32663 返信 「正統の假名遣ひ」の幻想 #3/3 URL 渡辺 2005/02/02 11:05
「正統の假名遣ひ」の幻想3
 方言と衝突する「正統の假名遣ひ」

 結局、「正統の假名遣ひ」は一種の宗教にすぎません。これらは、幕末の狂信的な国粋主義や明治の文明開化の中で必然的に中途半端になった復古主義を、虚仮威しで正統とか日本の伝統文化と言っているにすぎません。

 ここで、「歴史的仮名遣い」について、補足いたしたいと思います。

(1)「国語仮名遣い」と「字音仮名遣い」について
 「歴史的仮名遣いは、大きく国語仮名遣いと字音仮名遣いに分けることが行われていた。」(「日本文法用語辞典」(三省堂,1990年)P290)
とありますように「歴史的仮名遣い」は「国語仮名遣い」と「字音仮名遣い」の二本柱です。
 「歴史的仮名遣い」といいますと「国語仮名遣い」ばかりにに目が行きますが、漢字の字音を表す「字音仮名遣い」も重要なのです。
 「字音仮名遣い」の一部は標記どおりに発音されていたのですが、煩雑で戦前でも決して一般に習得されていたものではありません。
 「正統の假名遣ひ」信者が口先だけかどうかは「字音仮名遣い」ができるかどうかで露呈します。「調子、町人、重宝、肝心、勧進帳」などの読みが書けるかを問うて「正字歴史的仮名遣い」信者から まともな答えがかえってきたことは今のとことありません。

 戦前においても「字音仮名遣い」は一般人には難しかったらしく、次のような例があります。
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...服装は四分五列 [裂] これでも皇軍にていこうしたのかとびっくり驚いた、そこで一大隊は千八百名武器から馬からせんりょうした、二大隊も三大隊も皆 [このあと二頁分破られて欠]

[ 小佐野賢二他編「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」(大月書店,1997年) P89 [遠藤重太郎]陣中日記 ]
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 この人は、「歴史的仮名遣い」で日記を書いていますが「字音仮名遣い」には従わず「ていこう」「せんりょう」は発音どおりに標記しています。

 なお、「国語仮名遣い」に従わず発音どおりに標記されている例も少なくありません。
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...砲声ハ遠ク聞イテ来ル、戦ハ引続キ行ワレテ居ルダロウ。

[ 小佐野賢二他編「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」(大月書店,1997年) P338 [黒須忠信]陣中日記 ]
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 「ダロウ」は本来「ダラウ」とすべきところです。「聞イテ来ル」は福島方面の方言をそのまま標記したものと思われます。「聞エテ来ル」(現在では「聞こえて来る」)が本来の標記ですが、「歴史的仮名遣い」が話しことばを軽視した文献中心の理論で、話しことばや方言と衝突する性格のものであることを示しています。
 「ハ」とすべきところを「ワ」と標記しています。なお、てにをはの「ハ」を「ワ」と標記する人は戦後教育の普及で逆に減ったように思われます。

(2)現代における「歴史的仮名遣い」の問題点

 江戸時代以降の文語の文献を読むとき、かな使いについては現代文と比較して著しく違和感があるというわけではありません。
 「歴史的仮名遣い」が想定していなかったことは、近代の言文一致という流れです。

2-1「歴史的仮名遣い」で音との違いが起こる頻度が多いのは「は」行で、「歴史的仮名遣い」のベースとなった平安時代後半はW音でした。その後変化して江戸時代当時あるいは明治まで地方によってはΦと発音されていたと思われます。(ハヘホについては ha, he, ho という変化もあった。)
 明治時代でも「鯛」を「タフィ」、菓子を「クワシ」と発音していた人がおり、「歴史的仮名遣い」が採用された当時は現在より実際の発音とのずれは少なかったと思います。

2-2 送りがなについて
 「字音仮名遣い」が顕著に表れる個所は漢字の送りがなですが、戦前においては今日のように読みが明示されるような標記がされていません。これは、戦前の文献をデジタル化すれば必ず気付くことです。
 たとえば、上の例で「戦ハ」とありますが、今日では「戦いは」とすべきところです。このため「字音仮名遣い」と実際の発音との矛盾はあまり表面化しません。

2-3 違和感のあるかな使い
 「歴史的仮名遣い」で真っ先に思いうかべるのは、「せう」「だらう」という文末の標記でしょう。これは、言文一致になったために起こった「歴史的仮名遣い」のおかしさです。
 たとえば「せう」は「せむ」が転じたものです。「〜せむとて」→「〜せうとて」と文中に使われていたものを連体止めにしてここだけ文末にしたので「せむ」とすべきところが「せう」になったのです。
 このような個所は発音通りにすればよかったのです。

2-4 歴史的でない「歴史的仮名遣い」
 戦前は、「む」を「ん」と標記することが多いのですが、「歴史的仮名遣い」でも発音通りにしているところもある実例です。
 「歴史的仮名遣い」のモデルは平安時代なのに、明治は江戸弁を標準語のベースとしたので音便で約束違反があります。
 たとえば、「書(ひ)て」は本来「書きて」と標記したうえで「かいて」と読むべきところです。「かいて」では「書く」の活用表に入らないので矛盾は明らかです。これは、方言と「歴史的仮名遣い」が衝突するということを意味しています。日本語の多様性を認めると、発音どおりの標記を選択せざるを得ないのです。
 歴史的といいながら、当時の「歴史的仮名遣い」制定者が慣れ親しんでいた 当世風標記がちゃんと入っているのです。

 以上のように、近代の言文一致の流れ、ダイナミックに変化し多様な発音を含む現代の日本語に「歴史的仮名遣い」を使用するというのは矛盾に満ちたもので、はっきりいって時代錯誤なのです。
 「歴史的仮名遣い」で書かれた文章が読めればよい、それだけのことです。実際に古い文献を読めば多様なかな使いがあり(較正されて活字にされたものではあるが)、正統な「歴史的仮名遣い」にこだわる理由などありません。

 「正統の假名遣ひ」と称しているものは、明治政府が「明治維新の復古主義に合わせ」採用して普及した、話しことばを考慮しない擬似的に歴史的な擬古的仮名遣いにすぎないのです。