インターネットや雑誌媒体上で散見される「モンブラン批判」には2つの種類がある。
1.事業体の経営スタイルに関するものと、
2.ペンそのものの品質に関するもの、
である。昨今では、1.と2.が渾然一体となってfallen idleとしてのモンブラン像が出来上がっているように見える。
1.について。
モンブランの「ブランド化戦略」が批判されることが多いが、これに関して小生は何とも言えない。基本的に筆記具というものは、品質さえよければ、製造元の経営戦略に口出しする必要はないと思うからである。製造元がブランド価値を重視するコングロマリット企業だろうが、場末の手作り工房であろうが、問題にはならない。そして、自分が使用しているペンの製造元が「高級腕時計」を製造販売していようがいまいが、小生には興味がない。
さらに言えば、【ブランド価値】を高める経営努力が【品質】を低下させる…こんなことがもし事実だとすれば、老舗企業の経営史としては興味深いかも知れないが、なかなか聞いたことのない話である。有り体に言えば、販売戦略が変化しても、ペン先職人が同時進行的に腕時計の針を作るわけではないのだから、心配は無用なのではないか。1.の批判は、製造業の【製造部門の品質管理】と【販売部門のブランド戦略】とを一括りにして議論してしまったようである。
2.について。
ペンそのものの価値が損なわれたという議論には、しばしばモンブランの#149・#146の「ニブ(ペン先)の硬さ」が例証として挙げられている。たしかに、ビンテージのモンブランのニブは非常に柔らかく、一方現行品のニブは強い弾力を持っている。そのことが「品質低下」の証しとして繰り返しレヴューに語られているのだが、いくつかの疑問が湧く。
まず、柔らかいニブを持っていることが優れたペンの条件なのだろうか。小生はそうは思わない。一般的に柔らかいニブは日記・手紙の筆記やメモ書きには向くが、原稿筆記やノート作成には向かない。思考に集中しながらペンを走らせていると、筆圧は次第に強くなり、多くのペンではペン先のポイントが限界以上に開いてインクの供給が止まってしまうからである。それに、柔らかいペン先は人間の集中力を、【書く内容】よりも【ペンそのもの】に引き付けてしまい、思考の質を落とす。
柔軟なニブを持つペリカンM1000などは書き味を楽しむための万年筆であって、M1000で長時間の筆記をしようものなら、ペン先を曲げてしまう惧れから仕事の集中力に支障が出る。
第二の疑問。市場には道具として優れた「硬い」ペン先の製品が溢れているが、それらについて一々「低級品だ」との言辞をたれる輩はいない。世の中には、硬いニブを「仕事用」に用いる、分厚いマーケットが存在するのである。
私が言いたいことは、モンブランのペン先が硬くなったのは確かだが、それは「品質低下」などでは決してない、ということだ。
柔らかいペン先を好むなら、ペリカン、オマス、セーラー・ナギナタを選択すべきであって、現行モンブランにニブの柔軟性を求めても仕方がないのである。現行#149はむしろ、ハードな仕事用の道具として適している。
推奨筆記具†: セーラー・プロフィット21。ペン先の質はなかなか。程よい硬さと潤沢なインクフローが約束される。特にロジウムプレート(下)のニブはインクフローが秀逸。
推奨筆記具†: オマス・オジバコレクション・ギロシェ。柔らかいニブを好むなら、オマス。このモデルは廃盤になるとかで、半額で売られ始めている。
