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2005年06月08日
第8回講義レビュー
アジアの安全保障:「ハブ・スポークス」から「コンバージェンス」へ?
【なぜアジアの安全保障か?】
ちょっと身の上話をしましょう。実は私自身は、はるか昔にSFCの学部卒業論文のテーマに「ASEAN地域フォーラム(ARF)の成立過程」を選びました。以来、アジア太平洋地域の安全保障にはかれこれ10年近く付き合っていることになります。今回のテーマである「コンバージェンス」という概念を思い至ることができたのも、「何か面白いことはないか」と探し続けてきた結果なのかもしれません。
私は学部1年生のときに、草野厚先生の「政治学A」(当時はこういう名称だったのです)のグループワークでディベート大会を行い、そのときの統一テーマが「日米安保は廃棄すべきか否か?」だったんですね。当時私はかなりリベラル派でしたから、日米安保は廃棄して多国間安全保障がそれに代わる安全保障システムになるべきだ・・・という議論を展開したんですが、なかなかディベートで勝てない(^-^;)。そのときに引用した学者たちの「これからはアジアにおける多国間安保の時代」といった論文が、どうも論拠が薄い・・・。こうした疑問が積み重なった結果、「多国間安全保障の有効性を徹底的につめてみよう。そうすれば、同盟の役割も見えてくるのではないか」というのが、学部時代の私の問題意識だったわけです。
勉強を進めていくと、いろんなことが理解できるようになってきたんですね。たとえば、ソ連の脅威が減退したとしても、北東アジアには北朝鮮の脅威が継続していたし、将来の中国の台頭とともに台湾海峡情勢も不安定になるかもしれない。こうした不安定性・不確実性を持ったアジア太平洋の安全保障において、いわば抑止・対処の枠組みを保険(insurance)としながら、地域安全保障協力の基盤を提供しているのが、同盟(米国のハブ・スポークスシステム)なのではないか・・・と思い至ったわけです。
アジアにおける同盟というのは、ソ連の軍事侵攻に対抗するといった冷戦型の機能だけではなくて、「地域紛争の抑止・対処の機能を提供する」→「それによって、各国は不安定要因に対する米国の関与を想定できる」→「ある程度の軍事ドクトリン・軍事力に対する透明性が増す」→「その前提の下で、地域的安全保障対話を強化させる」という流れが、徐々に形成されてきたのが1990年代の流れだったのではと思います。1996年の日米安全保障共同宣言が「アジア太平洋の安定に資する同盟」という表現を用いたのは、こうした広義の安定化機能に着目したからだといえるでしょう。
【二軌道戦略の成立】
さて、こうした背景の下で1990年代のアジア太平洋地域には、いわゆる「二軌道戦略(Double-Track Strategy)」(これは私の造語です・・・あまり定着しない・・・)が形成されます。米国を中心とする同盟関係が抑止・対処の機能を提供しながら、ASEAN地域フォーラム(ARF)のような多国間安全保障協力関係が予防・信頼醸成といった役割を果たすという構造です。この二つの軌道が相互に補完しあうことによって、アジア太平洋の安全保障が成り立っている、というのが私なりの捉え方でした。
けっこうこの「二軌道戦略」は使える枠組みでした。この枠組みによると同盟の重要性を重視し、同盟関係を基盤に据えながら多国間安全保障による信頼醸成をはかっていくという捉え方で、かつての同盟不要論や多国間安保期待論の双方を牽制することもできました。1995年の『東アジア戦略報告』(EASR, 「ナイ・レポート」ともいわれる)は、アジアにおいて10万人に兵力を駐留させ同盟のコミットメントが継続することを強く打ち出しつつ、多国間枠組みも重視する方向性を打ち出したことによって、日本もこの方向性を歓迎し、「二軌道の構造」が定着していきました。
【4つの新しい展開】
ところが、アジア太平洋の安全保障には「4つの新しい展開」が起きているというのが、ここ3年来の私の主張です。そしてこの新しい展開によって、従来の「ハブ・スポークス」(hub-spokes)システムが、「コンバージェンス」(convergence)「ウェブ」(web)「ネットワーク」(network)といった概念に進化しているんですね。
第一の新しい展開は、「同盟の機能進化」です。従来の同盟関係は、抑止と対処を機能として提供することを本務としてきました。現在でももっとも重要な機能ですね。しかしアジア太平洋地域における「不安定性・不確実性」という、必ずしも顕在化された脅威への対処とは言いきれない、グレーな相手に対峙する際に、同盟の機能というのもかなりグレーに(^-^;)ならざるを得ません。別の言葉でいえば、常に敵が明確でアラート体制にいる同盟ではなくて、平時から危機時において、幅広い機能が提供できるような「安定化」を中心に機能を組み替えることが重要になってきたわけですね。
こうした中で、米軍のプレゼンスこそが地域の安定化を促すという概念⇒「プレゼンス・プラス」という考えが浮上し、軍事演習などを通じて小規模紛争にも対応しうる協力関係をつくったり、平和維持機能等の「戦争以外の軍事オペレーション」(Military Operations Other Than War: MOOTW)に注目したりと、同盟協力の裾野がとても広がってきたというのが、ひとつの変化であるといえると思います。
第二の新しい展開は、アジア太平洋の多国間安全保障(協調的安全保障)の枠組みが、かつてのような「トークショップ」(話すだけ)と揶揄された状況から、徐々に制度化された予防外交・紛争解決にむけたメカニズムとして進化しつつあるということです。たとえば、ASEAN地域フォーラムは、信頼醸成(第1段階)⇒予防外交(第2段階)⇒紛争解決へのメカニズムづくり(第3段階)という発展構想を持っているわけですが、現在は信頼醸成の段階から予防外交へと進化したと捉えられています。その具体的な中身としては、ARF議長の役割強化、専門家の登録などを通じて、ARFとしての顕在的・潜在的紛争の仲介・調停・斡旋機能を強化することが目指されています。
第三の新しい展開は、米国と東アジア諸国との安全保障協力関係が「ハブ・スポークス型」から「ウェブ型」へと進化しつつあることです。「ハブ・スポーク型」の下では、二国間での安全保障協議、二国間での演習が主体でした(例えば「コブラ・ゴールド」(米タイ)/「バリタカン」(米比)/「タンデムスラスト」(米豪))。2001年5月の「チーム・チャレンジ」は、この二国間の軍事演習を繋げて、新たなネットワーク型の多国間軍事演習としたものです。この新しい多国間軍事演習では、国連の平和維持・執行活動、捜索救助、人道支援、災害対処、非戦闘員退避などの共同行動を訓練するもので、紛争予防や危機管理をその活動の重点においています。これは、ネットワーク化された同盟関係が、より低強度の紛争にも対応させることによって、地域の安定化機能に寄与しようとする動きですね。その意味では「第一の新しい展開」とも呼応した動きと捉えることができるでしょう。
第四の新しい展開は、特に9.11事件以降、アジアにも地域概念にとらわれない、意思と能力に基づく連携関係が浮上していることです。これをCoalition of the Willing(有志連合・意思ある主体同士の連携)と呼びます。従来の安全保障協力は、「地理の概念」に拘束されがちでした。安全保障協力をアジア太平洋地域で、東アジアで、北東アジアで行いましょう・・・というのが地理的概念に基づく安全保障協力の考え方でした。これは、当然ながら近接した地域においては、安全保障の問題意識を共有できる(お隣さんも同じ問題を抱えている)という前提があったわけですね。
ところが、9.11後の脅威は以前の授業でも解説したように、地理的空間を飛び越えて迫ってくるわけです。すると、実は同じような脅威認識、課題を抱えた国は、近隣諸国とは限らないわけですね。例えば、拡散安全保障イニシアティブ(PSI)に参加する国は、米国、日本、オーストラリア、スペイン、フランス・・・など、世界各地に散らばっているわけですが、大量破壊兵器(WMD)の拡散の阻止という意思と能力に基づいて、協力を深化させているわけです。特に9.11後に、こうした従来の同盟関係と多国間協力枠組みを超えた、コアリションのあり方が注目されているんです。
そして、この新しいコアリションの形は、国際関係の理論にも大きな影響を与えるかもしれません。例えば、ARFでは「すべての国が受け入れ可能な措置を、コンセンサス方式で積み重ねていく」という緩やかなビルディング・ブロック方式をとってきました。このやり方だと、中国・ベトナム・北朝鮮などのアクターも参加しやすいし、「参加型安全保障」の役割を果たすにはとても上手なやりかたですね。ただし裏を返せば、こうした安全保障協力は「最も協力レベルの低い国のペースを中心に動く」ことになってしまいます。コンセンサス方式ですから、そうなるわけですね。だからARFを動かそうと思ったら、強烈なピアープレッシャー(皆が実施してるよ、なんで貴国はやらないの?系のプレッシャー)をかけて、各国の自主的な努力を導かざるを得ないわけです。
ところが、コアリション方式であれば意思と能力を持った国々が集まるわけですから、まず必要な安全保障協力のレベルを設定し、それにむけた協力を行うことができるわけですね。誰も「それは我が国は同意できない」とブレーキをかけるアクターがいないのですから。そして、高い安全保障協力レベルを設定して、そこに他国の参加を呼びかけていく。こうして、バラバラなコアリションが、参加国の増加によって徐々に「地域性」を帯びてくる。これが「地域への再回帰」です。経済を勉強している人にとっては、WTO/地域レジーム/二国間FTAの関係性を対比させてみても面白いでしょう。
【「ハブ・スポークス」から「コンバージェンス」へ?】
以上の、アジア太平洋地域の安全保障の「4つの新しい展開」によって何が見えてくるか。それは、かつての「二軌道構造」が「ウェブ型」あるいは「ネットワーク型」の構造に収斂(コンバージ)しているのだと私は考えています。同盟がより「安定化」機能を強め、多国間安全保障協力がより制度化された予防外交に踏み出し、ハブ・スポークス型の安全保障がウェブ型として連携し、そしてコアリションが台頭する。こうした複雑な流れを捉えるときに、異なる機能が実はネットワークとして関連しあっていることに注目することが重要です。
アジアには顕在的・潜在的に25以上の紛争があると言われていますが、それぞれの紛争に対応するメニューは十分に整備されているとはいえません。これらの対照的・非対称的(横軸)そして、高烈度・低烈度(縦軸)に点在する様々な紛争の形態に対し、上記のような「新しい展開」がどのように対応していくのか・・・このメニューを整備していくことが、「コンバージェンス」の重要な課題ということになるでしょう。
こうした視点を持ちながら、アジアの安全保障を眺めると、「同盟が大事・多国間はその補完」と繰り返し発言している論者たちの議論を、違った観点から受け止めることができるのでは、と思います。よく外交青書などに、「二国間の同盟を基盤に据えつつ、多国間の対話の枠組み等を重層的に整備することが重要」と書いてあります。たしかに総論としてはそのとおりですが、重要なのはその「重層性」の重なり具合を、しっかりと考えていくことだと思います。
神保 謙より
〔リーディング・マテリアル〕
神保謙「アジア太平洋地域における多国間安全保障:多層メカニズムの『戦略収斂』の可能性」小島朋之編『21世紀の中国と東亜』(一藝社、2004年)
〔さらなる学習のために(和文)〕
[1] 森本敏編『アジア太平洋の多国間安全保障』(日本国際問題研究所、2004年)
[2] 山本吉宣編『アジア太平洋の安全保障とアメリカ』(彩流社、2005年)
[2] 防衛庁防衛研究所編『東アジア戦略概観2005(年刊)』(財務省印刷局、2005年)
[3] 平和安全保障研究所編『アジアの安全保障2004-2005』(朝雲新聞社、2004年)
〔さらなる学習のために(英文)〕
[1] Amitav Acharya, Regionalism and Multilateralism: Essays on Cooperative Security in Asia Pacific (Times Academic Press: Singapore, 2003)
[2] Ellis S. Krauss and T.J. Pempel, Beyond Bilateralism: US-Japan Relations in the New Asia-Pacific (Stanford University Press: Stanford, 2004)
[3] J. J. Sue, Rethinking Security in East Asia: Identity, Power, And Efficiency (Stanford University Press: Stanford, 2004)
投稿者 jimbo : 2005年06月08日 18:09