30319 | 返信 | Re:あなたはどう考えるのですか | URL | gaji | 2004/10/24 13:44 | |
> わたしの「しかしあなたは私の述べたことを、彼のページの記述を「根拠」と称して「それは無理なようだ」と退けています。同じ事ですね。」へのレスが > > >そうですね。正しいとは言っておりません。 > > ですか?つまり「同じ事ではない」ということですよね。ではどう違うのか、説明してください。 (私は)「正しいとは言っておりません」ね、ということの再確認ですがなにか? > >もちろん、すべてであるはずはないです。すべてが写せたら神様の世界でしょう。 > では「平和な南京の写真」があるからといって、虐殺がなかった事の証拠になどならないことも認めなければなりません。よろしいですね? 「虐殺がなかった」などとはひとことも私は言っていませんよ。「南京大虐殺」という大仰な言われ方に疑義があるだけです。 > >> http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/murase.htm > >いかにも、、な「記録」ですね。 > 1「いかにも」なんなのでしょう。 この記録は上海から南京へ至る途中の掃討戦におけるものです。 虐殺資料とはいえないでしょう。 ーーーーーーーーーー また中国軍は後背地を事前に戦闘区域に指定しなかった。大場鎮を突破されたあと南京までの農村地区をあわてて軍事地区に指定したが、当然住民は強制立ち退きとなりまた一部の家屋は破壊もしくは焼却された。これ自体厳しいが延焼防止と視界確保のため止むを得ない措置だった。このため残った家屋に一般住民は収容されたが、そこに便衣兵が流れ込み大混乱に陥った。 この便衣兵は通過する日本兵を後方からしばしば襲撃した。日本軍は兵站を弾薬と補充兵に重点を置いたため、その他の物資の輸送は行軍のスピードに追いつけなかった。すなわち前線の後方では補充兵と輜重兵など丸腰の兵による交通渋滞が起きた。それに加え前進スピードが速すぎると、行軍ライン(作戦軸)に沿った後備兵などによる哨戒線も薄くなる。これを好機とみて便衣兵は哨戒ポストを突破、脱出を図った。しかしこのような散発的な試みはほとんど成功しない。沿道は便衣兵と正規兵の死体が途切れることがない情況になった。 ーーーーーーーーーーhttp://ww1.m78.com/topix-2/persuit.html > >行う必要はなかった、それだけのことです。それより、まずは治安を回復、同時に食糧事情 > >をなんとか、、といったことのほうが喫緊の問題であったでしょう。 > 1 治安の回復は、捕まえた中国人の虐殺を行わなくともできました。 「できました」ですか? タイムマシンに乗って67年前の南京に赴き是非、治安を回復してきて下さい。ご健闘をお祈りします。 再掲します。 ------------------------------------ また「ライフ」1938年1月10日号が書いているように、中国軍は占領後も南京城内で一般人の服装(便衣)に着替えてゲリラ戦を続けている。 そうした混乱の中で、一般市民も被害を受けたことは事実であろう。 しかし、中国兵の中には、「軍服を脱ぎ常民服に着替える大急ぎの処置の中には(中略)着物を脱ぎ剥ぎとるための殺人をも行いうるべし」(米国総領事)といった事態があったことも忘れるべきではない。 http://www.history.gr.jp/nanking/books_zenbou_198502.html ------------------------------------ ------------------------------------ ☆『ニューヨーク・タイムズ』(1938年1月4日) 元支那軍将校が避難民の中に。南京の犯罪を日本軍のせいに−大佐一味が白状 将校が「南京で掠奪したこと、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことをアメリカ人たちや他の外国人のいる前で白状した」 ☆上海米系英字新聞『チャイナ・プレス』(1938年1月25日) 安全区で武器携行した1575人の将校と兵士が摘発され、彼らは「掠奪、扇動、強姦にたずさわった」(この将校と兵士は支那軍) http://www.worldguys.jp/cgi-bin/mychan/mychan.cgi?mode=past&no=178 ------------------------------------- ↑の『チャイナ・プレス』の記事は、↓「ラーベの日記」にも出てきます(日本語版では削除されているとのこと)。 ================================================================================ 中国兵が潜伏中に反日撹乱工作を行ったという資料を探してみました。 『再審 南京大虐殺』 P151 明成社 日本会議国際広報委員会、 大原 康男、 竹本 忠雄著 ラーベ日記2月3日の部分にラーベが転載した『大陸報(チャイナプレス)1月25日』の記事。(但し、日本語版では該当部分は削除されている) ---------以下引用---------------- 中国軍の将校が隠れていた! 報道によると、高級将校が外国大使館に隠れていた。12月28日に安全区で摘発、高級将校23名、初級将校54名、下士官、兵1498名。南京保安隊長は難民区4区の工作を指導、八八師副師長馬宝山中将と警察局高官もいた。馬将軍は反日感情と動乱を扇動、王新蕘保安隊長は部下3名と掠奪強姦市民に対する脅迫をしていた。 また、発見された武器は、大砲一基、チェコ製マシンガン21丁、ライフル50丁、手榴弾7000発などである。 ---------------------------------- (『The Good man of nanking』 172-173 ラーベ日記の英語版) ======================================== http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8312/page004.html > ウソである明らかな証拠を示されたのに、自分ではウソかどうか確認もせず、証拠の吟味もせず、反論もしない。そして最後は「パス」ですか。 > あなたの示した根拠にウソが見つかったのですよ?反論もせずにパスなどということが通用するとでも思いますか?それが通用するなら、どんなことでも言えるでしょうが、その代わりあなたのいうことに妥当性などなくなりますし、「映像を見て以来目から鱗」がただの信仰でしかなかったことすら認めねばなりません。議論する気があるのですか?それとも自分の信仰の告白がしたいだけなのでしょうか。不穏当な表現であることを承知でいえば、 > バカも休み休みいっていただきたい。 反論のしようがないので、パスしたのですが。 > >「ゲリラの裁判なし処刑」がなぜ、責められねばならないのですか? > 論点ずらしです。あなたは「国際法がそう書かれているとはいっていない」が「ゲリラの無裁判処刑が認められてきた」と述べたのです。誰がどんな根拠で認めてきたのか、それを示してください。 以下、意味不明につき略。 *********************** > gajiさん。横レスになりますが。 > > あなたについて、今まであなたの言うことをそのまま信用してきました。つまり、それまでは南京大虐殺があった事を確信し、笠原氏や吉田氏の著作を信じていたが、平和な南京の写真を見て以来なかったと思うようになった、というような意味のことですね。でも、あなたの資料の選択の仕方や、あるページの記述を採用する際の無批判さ、別の論考を否定する際の不誠実さなどから考えて、あなたが南京大虐殺はない、という判断をするに至った経緯に付き、あなたの言うことは信用できないと考えることにします。 読んだからといって、なぜ「信じ」なければならないんでしょう。 「南京大虐殺」に関しては、教科書にありましたから、そのとおりに認識してきた、というだけですよ。最近になって、写真史料を偶然見て、その認識に対して疑義を抱いた、ということです。「なかった」とは言っていません。 それと、餃子にして食べた云々の件で、偶然「抗日記念館」「南京大屠殺記念館」といったものを知り、正直、呆れているところです。 再掲します。 > 【抗日記念館】 > http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu3.htm > ------------------------ > 2004年3月22日 中共中央国務院『未成年者の思想道徳建設についての若干の意見』が愛国主義教育基地を小中学生に対して無料とするよう指示。 > -------------http://www.21ccs.jp/china_watching/Directors_watching_04.html > > 「侵華日軍南京大虐殺偶難同胞記念館」(真偽の定かでない残虐写真が多数展示されています) > これまでの私との議論(?)で明らかになったような、ウソをウソと認めない、自分の説に不都合な記述や記録は無視する、そういう姿勢からです。 > その上で、私の「反論」はあなたに対するものではなくなり、あなたが垂れ流す「ウソ」という「ネット上のゴミ」の掃除が目的となります。 今度は嘘つき呼ばわりですか(w > >蒋介石自身が承知の上で便衣兵戦法を活用していたのではありませんか? > 蒋介石が中国軍の戦術、戦略として便衣兵戦術を採用していた、という事実があるのですか。具体的な根拠資料はあるのでしょうね。安全区にいた便衣の中国兵に、便衣戦術をとれ、という命令でも出ていたのですか。そうであるならその根拠を示してください。 > > >国民の注目を浴びる入城式の日に大きなゲリラ活動があっては皇軍の威信に関わる。 > それだけゲリラに対して警戒していた日本軍なのに、あなたが言う「アメリカの新聞に報道された便衣兵事件」とやらに対しての記録が全然ないのはなぜでしょう。特に、一個大隊もの便衣兵が将軍指揮下で発見されたなどという大事件は、どこへ行ってしまったのでしょうね。 > > >多くは南京市民を殺して衣服を奪い、便衣兵となった > >中国軍自身による市民大量虐殺の事実は隠蔽しようとしているが > これは面白い。便衣になった中国兵は、中国市民を大量に殺して服を奪っていたのですか。 > なんという資料からそれがわかるのですか? > >多くは南京市民を殺して衣服を奪い、便衣兵となった > これもそうですね。ぜひ根拠資料を出してください。それができないのであれば、これは戯言となります。 引用先URLを参照していただけますか? |
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