【アピール】国際交流 ODAはもっと必要とする国々に
[2002年06月08日 東京朝刊]

 慶応大学教授 野村亨 50 

     (神奈川県藤沢市)

 数年前、学術調査でヒマラヤ山中の小国ブータン王国を訪れたことがあった。

 この国は国連統計などによれば世界でも最貧国の部類に入るようだが、物質的生活は貧しくとも人々の生活は安定しており、またなによりも人の心の豊かさを感じた。

 この国で唯一の空港のある町パロへ行った際、町を流れる川にかかる屋根つき橋を渡ると、傍らに小さな石碑が建てられていた。そこにはパロ川流域の水利開発が日本政府の援助で行われたことが、日英両国語並びにこの国の国語であるゾンカ語で記されていた。また、町の反対側にかかるコンクリート製の橋にも日本の援助でかけられたことが記されていた。

 われわれの税金から支出された政府開発援助(ODA)が、この国の人々の役に立っていることを知り、私はすがすがしい気持ちになった。

 以前、インドネシアが米不足に陥った際、日本が米を援助し、その直後に訪れたことがあったが、その時も民間人である友人たちから「日本の援助を新聞で知り、とても感謝している」と言われて、ややくすぐったい思いにかられたことがあった。

 この二つの例と比べると、額の上では比較にならないほど高額の対中政府援助の有害無益さはあきれてものがいえない。

 中国の唐家●外相は靖国参拝についても、また今回の瀋陽事件についても居丈高で傲慢(ごうまん)な発言を繰り返し、他国に対して、まるで属国に対するかのような言葉遣いをしている。

 大国主義的な、覇権主義的態度に不快感を感じた日本人は多いであろう。

 そもそも「日中友好」なるスローガンそのものが、中国側が自国に都合のよい時だけ利用する政治臭の強い不純なものであることを賢明な日本国民の多くが気づいている。

 私は中国の人民との草の根レベルの友好に反対するものではないが、一方、民主主義的手続きで選ばれた政府ではない中国政府には強い警戒感を抱いている。

 百害あって一利なしの対中ODAは残すとしても最小限にとどめて、ほかにもっと援助を必要とするアジア、アフリカなどの諸国に援助を回すべきである。

●=王へんに旋

COLUMN