小熊研究会 中間発表 2000.10.2.
総合政策学部4年 79710449
渡辺大輔(s97045dw)
研究計画書
1.テーマ
「短期大学の女性化 その変遷と現状」
2.問題意識
高3のとき、あなたはどのような進路を志望したのだろうか。そして、何を理由にその進路を選択したのだろうか。私の場合、一応進学校といわれる高校に通う男子生徒で、かつ理系ということもあり、はじめから短期大学や専門学校は進路の想定に入っていなかった。たしかに学歴という観点からの、あるいは偏差値という観点から切り捨てたとも言える。しかしそれ以上に、それ以前に短期大学に男性が行くという発想がまったくなかった。
この短期大学が暫定制度として発足した1950年、短期大学には女子学生よりも男子学生のほうが多く在学していた。これが1954年に逆転し、現在の短期大学を見てみると、女子学生が9割以上を占め「女性の高等教育機関」としての地位を築いている。この現象を「短期大学の女性化」と呼ぶ。それでは、「男は(4年制)大学、女は短大」という形の、「高等教育機関のジェンダーによる水路づけ」(松井、1997、4頁)ははたしてどのようにして形成されたのだろうか。それは同時に、私が高校生のときに抱いていた短大のイメージがどこで形成されたのかを探ることにもなる。
スコットはジェンダーに関して、「ジェンダーは性差の社会的組織化」だと定義づけている。この観点から改めて日本の高等教育の現状を考察すると、いかなる問題が浮かび上がるのだろうか。ここで短期大学、ひいては高等教育における資格に関する問題を取上げたい。資格に注目する理由は、教育の結果の象徴的なものの一つであると考えるからである。
本研究はこの資格に注目しつつ短期大学が女性化した変遷を考察したい。
3.研究対象・理論
研究対象は戦後日本の高等教育機関、特に短大を中心に必要に応じて大学、専門学校、高等専門学校に関する様々な言説を対象の中心に、その中で取得できる資格の扱われ方、教育内容の社会への受容のされ方などを、探ってゆく。また、その上で1次資料も探して分析してゆきたい。
また研究における理論的枠組みは、教育社会学においては冷却−再加熱理論を、またジェンダーに関してはスコットのジェンダー論を参考にしてゆきたい。
中間発表
pre-introduction 前回の内容
a.理論
○機能理論(T.Parsons、R.Collinsなど)
○葛藤理論(R.Collinsなど)
○増幅効果理論(トーナメント理論)(J.Rosenbaumなど)
○冷却・再加熱理論(E.Goffman、E.Hopper、B.Clarkなど)
→日本にあわせて派生させた人が、竹内洋
b.短期大学制度史
c.短期大学のジェンダー的側面
短期大学の4割が共学校であるにも関わらず、学生の9割以上が女子
1980年あたりまでは半数以上が家政系の学科によって占められていた
introduction1.資格
<その定義と種類>
資格の定義は多くあり、特に定まったものはない。ここでは辻(2000)を参考にする。
「公的(職業)資格」…弁護士(法務省)、教諭(文部省)、医師(厚生省)など
「技能検定」…自動車整備士(運輸省)、情報処理技術者(通産省)など
「民間資格」…簿記(日本商工会議所)、秘書(財団法人・実務技能検定協会)など
<学歴との連続性>
公的(職業)資格には学歴が絡むものも多い。
戦前は、国や地方自治体によって認可された資格認定校をでれば、自動的に習得できる無試験認定制度が数多くあった。(例えば、医師、看護婦、産婆、計理士(現在の公認会計士)など)
戦後、資格制度の再編によってその多くは資格認定校を出たうえでの試験認定等に制度は改められたが、実際には特定校を出なければ試験を受けられないもの(医師、薬剤師など)や、最低学歴の規定があるもの(保母、測量士、熱管理士、宅地建物取引責任者など)が多くあり、学歴と資格の連続性は今なお強いといえる。なお、現在も無試験認定制度を採用しているものは教員、甲板員などである。
資格は、近代社会において自分自身の能力を社会に対して証明する役割を果たすとともに、自分自身のアイデンティティ(私は社会の中でこのようなことができる)を確立する役割をになっている。しかし、資格は社会において必ずしも職を保証するものではない。その時代において資格がどのような意味を持っているのかを見極める必要がある。
Introduction2.短期高等教育
<定義とその性質>
OECDのドロテア・ファースの定義
短期高等教育の導入は、高等教育への新しい需要に対応して中等教育の次は大学というシングル・トラックから、様々な目的や属性に合わせてそれぞれの社会的機能を育成するためのマルティプル・トラックへの構造転換といえる。
<現在の日本における短期高等教育>
短期大学、高等専門学校、専修学校、各種学校などが短期高等教育にあたる。
日本における短期高等教育政策は、欧米諸国(ほとんどが公立)と比較すると格段に脆弱なものがある。短期大学・専修学校等は私立が9割以上を占めている。高等専門学校は国立がほとんどであるが、1962年に発足して以来いまだに62校(うち国立が54校)しかなく見捨てられたとは言わないまでも、決して重要視されていえるとはいえない。
また、短期大学は4年制大学と同列の「大学」としてみられることが多く、そのため大学序列の下位のものとして扱われることもある。
短期大学のジェンダー的側面の形成
<短期大学で習得できる資格の変遷>
第T期(1950〜1962)
制度自体が暫定期であり、実際的職業人(semi-profession)の育成と家庭婦人の育成が混合
・栄養士
・教員……1953年に免許法が一部改正。短大卒の高等学校教員資格失われる
これによって、幼稚園・小学校・中学校教諭二級資格のみを取得可に
・保母
・司書
大学と同じ資格を半分の2年で取れることを強調しつつ、習得した資格を使わせるわけではなく、「もしものときの保証」程度の認識がなされていた。この背景には、まだ女性が働く環境が未整備であったことや、1960年の女子の高等教育への進学率が5.5%(短大は3.0%、なお男子は4大短大あわせて14.9%)であり、それなりに余裕のある家庭の子供が多いからと考えられる。
第U期(1963〜1974)
いわゆる「花嫁校」としての地位が確立する時期。
取得できる公的資格は特に変わらないが、民間資格が取得できる資格として「創られる」。
・衣料管理士(社団法人衣料管理協会)…1972年から
・秘書士(社団法人秘書士協会)…1973年から
短大の中でも資格認定校の数がこの時期に急速に増える。青島(1997)は、「花嫁学校」としての性格と「資格が取れる大学」としての性格が同時期に形成されたことに注意を喚起しているが、「資格」の性質を考える上で重要なメルクマールとなるだろう。
第V期(1975〜1984)
第U期に引き続き、資格認定をする短大は増えてゆく。しかし、1975年に専修学校が発足することで高等教育機関内での競合が起きるようになる。また、この頃から資格と就職とが乖離する現象もみられる。
「就職に強い短大」というイメージがほぼ定着したのもこの時期であるが、それは必ずしも在学中に学んだことをそのまま活かせるというわけではなかった。技能検定に関する教育をはじめるのもこの時期であり、情報処理技術者試験に関する科目などが設置されもした。
第W期(1985〜)
短大自体が「淘汰」(喜多村編、1989)される可能性のある時期。1988年には専門学校に学生数で抜かれている。
資格の認定校数も停滞し、資格と職業の乖離も引き続き起きている。
・介護福祉士…1987年に福祉分野では日本初の専門職として発足
少子高齢化時代にさしかかっている今、最も注目されている福祉の分野での資格は高等教育機関における資格教育にも大きなインパクトを与えつつある。だが、この資格に関してもすでに専門学校と短期大学が急速に科を増やしており、すでに飽和状態になっており約4割の養成校で定員割れがおきている。
<短大での資格とは何であったのか>
第T〜W期の流れの中で、短期大学における資格教育は常に変化を続けてきた。この変化は、社会環境・労働環境における女性の位置付けの変化とも重なっている。「もしものときの保険としての資格」、「就職に有利にとの資格」、「とりあえず食べるための資格」など。
だが、ここで注意するべき点が2点ある。それはこれらの個人的に消極的・積極的な意味付けをして取得した「資格」のもつジェンダー的な意味である。
○準専門職
短期大学で取得できる資格は、どれも社会学でいうところの準専門職(semi-profession)と呼ばれる職種である。天野は準専門職の発生過程を検討しつつ、そこからさらに準専門職を専門職と同等の地位にまで引き上げることで女性解放に結びつけようとしようとしているが(天野、1982、58-68頁)、現状としてはそのような状態には至っていない。
現在のところ、短期大学で取得できる資格は4年制大学で取得できる資格に比して、教員免許(幼・小・中各二種/幼・小・中・高各一種)、栄養士(栄養士/管理栄養士)などといった形で学歴による差別化がはかられており、それが短期大学=女子という価値観と融合することで性差別の再生産の一翼を担っていると考えられる。
→ また、例えば教員免許に関する現実問題としては、二種免許では雇ってもらえず(雇
われても非常勤が多い)結局のところ「持っているだけの資格」になってしまう
c.f. 1991年度でみると中学校教諭二種の活用率は1.9%、小学校教諭二種は6.3%
○家父長制家族観の影響
ライフスタイルを考えるとき、現在の「M字型就労の常識」の影響は色濃く残っている。
就職−子育て−再就職のルートをたどると考えるのであれば、再就職のときに便利なように資格をとっておくという発想はいまだに根強い。
<未来……> ジェンダー的公正?
女性の社会進出における問題
→ 出産・育児 → 社会的救済措置(育児休暇、育児施設等の整備など)
→ 長期雇用の前提となるスキルの習得する場の必要性
(短期雇用が前提の現状では訓練コストが回収できないためスキル向上
の場が企業内にない = 排除の理由となる悪循環)
→ 専門的スキルの必要性 …… しかし、資格制度の問題点に注!
企業中心の社会において「スキル」という言葉を使うとき、それは男性中心社会においての「スキル」を意味する。そこでは出産・育児等に関する措置などを考慮しないままに、現行の企業社会の枠組みにおいて有効に機能するものとして想定されている。
スキルの有無で、あるいはそのスキルを万人に示す効果的な方法である資格の獲得によって、人々を競争させることは、その「人々」にこれまでの企業社会で中心を担ってきた男性しか想定していないことになる。
・ジェンダー的公正(gender justice)
女性を男性化させるわけでなく、また構造を変えずに男性の地位を下げるわけでもなく、女性の地位を不断に上昇させて男女の格差を是正しつつ、同時に、男性の現在の生き方・働き方を基準とするのではなく、むしろ女性の社会的・身体的リズムを基準にすることで、制約が制約とならないような労働と生産のリズムを全社会的に作り出す(森田、1997、258-259頁)
資格についてはどのように当てはめるべきか?
研究の今後の展開 ……それと悩み……
1.特に60〜70年代の資格の扱われ方と需要のされ方の、生の資料の収集
2.都市と地方の短期大学に対する受容に関する資料
3.パンフレットなどの言説 ←なかなか手に入らない
悩み
調べれば調べるほど、先行研究が次々と出てくる
参考文献 引用したものと特に参考にしたもののみ
阿部美哉「欧米における短期高等教育」『IDE――現代の高等教育 No.313』民主教育協会、1990
天野正子『転換期の女性と職業 共生社会への展望』学文社、1982
Collins,R.,1971、潮木守一訳「教育における機能理論と葛藤理論」天野・潮木・藤田編
訳『教育と社会変動』上、東京大学出版会、1980
池田由子・加藤恵「女子短大保育科学生の将来像について」『東洋大学社会学部紀要 30−1』1993
伊藤順啓『短期大学教育 再考』国際書院、2000
金子元久編『高等教育研究叢書18 短期大学教育と現代女性のキャリア ――卒業生追跡
調査の結果から――』広島大学大学教育研究センター、1992
韓民『現代日本の専門学校――高等職業教育の意義と課題』玉川大学出版局、1996
喜多村和之編『学校淘汰の研究 ――大学「不死」の幻想の終焉――』東信堂、1989
松井真知子『短大はどこへ行く ジェンダーと教育』勁草書房、1997
森田成也『資本主義と性差別 ――ジェンダー的公正を目指して』青木書店、1997
西田亀久夫「短大と高専 ――私的感慨の総括――」『IDE――現代の高等教育 No.313』民主教育協会、1990
Scott,J.,1988、荻野美穂訳『ジェンダーと歴史学』平凡社、1992
竹内洋『日本のメリトクラシー 構造と心性』東京大学出版会、1995
辻功『公的職業資格制度の研究 ――歴史・現状・未来――』、日本図書センター、2000
資料1 引用
@ジェンダー
「ジェンダーとは、性差の社会的組織化ということになる。だがこのことは、ジェンダーが女と男の間にある固定的で自然な肉体的差異を反映しているとか、それを実行にうつしているといった意味ではない。そうではなくてジェンダーとは肉体的性差に意味を付与する知なのである。これらの意味は、文化や社会集団や時代によって様々に異なっている。それは、女の生殖器官をも含めて肉体にまつわるいかなるものも、社会的分業をどのように形づくるかについて唯一絶対の決定を下したりはしていないからである。私達は性差を、肉体について私たちが持っている知との相関においてしか見ることができないが、その知とは「純粋」なものではなく、幅広い言説の文脈の中でそれが持っている含意から切り離すことはできない。したがって性差とは、そこから第一義的に社会的組織化を導き出すことのできる始原的根拠などではない。むしろそれは、それ自体が説明を必要とする一つの可変的な社会的組織なのである」
〜Scott、荻野訳、1992、16-17頁
A公的職業資格の定義
「1 法律、政令、省令、告示(明治初期の太政官布告、達等も含む)のいずれか、またはそれらの複数の法令によって身分が規定されている
2 職業上の身分に限られる
3 不特定多数の人が国(または国の委嘱を受けた機関)が行う試験その他の競争的な審査を受け、同時的に複数の人が獲得できる身分である
4 公務員以外の人でも取得できる身分である
5 主として、知識・技術に関する身分である」
〜辻功、2000、16頁
B短期高等教育の定義
「1.伝統的な大学よりも、能力および関心においてより広い幅の若者達を収容する。
2.社会的、地域的、学歴的に差別されてきたグループの人々に、進学の機会を提供する。
3.雇用者側の要望に応え、地域の必要性を満たすことを目的として構築された、教育プログラムを提供する。
4.できる限りやすい費用で、なるべく短期に終了するようなコース設定を原則とする。
5.原則として研究よりも教育に焦点を合わせている」
〜Dorotea Furth , ‘High Education-Alternative to Univesities’ ,
The OECD Obsever , 161 , 1989 – 1999 , p.5
阿部、1990、55頁 より引用の引用
C短期大学のイメージのステレオタイプ
「実質1年少々の修練で、学問の味わいが分かるはずはなく、プロといえる実力が身につくことも期待できません。だから、明治以来、恒久的な制度として2年制の学校はありません。ほとんどの卒業生が就職を考えず、おおらかに短大卒という免許状をもって家庭に帰って行った一昔前の娘さんの学校として、短大2年という手軽さが珍重されたのだと思います」
〜西田、1990、7頁
D第T期
「榮養士とか、教員とかは、女子に最適な職業であると信ずる。在学中、努力して免許状を取つておけば、結婚しようとしなかろうと、又夫が長期不在であろうと、又は寡婦になろうと、何時でも就職の機会がある。この職業はある種の職業のように容姿や年齢の制限はないし、内職ミシン、音曲教師のように常に時間をかけて高度の技術を維持しておく必要もない。又日傭のように生活不安もない」
〜森本、1953、12頁
E第U期 花嫁教育
鳩山(就職率の話題で)「私は、短大生に、なるべくあなた方は就職しないでも暮らせる人はおやめなさいと言うんです。それで男性で就職しなければならない人、一家をしょって立つような人があるんだから、そういう人に席を譲るべきで、あなた方が就職しなければならないのは結局自分のお小遣い稼ぎでしよう、そういうのは就職しないほうがよろしいと、止めるのございます。」
司会「…(中略)…いずれにしても短期大学は女性でも専門の勉強しているわけですが、就職採用側は、何学科を勉強していてもいい、短大卒業生でさえあればいいんだ。学科をそう重くみていない嫌いがある」
※司会は中原稔、鳩山薫は共立女子大学短期大学部学長
〜「座談会 短期大学の学生急増対策について」
日本私立短期大学協会『短期大学教育 十七号』1964、30頁
F第V期 秘書教育
司会「秘書教育は、昔の家庭の教育をやっているのではないかと思うことがあります。また、企業の採用試験、面接に行きますと、他の子供との違いが出て秘書科の卒業生の就職が非常にいいんです」(中略)
坂田「…(中略)…日本でしつけ教育をやっている学校は、カトリック系の女子学校です。先生方が非常に厳しい。しかし、家庭での生活とか友達だけの話は、まったく普通の子供たちと変わらない。ところが、パッと学校の門を入りますと、お客様にきちんととまって礼をしますし、学校の中で先生方にお話するときも、きちんとしている。やれば出来るのだからやれるところまでは学校でやっていただきたい」
※ 司会は静修短期大学理事長・和野内崇弘。坂田正二は広島文化女子短期大学・呉女子短期大学学長
〜「短期大学の将来と実務教育 ――秘書教育を中心として――」
日本私立短期大学協会『短期大学教育 四十四号』1987、120頁
G介護福祉士養成校
「卒業すると介護福祉士の国家資格が取れる養成校が、急増している。少子高齢化が進むなか、介護の専門家を確保したい厚生省の施策と、生き残りをかける専門学校や短大の思惑が一致した。…(中略)…
(介護福祉士は)一月現在で約十三万二千人おり、約五万九千人が「養成校組」だ。
養成校は、厚生省による指定が始まった十一年前はわずか二十四校、総定員約千二百人だった。それがいま、三百三十二校、約二万一千人に膨れ上がっている。来春の開設に向けて二十校あまりが申請中だ。
…(中略)…ここ数年は、保育系の課程がある短大や大学の参入が目立っている。
その過当ともいえる競争が定員割れを招いた」
※括弧内は引用者のつけたし
〜『朝日新聞 1999年4月24日』3面
H進学動機
「大学進学理由として女子は資格、免許取得を重視している点が特徴だ。
リクルートの調べでは、大学進学理由のトップは、男女とも、「進学先の分野に興味がある」(女子43.5%、男子34.8%)だが、二番目に多いのは、女子の場合は「希望する資格や免許を取るため」(14.7%)。男子の場合は四番目で「学生生活を楽しみたいから」(16.9%)、「仕事に役立つ知識や技術を身につけたい」(14.2%)のほうが多い」
〜『朝日新聞 1997年10月18日朝刊』別紙特集9面
I準専門職 semi-profession
「「準」専門職とは――すでに専門職として確立した医師・法曹などと同じような社会的地位への達成を「願望」しつつ、現実にはそれよりへだった地位にとどめおかれている、そのためきわめて不安定な職業」
〜天野、1982、57-58頁
J将来像
(20年後の将来像の)「彼女らの記述やイラストをまとめると次のようになる。
家族はほとんど核家族で、三世代家族(舅姑、あるいは実家の家族と同居)を想定しているのは、1%以下である。…(中略)…一応、家事は無難にこなし、精神的にも経済的にもゆとりのある、中流階級の上レベルの安定した家庭がえがかれていることが多い。勿論、中にはより現実的に共働きの平凡な家族を想像している例もあるが、大体においてはやや現実逃避的な、男性中心社会での男性依存の生き方に満足している例が多い」
「ここには自立する女性というより、配偶者あるいは家族に庇護され、経済的・物質的安定を謳歌し、家庭という城の中で女性の特権として家事・育児にいそしむ女性の姿がえがかれている。
戦前の女性のように、専業主婦にしかなれないからでなく、多数の選択肢の中から経済的に安定した階層の専業主婦が積極的に選ばれているのである」
〜池田・加藤、1993、153-154頁
資料2 戦後日本の高等教育制度史 年表 (短大情報多し、しかも発足だけ)
1947 学校教育法に基づく新学制が発足
大学設置委員会発足、設置審査開始
→ 新制大学への移管が困難な学校の存在
1948 新制大学発足
学校教育法を修正し、短期大学の設置を認可
→ 新学制の完成をはかるための「暫定制度」として、2〜3年制の大学
の設置を認める
1950 186校が設置申請、149校に認可……短期大学誕生
1962 高等専門学校発足
→ 複線型の高等教育制度へ
1964 短期大学制度恒久化
1976 専修学校発足
資料3 グラフ