【書評】「パサイ王国物語」 野村亨訳注
[2001年08月03日 東京朝刊]

 十三世紀から十六世紀にかけて今日のインドネシア・スマトラ島アチェ特別州にあったパサイ王国について、古典マレー語で書かれた物語の本邦初訳である。

 物語は、大竹から生まれたプトリ・プトン(大竹姫)という日本の竹取物語そっくりの建国神話に始まって、王たちの興亡が連綿と語られていく。年代の言及はなく、それが古典マレー文学の歴史物語の特徴でもあるという。

 戦いまた戦い。象や毒蛇など動物たちも国盗り物語に登場する。口承文学ならではの味わいと、東西、万国共通の普遍性も感じさせられ、三部構成の最後は東部ジャワに栄えたマジャパイト王国の盛衰をもって終わる。

 驚くのは、訳注と解説が念入りなこと。古典マレー文学の邦訳は極めて少なく、マレー社会への理解増進もかねて、パサイ王国の歴史や過去の研究状況にまで及び、本文にほぼ匹敵するほどの分量が割かれている。まずこちらから目を通すのも一法で、マレー社会に思い入れ深い訳者ならではの大変な労作である。野村亨訳注。東洋文庫(平凡社)。二八〇〇円。・

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