18526 返信 Re:今を生きる日本人に戦争責任はあるか? URL トルティーヤ 2003/02/20 00:57
>inti-solさん
◇すごい情報量と知識ですね。
ベトナム戦争のところで補足いたします。


> ベトナム戦争で米国が負けた原因は、いろいろありました。義のない侵略戦争だったこと、それに伴い反対運動があったこと、戦死者の増大や様々な残虐行為に米国の世論が敏感に反応したことなどがそれですが、兵器の欠陥もいくつか指摘されています。私の知る限り、米軍の戦闘機が「時代はミサイル」と、機関砲を搭載せず、武装をミサイルのみとしたことが、圧倒的に旧式な北ベトナム空軍のミグ戦闘機にばたばたと撃墜される原因になったと、そして歩兵のもっとも基本的な装備である小銃(M16ライフル)に送弾不良が多発して信頼性が欠けたことです。
◇米国の敗因についての一考察
1.国際世論誘導の失敗
2.情報統制の失敗
3.戦争目的の明確化が出来ず戦略の集中という大原則を無視
4.ホーチミンルートを遮断しなかった
5.北ベトナムに対して大規模上陸作戦を行わなかった
6.ゲリラ戦等の不正規戦に対する認識不足
7.規制が多過ぎた空爆作戦
8.機雷敷設による海上封鎖を行わなかった

以上8点が主な原因であると考えています。
兵器の欠陥についてですが、これはバトルプルーブンを経て改善されました。
inti-solさんご指摘のように、特にミサイル万能論は現場の意見を無視した空軍上層部からのもので、ベトナム戦争初期の戦闘爆撃機には固定機関砲を装備しておらず、唯一の武器であるミサイルのシーカー部が高温多湿という劣悪な条件のために作動不良を起こしていました。そのため僅かに海軍のチャンスボートF−8クルーセイダー戦闘機が装備する固定機関砲でドッグファイトをしていました。その後マクドネルダグラス(現ボーイング)F−4ファントム戦闘機をはじめ、米軍戦闘機にガンポッドが装備されるようになります。これ以降はキルレシオも改善されていきます。
M−16突撃銃も陸軍上層部によって茶々を入れられたものでした。
元々61年に空軍が制式採用した初期モデルAR−15の方が装弾不良もなく作動良好で非常に優れたものであったにもかかわらず、この高性能銃に目をつけた陸軍兵器局がアーマライト社に改造要求という形で難癖をつけたのと、前線の兵士が銃の清掃を怠ったことも相まって、投入されたM−16は実際の戦場で装弾不良を連発し、「欠陥銃」というレッテルを貼り付けられた経歴があります。これに慌てた陸軍は前線兵士に銃のこまめな清掃を命令し、アーマライト社が設計した通りの構造に戻した後、装弾不良を起こしても手動で弾丸を除去出来るように改良されて事なきを得たのです。これがM−16A1です。
このベトナムにおける戦訓は米軍(後にソ連軍も教訓とした)の兵器体系に大きな影響を与え、運動性が高く格闘戦に優れ敵よりも早く発見し攻撃・撃墜、制空権を確保するというコンセプトの下にF−14やF−15といった強力な戦闘機を開発してゆきます。突撃銃もM−16A2に装備変更してゆきます。
レーザー誘導爆弾「ペーブウェイ」や巡航ミサイル「トマホーク」の開発もベトナム戦争の頃からです。つまり敵射程圏外はるか遠くから攻撃し、自軍の犠牲を最小限度に抑え、敵に大損害を与えるというドクトリンはベトナム戦争によって生まれた産物でした。いわば現代の米軍が空爆という形でどんどん軍事介入出来るのは、これらの兵器の存在あってこそだと思います。でなければ非常に危険極まりない軍事介入を躊躇するはずだと思います。
ただベトナムの敗因としては、北ベトナム軍(NVA)や南ベトナム民族解放戦線(NLF)は中ソ製の兵器援助により最新式の兵器を装備していましたから、個人が携行する小火器については米軍のものとほぼ同じレベルであったと考えられます。よって兵器の欠陥というよりも、ゲリラに対抗するための戦術がまだ確立していなかった米軍が不利であった事が考えられます。逆にオーストラリアSAS(特殊空挺任務部隊)はマラヤ紛争で英軍と行動を共にした経験があり対ゲリラ戦を得意としていました。ゲリラには大部隊による正面衝突ではなく少数精鋭によるゲリラ戦で対抗するという戦術が確立されるのもこの頃からでした。

ただし一般に戦争の勝敗は個々の兵器だけでは一概に決められないもので、戦略や戦術、指揮官や兵士の資質、士気、補給、天候、経済状況、国際情勢、政治状況といった要素が複雑に絡み合っています。米軍の敗因もこの要素から見出すことが出来ます。その点inti-solさんの冷静な分析力はこの問題をよく認識しているものだと思います。