井庭 崇 - 思考の軌跡


「共感ネットワーク広告:消費者から消費者への『声』」

井庭 崇 (慶應義塾大学環境情報学部3年 ※1995年当時)
第48回学生広告論文電通賞 第2位, 株式会社 電通, 1995


本論文を通じて私は『共感ネットワーク広告』という新しいタイプの広告 を提案したい。 これからは「イメージ伝達」「説明」を中心にした「見せる」広告から、 新しい「共感」の広告へと移行すると考えられる。 その具体案として感想や意見を自由に書き込めるインターネットのページの利用に より、「企業から消費者への広告」を脱却し、「消費者から消費者への広告」のという全く新しい発想の提案をしたいと思う。 また、現在過熱ぎみのインターネットについて今までの通説や現状を大きく覆し、 「インターネットは4次元である」というアイディアと共に、 新しい共感の場としてのネットワーク利用について言及する。

1.企業と消費者をつなぐインターフェース
2.忘れられているインターネットの重要な2つの長所
3.『共感ネットワーク広告』とその相乗効果
4.『共感ネットワーク広告』におけるリスクとチャンス
5.『共感ネットワーク広告』とメディア・ミックス


1. 企業と消費者をつなぐインターフェース

 今まで、企業と消費者をつなぐものは、「製品」そのものとその「価格」、そして それを宣伝する一方的な「広告」だけであった。 すなわちマーケティングの4Pと言われているうち最も強力な「プロダクト(Product)」 というという関係、消費者の嗜好を反映すると言われる「プライス(Price)」、 さらに「プロモーション(Promotion)」が、企業と消費者をつなげるインターフェー スだったわけである。 しかし地球環境問題が深刻になり、大量生産・大量消費・大量廃棄を止め、 マスマーケットより、より多様なニーズに細かく対応する時代になってきている。 このような時代背景を考えると、企業は今までのように不特定多数の集まりとして の「市場」を対象にするのではなく、「個人」を対象にしていかなければならなくなっ た。 また、インターネット、CATVなどの登場によるメディアの分散により、 広告についての考え方の変革を求められているのである。

 そういう流れの中、最近ではCI(コーポレート・アイデンティティ)に基づき企業 イメージを伝えるための広告が増えてきている。 それらは企業の目標や問題意識をクリアにするという点で、評価すべき点ではある。 また製品の多様化が進み、販売しているすべてのものを個別に宣伝することは不可能 であるから、効率性という点から見てもそのような流れになるのも不自然ではない。 しかし、「環境や優しいか否か」「身体に良いか否か」など、 消費者はますます製品情報を必要としていることを考えると、 イメージ広告は他方で退化していると言える。 そこで、その消費者の「知りたい度合い」によって情報を選択できるハイパーテキス ト型のインターネットが注目されてきたのである。

 WWW(World Wide Web)のサーバの数は50日で倍増し、現在サーバー数は680万台 であるという。またユーザーは約5千万人いると言われている (日経新聞(11月19日)による)。 その巨大な規模に惑わされて、企業は次々とホームページを開いている。 ホームページさえ作れば、それだけの人数が見に来ると淡い期待を抱いている のである。 しかしインターネットでは、マスメディアのように大量に情報発信をしても、 効果は小さい。 なぜならそこにたどりつく人が少なければインターネットというメディ アの特性を充分に活かしきっていないだけでなく、コストばかりが高くつく からである。 実際大抵の企業のホームページはほとんど見られていないと言われている。 インターネットの接続料金という間接的なコストを払いながら、 わざわざ広告を見に来る消費者はいないのである。 ここではっきりと言えることは、マス広告としての効果をインターネットに 期待することはできないということである。

 例え初期の段階で面白がって見たとしてもそれが当たり前の定常状態になってしまえ ば、たちまちアクセス件数は激減する。 このことは、速度ではなく加速度のみに反応するという人間の特性からも納得できる。 それゆえ現在ホームページを開いている企業で、アクセス件数が多いと安心している ところでも、このままでは指数関数的にアクセス件数が減っていくものと思われる。

 ブロードキャストではなくナローキャストとしてインターネットを使うのだから それでいいのだ、と開き直るのでは進歩がない。 ナローキャストを極度に進めるということが、ネットワーク情報化の長所を 活かしていないからである。

 以上のような理由でネットワーク上での広告ということについての考え方の転換が 必要なのである。


2. 忘れられているインターネットの重要な2つの長所

 現在のインターネット利用に関して、忘れられている重要な点が2つある。 まず一つは、インターネットが「見せる(show)」ツールではなく、「聞ける(ask)」 ツールである、ということである。 インターネットを使った今日の広告は、従来の方法と同じように「見せる」ことが中心 になっている。 しかし、よくよく考えてみると、元来インターネットは電子ニュースなどを代表とす る、「聞ける」文化であった。 それがWWWのブラウザの登場にによるマルチメディア化の衝撃が 「見る」「見せる」という片寄った方向へと押し進めてしまったのである。

 もう一つの重要な点は、インターネット(Inter-net)はネットワークのネットワークである、ということである。 インターネットというと、既存のメディアでは不可能だった「個人の情報発信」 が簡単に行えるという点ばかり強調され、まるでただ単に「個」がつながっている ネットワークのような印象になってしまった。 しかし、インターネットは「ネットワークのネットワーク」という特性により、 暗にコミュニティーの存在を認めていることが斬新かつ重要であるという視点 が欠落しているのではないだろうか。

 この重要な2点を内抱する広告手法が、インターネット時代に大きな変革を もたらすであろう。そこで私は、以下に『共感ネットワーク広告』というものを 提案したいと思う。


3. 『共感ネットワーク広告』とその相乗効果

 インターネットを使い、真のインタラクティブ(相互作用的)な広告を提案したい。 これは企業のホームページに、自由に書き込めるシステムを作ることで実施できる。 例えば製品情報に加え、その製品を実際に使っているユーザーに感想や意見を 自由に書いてもらう。また、企業そのものに対する意見やイメージ、その他自由 な感想を書いてもらう。 このような手法は一見アンケートに似ているが、one to one(個人 to 企業) の閉じたコミュニケーションであるアンケートとは、全く質が異なるものである。 それは単なる双方向(two-way)のコミュニケーションではなく、開かれた広場での 会話のようなコミュニケーションなのである。

 通信販売に対して、一種の不安を感じてしまうのは、その製品に対する 消費者情報が不足しているからである。 ところがもし仮に、数人の友人がその製品を購入し気に入っている、 ということを聞けば、不安も減り、購入へのアクションが起こしやすくなる。

 この例は通信販売のケースだけでなく、一般の製品に対しても同様のことが言える。 つまり、満足している顧客が友人知人にそれを紹介し、新しい顧客が生まれるという プロセスである。 そこには、広告が奥深くに持っている「買ってほしい」というソフトだが熱心な脅迫 といったものが無く、本人が純粋に「良いものだ」と思い、自分の気持ちを紹介して いるだけであるという点で受け入れやすい。 この「自分の気持ちを紹介しているだけ」という点が重要なのである。

 「説明」や「説教」では人は動かない。 いわば人間は「共感」や「感動」で動いていると言える。 その心の片隅にあった小さな種に水を与え、いかに「自分自身で気づいた」か のように感じさせるかが広告戦略のポイントとなるのである。 この考え方は何も新しいことではなく、広告の歴史の中でごく自然に行われてきた ことである。それは決して「買いなさい」とは言わずに、買いたくなるように 製品を魅力的に見せる、という方法で行われてきたのだである。 つまり、企業が消費者の「心の種」に水を与えているということである。 もちろん、この手法はこれからも生き残るであろう。 しかし、これから私が重要であると思うのは、そうした「企業が与える水」に加えて、「他の消費者が与える水」というものである。

 すなわち、製品を実際に購入・使用し、それを気に入っている人の「声」に よって、消費者を刺激するということである。 例えば、意見・感想の他に、載せたい人はE-mailアドレスや顔写真も加えられる ようにしておく。また、その人のホームページへのリンクも可能にしておけば、 書き込むインセンティブにもつながる(実際、visitor's listへの書き込みは、 多くの場合自分のページへのリンクが張られるというメリットがあることが、 インセンティブの一つになっている)。 そのような付加的な情報により、匿名性による不安も薄れ、 その「声」への信頼性も増すことになる。 企業がその製品に対して良いことをいうのは当たり前だから、それよりも 実際に好きな人の生き生きとした声の方が、よっぽど真実味があるのである。 もちろん、企業内部の社員もここへは書き込むことができ、製作過程での話や、 意見に対する感想などを返すことができる。

 インターネットでの共感の実例として 私のホームページ上にあるオリジナル絵本がある。絵本『白の冒険』などでは、感想を自由に書き込めるようなシステムになっており、現在約80人もの感想が集まっている。そこでは共感のつながりが実際に行なわれている。

 『共感ネットワーク広告』とは、「すごいんだよ!」という声が響き合う空間 を作るということなのである。 それは従来の広告の機能「告知」「説得」から、「共感」の機能へ進化であると言える。


4. 『共感ネットワーク広告』におけるリスクとチャンス

 この『共感ネットワーク広告』とアンケートの違いについてもう一度強調 しておきたい。 まず第一に大きな点は、コミュニケーションの種類の違いである。 アンケートは個人から企業への one to one のコミュニケーションである。 そこには、他者は存在しない。 それに比べ、『共感ネットワーク広告』では、個人と企業が一つの大きな 空間の中で、対話をするコミュニケーションである。 そこでは他者の意見が自分に影響を及ぼし、逆に自分が他者に影響を及ぼし合い ながら、対話が行われる。

 第二に重要な点は、対話と調査の違いである。 アンケートという調査では、集まった「声」に対して企業のフィルターがかかり、 編集されてしまう。 しかし、『共感ネットワーク広告』では「声」はそのままの形で保存され、 企業のフィルターを通ることはない。 なぜならば、相手の言葉を自分の言葉に置き換えてしまっては、 それはもはや対話とは言わないからである。

 消費者の曖昧な感覚や葛藤を、企業の言葉に置き換えた時点で、共感は生まれなくな る。 多様な考え方がぶつかり合うダイナミズムに、このネットワークシステムの面白みがあるのである。もちろんそこには、企業にとって都合の悪い意見や苦情も含まれるだろう。 しかし考え方によっては、それらは企業は素直に受け入れて行かなければならない 問題なのであり、チャンスへの貴重な情報であると言える。今まで、企業にとって都合の悪い部分はタブーとして裏の世界に葬られてきた。 しかし、そのやり方を放棄すべきであることを示すために、まず以下のデータを 見てもらいたい。

他社ブランドに変更した人の14%は 「苦情処理への不満」を理由にしている。

顧客の96%は不満を抱いても文句をいわない。 しかし文句を言わない顧客の96%は二度とその商品を買わない。

 こういった現実から企業は目を背けるべきではないし、またそうした場合にはこれか らの社会では生き残れない。 これらの苦情や都合の悪い意見も、逆にビジネスチャンスだととらえる方が前向きである。 従来叫ばれている顧客管理では、苦情を持つ消費者の声は企業まで届かない。 なぜなら、本当に嫌気のさしている企業や製品についてのアンケートになど 答えないからである。 ところが、そのような消費者も他の人には自分が味わった気持ちを知ってほしいと 考える。また「この製品は買うな」というメッセージを送りたいと思っている。 それならば、そういった場を提供し、じっくりと聞いて、R&D(研究開発)に取り 入れていくべきのが望ましい。

 大丈夫、そういったリスクに対して心配はいらない。 なぜなら自社が誇っている製品なのだから、そのような不利益な意見など 吹き飛ばすほど多くの、すばらしい好感の意見もたくさん集まるはずだからである。 また逆に、これからの企業はそのくらいの自信がなければやっていけないと私は考え ている。 今まで、企業は如何に自分が強いか、完璧か、を示す競争に明け暮れていた。 自分の弱みを見せず、欠点を指摘されないように、振る舞ってきた。 しかし、現在このような競争は行き詰まってきている。 完璧性のハリボテはもう通用しない時代になったのである。

 企業はそろそろ自分の「わからないこと」を主張し、素直に耳を傾ける姿勢が 必要なのではないだろうか。 「わかっている振り」をしていては、いつまでたってもわからないままで向上は 望めない。 「わかっていない」ことを表明することによって外から声が入ってくる。 それに答えてくれた声との対話が最重要な課題と言える。

この『共感ネットワーク広告』により、インターネットは、 個人の共感と社員の集まりというネットワーク同士をつなぎ、「聞ける」文化である という本来の姿を取り戻すのである。


5. 『共感ネットワーク広告』とメディア・ミックス

 本論文ではインターネットでの広告の話をしてきたが、 だからといって、よく言われているような「他のメディア不要論」を 擁護するものではない。 私は逆に、メディアの使い分けが重要になり、今まで以上に従来の メディアでの広告に力が注がれると考えている。 つまりコンピュータネットワークによって、二者択一的に淘汰されるというわけで はなく、多者共生的に各メディアに適した利用法で広報が行われるということである。

 現在私たちの周りには見えない映像や、聞こえない音、読めない情報が 空中にあふれている。 そしてそれら、コンピュータやテレビといった「見るための装置」がないと見えない 情報ばかりが注目されている。同様にインターネットも目に見えない。 そのような中で唯一見えるメディアであるポスターや雑誌など、装置無しで 見える広告手段は逆に貴重になるかもしれない。

 また、WWWでは目的のページになかなかたどり着けないという問題がある。 そのため、新しいタイプの検索ツールの開発が期待されており、電子ショッピング モールなどの実験も行なわれている。これからはこのようなネットワーク空間の 新しいイメージが広告の形態にも変化をもたらすであろう。 そしてWWWは単なるバーチャルワールドではなくリアルワールドの一部であることを 考慮にいれ、他のメディアを用いてページの場所を教えることも一つの工夫だと 言える。

 そのようなことを考慮に入れると、 私は、よく言われている広告代理店不要論などはあまりにも短絡的すぎると 思っている。 複数のメディアミックスこそ重要なのであり、広告代理店はそれらの 個別メディアの戦略的コーディネートを行うことになり、いままで以上に 広告代理店の必要性が高まるように思われる。

 また、インターネットの「見せる」利用法だけでは有効でないと書いたが、 『共感ネットワーク広告』に加えて、 「見せる」のならば、効果も十分期待できる。 例えば、見たい話題のテレビCMに出会えないまま、そのCM期間が終わってしまう ことがある。ネットワーク上にそのCMがムービーとして置いておくというのはどう だろうか。製品そのものだけではなく、話題のアイドル・手法・特殊効果・ギャグ など、いわば作品としてCMを見たいという需要にも応えることができる。 また、その会社の広告ポスターやCMの歴史が作品としてみれるようになれば、 企業のアイデンティティの強化にも貢献できる。

 『共感ネットワーク広告』を1つの軸とした広告のメディアミックスが、 これからの社会を大きく変えていくことになると私は確信している。



参考文献