11695 返信 技術と人間 URL ベルナール 2001/12/06 10:09
昨年、ピューリッツァー賞も受賞した、米国の気鋭のジャーナリスト、エドウィン・ブラックの衝撃の一冊が刊行され、邦訳された。『IBMとホロコーストムナチスと手を結んだ大企業』(柏書房) がそれである。IBMがナチスに売り込んだパンチカード機器「ホレリス」が、ユダヤ人の識別と鉄道の効率的な運行を容易にし、ユダヤ人問題の「最終的解決」に無比の力を発揮したというものである。技術と人間、企業と倫理の問題に切り込むこの問題の書は、国際的ベストセラーになっている。

本書の第十一章では、オランダとフランスでのナチスによるユダヤ人対策の技術的側面が報告されている。

1941年、IBM社はアメリカからオランダに、1億2,300枚のパンチカードを輸出して巨利を得、「ホレリス・システム」によって作成された80列のパンチカード情報が、オランダのユダヤ人を「死の収容所」に追いやる決め手となった。

一方ドイツ占領下のフランスでは、ユダヤ人問題総合委員会の委員長、グザヴィエ・ヴァラが、ユダヤ人を年齢・性別・国籍・職業別に分類することに腐心していた。ここでヴァラは、意外なところから協力の申し出を受けることになる。それは、フランス陸軍の主計局長、ルネ・カルミーユである。この謎めいた将校は、長年にわたり、パンチカードの導入を提唱しており、フランスにおける統計情報の混乱に終止符を打つべく、名乗りをあげたのである。カルミーユは、愛用の図表作成機を駆使して、フランス・ユダヤ人の引き渡しを実現させると約束した。そしてカルミーユは、ホレリスだけでなく、IBMの同業他社のブルやパワーズからも機械を導入し、統計能力を飛躍的に増大させた。

1940年8月、ドイツの徴発部隊が、「ホレリス・システム」の接収を始めた。ここから、カルミーユの真骨頂が発揮される。カルミーユは、夜陰に乗じて図表作成機をドイツ軍の手から救出し、貴重な機械を主計局室から車庫の隠し場所に運んだ。ヴァラへの協力は見せかけで、カルミーユは、「マルコポーロ・ネットワーク」という諜報機関に属するレジスタンスの活動家だった。

1942年11月8日、米英軍がアルジェリアに上陸した。ド・ゴール陣営は、カルミーユが奪回した図表作成機とパンチカード・ファイルを利用して、神業とも言うべきスピードで動員し、新しい部隊を編成した。短期間で動員されたアルジェリアのフランス軍は、アルジェリア・チュニジア国境付近でドイツ軍を撃退した。

ナチスの目を欺き通したカルミーユだが、二枚のパンチカードがきっかけで、パリのホテル・リュテティアにあったゲシュタポ本部に身元が割れ、残虐な拷問による尋問を受けた。しかし、カルミーユは、この尋問に、2日間も耐え抜き、決して口を割ることはなかった。

その前年、カルミーユは、国防省に属するエコール・ポリテクニック (国立理工科学校) の卒業式で、占領軍当局の耳に入ることも怖れず、こう祝辞を述べていた。

  諸君の母国からは、偉大な思想家が輩出したことを、
  (…) そして、思想の自由が常に揺らぐことなく保
  証されていることを忘れさせることのできる国など
  ない。そのことを忘れてはならない ! (…) これ
  らすべての遺産は、諸君の魂に刻まれている。諸君
  の魂を支配できるものはいない。なぜなら、諸君の
  魂は、神のみに属しているからだ。(小川京子訳)

カルミーユは、ユダヤ人かどうかを問うパンチカード機の第11列に細工を施して該当者の抽出を妨げ、占領当局のユダヤ人識別を妨害した。カルミーユの英雄的抵抗は、まだあまり知られていない。