減ってはいるが、議会の重要な要素であることには変わりはない。
委員会は常任委員会制度であり、現在の議会では上院16、下院19の常任委員会(standing committee)があり、この数は会期によって多少変化する。(第2章2節の表参照)各委員会内での党派の比率は全体とほぼ同じになるようにされており、委員長は通常多数をしめる党員である。伝統的に委員長の席は年功序列的に決定される。ただし、最近では、多数派コーカスの過半数によって外されることも可能である。
各委員会の全体の中での威信は時代と社会の関心事項により変化するが、基本的には外交、教育、農業などの分野に関係する委員会が中心となっている。税法に関する下院のWays & Meansと上院のFinanceや、国家予算の権限を有する両院のAppropriationsが大きな力を持っている他、下院にて法案の本会議の日取りなど管理している規制委員会は大きな影響力を持っている。委員会はさらに専門性が高く小委員会に枝別れしているため、委員長への権限がゆるめられ若手議員も多いに力を発揮できるようになっている。特に下院では小委員会の重要性が高い。全体では220ほどの小委員会があり、多すぎて責任の分散や費用の増加の面での批判もある。
委員会は議員にとって、関心事項にかかわり政策立案過程での役割を果たす場であると同時に、社会一般と議会に対して自分のステイタスや影響力を主張する場である。特に上院ではマスメディアの注目度は高い。委員会への配属は基本的には議員の出身地、専門、考え方などのバックグランドに適するようになっている。
法案の審議とともに委員会の重要な機能に立法監査がある。歳出委員会および予算委員会以外の各委員会は、それぞれの委員会が所轄する諸問題に関連する法律の適用、施行、執行、および有効性について監査や調査をすると同時に、法律の施行やその評価に責任をおわされている連邦行政省庁の組織や活動についても継続的に監査および調査をすることが義務づけられている。
他には、常設であるが立法権限のない両院合同委員会、常設でもなく立法権限もない特別委員会がある。両院合同税制委員会と両院合同経済委員会は、公共政策の問題に関する調査結果を分析し公表する権限しかないものの、政策形成においてかなり重要性をもつ。
衆議院常任委員会 | 参議院常任委員会 |
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衆議院特別委員会 | 参議院特別委員会 |
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委員会での審議は、@趣旨説明 A質疑 B公聴会・連合審査 C参考人意見陳述 D討論 E採決 の順で行われる。委員会審議の中心は質疑応答にあるが、質疑の過程を見ると、(1)質問したい議員は委員会に「こういうことを質問したい」と通告。(2)委員会は関係する省庁に[○○議員から質疑の申し込みがきている」と伝える(3)関係省庁委員室の若手官僚がその議員にどのような質問をするのかの「質問とり」を行って、答弁要旨を作成し、前もって大臣に手渡しておく(4)各大臣はだいたいこの答弁資料に基づいて議員との議論に臨む。つまり委員会の質疑は全くの出来レースではないが、開かれる前から審議のダンドリがほぼ決まっているわけである。こうした状況があるから審議に迫力がないなどという批判も出される。
議会での最終決定が行われるのは本会議である。委員会は予備審査としての審議の場であって、決定の場ではない。たしかに委員会でも採決が行われるが、それはあくまで本会議での議決の参考になるに過ぎない。しかし、審議遅延による廃案がある。国会に提出された法案が会期中に議決されなかったときは、審議未了・不成立となり、そのまま廃案となる。例外措置として各議院の議決があれば、その案件を付託された委員会は閉会中も審査を行い、次の会期に持ち越すことができる。
上記の通り、日本の委員会は形式的なものであるようで、実際この場にて議員の手により法律が作成されているわけではない。ここで重要なポイントは、米国委員会における過程は基本的に公開されているため法律審議が国民にとって透明性が高く、逆に日本の委員会は公開であっても形式的なものにすぎず、実際の法律審議過程が国民からは見えてこないということである。当然いいことだけではなく、米国でも議会改革の声は高まっており、その非効率性や制限・無制限などのポイントから非難を受けている。
また、米国議会(特に上院)において新人議員のドミニチが法案を通過させることができたというのは、ドミニチの工夫された戦略だけではなく、根本的に委員会・小委員会制度が個人の能力を発揮できるような舞台を提供しているということがあったといえる。
(長岡・野畑)
まず、日本・アメリカ利益団体にはどのようなものがあるか、その整理を日米それぞれ行いたいと思う。その後に、これら利益団体がそれぞれ政策決定過程にどのように働きかけているか、その役割を述べたいと思う。
米国の主な利益団体には、経済グループの産業団体や労働組合、社会グループの権利擁護団体、市民グループの環境保護団体、政府グループなどが中心となっている。中規模以上の企業の利益を代表する全米製造業者協会(NAM)、小企業の経営者を中心とした合衆国商業会議所、巨大企業の経営者をメンバーとする経営者円卓会議、労働組合の全国組織であるAFL-CIO、農民の利益を代弁するアメリカ農場局連盟や全米農民組合、黒人の権利擁護に努める全国黒人地位向上協会(NAACP)や全国都市連盟(NUL)、ユダヤ系アメリカ人の組織であるブナイブリス(B'nai B'rith)、退役軍人の団体である米国在郷軍人会や海外戦争退役軍人会、性差別の撤廃を求める全米女性機構(NOW)などがある。国家ライフル協会(NRA)やアメリカ医療協会(AMA)も非常に大きな影響力をもつことで有名だ。また、大統領をはじめとする政府機関や元政府高官なども重要なロビイストである。
利益団体は、お互いに対立し合う場合も多いにあるし、逆にお互いに連盟を組んで、妥協し合いながらも中心点では共に議会に対して影響力を駆使するという手法も効果的であるとして使われている。
水路利用者料金の場合は、鉄道産業としての西武鉄道協会や環境保護団体、健全な水路政策のための協議会 対、引き船業者関係者の全国水路協議会、アメリカ内陸水路委員会、ティモシー&Co、そして全国農業者団体、AFL-CIOという利益団体の構図が明らかである。
ロビー活動は三権である立法、行政、司法のどれにも向けられるが、最も重視されているのが立法であり、あるアンケートによると、90%のロビイストが重視しているといっている。ただ、産業界は行政府に対する固定された影響力の場として、公的諮問委員会の席を利用することもできる。また、労働、農業、商業の省庁は、順番にAFL-CIO、Farm Bureau、米国商工会議所といった常連グループと密接な関係を保っている。
利益団体の代理人として活動しているロビイストは、元議員、元高級公務員、法律家など、議会の内情に精通している人々であるのが普通である。
1946年制定のロビー法は、企業や団体のロビイストに対し、名前、興味分野、費用などを登録するよう要請するものであった。これは最高裁判所の解釈によると規制が緩く、登録者を野放しにさせていた。76年に改正の機会があったが、上下院での意見の違いを解決できなかった。1993年にようやく改正法が通過し、議員・スタッフ・行政高官に対してロビー活動を行ったものすべてに登録を要請することになった。
<経済団体>
日本の経済界は主要総合団体と業界団体によって組織されている。その主な団体としては、経済団体連合会(日経連)、日本経営者団体連盟(日経連)、日本商工会議所(日商)、経済同友会(同友会)があげられる。特に経団連は会員総数は97年7月の時点で1245人(法人・団体)で、有力な企業人が加入していること、政治献金の窓口となっているために経済4団体の中で最も大きな影響力をもち、また会長は政界に対しても強い発言力をもっている。総合対策委員会を初め、経済各分野にわたる常設委員会があり、宇宙開発推進会議、防衛生産委員会等で外交、教育、環境に関する研究・調査もおこなっている。元来の任務は各種経済団体の連絡調整であるが、政府・国会に建議したり、施策にも協力しており、その他外国の経済団体の交流も活発に行い、時には政府に代わってい民間外交を展開することもあるといえよう。
<労働団体>
労働組合には同じ職業の労働者が集まってきた職業別組合、産業内のすべての労働者で組織される産業別組合、産業間にまたがった形で組織される一般組合、個々の企業あるいは事業所ごとに正規の従業員で組織する企業別組合などがある。日本においては企業別組合が最も重要な単位であり、1996年の「労働組合基礎調査」によるとわが国における企業別労働組合の割合は組合員数(全体で約1260万人のうち公務員272万人)比率でみて約92%と極めて高い。このような企業別組合を重要な単位として、その運動は単位産業別労働組合連合会(単産)の支配下におかれることが多い。「単産」は重要な産業に属する企業別組合で組織され、方針決定、情報交換、共同闘争の指揮などをおこなう。「単産」の全国中央組織として1982年12月 「全民労協」(全日本民間労働組合協議会)が発足し、さらに87年に民間労組(同盟、中立労連、新産別、総評民間労組系)だけで「連合」へと発展し、89年11月には官公労組(総評と旧同盟系)を加えて新「連合」(正式名称:日本労働連合総連合会)へと統一された。現在は、「連合」型の労組は様々なアクター、大企業、産業経済団体、経済総合団体、政府の各省(労働省のみならずほとんどの省庁)、更に自民党へもアクセスできるようになっている。
<農業団体>
日本の農業団体は農業共同組合組織によって統合されている。かつては農民組合と戦前の農会の系統を引く農業会議所が統合の可能性をもつ団体として存在したが、実質的な力は現在では失われ、ほぼ完全に農協に統合されているとみてよい。農協は総合農協と専門農協にわかれる。総合農協は約4300の単位農協からなり、信用、共済、経済(購買・販売)の事業を営み、県、全国レベルに中央会のほかおのおのの系統組織を持つ。1960年代の農業近代化・土地構造改善事業(補助金)を通じて、農協は政治家後援会組織の形成への協力、緩やかな自民党への系列化を進めていった。農業の近代化政策は失敗するが、農協を中心とした農村団体ネットワークは公共事業の圧力団体、補助金の受け皿として十二分に機能し続けたといえる。
<専門家団体>
東京弁護士会、日本医師会など専門家団体は戦前から一定の政治力を持つとはいえ、戦後の審議会制度とその定着によって一挙にその政策的影響力を増した。現在の審議会には多くの専門家(医師、法律家、会計士など)が含まれており、専門的知識の正統性がそのリソースである。すべての政党に専門家出身の議員はおおく、専門団体は政治家を輩出していることもあげられる。
<市民・消費者・環境団体>
日本では市民団体の発達はアメリカと比較して遅れている。有効は中央組織を欠いた団体が多いが、消費者団体は消費者担当部局、経済企画庁や各自治体の窓口が補助金なども用意しながら育成につとめたこともあり、比較的発達している。消費者団体の中央組織としては歴史の古い主婦連や消費者団体連合が存在する。
<その他の団体>
日本の地方自治体の利益団体ととしては知事会、市長会、町村会、県議長会、市議会、町村議長会の地方六団体が存在する。アメリカが統合度が低く、各州、各都市が直接ロビングする傾向が強いことに対して、日本ではとりわけ知事会のリーダーシップがある程度個々の自治体を統合し、働きかけている。
教育団体につては日教組やその関連の教育研究団体、障害者開放運動体や保育団体の一部などについては強い反自民党団体がみられる。他方で、社会福祉協議会や老人クラブ連合会、教育国庫補助団体などは政府(厚生省、文部省、自治体)そして自民党政調族と近いものが多い。
このように、日米の主要利益団体が明らかになった上で、これら利益団体の法案審議の過程における関わりについて日米の特徴を比較したいと思う。
米国での利益団体は、行政府よりも議会への働きかけに重点が置かれている。これは、三権分立のもとで方の制定や予算の決定に対して議会、特にその委員会小委員会、が決定的な役割を果たしているからである。また、米国議会において政党の議会内組織が弱く、議員は各地域の選挙民の代表であり、各地域の利害を代弁する立場にあるため、党議に拘束されることはない。つまり、議員は独自の判断で行動しうる範囲が広いのである。米国では各地域において発達し利害関係を持つ産業が大きな力を持っており、議員に圧力をかけることができる。また、議会の実質的審議が委員会小委員会において行われているため、法案が通過するかを決定権があるのはその委員会の過半数の議員である。ロビイストが実際に働きかけるのは、この少数人数の議員であるだけである。
ロビイストは議員およびそのスタッフ(スタッフから議員を説得させる戦術がかなり有効的である)と接触することによって、代表する企業団体の立場に対する理解を求めるだけでなく、議員に対して直接や公聴会にて政策に対する正確な情報やデータを提供することができる。数多くの法案が審議される米国議会において、議員がすべての法案に対する専門的知識を習得するのは大変なことであるため、投票にあたって、ロビイストから提供される情報に頼っている面が大きいといえる。その場で得た持ちつ持たれつ的な信頼関係によって、ロビイストは自分の影響力を増すことができる。情報のなかには、法案のドラフト、法案の産業への影響などをもって議員およびそのスタッフに接近する。委員会・小委員会から始まる審議過程をロビイストは詳細にフォローし、最終段階として大統領にも接近して圧力をかける。方法はプライベートなパーティ、手紙、電話などのほか、選挙資金を多用している。ドミニチのスタッフも法案の草案つくりにあたって、鉄道産業や環境保護のロビイストたちによる協力申し入れ・専門家の送り込みを受けていた。また、法案通過後、全国の鉄道業者はドミニチを支持して 超多額のお金を選挙キャンペーンのために寄付したのであった。
政党への利益団体の接触も米国で存在する。これは二大政党の基盤的理念を影響するだけでなく、特に選挙において政党が挙げる立候補の選択肢に影響を及ぼすことが目的である。一般的には、民主党は労働組合に対して、共和党は産業界に対して友好的であるといわれている。
また、利益団体は世論への影響にも力を注いでおり、マスメディアの利用多用されている。特に比較的力のない団体は、「危機」つまり社会的混乱や経済的低迷や製品やサービスの不足という状況の創造をもって脅すという手も使うことがある。
利益団体が立法過程に効果的な影響を与えられるか否かは、その財政状況や情報資源の豊富さや、規模、攻める立場にあるのか守りにあるのか、政策決定者の中でのその団体のステイタスや選挙区でのプレゼンスという要素によって決まってくるといえる。
日本の特徴としては利益団体の要求は官僚制とのパイプやそれと連なる自民党政調会、族議員のパイプを通じてなされることが多く、不透明で人々には目に見えにくいことがあげられる。野党系の団体と野党との関係も、明確な分担関係や正式な協議の場での討議を通じて要求が出されるというよりも、インフォーマルな日常的な接触の中で要求が出されるか、利益代表議員(労働組合に支援された議員)と当該関係団体との話し合いのみでなされることも多く、不透明であるという点では同じである。
先程、日本の法案審議の流れをみてきたように法案が国会に提出されるまでの過程において、初期の段階から与党である自民党の役割が大きい。自民党の賛同や承認が得られなければ、政策や構想は具体化されず、法案として国会に提出されることは難しいからである。このような政策決定過程の特徴が利益団体の働きかけがどこをターゲットに行われるかを規定するといえよう。
その際に、注目するべき存在として「族」議員の役割があげられる。族議員とは行政の専門分野に精通し、そのことによって関係省庁の応援団や業界団体の利益代弁者の役割を果たす国会議員の事である。この場合、特定の行政分野に明るい、単なる政策通ではなく、特定集団(省庁及び業界)の個別的利益の擁護・追及のために発言し、政治力を発揮する政治家達の別称といえるだろう。族議員は自民党の政策審議機関である政調会の部会や調査会に属し、日常的にも関係省庁や業界団体と密接に連絡をとりつつ、政策決定に影響力を行使する。先程述べたように、官僚がまとめる政策や法案は初期の段階から自民党の意向が重要であるために、利益団体の要求が受け入れられる為には政権党である自民党にコネが出来、議員が応援してくるかが、大きな影響を与えるといえるだろう。
(上領・石垣・黒岩)
水路利用者料金法案における2人の公共問題委員会スタッフ,リー・ロウルズとハル・ブレイマンの活躍をみれば,米議会の立法過程で議会スタッフの果たす役割の重要性が分かる。そもそもドメニチが水路料金に関心を持ったのも,ブレイマンの公共問題委員会でのレクチャーを聴いてからだったし,実際に法律の体裁を整えたり、公聴会に呼ぶ顔ぶれを検討したり、他の議員の動向を探ったりしたのは他ならぬ2人のスタッフであった。
ここでは,米議会で暗躍するスタッフに注目して彼らの仕事ぶり、役割をまとめ、一方で日本の国会におけるスタッフはどう機能しているのかを比較する。
米国の連邦議会の特徴を理解する際に重要なのは、ニューディール、第二次世界大戦を経て巨大な規模に達した連邦官僚制に対抗するために,現代的議会へと連邦議会を改革していったことである。そもそも1946年の「議会再組織法」は、拡大する行政府に対する議会の危機意識から生まれたものであり、弱体化した委員会制度の改革を始め、いくつかの重要な改革がその際になされた。
その改革の結果として議会の特徴を際だたせることになったのが,スタッフ及び補佐機関の拡充発展である。今日の連邦議会を把握する際に,2万人を越えるスタッフ集団、いうならば一種の官僚制を議会内に包含している点に注目することは極めて重要であり、日本の議院内閣制のもとの議会と比較すると非常に特徴的である。
連邦議会スタッフの拡充は、1960年代から1970年代にかけて行われた。それ以前にも下院歳入委員会と上院財政委員会に委員会スタッフが設置されており、また議員の個人スタッフも連邦資金によって,上院で1885年、下院で1893年に設置されていた。しかし、スタッフが格段に発展したのはやはり第二次大戦後であり、1946年の議会再組織法によると言われる。
その際議会はスタッフ拡充の意向を明確に示し、4人の専門スタッフと6人の書記スタッフを任命する権限をそれぞれの常任委員会に与えた。1970年の議会再組織法では専門スタッフの数は4人から6人に増員され、さらに下院では1974年に3倍の18人に増員された。一方上院では、1975年の上院決議案60号の採択により、各々の上院議員は委員会の仕事を遂行するために、3人までスタッフを雇用することが認められた。
委員会スタッフの拡充とともに、議員の個人スタッフの拡充も図られた。上院では、州の人口に応じて割り当てられた予算に基づいて、人数に限りなく雇うことが出来るとされた。また下院でも、23人を限度として雇用することが出来るものとされている。
米議会の個人スタッフと委員会スタッフの増加傾向は下表を参照するとよく分かる。(Norman J.Ornstein, Thomas E Mann, and Michael J.Malbin, Vital Statistics on Congress,1993-1994,1994,p.129)
<表1>挿入 (↑もっと新しいデータを探してみる。)
<表2>議会スタッフの数と内訳
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ロビイスト達にとって、議員事務所のスタッフに接触するのは,委員会スタッフとのコンタクト同様、時にはそれ以上に重要なことだ。議員の政策に対する態度は、議員自身の考え方だけで決まるのではなく、選挙区、政党、大統領との関係、同僚議員との交友,圧力団体の立場を全て加味した上で決定されるからだ。これらの政治要素をコーディネートするのが議員スタッフの役割である。
前述の<表2>を見れば分かるように、連邦議員はすべて、地元の州とワシントンの2カ所に事務所を持つ。地元の事務所では、主に選挙運動の準備や選挙活動を担当する。この点では日本の代議士と似ている。議員、特に安定した選挙基盤を持っていないため、次回の選挙で接戦が予想される議員は、各種パーティーや式典に出席したり、陳情に対応したり、選挙区サービスに努める必要がある。議会の閉会中でも、審議事項の多い火水木曜を除いて,地元にいて選挙区サービスに努めるため、毎週のようにワシントンと地元を往復する議員も少なくない。これは日本の国会議員の苦労と共通しているが、米国の場合は地元サービス担当、行政担当、立法担当と,スタッフの役割が明確に分担されているのが特徴である。
ワシントンの議員事務所には、平均20〜40人のスタッフが働いている。一般的に下院議員よりも上院議員の方が事務所の規模は大きいが、議会での勤続年数や財政状態によってサイズはまちまちである。
議員事務所で働くスタッフは、大きく分けて行政スタッフと立法スタッフに分けられる。
行政スタッフの長が「政務アシスタント」(Administrative Assistant)で、議員事務所全体を取り仕切っていて、日本で言うところの第一秘書になる。一般に、議会スタッフの勤続年数は数年間と短いのだが、政務アシスタントは、20年以上働いているような人もおおく、議員の側近中の側近である。議員の行動や思考パターンを熟知しているために、議員が不在の際には、政務アシスタントが重要な決定を下すこともすくなくない。また、地元の事務所と連絡を取り合って、その調整を図るのも政務アシスタントの仕事である。
そのほかの行政スタッフは、政務アシスタントの下で、主に以下の仕事を担当する。
(1)スケジュール管理 (2)報道関係 (3)プロジェクト斡旋 (4)陳情処理 (5)郵便物処理 (6)ほかの議員事務所との連絡
立法スタッフは主に、政策決定の分野を担当している。その意味では委員会スタッフの役割とにているが、同事務所の行政スタッフと常に連絡・調整して協力する必要がある点で異なる。また、立法スタッフが、報道担当や、郵便物処理など行政スタッフの仕事をかねて担当している場合もあり、規模の小さい事務所ではその区別がはっきりしない
立法スタッフにはそれぞれの職務が問題別に振り分けられていて、議員の所属する委員会や小委員会別に担当することが多い。それによって、専門知識を深め、イシューネットワークの人脈を築くのである。
立法スタッフ全体を統括するのは主席立法スタッフである。その役割は、議員がもっとも力を入れる問題を決定し、議員の政策方針全体の整合性を維持することである。主席巣タフの権限はかなり大きい。
立法スタッフの仕事は、報道担当、郵便担当、政党担当と協力して、選挙区や報道、同僚議員、ホワイトハウスの反応や動きをみながら、議員がどのように投票すべきかを判断していくことである。もちろんその過程において、法案の内容や委員会の報告を熟知する必要があるし、法案に対してどの圧力団体がどのような立場をとっているか、積極的に活動しているロビイストはだれかなどを知っておく必要がある。一回の会期には、1000を越える投票が上下両院で行われるわけであるから、立法スタッフの仕事もかなりの量である。
米国の議員スタッフにあたるのが、日本の国会議員秘書の活躍である。議員の秘書の中には、党から派遣されることがあり、このような秘書は、秘書といっても実質的には党の政策審議会などの職員の仕事を兼ねていることが多いので、党の政策実現のために議員立法が立案に果たす役割は大きい。しかし、一般的に秘書の仕事は幅広く、ハードスケジュールをこなしている。秘書の仕事とされているものは、@政務…陳情・請願・各種相談等の処理、質問資料作成、政策関係、議員立法作業、視察 A党務…議員の目標調整、送り迎え、会合出席、後援会関係、議員関係広報宣伝、選挙関係、選挙活動 B事務…電話・来客応対、資料などの整理・検索、経理 C庶務、である。公設秘書三人で以上の事務を処理するのは明らかに不可能である。そこで議員は必然的に多くの私設秘書を抱えることになるが、本来秘書の仕事の一つとされている@の政策関係や議員立法活動に従事している者は皆無か、ごくわずかであった。1994年に、議員の政策立案能力を向上させる目的で、「政策担当秘書」が創設された。しかし、「政策担当秘書」といっても議員個人に付された場合に、従来のような秘書の仕事から 離れて、純粋に議員立法に従事できるかははなはだ疑問である。実際は、制度創設の目的とはおよそかけ離れてしまっている。
米国で各議員の立法スタッフが活躍する一方、日本では各政党の政策スタッフが立法過程で影響力を行使する。。名称は党にさまざまであるが、政党として政策を立案し、決定する「政策審議会」という組織がある。しかし、審議会に所属する者で、学者あるいはシンクタンク、さらには国あるいは自治体等で現実的に政策を担当したことのある人というのは極めて少ない。まして政策と密接な関係にある法律について、これに精通するプロフェッショナルな人、例えば弁護士、元裁判官、元検事、あるいは法律学者、その他これらの職業と密接に関係する人々は皆無である。また、「政策審議会」の人々は、いわば政策に関して専門職として、常時研究に没頭しているというわけではない。選挙などの場合には時々応援に駆り出される等ということもあって、政策について専門的に深めるという状態にはなっていない。従って、現状として、党の議員の政策・立法要求に十分には応えることはできない。
こうした議会スタッフ以外に、連邦議会の政策決定に於いて必要な情報を提供するのが補佐機関である。ここで補佐機関とは、会計検査院、連邦議会調査研究局、連邦議会予算局をさす。
1921年の予算会計法に基づいて設置され、その基本的役割は連邦議会によって支出を承認された公的資金を行政府が如何にして支出しているか,再検討することにある。会計検査院は5000人以上ものスタッフを有し、1970年代以降はさらに連邦プログラムの評価・分析機能をも担い、「連邦議会の最も貴重な行政府監視のための補佐機関」となった。会計検査院は、毎年800以上のの報告書を提出し、約1500の会計報告や調査を行い、近年に於いては,その範囲は貯蓄貸し付け組合を救済するためのコスト、核廃棄物を除去するに際してのコストから、地球温暖化,エイズの問題にまで及んでいる。また現在では、議会が可決した重要法案には、その法律の効果を調査・研究するよう会計検査院に支持する条項を含んでいるのが普通である。
1914年に連邦議会図書館内に立法参考局として設置され、1970年議会再組織法によって現在の名称に変更された。調査研究局は,非党派的で客観的な情報と分析を提供することを任務とするが、最近では議会のための政策分析と調査研究をその主要な機能とされ、一層重要な役割を担っている。
1974年に連邦議会予算留保統制法によって設置された。その任務は、議会と委員会に、予算に関する非党派的情報と分析を提供することにあり、特に予算委員会と密接に行動するよう要請されている。連邦議会予算局は,行政府における行政管理予算局に対応した立法府における機関として意図されており、これはまた行政府に対して失っていた予算の統制を回復する試みの一環でもあった。
米国議会の政策補佐機関の特色
米国議会のこのようなスタッフ機構拡充の主な要因は、以下に集約されるだろう。
米議会は議会内に一種の官僚制を巨大な規模で構造化しており、これは国際的に比較しても他に類をみない。
米国の委員会スタッフの役割を担うのが、国会の中におかれている常任委員会調査室がある。衆参両院には、常任委員会と特別委員会の二種類の委員会が置かれ、常任委員会は、衆議院二十、参議員十七になっている。常任委員会調査室はこれらの各常任委員会に置かれている。ただし、議院運営委員会と懲罰委員会には置かれていない。常任委員会調査室は、法案その他議案についての調査、参考資料の作成等を主な業務としているが、「その所掌事務について議員の立法及び調査活動に役立ち得るように努めるものとする」とされている。常任委員会には、専門の知識を有する専門員、調査員その他の職員が置かれ、専門員は室長とされ、調査員のうち一人は主任調査員とよばれる。一つの調査室にはだいたい十数名の職員が置かれている。
第四に、国立国会図書館、特に議員立法に関係が深い、その一局である「調査及び立法考査局」がある。ここでは、国会からの要求に応じて議案の分析・検討や、各般にわたる事項の調査・研究を主たる任務としているが、そのほかに、議員立法をする場合の法案要綱起草の奉仕提供もする。スタッフは144名で、そのうち半数は法律のベテランであるが、半数は勉強中というところの人々が多い。
衆議院法制局は、議員の立法活動を補佐するために設置されている。衆議院法制局には、法制局長が置かれ、法制局職員は、この法制局長による次長が置かれている。議院法制局は6つの部に分けられ、それぞれ担当する常任委員会及び特別委員会ごとに、その法制に関する事務をつかさどる。また、重要な法律問題に関する事務を掌理するため、法制主幹が置かれている。職員数は、法制局長を含め、73名(平成9年度定員)である。職員は、衆議院法制局が独自に実施する公開の試験により採用されている。
参議院法制局は、事務局とは別に参議院に置かれる国の機関で、法制局長のほか73名の職員で構成されている。
法制局の組織としては、職員の任免権を持つ法制局長以下、法制次長の統括の下に、議員立法の立案等を担当する第1部から第5部、法制局長の特命事項を担当する法制主幹及び人事等を担当する総務課が設置されている。
各課の担当する立案事務は、いくつかの委員会の所管に対応して、割り振られている。
議院法制局の職務は、以下の5つに大別される。
日本の議会スタッフとアメリカの議会スタッフを比較して、人数の規模以外に相違点を挙げるとすれば、立法秘書の機能が弱い、ほとんど機能していないということがいえるだろう。しかしこの点は前述したように、日本の国会の立法過程からして当然のことであり、秘書の能力の問題だけではない.
議員スタッフの日米格差もよく指摘されるが、実際、日本の全ての議員秘書が選挙区サービスのみにかかりきっているわけではなく、議員の手足として、あるいは議員に替わって研究、調査に熱心な秘書もたくさんいる。ただ政策立案に専門に取り組める秘書の人数が、まだまだ足りないのが現状だ。
日本の国会は、戦後多くの点で米連邦議会の諸制度を取り入れた。各委員会の調査スタッフ、国立国会図書館の議会調査サービスもその一つだ。ただその質、量において、米議会の委員会スタッフ、議会図書館のCRSとは現在のところまだ相当の隔たりがあるといわざるを得ない。
特に委員会スタッフ制度を比較すると、その人数の違いもさることながら、(議員の数は日本の方が多い)、質的にも、アメリカの場合、委員会スタッフと関係行政官庁、研究機関、学会との間に頻繁な人的交流、流動性があり、いいかえると、それだけ専門性の水準と社会的地位が高いということになる。日本の国会の委員会スタッフには、こうした人的流動性がほとんどない。このことは、国立国会図書館の議会調査スタッフについても言える。
日米議会のスタッフの充実度に格差がある背景にはいろいろな理由が考えられるが、そのもっとも大きな理由は、日本では「初任官庁終身勤務」の伝統が根づいていて、国会所属の専門員や調査員は一生その仕事に従事して、各種民間研究機関、大学、企業などとの人事交流がはかられないことが挙げられる。さらにもう一つ理由を挙げるとすれば、「日米の立法機関の地位に対する認識の差」が議会スタッフの質の差を拡大していると考えられる。肥大化する官僚機構に対して、行政府の縮小によってバランスをはかろうとする日本と、立法府の拡大によってバランスをはかろうとする米国の認識の差が、現在の議会の機能の格差を生んだといえると思う。