37044 | 返信 | 占領政策と宣言は別議論で | URL | タラリ | 2005/09/27 15:33 | |
とほほさまへ とほほさんの言っていることがさっぱりわからないという五番街さんの意見に同感です。 >違うでしょう(^^; ポツダム宣言そのものが『無条件降伏』ではない、とする考え方も成立します。ドイツの場合は完全な無条件降伏です。そうした視点で見てもニュルンベルグと東京裁判の違いは説明できると思います。(とほほさん #36966) 「ポツダム宣言そのものが『無条件降伏』ではない」、これは文章になっていません。 宣言を受諾したことは『無条件降伏』を意味しない、という意味ですか? それとも、ポツダム宣言の内容は『無条件降伏』に値しない、という意味ですか? 上のどちらの意見にしてもさらに説明がないとわかりません。 ドイツの場合、戦争遂行した政権がなくなり、連合軍がドイツ占領した時点で後継政権も成立していなかった。相手がいなければ講和はありません。したがって、ドイツの場合は無条件降伏、条件降伏の別が存在しません。 ◆ニュルンベルグと東京裁判の違い 実質的に連合国はドイツの場合も日本の場合も敗戦後成立した敗戦国政府から、何の制約も受けず、裁判をすることが出来た。したがって裁判の性格には基本的な違いはないと思います。 イタリアの場合、北アフリカ戦線、イタリア戦線で西側連合国が優位に立ったとき、対枢軸宥和を目指すのではないか、というソ連の危惧をはらすためにルーズベルト大統領が「無条件降伏」でなければならないと声明しました。その後イタリア国内で政変が起こり、イタリアは「無条件降伏」を宣言しました。この場合は双方が「無条件降伏」を宣言しているのでわかりやすい。すなわち、降伏後に連合国側のどのような要求をも受け入れるということです。 ただし、連合国側がどのようにでも出来るといっても、その選択は当時の政治状況、戦況及び連合国の戦争指導理念によってある範囲内に治まっていることは当然です。日本の場合も対日参戦連合国(この時点では米・英・中)の選択の範囲はおおよそ決まっており、日本に対しての要求は網羅的、徹底的でした。ポツダム宣言はその方針を日本に対して明らかにしたことがイタリアの場合と違うだけでしょう。 ◆占領政策と宣言は別議論で とほほさんは「占領統治政策はポツダム宣言を全然遂行していないから無条件降伏になっていない」との論旨のようです。(この理解でよろしいですね?) 違います。無条件降伏か条件降伏かの別は、その条文の内容には関わりありません。無条件降伏か条件降伏かは、受諾・講和締結までの話で終わっています。その条文の実施にも関わりありません。あくまで、敗戦国側から講和条件の変更を求めることができたか、どうか、講和の条件をつけ加えることが出来たかどうかによります。言い換えれば双方が縛られる契約に出来たかどうかによります。 ポツダム宣言は講和条件は戦勝国が敗戦国に要求し、実施させる項目です。つまり、戦勝国の権利であり、敗戦国の義務です。権利というのはそれを行使しない自由もあります。権利を持っているが行使しないということと権利がないということは違うのです。ですから、戦犯の処罰が不十分だからといって無条件降伏にはならないというのは考え違いです。 烏龍茶さんのとほほさんの意見の想定サマリー(#37028)はとほほさん本人の議論よりわかりやすかった。(これがとほほさんの真意かどうかは別として) アメリカの占領政策の問題点については「無条件降伏」の議論とは切り離して議論される方がよろしかろうと存じます。 |
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