小学校における能力別学級編成
総合政策学部2年
横尾 良笑
◆能力別、習熟度別とは何か。
能力別の問題点は習熟度別の問題点であり、習熟度別の利点は能力別の利点と重なる。
→それなのになぜ、能力別は問題視され、能力別の一形態である習熟度別はそうでないのか。
能力別指導の歴史
◆ 戦前
明治20年 日本政府は多くの教育学者を欧米に留学させる。
→40年以後の新教育運動の素地をつくる。
小学校教育が、欧米諸国で19世紀から20世紀初頭にかけて盛り上がった新教育思想、新教育運動から影響を受ける。→様々な教育法の実践。
大正期 全国に広まり、ピークを迎える。
→その後、戦前期まで維持された例は極めて少ない。
多くは短期的実践にとどまり、消滅するか、傾向の異なる研究にとって替わられている。(全体的に見れば、大正デモクラシーの退潮に伴う自由教育の衰退。個別で見れば、行政圧力による実践の断念。)
◆ 能力別指導の種類
・ 日本の新教育主義の出発点となった谷本富の『新教育講義』(明治39年)
補導は手段であり、自学こそ教授の目的である
「差別の教育を施さんで、鋭利な者も愚かな者も鋭敏な者も一様に教育されたら堪ったもので無い。」(谷本富『新教育講義』)→能力別指導
・ 戦前の能力別指導の歴史的出発点である及川平治の分団式動的教育法(大正元年)
児童に存する能力不同という事実
動的教育法と静的教育法(図の板書)***
分団式(児童の分類の基準は『進歩力』)***
学級編成に関する諸方案
・ 手塚岸衛の自由教育(大正8,9年)
各各の天分の遺憾なき発揮を図ることが教育の精神である
(一切の教育的活動に於いて、児童は主位で、教師は客位にあるべきである。)
児童本位の自由学習
共通扱と分別扱
例:分別扱(10分)→共通扱(20分)→分別扱(10分)
・ 脇田良吉の低能児童教育(大正初期)
普通児と混合して教育すれば、「廃物にならざれば国家の有害物」
・ 木内重四郎知事(京都府)の優良児教育(第二教室)(大正7年〜17年(国民学校発足))
優良児は…大切にして、徒に普通児または劣等児の犠牲たらしむる事は国家の損害なり。
教育目的1、優良の個性に適応したる教育、
2、人材育成、
3、優良児のみを収容せる特別学校の教育の方法を研究せんが為
勤労作業主義(畑作り、体操)
自発活動重視による自学自習の習慣養成
個性の尊重と個別指導の励行
→優等生研究へ
・ ヘレン・パーカストのドルトン・プランの教育(1920年、大正11年)***
私立成城小学校が実践 → 全国的ブームへ → 大正15年に急速に忘れられていく
◆ 戦後
昭和21年 4月 『第一次アメリカ教育使節団報告書』公表。
昭和22年
3月 『学習指導要領 一般編(試案)』刊行。『教育基本法』制定。
7月 『教育心理(下)』
11月 『小学校学籍簿』(24年9月、学籍簿の名称を児童・生徒指導要録に改めると通達)を都道府県教育委員会に通達。(知能検査を実施(在学中に3回が適切)したときは、その結果を報告書に記入するよう指示)
昭和24年 2月 『小学校経営の手引き』
昭和26年 7月 『学習指導要領 一般編(試案)』
昭和30年 1月 『能力別学習』(石川勤著)(27年12月全国都道府県教育委員会に依頼して、過去・現在の実施高小・中・高445校の推薦を受け、アンケートを行ない、4県を除き、計205校(うち小学校78校)の回答を得ている。そのうち、139校が劣等感と望ましくない優越感のため指導上困難を来したと報告。その報告を30年代に重要な参考文献として論者に引用され、能力別編成を消極的に受けとめる論拠の1つとなった1面が認められる。)
昭和30年代 能力別編成をタブー視。(3つの原因)
35年の「所得倍増計画」→経済政策的教育観にたつ能力主義的教育政策
20年代の学校規模の学級編成のレベル→全国規模の学校・学科の再編成へ。
一流から底辺校までの序列化(能力別指導、能力別学級編成をする必要が薄れた)
文部省から能力別編成や分団学習を推進する言葉は聞かれなくなった。
能力別編成に対する罪悪感、差別感は高まる
さらに能力別編成に突き進む学校。実施公の教師の態度は消極的、否定的。
実施校が例外的になっていく。
昭和40年代 文部省が能力に応じた教育を推進。
「個性・能力・進路・特性に応じる教育の徹底」(40年6月文部大臣の教育課程審議会に対する諮問事項)
「能力差に応じる指導」や「能力別教育課程の編成」
ジャーナリズム・学者が能力別の問題について論ずる。
行き過ぎた進学体制
能力別クラス編成という言葉を口にすることさえ、おぞましいタブーに
昭和53年 8月 『改定高等学校学習指導要領』が学習習熟度別学級編成の実施を高等学校に要請。(文部省が習熟度別を要請したのはこれが初めて)
昭和57年 3月 高校教師用生徒指導研究資料『教育課程と生徒指導』
昭和65年11月 教育課程審議会『審議のまとめ』(中学校で習熟度別指導を取り入れる方針を打ち出す)
平成12年12月 教育改革国民会議『最終報告』(小学校での習熟度別学習を推進)
能力別指導の実際
◆能力別の問題点と効果
・ 能力別の効果*
・ 「劣等感・優越感」は「能力別の問題点」か → 児童ではなく、親の問題。
・ 能力別の問題点
・ 能力別の欠陥
→ 時間割編成が複雑。教員の定数や教員の教科別組織が必要*
・ 能力別の挫折の理由
◆能力別の成功のかぎ
1、「父兄・本人の納得の行くような理解を前提と」すること。
(昭和27年橋本重治『数学科 能力別指導の理論と実際』)
→優等生だけのためでなく劣等生のための能力別
→父兄の理解を最優先
2、人的物的資源を確保すること
→教師の負担を軽減し、理解と協力を得る。
*能力別を体験した父兄・児童のまなざしは肯定的→2、の要因が大きいのでは?
最近の能力別指導の語られ方
◆能力別に対する日教組のまなざし
激しい能力主義批判から能力別にも批判的。
→委員長が変わって「差別にならないようにしていただきたい」
◆全国紙における能力別指導の評価
今後の展開
能力別学級編成に関する書物は意外に少ない。変遷を辿ったものも、1982年以降では見られない。ゆえに、今回は、1984年以降の全国紙における能力別の語られ方を、小学生に焦点を絞って調べたい。
先行研究
1982年 花園大学研究紀要 第13号 『戦前の能力別学級編成等の変遷』 村田晃治
1983年 花園大学研究紀要 第14号 『戦後の能力別学級編成等の変遷』 村田晃治
上記の先行研究において、戦前から1983年までの能力別学級編成の変遷を調べた意義は大きい。ただ、それ以降に関しては、まだ誰も手をつけていない。1984年以降の能力別の語られ方を調べることが本研究のオリジナリティである。
(能力主義の種類)
* 1「学級編成に関する諸方案
ジッキンゲル案=マンハイム編成……能力別の学級系をつくる案
アングレーテッド・クラッセ……欠陥児、操行不良児を集めた小さき学級
進級、修業年限に関する諸方案
ケンブリッジ案……優生劣生により異なれる過程を修めしめ、修業年限を異にする案
プエブル案……各自の随時進級を許す案
プロモーション・バイ・ポイント……教科別進歩により学級進歩によらぬもの
エリザベス案……進級の機会を多く与うる案
公正進級案……優等生に越級を許す案
分団式教授案……学級教授において全級的、分団的個別的取り扱いをなす案」
大正元年 及川平治『分団式動的教育法』明治図書
*2「各教科ごとに生徒の示す平均能力を考慮して、一ヶ月分に相当する課題に分けられ、生徒に提示される。各生徒は主要教科それぞれ一ヶ月分の内容を割当て仕事として請け負う契約書を学校に提出、教師と相談して得意科目、不得意科目に分類して、自分の時間計画をたてて、一月以内に割当てを消化するよう、学習活動に入る。学校は、1教科ないし2,3教科ごとに実験室を設け、図書、実験器具その他の教具を整備した上、一人一教科制をとって、専科教員を各実験室に配置する。児童・生徒は毎日午前、時間計画に従って、それぞれ自分の好む教科の実験室に入り、一人ないし小集団をもって、自由に研究討論する。一つの実験室から他の実験室へ移るのは生徒の自由であるが、各生徒は午前3時間のうち、不得意科目に半分を咲き、得意科目に残る半分を当てるなど適宜に時間配分して、教科全体において1コマごと着実に進度を薦進めて、請負仕事を完了するようにせねばならない。しかし、一学年で8ヶ月分の割当てしか完了できなければ、次学年は第9月の仕事から始めることになる。」1974 パーカースト『ドルトンプランの教育』赤井米吉訳 明治図書
(戦後)
* 「同報告書は…第一章では…「各人の能力と適正に従って、教育の機会を与えるよう」教育制度を組織すること…などを 強調し、また第4章では…「生徒の個人差を認めること、…試験その他の方法で、全ての生徒の能力を発見し、それにあわせて」教育計画を調整すべきことなどを指摘している。」
* 「…学習の行なわれる根底の働きとなる知能を調べることは、学習や指導法や内容を、これに応じて適切にしていくために、欠く事のできないところである」昭和22年 3月 『学習指導要領 一般編(試案)』
* 「精神薄弱児の教育は、知能指数に応じ、収容施設、特殊学校または補助学級及び促進学級のどれかに収容する必要があるとしているが、英才児童については、原則としては英才児・普通児が一緒の混合学級の方が望ましい」 7月 文部省『教育心理(下)』
「個人差に応じた指導を強調することは、直ちに能力別学級を無条件に承認することにはならない」昭和24年 2月 『小学校経営の手引き』
* 「各学校は、児童・生徒の興味や必要に応じてそれぞれの学校に最も適した学習指導の計画を持つべきである」昭和26年 7月 『学習指導要領 一般編(試案)』
* 「知的・芸術的その他の綿で高度の素質を有するものに対しては、特別教育を積極的に行なう必要がある。」昭和41年10月 中教審答申『後期中等教育の整備拡充について』
* 「一定の成熟度に達した上級の段階では、能力に応じて進級・進学に例外的な措置を認めること」昭和46年6月中教審答『今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的な施策について』
* 「多様化した生徒の個性や能力に応じた教育は、まず『分かる授業』を土台にした、生徒一人一人を大切にするという観念が何よりも肝心である。…生徒一人一人の個性の伸長を図るためには、その方法の一つとして、生徒の学習習熟度を考慮した学級編成を工夫し、ここの生徒に成就感を味わわせるような指導…などが必要である。」昭和57年 3月 高校教師用生徒指導研究資料『教育課程と生徒指導』
* (効果)「上・中・下の各組に、学習意欲が高まり、児童生徒の学習活動が非常に盛んになった。劣等組では、学習素材が彼らに応じた学習程度であるため、答えられた成功感を味わう事ができ、学習に興味を持ち、課題なども実に良くやってくる様になり、また、明朗性が増し、長期欠席の児童生徒が休まない様になった。今まで忘れられがちであった、能力の低い児童生徒まで目がとどき、個人指導が、普通学級の指導よりも一そう行き渡るようになった。優秀組では、自己のペースをぐんぐん進む事ができるので、優秀児が一そう伸びてきた。能力別以外の教科の学習にも効果があらわれた。とくに喜んで学校にくる様になり、道徳生活の面からいっても、余暇が善用される様になってきた。過程での自学自習がよく行なわれる様になった。劣等児も進んで勉強するという態度ができてきた。今まで優秀なもののもとで、ついてまわりの依頼的な態度であったのが、自分たちにもリーダーの役が与えられ、自主的な力ができてきた。自分自身の力を正しく知る様になってきた。中には基礎を忘れてしまったから、能力の低い組へ一度入れて欲しいというものさえでてきた。可動式の能力別を行なう事によって、社会性を養う機会が与えられ、交友関係も広くなった。教師自身にも、児童生徒を見る目ができ、研究意欲が高まり、学校に研究的雰囲気ができた。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
(先生の声)
* 「劣等感の問題は、一般に第一に取り上げられるが、しかし事実は心配するほどでなく、実施してみて杞憂に過ぎなかった点、ことの以外に驚く。…劣等感はむしろ普通学級において、どのように努力しても、他のものに負いつけない遅進児の間に、いつとはなしに根強くうえつけられるものである。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* 「男女問わず、自分が上位集団に属しながら、『威張る人がいる。』と答えているのが、九一名もある点から、この事は単に能力別によって生じた劣等感優越感ではなく、個々人のパーソナリティの問題に帰するものだ…」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* 「低劣な子は、普通学級においては、困難な教材や高い要求、それに優秀児がたくさんいるため、常に劣等感を抱き、固定化してしまって、一種のあきらめのような形になっている。これらの児童は、能力別の学級内においてはじめて、彼らの劣等感は払拭され、優秀児の抑圧から脱却された人間本然の明るさが出てくる。だから遅滞組や特別学級はかえって朗らかである。能力別学級における低劣児の明るさは普通学級にいたときの低劣児には決してみることができない。低能児特有の卑屈、ひねくれ、反抗の態度や性格は、能力別学級内では解消する。能力別学級を持って劣等感が生ずると心配するのは、教師と親である。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* 「優越感や劣等感は、児童生徒自身よりもむしろ父兄がもつという場合が多く、この父兄の感情が児童生徒に添加して優越感や劣等感が生ずるのだから、したがって不敬に対する啓蒙と、協力を得ることが大切である。ことに女児をもつ父兄では、嫁入りのじゃまになるから、劣等組という烙印をやめて欲しいなどの具体例さえある。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* (父母の声)「鼻たれの隣の子と、うちの子を、先生は一緒に見ている。代々続いている家ののれんにかかわる。分かりがにぶいからというて、そうまで露骨な組み分けで教えてもらいたくない。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* (問題点)「全校の教師が一致協力し、燃えるような情熱がないと永続する事ができない。特に能力別の教科担任以外の教師の理解協力を得る事はなかなか難しい。教師と児童生徒と父兄の三者が一体になって、能力別学習を理解し協力する態度が生まれてこないと効果が上がらない。教員の定数が、一般的に十分でないために、専門以外の教科をも担当するために、かえって学力が低下するということになりかねない。教師の欠勤や出張の補充がきかない。評価が困難である。特に学年共通の評価法と、その体系が難しい。編成がえをした場合には、成績記載が非常に面倒になる。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
* (挫折の理由)「教師の負担が過重になった割に効果が上がらなかった。劣等感が生じた。優秀組みと劣等組みが感情的に対立した。カリキュラムの構成が非常に困難であった。教材教具がなく、効果が上がらなかった。能力段階を多くしたために教師が不足した。教師の定数が不足し、専門でない教師を動員したため、かえって効果が上がらなかった。編成基準が周到でなく、途中で編成替えをやったため、スムースにできなかった。」昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
(最近の成功例と失敗例)
* 「福岡県甘木市の私立立石小学校が…実施した「習熟度別学習」をめぐって、父母らの間で波紋が広がっている。…反発意見は…(2)56人もいたわからない子のコースと、8人だけのわかる子のコースの先生は、同じ一人で、英才教育重点ともいえ、不愉快(3)事前に父母らには全く説明がなかった――などだった。」1992年7月24日 朝日新聞朝刊
* 「富山県福光東部小学校を訪ねた。…より援助が必要なグループほど小人数に、自分の力で進めるグループは多人数にし、3人の先生が分担する。能登清美・教務主任は「能力別にすると親が黙っていないのでは、と視察の先生から聞かれます。全然ありませんよ。子どもたちの顔、みんな生き生きしてるでしょ」と笑った。」1992年10月5日 朝日新聞朝刊
* 「石川県でも、受験本位の成績別編成について、『高校3年間は屈辱と忍従の3年間であった』という痛烈な卒業式答辞が読まれたこともあり、」戦後の能力別学級編成の変遷
(日教組)
* 「能力主義こそは今日の教育荒廃の元凶、教育諸悪の根元というべきである。…子どもを、『成績』に応じて分類し、その『能力』別に上下の序列をつけ、…男女を差別し、さらに…格差をつけて、選別していく。そこから子供たちの間に、激しく冷たい競争主義が生まれる。こうして、わが国の学歴社会的傾向は強まり、学校は学歴競争の修羅場となる。こうした大勢を、教育における『能力主義』と呼ぶことができる。」梅根悟 日教組教育制度検討委員会編『教育改革をもとめて』
(厳密に理論をたどるならば、この説明は、きわめて不正確である。だいたい、能力主義によってわが国の学歴主義が形成されてきたというのも、危険な理論の飛躍。日本の学歴社会としての特質は、日本社会の近代化のプロセスの歴史的性格を背景としているところが大きい。)
*「…習熟度別授業についても、『差別化につながらないようにしてもらいたい』という。かつての反対一辺倒の日教組のイメージとは程遠い。…」2000年4月14日 読売新聞朝刊
参考文献
昭和10年 文部省『文部時報』1256号
昭和54年 文部省初等中等教育局地方課 『教育委員会月報』No343
昭和30年 石川勤 『能力別学習』黎明書房
1982年 花園大学研究紀要 第13号
『戦前の能力別学級編成等の変遷』 村田晃治
1983年 花園大学研究紀要 第14号 『戦後の能力別学級編成等の変遷』 村田晃治
昭和55年 久木幸男 他 『日本教育論史録・第四巻 現代編(下)』第一法規出版
1993年 奥田真丈 他『現代学校教育大辞典』@〜F ぎょうせい
昭和27年 橋本重次『算数科 能力別指導の理論と実践』 新光閣書店
1995年 黒崎勲 『現代日本の教育と能力主義』
1984から2001年5月20日までの朝日・読売・日経新聞の
能力別・習熟度別に関する記事全部
朝日・読売・日経新聞における、小学校の能力別の語られ方
年 |
朝日 |
読売 |
日経 |
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計 |
記事の見出し |
計 |
記事の見出し |
計 |
記事の見出し |
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1984 |
1 |
・ 小学校で個人差教育 文部省が教師用指導書 習熟度別グループ指導を推進(12) |
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1985 |
3 |
・臨教審各部会の審議と課題(1) ・ 日本との違い 徹底した能力別編成(アメリカの教育改革)(3) ・ 個人差に応じた指導、小中学校で積極推進 研究会議を文部省設置(5) |
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1986 |
2 |
・ かけっこ身長別?能力別? 苦心の折衷型 運動会、小学校は試行錯誤(6) ・ 「学校離れ、塾接近」へ対策 全国連合小学校長会(11) |
2 |
・変わる教育課程で心配なこと(10) ・教育課程審の中間まとめ(10) |
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1987 |
1 |
・ 文部省の「補習の勧め」に学校反発、塾は冷ややか(1) |
2 |
・ 「補習」で減るか塾通い 学校教育の推進に 塾の良さも導入を(1) ・ 習熟度別学習 現場で際立つ功と罪(11) |
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1988 |
1 |
・ 学ぶ 変わる?受験・い じめ・土曜休校(2001年を読む)(1) |
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1989 |
3 |
・ 新学習指導要領案と戦後教育史(2) ・ 新学習指導要領案、識者はこう見る(2) ・ 母の期待は息子に重荷に(12) |
1 |
・ 学校教育に親も積極参加 無記名アンケートで要望吸い上げ(3) |
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1990 |
2 |
・ 「能力別教育」徹底で子も親も生き残りに懸命 シンガポール(11) ・ 先生だって悩んでる 岩手の教師3千人の“本音”出版(11) |
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1991 |
2 |
・ ゆとりより最短コース? 焦点の中高一貫教育(2) ・ 進学競争あおるお国自慢 受験過熱の根ここにも(4) |
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3 |
・ 浜学園学園長前田卓郎氏―学力も立派な才能(インタビュー)(4) ・ 第31話日本を後にして(2)自分にあった授業求め海外へ(子供たちはいま)(1) ・ 「交渉力」養う教育必要―エール大学教授浜田宏一氏(経済教室)(12) |
1992 |
4 |
・ 父母に賛否両論 甘木・立石小の算数「習熟度別」(7) ・ プール開放でマニュアル 監視強化・保護者付き添い 川崎市協議会(7) ・ オープンスペース [大阪](10) ・ 地場産業(5時からのホンネ 兵庫の教育 第五部)(10) |
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1993 |
2 |
・ 疑問(4) ・ 一学級に複数教諭配置し「チームティーチング」 県教委施策 埼玉(4) |
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1994 |
1 |
・複数担任制度、着地点手探り中 試行錯誤の現場(教育94)(8) |
2 |
・ 小さくとも(6) ・ 「運動会の賞」是非は 賛成/惜しくてもばねに 反対/優劣づけに抵抗感(10) |
1 |
・四谷大塚、会員の区分を細かく、児童の減少にらみ―来年2月から96年春にかけ。(11) |
1995 |
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1996 |
1 |
・学校五日制、21世紀初頭に 小中高の完全実施 中教審が第1次答申(7) |
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1997 |
2 |
・ 補習の勧め、公教育側にも危機感 変質するゆとり路線(1) ・ ともに学ぶ(2) |
1 |
・ 私の提言 いじめ対策 授業に奉仕活動(3) |
2 |
・ 義務療育費、国庫負担200億円削減―教員5000人上乗せ補充凍結。(4) ・ 中教審答申(5)インタビュー―中央教育審議会会長 有馬朗人氏(教育)終(7) |
1998 |
4 |
・ いっそ「学級」やめてみた(学校 第2部崩れてこわした:1)(12) ・ 始めてみたら大騒動(学校 第2部崩れてこわした:2)(12) ・ ケーキで分数でできるもん(学校 第2部崩れてこわした:3)(12) ・ |
1 |
・ 教育を考える 能力の違いを理解してこそ(10) |
1 |
・ 都教委、校長の権限強化、運営規則改正、職員会議は補助機関―組合強く反発。(7) |
1999 |
5 |
・ 先生独自に増やします 5人を配置 塩尻市が新年度採用 長野(2) ・ 子どもが主役の公立校作ろうよ 藤沢の市民団体初シンポ 神奈川(5) ・ 先生の「得意」、授業に生かせ 小学校に広がる担任制(9) ・ エリート それは香るか、におうか(10)賛否両論 ・ 読者投稿から(学校2 第一部学習塾から見ると)(12) |
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3 |
・ クラスの枠、外す学習もっと(ひとこと言わせて)(3) ・ 矛盾抱える教育改革、学力向上へ「基礎」重視を―個性化路線見直しの時。(5) ・ 青少年育成、地域一体で、審議会、答申決定―幼小中高の交流推進。(7) |
2000 |
13 |
・ 小人数学級、教委判断で 文部省協力者会議が報告書(5) ・ チームティーチング 学級の壁なくなった(チャイム) 千葉(5) ・ 突っ張りとは裏腹な4人組(5) ・ チームティーチング 教室に先生2人(ライブやまがた)(7) ・ どう育てる新世紀の人材 「教育改革国民会議」三部科会報告(8) ・ 反響編(学校2 第3部・進学塾から見ると)(9) ・ 教育改革国民会議中間報告要旨(9) ・ 小学校の学級定員、40人超す編成も(どうなってるの?)(9) ・ 教育熱 友達はみんなライバル(10) ・ 教育的配慮の「出来レース」 名古屋の自由が丘小(10) ・ 過程の責任強調、現実性薄い案も 教育改革国民会議の中間報告(10) ・ 教育改革国民会議の最終報告と焦点(12) ・ ほころび隠せない義務教育(12) |
5 |
・ 小学校の事務職の立場から教育改革論を提唱する森口朗さん(4) ・ 日教組の新しい委員長になった榊原 長一さん(4) ・ 「小人数学級」深い溝 教育改革国民会議と文部省、近く意見交換 ・ 読売新聞社の教育改革提言、「実現急 げ」賛同の声 読者と識者の意見を紹介(11) ・教育改革国民会議(12) |
11 |
・ 小中学校の小人数授業推進、学級担任制の「殻」破る試み―「習熟度別」に戸惑いも。(5) ・ 小中学校、教科・習熟度別の小人数授業推進、都道府県が判断―文部省方針(5) ・ 第三分科会の審議報告の概要(教育)(7) ・ 分科会報告書の要旨(7) ・ 「ゆとり」教育改革の功罪検証を(社説)(9) ・ 教育環境、学ぶ側で選択、改革会議が中間報告―中間報告が提案する施策。(9) ・ 第一部日本が沈む(8)「ゆとり」の落とし穴―文部行政、耳ふさぐ(教育を問う)(10) ・ 学力低下強い懸念、危機はどこに―制度の在り方、小人数クラス必要(教育を問う)(10) ・ 地球産業文化研が提言、新指導要領に異議アリ―全面中止を、「学力低下に拍車」。(10) ・ 教育改革国民会議、最終報告の要旨。(12) ・ 予算攻防(上)検証内要求―「質」改善の視点欠く(教育を問う)(12) |
2001 |
8 |
・ 町村文相が教育改革を説明 「全国行脚」で来県 静岡(2) ・ 郷土学習振興など21世紀の教育答申 審議会、県教育長に 鹿児島(2) ・ IT、小子化へも力点 2001年度当初予算案の新規事業 広島(2) ・ 教育内容「3割削減」で基本徹底 町村信孝・文部科学省に聞く(2) ・ 荒川区や品川区、来年度から学力低下対策に本腰 東京(2) ・ みんなクラブ(3) ・ 新学習指導要「ゆとり教育」、大転換の現実性(3) ・ 「すべてさらけ出せ」改革の「先輩」助言や注文 小泉内閣(4) |
8 |
・ 「ゆとり教育」文部省見直し 能力別の指導重視、全体学力の低下懸念(1) ・ 都内の小中学校、来年度から様々な試み 習熟度別に小人数授業など ・ 義務教育標準法改正案が衆院通過(3) ・ 「新指導要領」へ向け 学力どうつける? 「習熟度別」で意欲・自信 ・ 「新指導要領」へ向け 教科と連携「総合学習」自治体、教員増や独自策で対応(4) ・ 教科書超えた授業に“味方” 小中教師用ガイド作り 理数系に重点/文部科学省(4) ・ 少人数授業、全都道府県で取り組み(5) ・ 教師の力量問う 「習熟度別学習」(5) |
5 |
・ 教育改革、鹿児島県の場合、基礎学力取得第一に―責任を果たす学校目指す(教育)(1) ・ 習熟度別学級、小中で可能に、改正教職員定数法が成立(3) ・ 第4部もう一つの社会主義(2)禁じられた学校―効率民営に法の壁(3) ・ 品川区、教育改革の活動報告―小中の学校選択広がる(教育)(3) ・ 小泉内閣の課題(下)脱「官僚主導」―創意尊重改革、大胆に(教育を問う)(5) |