ごまちゃん、ケニヤを行く!さよなら、ケニヤ〜5
ナイロビは曇り空だった。あまり上々とは言えない天気である。やっぱりモンバサの方がいい、と思った。いずれにせよ、もう帰ることが嬉しくて仕方ない私は、国内線の建物から国際線の建物に移動することにした。しかし出発は夜10:00。時間が腐るほどあるのにげんなりしたが、実はまだ最後の仕事、二人約束している人がいるのだ。彼等を待たねばならない。
案の定、国内線の出口にはタクシーの客引きが待ちかまえていた。シャツはズボンから出して、気楽なタクシードライバースタイルだ。どこまでいくんだい?タクシーは必要かい?ナイロビに初めて足をつけた2週間前のあの日なら、きっと私はこの客引きの男たちを無視していたに違いない。しかし、今はもうすぐケニヤを去る身であるからして、ご機嫌上々極まりなかった。愛想良くその客引きの皆さんに答える。「国際線に行くだけだから必要ないのよ、ごめんなさいね」「そうかい、じゃ国際線のビルはそこの道を渡って、あの建物の中を通って行くと早いよ」「有り難う!(そして再度、愛想良い笑顔)」おじさんはご丁寧に渡る通路のところまで来てくれた。道路を渡るとまた、タクシードライバーが声を掛けてくる。私は再び笑顔満面で同じように「国際線に移るだけだから....」「それなら、ここを通っていけばいい」とこれまたご親切にご案内してくれる。
そこで私はふと気が付いた。今まで、私は顔がこわばっていたに違いない。誰も寄せつけまい、騙されまい、この人達は私の懐を狙っている−そう思い込んでいる私は、いくら身を守るためとはいえ、振り返って察するにかなりしゃっちょこばった奴に見えただろう。しかしこうやってご機嫌にあいさつすると、向こうもご丁寧に案内してくれるのだ。これは意外だった。ケニヤ最後の日にして気が付いたことだった。彼らはお金と関係ないとわかると、すぐ去っていくのだろうと思っていたのは、私のバイアスだったのだ。勿論、そういう一面が全く無いわけではない。しかし、ケニヤに来た客に対してのもてなしというのもあるのだ。彼らなりの、方法で。
私が「この中を通っていくと早い」と言われた建物は、到着ロビーの建物だった。ナイロビ国際空港は、到着ロビーと出発ロビーが別の建物になっている。到着ロビーの中を歩いていると、またもやブースから声がかかった。「ねえ、今日は凍りそうに寒い日だと思わない?」私に声を掛けてきたお姉さんは、なんと白いカーディガンを着ていた。そこまで寒くはないと思うんだけどな、と思っていると「ケニアのツアーならおまかせ。案内するよ」「今日出発だから時間がないの、それにもう1週間はナイロビに滞在したから」「いや、私達ならもっと面白いナイロビをご案内するわよ」。しかしいくら夜10:00出発とはいえ、二人と空港チェックインカウンター前で約束しているのだから(しかも一応仕事)、そうそう下手なことはできない。ごめんなさいね、ありがとう、と言ってその場を去った。そして、もう少し心に余裕をもって彼等と接することができたのならば、もっと楽しいナイロビ滞在だったのかもしれない、少しだけ残念な気もした。
チェックインカウンターはひっそりと静まり返っていた。私以外にひとり、イタリア系とおぼしきデイパックをしょったお兄さんがいるだけだ。全く人気のないカウンターで少々不安だが、外にでていくよりははるかに安全であろう。とりあえず私は椅子にすわって約束の二人を待つことにした。中途半端に点灯している蛍光灯に、蛾がむらがっていた。