パースのプラグマティズムからみたパターン・ランゲージ

2014.05.05 Monday 00:03
井庭 崇



パースは言う。「我々の認識対象について、それが何らかの実際的意味を持つであろうと思われるような効果としてどのような効果を有すると思われるか、を考察してみよ。その時、これらの効果についての我々の認識が、その対象についての我々の認識のすべてである」と。

"Consider what effects, which might conceivably have practical bearings, we conceive the object of our conception to have. Then, our conception of these effects is the whole of our conception of the object." (C.S.Peirce, "How to Make Our Ideas Clear", 1878)

このプラグマティズムの格率にもとづくならば、「対象認識の形式は、或るなされるであろう行為という条件に対して、その行為が事実なされるとき(つまりその条件が真のとき)、その結果として生じるであろう観察可能な反作用的現象がいかなるものか、を示すものでなければならない。」(伊藤)

それはつまり、「明晰化された命題は、条件 - 帰結の形式を持つ複文である」(伊藤)ということである。その形式であれば、行為と観察可能な結果によって実際に成り立つのかどうかが明らかになる。

また、探究が最終的に目指す「習慣」は、どのように同定するのかというと、「習慣の同一性とは、様々な状況下にあって、すなわち単に生ずるであろうことが予想される状況のみならず、いかに非蓋然的であれ恐らくは生ずることが可能であろうような状況をも含めた全状況下にあって、それがどのように我々を行為に導くか、ということに存している。習慣が何であるかは、それが我々の行為を『いつ』『いかに』生ぜしめるかにかかっている」(パース)という。

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