研究活動

秋葉原の観光地としてのポテンシャルを探る

環境情報学部 3年 松本汐美

はじめに

秋葉原は、非常に面白い地域である。昨年は、何かと話題に上った「秋葉原」。 再開発やマスコミによる煽動もあり「萌え文化」はさらに躍進、つくばエクスプレスにより茨城県から新たな人の流れも生まれ、目が離せなくなりつつある。一つの観光地としても有名になった。しかし、このブームは一時的なものであり、また、ヲタクが集まる都市として中野が台頭してきた。このような状況の中で、秋葉原は観光地としてどれだけのポテンシャルを持っているのか。「ヲタクと秋葉原」という切り口から探っていきたいと思う。

1.秋葉原の地域の成り立ち

<1950〜電気街の出現>
秋葉原電気街の出現は、1950年。戦後の秋葉原には、闇市が出現していた。しかし、GHQによる露店法の廃止により、闇市の店主達は行き場を失った。そこで、GHQは、空襲の結果焼け残った秋葉原駅のガードレール下を提供し、闇市の店主達を押し込むことにした。これが、秋葉原電気街出現のシナリオである。  また、電機工業専門学校が近隣にあったこともあり、電化製品の修理を請け負うこともあったため、電気街は発展していった。

(森山嘉一郎 「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」p.67~p.69 幻冬舎 2003)

<1990〜パソコンの普及>
 1980年代末までは、「三種の神器」(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)と呼ばれる白物家電の隆盛により、家族連れをターゲットにした家電の街であった。しかし、大型ロードサイド店の出現により、家族連れは自分の街の近くの店に通うようになり、次第に秋葉原から足は遠のくであった。この結果、秋葉原に残ったのは、若いパソコンヲタク達であった。秋葉原は、「パーソナルコンピューター発祥の地」であり、初めてパソコン専門店なる店を出店した。一階から5階まで総てパソコン用品。日本では初めての試みであった。この試みは、若いパソコンヲタク達を惹きつけ、1990年以降、秋葉原はパソコンの街へ一歩踏み出す。

(森山嘉一郎 「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」p.40~p.44 幻冬舎 2003)

<1997〜>
 しかし、1997年。特殊な現象が起こった。「新世紀エヴァンゲリオン特需」である。「新世紀エヴァンゲリオン」とは、当時絶大な人気を博したテレビアニメであり、社会現象まで起こした。一つのアニメの出現により、一つの街が変わってしまった。 この裏には、秋葉原における電子部品専門店の衰退という不況の実態もあった。 そして、「新世紀エヴァンゲリオン」に目を付けた「海洋堂」というホビーショップが秋葉原に出店したことにより、秋葉原は一気に「ヲタクの街」へと変貌する。

(森山嘉一郎 「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」p.55~p.66 幻冬舎 2003)

2.ヲタクの出現

<ヲタク?>
 まず、ヲタクの語源を説明しよう。「ヲタク」とは、初対面の人間にも失礼にならない呼びかけである「お宅は?」から来ている。様々な会合に出席するヲタク達は、知らない人間に話しかけることが多かったことがこの言葉の普及にも繋がった。

<ヲタクの定義とは?>
 次に、ヲタクを定義づけるものは何か。それは、映像時代に適応した人種であることだ。彼らは、ビデオデッキ発売により成長し、「進化した視覚を持つ人間」となった。  ある一本の30分アニメを例にする。一般人は30分のアニメを、ストーリーを楽しみながら、なんとなく眺める。そして、次週に思いを馳せる。  ヲタクは、というと、30分間、真剣にアニメを記憶するのだ。そして、見終わった後に、「あそこの場面は、○○さんが画を描いて・・・。あっちは、○○さんが・・・」という風に、作画を担当している監督が誰なのかを見つけようとしている。ストーリーなんて関係ない。彼らは、必死にアニメを記憶しながら、何人の作画監督がどこの場面を書いているかを分析し、その分析を仲間と語り合うのである。  彼らは、ビデオレコーダーが無かった時代から、こんなことをやっていた。記憶をフル回転させ、必死に30分間、アニメを観る。録画できたら、何度も観られるのに・・・。  こんな彼らに、ビデオデッキ発売の朗報が届いた。まっさきに買いに走るのは、アニメヲタクだった。まだまだ高価だった時代に、高価なビデオテープまで買い、好きなアニメを録画する。そして、より高性能のビデオデッキが発売されれば、すぐに買いに走る。

(岡田斗志夫 「オタク学入門」p.8~p.27 太田出版 1996)

<パソコン好き=アニメ好き>
 ヲタクは、自分が主体だ。自分の思い通りになるものが好き。例えば、電子部品を自分で組み立て、ロボットを作ったり、ゲームの中で女の子を自分の好きなように扱ったりすること。そして、彼らは自分の話に対して話し相手が欲しいと思い、他人に同意を求めた。その発言の場は、雑誌への投稿からインターネットの普及により掲示板に移った。これが、意味するのは、「パソコンの普及によりヲタク達の活動が活発になった」ということである。パソコンでできることを模索し始めたヲタク達は、それぞれの目的に向かって、ヘビーユーザーとなり、スキルもアップする。また、美少女ゲーム(所謂、エロゲーやギャルゲー)で遊ぶ人達も仲間である。 「パソコンヲタク=アニメヲタク」という公式は、必然なのかも知れない。

(藤山哲人「萌える聖地アキバ 秋葉原マニアックス」p.124~p.126 毎日コミュニケーションズ 2004 )

このように、秋葉原とヲタクの接点が生まれた。

3.秋葉原とヲタクの関係

 前章で、ヲタクの習性を明らかにした。彼らは、進化した視覚を持つ人種である。より高性能のビデオデッキを求めて、また、劣化しないビデオテープを求めて、奔走したことだろう。つまり、ヲタクは電化製品に詳しくなければ、自分の趣味を追求できなかったことになる。電化製品を求め、さらなる高性能商品を求め、彼らは秋葉原に足を向けた。 また、地方ヲタクの巡礼ルートと呼ばれるものが、秋葉原に集中していたこともある。地方ヲタクの巡礼ルートとは、神保町の漫画専門店→秋葉原でLDを買い→幕張・有明のコミックマーケットで同人誌を買う、というルートである。 最も大きな転機となったのは、1990年代のパソコンの普及と「新世紀エヴァンゲリオン特需」である。あらゆるホビーショップの台頭により、秋葉原には様々なヲタクが集まることになった。

(森山嘉一郎 「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」幻冬舎 2003)

4.現在の秋葉原

<秋葉原再開発事業>
 東京都は、秋葉原地区の開発にあたり「東京構想2000」、「秋葉原地区まちづくりガイドライン」により、「電気街が持つ魅力や世界的知名度に支えられた集客力を活用し、IT関連産業の世界的な拠点を形成していく」ことを目指しています。このガイドラインに基づき、東京都の公募による秋葉原駅前都有地の売り払いが行われ、2002年2月、NTT都市開発、ダイビル、鹿島の3社で構成するUDXグループが当選。土地(15,728)を購入し、2003年より新しい街づくりがスタートしました。様々な領域(フィールド)の人々と様々な領域の情報が集い、秋葉原で交流(クロス)することによって、新しい価値創造をしていくというコンセプトで命名された『秋葉原クロスフィールド』は、人の交流、産業の交流、情報の交流をテーマに、こうした様々な交流が活発に行われるよう「秋葉原ダイビル」と「秋葉原UDX」2棟の低層部に、産学連携機能、情報ネットワーク機能、集客機能、そして中高層部にオフィス機能を集積し、秋葉原のIT拠点の中心として新たなプラットホームを構築していきます。{http://www.akiba-cross.jp/news/news20051209.htmlから引用}

千代田区役所へヒアリングを行った際に、こんな質問をしました。「ヲタクと呼ばれる方々との共存を図るのか、それとも、排除していくのか?」と。すると、「彼らは、電化製品やゲームなど、様々な分野に貢献してきました。彼らに、新製品のデモをやって、意見を貰うことを企業ではやってきましたから、蔑ろにしたら、売れる物が作れなくなっちゃいますから」と。秋葉原は、ヲタクを受け入れる姿勢であるようだ。

<萌え文化>
 現在、秋葉原では奇妙な言葉が流行っている。「萌える」という言葉だ。 辞書で引くと、意味は「草木が芽を出す。芽ぐむ。」である。しかし、秋葉原では「好きだ。好意がもてる」などなる。この言葉の語源は、あるアニメの萌という名のキャラクターを好む集団が「もえー」と叫んだことに依る、また、インターネットの掲示板に「萌え」と書いたことから広まったなど諸説がある。

(森山嘉一郎 「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」p.31~p.32幻冬舎 2003)

「萌え文化」とは、私が定義する上では「幼児画を基調としたアニメ・コミック・フィギュア・ゲーム・DVD」の隆盛を言う。 この「萌える」という言葉の普及とヲタク趣味に対する社会の寛容により、今までは隠すべきだった趣味が全面に押し出される形となり、秋葉原に噴出した。今までは個人の趣味であったが、現在では一個人の特殊な趣味が一般大衆化したと言っていい。 また、「メイド喫茶」なるモノの出現を、メディアがこぞって取り上げたことや、「電車男」なるヲタクとOLの恋愛成就話などにより、秋葉原は「萌え」と「ヲタク」の二大潮流に飲み込まれた。

<千代田区観光政策>
平成17年7月27日、多くの人々が楽しめ、快適で住みやすい「千代田区の観光まちづくり」を推進するため千代田区観光まちづくり懇談会が設置された。平成17年12月を目途に同懇談会の提言を受け、平成18年3月までに千代田区における「観光ビジョン」を策定する予定である。

千代田区『観光まちづくり』の理念
「観光」の視点をまちづくりに取り入れることにより、多くの人々に「住みたい」「働きたい」そして「訪れたい」という「想い」を起こさせる。そして、この想いが、千代田区のステイタスを高め、更なる集客交流の促進と、新たな文化の創造や投資を生む

千代田区『観光まちづくり』のコンセプト
大江戸DNAを受け継ぐ 〜大江戸ルネサンス運動の推進 現代の千代田区は、江戸から発展し続けている世界的(コスモポリタン)な首都(メトロポリタン)「東京」の中心的都市という考え方。

「大江戸DNAとは?」
この中間報告では近世の江戸における「都市機能美」、「都会的な粋・優しさ」、「先 端・先進性」が、千代田区において時には顕在化した、時には潜在化した「遺伝子」 の脈々と受け継がれているものと考え、これら3つに代表される観光都市江戸の特 性を「大江戸DNA」とよぶ。

千代田区『観光まちづくり』の戦略

第一は「主要ターゲット層の選定・市場の確保」    仝鯲区民の観光客化    昼間区民のリピーター化(サポーター化)

第二は「商品づくりと推進体制づくり」    〔ノ詫彖任鼎りと区民意識の向上    ⊃篆並寮づくりと連携

第三は「観光の視点からの施策の連携・体系化、相乗効果の追求」    〇楮の体系化    ∩蠑荼果の追求

千代田区全体の観光政策としては、まだ大枠が決定したくらいなので、今後の動向を見守りたいと思います。秋葉原が一体どのような位置づけになるのか楽しみである。

5.中野ブロードウエイ

 1966年、JR中野駅北口再開発の一環として、総工費約60億円をかけて完成した。再開発事業としては珍しい民間デベロッパーの単独建設で、地下2階、地上10階、総面積5万6000平方メートルの規模は当時「東洋一」といわれた。「住居と店舗複合型」「完全分譲制」というユニークさが注目される。  現在の様子はというと、まんだらけという古本屋さんの系列店が20店舗入っていて、他には、フィギアやアニメ関係の多種多様なお店が入っている。昨年、メイド喫茶もでき、秋葉原のライバルの呼び声が高い場所である。秋葉原と違う点は、商店街の中にあるので家族連れが非常に多く見受けられた点と、ビルの中にヲタク文化が一点集中している点と、秋葉原と違い回遊性が低い点である。そのため、中野は秋葉原よりも範囲は狭いが、ヲタク文化がより濃い印象を受けた。

6.まとめ

<秋葉原×ヲタク>
 以上の分析により、秋葉原にヲタクが集まる理由が見えてみた。 まず、一点目は、ヲタクの習性と電気街という特殊な要因が結びつき、昔からヲタクが通ってきていた。

2点目、パソコンの普及と電子機器の技術の進歩により、ヲタクの欲求が満たされ、ヲタクがさらなる欲求を満たしに秋葉原に通うようになった。

3点目、ヲタク趣味に対する社会の寛容により、ヲタクであることを隠す必要がなくなり、秋葉原に堂々と通うことが可能になった。

4点目、秋葉原という都市自体が、ヲタクの個室のような雰囲気を持っており、趣味の露出が公共空間へと連続し、現在の秋葉原を形作った。

<今後の秋葉原の展望>
 秋葉原は、再開発事業により、電気街と再開発区域のレイヤーがくっきりと分かれることになるだろう。この街にやってくる人のキャラクターや人の流動性の変化により、秋葉原は電気街というイメージを払拭させ、また、萌え文化を代表する幼児画をなくすことになるのか。答えは、NOだ。この街は、新たな風邪が吹いたとしても、根強く残るヲタクの力により支えられ、また、メディアに助けられながら、さらなるヲタクの聖地として、成長を続けることだろう。私は、この街を分析していて、次のことを強く言いたい。「街タラシメルモノ人ナリ。故に、人タラシメルモノ街ナリ」ということである。秋葉原は電気街というイメージが強かった。しかし、そこにヲタクが集まることにより、一気にヲタクの聖地へと変貌してしまった。これは、ヲタクというキャラクターを持つ人間が、一点に集中することにより、大きな街を変えることに至った。 そして、森山嘉一郎氏は、著書「趣都の誕生 萌える都市秋葉原」の中で、秋葉原を「ヲタクの個室が延長した街」であると呼ぶ。これは、嘘ではない。一個人の個室が街に延長するということは、人が街のキャラクターを作ったということになる。言い換えれば、それは、街には、街にやってくる人を街のキャラクターに染める力を持っているということも言えるのである。

<秋葉原×観光>
すでに秋葉原は観光地化している。これを裏付けるのは、回遊性の発生である。中野と違い、ヲタク文化が一点集中型ではなく、地域全体に店が散在しているためである。このため、回遊行動が発生する。実際に、観光ルートを作成し、体験してみたところ、終了するまでに5時間掛かった。この結果からも、十分に見応えがあることが分かるだろう。また、外国人観光客も多く訪れること、つくばエクスプレスが開通したことにより、ますます国内外から観光客が訪れることだろう。今後は、千代田区の観光政策や秋葉原の動向を見守りつつ、一般客とヲタクの回遊行動などを調査し、観光都市としてのポテンシャルを探っていきたいと思う。

7.参考文献

森山嘉一郎 趣都の誕生 萌える都市秋葉原 幻冬舎 2003

岡田斗志夫 オタク学入門 太田出版 1996

藤山哲人 萌える聖地アキバ 秋葉原マニアックス 毎日コミュニケーションズ 2004


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Last-modified: 2006-02-05 (日) 22:13:42 (5030d)