ハマータウンの野郎ども

 

2000年12月18日研究会1

環境情報学部2年 喜多紗也佳

 

 

ジョウイ ……教師はおれたちを処分できる。教師はおれたちよりもえらいんだ。やつらにはおれたちよりもでかい組織がひかえてる。おれたちのはタカがしれてるけど、教師はでっかい制度を味方にもってるものな。それでも、いいなりになるってのはシャクじゃないか。なんていうかな、権威づくってのはムカツクね。

エディ ……教師だからっていうだけで、教師は自分たいにほうがえらいし、力もあるんだって思ってるのさ。でもほんとうはさ、教師っていっても何でもないのさ。ただのふつうの人間じゃないかよ、なあ。

ビル ……教師って、よほど何でもできると思ってるんだ。そりゃ、おれたちよりはできもよくて、えらいかもしれないけどさ、やつらそれよりもっとえらいって思ってるんだぜ、そんなことないのにさ。

『ハマータウンの野郎ども』P31,32権威への反抗と権威順応者への排斥より

 

LEARNING TO LABOUR

How working class kids get working class jobs

 

イギリスの典型的な労働者の町ハマ−タウンの「おちこぼれ」男子中学生の日常と卒業後の進路を描き分析する。

反学校文化の可能性とその「意図せざる結果」(労働の世界に自ら進んで入り込んで行く)としての社会構造の再生産のメカニズム

 

作者 Paul EWillis

労働者階級の家庭に生まれるが大学へ進み知識人として生きる

再生産論研究(反学校・労働者文化→文化一般→消費文化)

マルクス主義 文化のレベルでの階級対立 

1977年 イギリス (複線的な教育制度)

手法 エスノグラフィとその理論的考察

カルチュラルスタディーズの代表的研究の1つ

 

■ 野郎どもをめぐる用語・概念

「野郎ども」/「耳穴っ子」 

・ 教師と生徒の交換関係、関係を支える学校という強制力をもつ環境

「異化」/「同化」

  異化…自らの価値による制度の読み替え

  同化…異化や階級間の対立の制度へのとりこみ

「洞察の光」と「制約の影」

  洞察…全体社会の真実を見抜く力

  制約…洞察の障害となる様々な影響(イデオロギーなど)

 

 

反学校文化 ≒労働者階級文化

「私事」の領域:学校外(家庭や街)から影響

類似点=権威への反抗、笑いふざけ、暴力、男尊女卑、人種差別など

野郎どもの現実の実社会への認識「おれたちは実際に通じている」

インフォーマルな集団の仲間社会 

自己認識は生徒であるよりも労働階級の自覚的な一員

 

学校制度の「異化」の過程

交換関係の読み替え

●教育制度への洞察

1「今」を犠牲にする意味なし 努力=よい成績? よい成績=よい職業?

 「社会的上昇移動は当人の努力次第で学校時代の成績がよければ将来の可能性が開ける」とは教育神話で根拠はない。

2能力主義競争を拒絶

成績証明の役割は文化的資本を占有する支配階層としての位置と特権の再生産(ブルデュー)

3個人主義的努力を拒む

少数者だけが個人的に成功できる条件を全員が従うべき条件として提示する学校の虚偽。ひとりで「出世」より階級の一員として開き直る

 

職選び§職場の雰囲気を重視「どれも大差ない」  

「野郎ども」の自我…仲間集団における尊厳 労働における男らしさ

労働…主体的な関わりを絶った「手労働」に限定 

労働に自我は投入しないで労働力を最小限にして提供

   精神労働=体制順応 手労働=反抗と自由

●労働への洞察1 労働力=独特の商品

個々人は労働力を支出するにあたってある一定程度の自主管理力を必ずもつ

資本主義を支えるのは労働者の与えられる賃金以上の労働

→本質的に労働者は搾取される

労働への洞察2 抽象的労働=すべての賃金労働の共通項

具体的な姿が違っていても人間労働はどれも搾取の対象

理由:財貨の生産・交換は利潤が目的、利潤労働力の使役によってのみ生まれる 

 

制約 分断 

分断@精神労働と肉体労働

学校の進める個人主義を拒む。同時に精神的学習能力=権威を拒む。

結果:精神的行為に価値を見出さない

分断A役割としての男性女性

労働階級一般の性意識 家庭、アルバイト先から

家父長的価値「男らしさ」

 

分断@+分断Aの複合結果

 

精神労働←――――――――――――――――――――――→手労働

   女々しい        男らしい   |  汚い

              (野郎ども)   (黒人移民)

 

社会の支配イデオロギー…精神労働を優遇

            万人が同じ目標(精神労働)を追求する能力主義

下層階級の価値意識…手労働を優遇

          みずから手労働を選び、自己認識をとげようとする

資本制社会の安定

「学校とおさらばする」期待と自信→ 就職後職場適応を経て幻滅へ

 

 

文化と再生産についての見通し

・悲劇的 社会の再生産に合流するような意思決定を文化が導く

楽観的(ウィリスの立場) 

 インフォーマルな集団の自律性 社会変革の可能性 

 

 

 

ポール・ウィリス 熊沢誠・山田潤訳

『ハマータウンの野郎ども 学校への反抗労働への順応』 ちくま学芸文庫 1985

 

杉山光信編『現代社会学の名著』中公新書1989

小内透『再生産論を読む』東信堂1995

大内裕和「教育学がわかる50冊」『学問がわかる500冊』朝日新聞社 2000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料

異化「ある制度の内部で、その制度の影響を身にまといながらも、なお一定の距離を保ちつつ労働階級の文化が創造的な展開を示す特定の過程」p158

「異化は、それをおし進める人々にとっては、制度が与える出来合いの役割から自己とその未来を批判的に分かつ体験的学習の過程であり、他方で制度を代表する人々にとっては、さしあたり説明不可能な障害や抵抗や対立の存在を思い知る過程である。」(p160

 

洞察「ある文化を共有する成員達が自分達を囲繞する全体社会とのかかわりで自分達の生存の位相や条件を見抜こうとするとき、その文化の内部ではたらく衝迫的な力」P288

制約「衝迫力の全面的な展開を阻害したり混乱させたりする方向に働くさまざまな障害物や牽制やイデオロギーからの影響など」P299

部分的な洞察

「〈洞察〉は、たんにねじまげられ自律的な展開を妨げられるだけではない。それは、対抗文化の内と外に待ちうける様々な〈制約〉によって、あばきだそうとする当の社会構造に結局はつなぎとめられる。」p289

 

職選び「たいていの労働は、「金もうけのための汚れ仕事」なのであって、その日その日の現金の必要を充足してくれる限りで耐えるに値するものなのだ。そもそも労働それ自体が愉快であろうはずがない。本当に重要なのは職場の独特の雰囲気」(p246

精神労働「精神労働は貪欲にひとの能力を食いつくそうとする。精神労働は、まさに学校がそうであるように、ひとのこころの侵されたくない内奥へ、ますますいとおしく思われる私的な領分へ、遠慮なく入りこんでくる」(p254

 

悲観「学校派と反学校派との違いは、それぞれのその後の進路の違いであり、職種の違いであり、それらに照応した報酬・待遇の違いなのである」(p241

「ゆるぎない自信に満ちあふれたこの一時期が、彼らのその後の長い人生を不利な方向に定める重大な選別の時期にあたっていること、まさしくこの事実に、労働階級の文化の、また社会の再生産メカニズムの、大いなる逆説が宿されている」(p265)

「反学校文化は、とにかく学校後の将来への積極的な期待感を生みだし、階級文化が熟知する労働生活のいまひとつの暗い面を打ち消してしまうのである。もともと階級文化の申し子であるものが、こうしてやはり階級文化を再生産する担い手となっていくのだ。」(p248

 

楽観「社会を構成する人間的主体は、支配イデオロギーの受動的な受け手にとどまりえないのであり、既存の社会構造を再生産するにしても、闘争や抵抗や部分的な洞察を行う、イデオロギーに対する能動的な改ざん者としてそうするのである。」(p409

「労働階級の文化の中に既存の社会の再生産に好都合な要素があるようにみえても、それはそのまま手ごわい異和を伏在させた要素に他ならないゆえに、資本主義はけっして確固不動の安全を保障されてはいない。それは千年王国ではありえないのである。」(p409