■丸山真男の              小熊研究会1(2000626) 発表資料

思想と行動■                        雄太郎(総合政策学部3年)

 

 「この論文(『超国家主義の論理と心理』)は、私自身の裕仁天皇及び近代天皇制への、中学生以来の

「思い入れ」にピリオドを打った、という意味で−−その客観的価値に関わりなく−−私の「自分史」

にとっても大きな劃期となった。敗戦後、半年も思い悩んだ揚句、私は天皇制が日本人の自由な人格形

成−−自分の良心に従って判断し行動し、その結果にたいして自ら責任を負う人間、つまり「甘え」に

依存するのと反対の行動様式を持った人間類型の形成−−にとって致命的な障害をなしている、という

結論にようやく到達したのである。(中略)私の近代天皇制に対するコミットメントはそれほど深かっ

たのであり、天皇制の「呪力からの解放」はそれほど私にとって容易ならぬ課題であった。」(「昭和天

皇をめぐるきれぎれの回想」1989131日)

 

T 丸山真男とは誰か

1914年、大阪生。父親(新聞記者)の仲間であった長谷川如世閑との交流により「知らず知らずのうちに影響を受けた」。リベラルな感覚、知性の批判的あり方。

・一高入学後、新カント派哲学・バッハ・映画に傾倒。

・「唯物論研究会」(長谷川が発起人)にて、逮捕・拘留。「日本の国体は懐疑の坩堝の中で鍛えられているか」のメモが見つかる→のち、思想犯としてのチェックを受け続ける。人間の内面世界に入る国家権力への警戒感という政治認識の原点。

1934、東京帝国大学法学部政治学科入学。南原繁の講義に出席、その二・二六事件批判に電撃的衝撃を受け、以後ゼミに入り師事。

・ファシズム化の中、国体明徴講座と言われていた「東洋政治思想史」の初代講師に。

・のち、軍隊に徴用(二度)。8月、広島にて被爆。

1946年、『超国家主義の論理と心理』発表、論壇のスターに躍り出、進歩的知識人の旗手に。

1961年、『日本の思想』。以降、論壇から退き、政治思想史研究へ。「夜店から本店へ」

60年代末、全共闘運動。丸山は攻撃の対象に。研究室を荒らされ、「ナチも軍国主義もやらなかった暴挙」と発言。

1996815日、82歳で死去。51回目の敗戦記念日。

 

U 丸山真男の学問

・丸山真男自身による大まかな分類

@「日本の良き思想的伝統を過去の歴史の中からとりだしてくる作業」。『日本政治思想史研究』(処女作)、「忠誠と反逆」(晩年)

A「日本の精神行動なり日本人の行動様式の欠陥や病理の診断として一般に受け取られてきた業績群」。『現代政治の思想と行動』の諸論文(戦後)

B「外来の思想との文化接触のパターンを規定する日本人の思惟の構造を原型に遡って探る」作業。「歴史意識の『古層』」(晩年)。

V 政治権力の問題

A 政治権力と道徳

・中世ヨーロッパ:教皇と神聖ローマ皇帝との二重の神聖政治体制

→宗教改革→絶対的な国家主権と個人の基本的人権(キリスト教倫理)の解放

・→権力(形式的法機構)と道徳の緊張関係:過剰な権力の肯定(ナチス)/偽善・自己欺瞞(西欧国家)という宿命的二律背反

・日本の国家主義:内容的価値の実体に支配根拠(比.形式的合法性)。権威と権力の一体化。国法は絶対価値たる「国体」から流出する。

・→主権者自らのうちに絶対的価値が体現。「倫理=権力」→内面化されない倫理;権力化への衝動→内面性もむき出しの権力性もない。「優越的地位=絶対的価値(天皇)との近接性」

・個人:究極的権威による縦の被規定的意識しか持たない。「抑圧の移譲」による精神的均衡の維持

・天皇:近代の如く「自由なる」人格にならず、伝統の権威を負う

・「超国家主義」の世界像:年輪の比喩(縦軸(時間性)の延長すなわち円(空間性)の拡大

B 支配・被支配 

・従属関係:甲(人間・人間集団)が乙に対して多少とも継続的に優越的地位に立ち、そのことによって乙の行動様式を継続的に規定する場合の関係。

 -1 権威関係:例.教師と生徒;利益志向の同一性

 -2 支配関係:例.主人と奴隷;利益志向の対立性

・物理的強制手段、空間的距離のみによる支配(治者と被治者の緊張関係)→権力機構の巨大化、脆弱性

→政治的服従の精神的自発性の喚起

・→理念としての近代国家:法の形式的妥当性の上の政治的支配+私的自治の原理

・大衆の登場、通信・交通の発達→外面と内面、公的と私的、法的=政治的と文化的なものとが区別困難

・プロパガンダ+無意識の宣伝・報道による規制(→世論)による政治化

・政治権力:いかなるものでも価値の平板化・強制的編成を押しつける危険性あり。現在は、それに対抗するために自己を政治的に組織化する必要がある

 

W ファシズムの問題

・背景:資本主義の陥った一般的危機(体制の安定・均衡の破壊、従来の指導力・ノーマルな方法で回復されない感じ、労働者の能力・イニシアティヴ欠如)

→政治的「真空」にファシズム登場;保守主義・復古主義+テクノロジーを地盤とし反革命・戦争への組織かで矛盾を救おうとする「命がけの飛躍」

・機能:支配体制への抵抗の妨害+マス・メディアによる大衆の画一化

・イデオロギー:体系性に欠く

・有効な抵抗:民衆の自発的・自主的コミュニケーション、思想・言論・結社の自由の擁護

・日本ファシズムの運動の特徴

 @準備期(ww1後〜満州事変):民間における右翼運動、単純な反動団体

 A成熟期(満州事変〜二・二六):軍部勢力の一部と結びつく。テロ続発。(a)「下から」の要素、(b)無産運動の内部にも浸潤、(c)軍人・官僚による勢力の結成

 B完成時代(二・二六後粛軍〜終戦):軍部による上からのファシズム。既存政治体制内部における編成替え・上からの国家統制の一方的強化

・日本ファシズムのイデオロギーにおける特質

 @家族主義的傾向:「歴史的事実」としての血族社会;「国体」←→公的政治的概念(ナチスの「民族共同体」「血と土」)

 A農本主義的思想:国家ではなく郷土的なものに「日本」の中心を置く。軍隊は農民出身者が多いことが一因。「労働者」の軽視。国家的統制・工業的発展の立場と雑然と混在。

 Bアジア諸民族の解放

・日本ファシズムの社会的担い手→日本における「中間層」の二類型

 @家長的権威(小工場主・町工場の親方;中央集権と農村の間に立つ。ヨーロッパとアジアの間に立つ日本の立場に類似):ファナティック

 Aインテリゲンチャ(サラリーマン、文化人;ファシズムに対して無力、消極的)

・旧来勢力はずるずるべったりファシズム体制へ吸収(←→旧来勢力の一掃)。民主主義の弱さ、前近代性との連続性(右翼集団の親分中心の結合、離合集散)

・日本ファシズムの矮小性

 @既成事実への屈服:既に現実が形成されたことが、それを是認する根拠/自己の意見を殺し、周囲に従う「モラル」/下僚+無法者のロボットとしての最高権力掌握者/軍の縦の指導性の喪失→横の関係における自己の主張を貫く口実/最後は「国民(=軍務課辺りに出入りする右翼の連中)がおさまらない」「英霊がおさまらない」

 A権限への逃避:ウェーバーの「官僚精神」(責任主体が宙に浮く)/天皇の権威と連なり自らの「権限」の絶対化/官僚の専門知識に対し無力な「絶対君主」(ウェーバー)/天皇の矮小化と神格化

→「無責任の体系」:@「御輿」(権威、最上位、ロボット)、A「役人」(権力、実権)、B「無法者」(暴力、最下位、無責任に暴れる)

 

X ナショナリズムの問題

・一応の定義:あるネーション(→多様・曖昧)の統一、独立、発展を志向し押し進めるイデオロギー及び運動。

・フランス革命→@国内的には政治的指導権を「国民的」基盤に。A対外的にはネーションを基盤とする独立国家。→「国民的自己決定」

・現代:個人主義=国民主義=国際主義の調和は破れる。社会的経済的同様、国際的緊張

・ナショナリズムのイデオロギー:@国民的統合(過去)、A国民的利益(現在)、B国民的使命(未来)

・ナショナリズムの運動形態:@大衆の無定型な国民感情の、指導者による組織化。自愛主義と愛他主義両者の動員、エネルギーの爆発の危険性。A他の政治力・イデオロギーによる「利用」可能性。

・日本のナショナリズム:近代日本の世界史的位置づけの困難さから、ユニークなナショナリズム。

・「閉鎖的社会」対「国際社会」という意識。支配階級の特権維持+階層的支配として国際関係を見る(←→ヨーロッパ:普遍主義(ヨーロッパ共同体)の中での分裂。ナショナリティの意識+国際社会の意識)

・特権維持では古い世界を維持し得ない→「物質文明」に限定してヨーロッパ文明採用

・→ひずみ・不均衡:民主主義・労働運動とナショナリズムが結びつかない。

・一方、帝国主義+ナショナリズム→超国家主義へ

・戦前ナショナリズムの構造:国家=第一次グループの直接的延長。非合理的愛着。「国体」。自発性・主体性を欠く。家族的エゴイズムと国策の矛盾(与謝野晶子「君死に給ふこと勿れ」、東条英機「縁故や情愛による投票の悪弊を断固廃して国家公共の見地から候補者を選択せよ」)

・戦後:全体的使命概念としての「国体」の崩壊→精神的真空・独自の力の復活の困難性/ナショナリズムの社会的分裂(反暴力団体の親分子分関係、スポーツ)

・ナショナリズム+人民主権(フランス革命)→歴史的収穫

 ナショナリズム+反革命(日本の旧ナショナリズム)→最も醜悪な遺産

 「『デモクラシー』が高尚な理論や有り難い説教である間は、それは依然として舶来品であり、ナシ

ョナリズムとの内面的結合は望むべくもない。(中略)ナショナリズムの合理化と比例してデモクラシ

ーの非合理化が行われねばならぬ」(「日本におけるナショナリズム」)

 

Y 「日本」の問題

・全ての思想的立場にとっての座標軸に当たる思想的伝統の欠如。諸思想が雑然と同居。相互の論理的関係・占めるべき位置の不明確。本来異質的な思想を次々と摂取→新たなものの素早い勝利

・「伝統」への思想的復帰:「忘却」された過去の突如の「噴出」(例.教養が「西欧化」した思想家の日本主義への転向:「本然の姿」「本来の面目」に還るという意識)

・ヨーロッパにおける歴史的構造性・思想史的前提から切り離され、部品として思想を摂取→「〜に通じる」などとして「無限抱擁」

・国粋主義のディレンマ:教義・イデオロギーの排除/外来イデオロギーへの感染しやすさ…分かちがたい両契機

・制度を作る主体の問題から切り離して、完結したものとして論ずる思考形式…思想・理論を既製品として取り扱う考え方

・ヨーロッパにおける、フィクションとしての制度/フィクションと生の現実との間の緊張

・日本の近代国家:どこを取っても、近代的・機能的合理化の契機と、家父長的人間関係の契機との複合が見いだされる。

→支配的イデオローグからの「醇風美俗」を破壊するという憂慮/「下」からの「形式性」への苦情

・反官僚的気分=反抽象性・概念性=反俗物主義→俗世=現象の世界=概念の世界=規範(法則)の世界

→ますます合理的思考への反発を「伝統化」

・理論信仰:抽象化された結果の重視、フィクションとしての意味を失い一種の現実に転化→みすぼらしい「現実」を嫌い実感信仰/理論に対する無限責任と無責任

・日本人が通常言う「現実」

 @現実の所与性・過去性→諦観←→日々作られていく面の無視

 A現実の一次元性→価値判断に立ち「現実」の一面を選択、強調←→錯雑・矛盾した動向により立体的に構成された「現実」

→Bそのときどきの支配権力が選択する方向が「現実的」→事大主義・権威主義

 「少し長い目で見れば、むしろ現実を動かしている最終の力がそこ(民衆の側の動向)にあることは

歴史の常識です。(中略)そうした(既成事実への屈服の)「拒絶」がたとえ一つ一つはどんなにささや

かでも、それだけ私たちの選択する現実をヨリ促進し、ヨリ有力にするのです。これを信じない者は人

間の歴史を信じない者です」(「『現実』主義の陥穽」)

 

Z 政治へ

・社会的な行動(不作為を含む)→一定の傾向性へのコミットの意味を持つ

・認識はフィルターを通す→偏向を自覚し、できるだけ客観性に到達しようとするのがフェアな態度。/「公正の立場、不偏不党」→自分の偏向の隠蔽・社会的責任の回避

・不作為=現実を一定の方向に動かす意味を持つ。その方向を選び取ったということ→不作為がつもりつもって悲劇が生まれる危険性

・「である」ことから「する」ことへ:属性ではなくその都度の検証、状態ではなく過程の重視、「らしく」の道徳ではなく赤の他人同士の道徳、丸ごとの関係ではなく何かをする目的の限りで取り結ぶ関係・制度

・自由:日々自由になろうとすることによって、初めて自由でありうる

・民主主義:不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうる。政治を職業・目的としない人間の政治的活動によって生命を与えられている。

・未だ課題であって現実ではない市民的民主主義→共産党・社会党が日本の西欧的民主化に果たす役割を認め、寛容な立場をとる。共産主義者の「公式主義」への批判→複雑に交錯する現状を見ず、意図に反して日本の旧社会関係・反動勢力の強化に奉仕する

「実践としては、社会・政治の問題がいつも最善と最悪の間の選択ではなく、ヨリましなものの選択で

ある(中略)僕は少なくとも政治的判断の世界においては高 度のプラグマティスとでありたい」(「あ

る自由主義者への手紙」)

・芸術・教養の「である」価値に支えられた、文化の立場からの政治への発言・行動が生きてくる。

「私は誤解を恐れずに次のように答えるほかはありません。現代日本の知的世界に切実に不足し、もっ

とも要求されるのは、ラディカル(根底的)な精神的貴族主義がラディカルな民主主義と内面的に結び

つくことではないかと」(「『である』ことと『する』こと」)

[ 残された問題

・近代ヨーロッパ国民国家の吟味とその問題

・反復される日本の「伝統」

「日本軍国主義に終止符が打たれた八・一五の日はまた同時に、超国家主義の全体系の基盤たる国体が

その絶対性を喪失し今や始めて自由なる主体となった日本国民にその運命を委ねた日でもあったのであ

る」(「超国家主義の論理と心理」1946年)

 

\ 参考文献

・丸山真男『日本の思想』(1961年、岩波新書)

・丸山真男『増補版 現代政治の思想と行動』(1964年、未来社)

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・その他資料