36225	返信	日本にとっての朝鮮半島の重要性（改定版）	URL	小林　哲夫	2005/08/03 15:26
工藤猛さん　　ヒントを有難うございます。前回の文章は読みにくいものだったからか、誤解があるようですので、訂正版をアップします。明治期日本の軍事、外交の大問題は「朝鮮問題」であり、日清日露戦争の理由は、朝鮮の帰属問題でした、この当時の日本は、なぜこれほどまでに朝鮮を重視したのでしょうか？そのことについて司馬遼太郎氏は「坂の上の雲」（２）の中で、日本が日露戦争を戦わなければならなかった理由は朝鮮半島の支配にあった、と書いていますので、その部分を抜書きして考えてみます。「日本は日清日露までは正しかったが、その後間違った。」といういわゆる司馬史観の要点にあたる部分です。「坂の上の雲」（２）の２５７ｐから抜書きします。（若干編集してあります。） ********************************************** >日本が朝鮮にこれほど固執しているというのは、歴史の段階がすぎたこんにち、どうにも理不尽で、見様によっては滑稽にすら見える。 >日露双方が近代的な産業国家になろうとし、それにはどうしても植民地が要る。そのためにロシアは満州・朝鮮をほしがり、植民地のない日本は朝鮮というものに必死にしがみついていた。 >他国の植民地になるか、それがいやならば産業を興して、軍事力をもち、帝国主義国の仲間入りするか、その二通りの道しかなかった。 >そうしなければ、朝鮮どころか日本そのものもロシアに併呑されてしまうおそれがある。この時代の国家自立の本質とは、こういうものであった。 >ロシアは極東に対して、濃厚すぎるほどの侵略意図を持っていた。後世という、ことが冷却してしまった時点で見てなお、ロシアの態度には、弁護すべきところがまったくない。 >日本側の立場は、追詰められた者が、生きるかぎりのものをふりしぼろうとした防衛戦であった。（１７５ｐから追加） >日露戦争をどちらがおこしたか、強いてこの戦争の戦争責任者を四捨五入してきめるとすれば、ロシアが八分、日本が二分である。そのロシアの八分のうちほとんどはニコライ二世が負う。 **************************************************** 以上の司馬氏の考えを箇条書にしますと、（1）当時朝鮮にこだわった日本人の心理は、今から考えると滑稽にみえる。（２）日露共に近代国家になるために植民地として、朝鮮が必要だった。（３）日本が植民地にしなければ、逆にロシアが日本を植民地にしたような時代だった。（４）日露戦争はどちらが起こした戦争か、という意味ではロシア側に八分の責任があり、日本から見れば自衛戦争であった。以上のいわゆる司馬史観を、当時の日本人が考えたことを見事に描いているという意味で認めることが出来ます。当時の日本人は確かに、植民地として朝鮮が必要だと考え、朝鮮を侵略しなければ日本はロシアに侵略されると恐れたということはあったと私も思います。私も当時の日本人がこのような恐怖心に捕らわれていた、ということを事実として認めることができます。しかしその恐怖心は当時の国際情勢を冷静に理解した上のものだったか？という点に疑問があります。確かに当時ロシアは世界中のあちこちで南下政策を試み、それをイギリスは阻止しようとしていました。このロシアとイギリスの対立や当時の国際社会の常識であったパワーポリティックス全体を「世界史のゲーム」と名づけるならば、日露戦争は確かに「世界史のゲーム」の忠実な実行のようにも見えます。しかし私は当時の「世界史のゲーム」の論理から見ても、日露戦争はすこし外れたところがあると考えます。それは次の2点です。先ず一つは、司馬氏要点（２）「日露共に近代国家になるために植民地として、朝鮮が必要だった。」という考えの当否です。（当時の価値観を前提として）帝国主義というのは、産業革命で生じた過剰商品の販路を求めての競争だったのですが、日本もロシアも、生産力の段階はそんなレベルに達しておらず、販路が必要な商品など持っていませんでした。要するに植民地など必要としない経済の状態でした。つまりまったく無意味な植民地獲得戦争をしてしまったといえます。一体何のために朝鮮を植民地にしようとしたのでしょうか？「植民地というものを一度持ってみたかった」というような子供じみた衝動にしか見えません。模倣競争だからこの時の日本が試みた「世界史のゲーム」は、厳密に言えば帝国主義間闘争（経済競争）への参加ではありません。むしろ「先進帝国主義を模倣する競争だった」と言った方が適当かもしれません。戦争の本当の動機は、一等国の仲間入りがしたかった、世界から一等国と見て欲しかった、というような見栄だったのではないでしょうか？（常任理事国になりたいのと同じ）次に司馬氏要点（3）「朝鮮を植民地にしないと、日本がロシアの植民地にされたかもしれない。」について、そう感じたのは今から見て正しい認識だったかを考えて見ます。日本が植民地にされるはずが無い先進諸国がどういう国を植民地にし、どういう国をしなかったか？という分析がなされていない現状なのですが、私としては、今から考えると日本のような文明度の高い国が植民地にされるはずがなかったと考えます。「侵略国家でもなく、植民地にもされない独立国」を目標とすることは出来たと思えますし、現にそういう国は沢山ありました。（例えばタイ国）「朝鮮を植民地にしなければ、日本が植民地にされた。」という考え方は、余りにも被害妄想的で情けない発想のように感じます。現在の朝鮮半島と日本の環境を考えれば解りますが、間に日本海があって日本は簡単に侵略される国では無いことは明らかです。「侵略しなければ侵略される」と感じたことを、私は「当時の人の異常な被害妄想だ」と思っています。朝鮮半島の軍事的重要性ロシアが朝鮮を支配したら、日本の防衛が危なくなるという俗説があります。しかし軍事的には、日本海を海軍で守るだけで、日本は安全を確保できます。当時ロシアの海軍が急激に増強されていたのも事実ですが、それは陸続きの満洲、朝鮮を侵略し防衛するのが精一杯で、日本海を渡って、日本を侵略できる軍事力を持つことは不可能でした。（侵略する意味も無い）一方日本にとっては、朝鮮半島や満州の国境線を、陸軍を派遣して守ることは、日本海沿岸だけを守るのに比べると数倍の困難さがありました。だから軍事的にも朝鮮を植民地にする必要はありませんでした。しかしながら、日露が朝鮮を巡ってこのようなパワーゲームを演じていたことの意味は、当時の国際社会では充分理解されていたのですから、今から考えれば無意味な戦争ではありましたが、この当時の「世界史のゲーム」というのはこの程度のものだったと考えた方が良いかもしれません。ここで私は司馬氏が「今から考えると滑稽に見える。」という要点（１）に着目します。これは「当時の価値観」と「現在の価値観」の間にズレがあるということです。そして私は歴史を見るときに、この二つの価値観の両方が重要だと考えます。つまり歴史を複眼で見る、という方法論です。司馬氏は当時の価値観、すなわち「世界史のゲーム」を見事にわかり易く説明できていると思います。しかし当時の考え方を分析し、それをわかり易く説明できると、それで満足してしまって、現在の価値観「滑稽に見える」の方を余り掘り下げようとしないで終わらせています。要するに司馬史観には、「現在から見ると」という問題意識が欠けています。「今考えると、理不尽な考えにとらわれて、間違った戦争（する必要の無い戦争）をしてしまったのではないか？」という疑問をもっと考えてもらいたかったと思います。「馬鹿げた戦争をした」と、今思えるのならば、「その何処が馬鹿げているのか？」を考えるのが当然ではないでしょうか？問題をもっと大きく設定すると「世界史のゲーム」に参加しないで**、日本は日本の行き方で存続することは出来なかったか？という疑問を持って欲しかったということです。 ①帝国主義の段階には至っていなかったから日露両国は植民地を必要としていなかった、 ②日本にとって朝鮮半島は国防のかなめではない、という2点から「世界史のゲーム」に日本は参加する必要はなかったと私は考えます。「今から考えれば朝鮮を植民地にしようとしたのは滑稽に見える。」という司馬氏の最初の論理から出発して、「日清日露戦争は、今から考えると滑稽な戦争だった。」という結論も書いて欲しかったと思います。私の結論１、朝鮮を植民地にする必要はなかった。（軍事的にも経済的にも）２、世界史のゲームに参加する必要はなかった。３、だから日清日露戦争はする必要のない戦争だった。ということです。追記なお私は「坂の上の雲」という小説を素晴らしい小説だと思っており、その小説をもとにして、以上のようなことを考えることが出来ました。司馬遼太郎氏は偉大な小説家だという気持ちにも迷いはありませんので、この司馬史観批判は、ないものねだりに過ぎないことを追記しておきます。