『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛)
2008.07.28 Monday 23:50
井庭 崇
宇野さんは、1978年生まれということで、僕よりも4歳下にあたる(この本で批判の対象となる東浩紀さんは1971年生まれ、つまり僕は二人の真ん中に位置する)。そういう下の世代が、上の世代が考えたり論じたりしていることは時代遅れだ、と指摘しているのを読むと、ドキっとする。自分はどうだろうか、と考えてしまう(もっとも、この本で指摘されている「時代遅れ」の考え方は、僕はとっていなかったが)。
この本では、1990年代の「古い想像力」と、2000年代(つまりゼロ年代)の「新しい想像力」を比較しながら、時代がシフトしていることを描き出そうとしている。これは、物語作品の批評という点からだけでなく、社会論として読んでも興味深い。
■「古い想像力」と「新しい想像力」
宇野さんが指摘する「古い想像力」と「新しい想像力」について、紹介しておこう。
まず、「古い想像力」というのは、「九〇年代後半的な社会的自己実現への信頼低下を背景とする想像力」(p.15)である。そこでは、アイデンティティの拠り所が、「?する」「?した」という「行為」に結びつけられるのではなく、「?である」「?ではない」という「状態」に結びつけられる。そのため、問題に対する解決は、行為によって状況を変えることでなされるのではなく、自分の位置づけを解釈し直すことでなされる。この想像力のもとでは、「何が正しいことかわからない、誰も教えてくれない不透明な世の中で、他者と関わり、何かを成そうとすれば必然的に誤り、誰かを傷つけて、自分も傷つく」(p.16)ので、何も選択せず、社会にもコミットせず、引きこもる、という発想が生み出される。「古い想像力」とは、そのような考え方を指している。物語作品でいうならば、『新世紀エヴァンゲリオン』が、この「古い想像力」を代表する作品となる。
[7] << [9] >>
-
-
<< 井庭研 2008年度春学期 研究発表会 を開催しました
データベース勉強会 >>
[0] [top]