小熊研T 『「色」と「愛」の比較文化史』発表 6月15日(土)(補講日)
発表; 小林みのり 環境情報学部3年 t00364mk@sfc.keio.ac.jp
● 本書の紹介
著者;佐伯順子 1961年、東京都世田谷区生まれ。
1988年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。比較文学・日本近代文学。
現在、帝塚山学院大学文学部助教授。
著書『遊女の文化史』(中央公論社)、『美少年尽くし』(平凡社)、
『美女の図像学』(思文閣出版)など。
出版社;岩波書店 第1刷発行;1998年1月
受賞歴;サントリー学芸賞(芸術・文学部門1998年)
● 研究の概要
一言で‥;人間関係(男女の恋愛関係)の変容していく過程の葛藤をいろいろ挙げている。
主題;明治から平成に至る近代の「恋愛」という価値基準がいつごろどのように形成されてきたのか、その概念の原点をさぐる。それと共に日本の「近代」とは何なのかを問う。
手法;明治期の日本文学の主に代表的な複数の作家の諸作品を対象とし、それらを比較考察する。
特徴;@あらかじめ「恋愛」なるものを定義したのではなく、その「恋愛」という価値基準そのものの形成を追った点。
A作家の個々の作品を明治の心性(メンタリティ)の中に位置づけた点。
問題意識;恋愛とはどういうものなのか、どのような人間関係が理想なのか、を明らかに。
● 研究内容(本書のまとめ)
◆キーワード;色と愛、日本と西洋、キリスト教
◆着眼点;「色」も近代化の所産。「愛」という概念が入ってきたからこそ概念化して「色」と捉えるようになった。「色」や「愛」というものに固定的な定義があるのではなく、ある人間関係(明治以後は主に男女関係)がありその状態を色や愛という言葉で表そうとしている。
◆便宜的に‥色;明治の近代化以前の日本における人間関係をさす言葉。性行為=聖なる営み。感情の機微を知り感受性を洗練する手段。人間の豊かさを表す美的ニュアンス。
愛;文明開化により西欧から入ってきた男女関係をさす新しい概念。霊肉分離の思想。“精神的な繋がり=高尚な愛”⇔“性行為=動物と同じ下等な行為”キリスト教的な家族愛・隣人愛を含む。
◆本文の章立て(人によって人間関係の概念の捉え方が異なる。)
1章 「色」から「ラブ」へ ――― 坪内逍遥1859−1935@
2章 「好色」から夫婦愛へ ――― 尾崎紅葉1867−1903A
3章 「色」と「愛」の間で ――― 二葉亭四迷1864−1909B
4章 「恋愛」への憧れ ――― 森 鷗外1862−1922C
5章 「ラブ」の挫折 ――― 二つの女学生小説D
6章 芸娼妓の復権 ――― 泉鏡花1873−1939E
7章 愛でも救えぬ孤独 ――― 夏目漱石1867−1916F
8章 「愛」への懐疑 ――― 女性作家たちG
9章 神話の崩壊 ――― 森田草平1881−1949H
● 近代化後の「恋愛」の大まかな特徴(必ずしも時系列ではない)
T;「愛」崇拝;プラトニック恋愛至上主義。
・ 進化論。「色」=性欲=「未開」、「愛」=精神=「開花」
・
@『小説神髄』M18 @『当世書生気質』M18 A『金色夜叉』M30−M35
霊肉分離。人間が他の動物より勝っている。
・ 性行為=動物と同じ下賎な行為。
・ 精神的繋がりを追い求める。
・ 精神偏重、「内面」と「外面」という二元的な捉え方
・ 「内面」重視 → 「外面」=化粧批判、遊女批判
・ 一対一の夫婦愛こそ理想。平等を求める。妾や遊女の価値が下がる。
・ 愛情表現の発見。キッス、ハートマーク。
U;「愛」に虚偽;建前に気づく。
・
B『浮雲』M20 B『平凡』M40 C『舞姫』M23ドイツ三部
写実主義、日常にこそ真の愛があるのだ。
・ 男女が知り合う機会が少ない → 概念的「愛」の達成は不可能
・ 男女平等の本音と建前に気づく。
・ 「粋」な遊女の再評価。
・ ハレ(非日常)の世界にいきる遊女をよしとする。
・ ヶ(日常)の世界の本妻はやぼったい。
・ 一対一の男女平等ではない。 → 「愛」は概念上のみで、理想の伴わない状態。
V;「色」と「愛」の混合;独自の男女関係。
・
C『ヰタ・セクスアリス』M42 D『魔風恋愛』M36小杉天外E『婦系図』M40
純潔の妾が登場、妾=「色」と純潔=「愛」
・ 芸娼妓が母性をもつ存在
・ 女学生、幼なじみ = 無垢な清純な存在
・ 恋人との一体化を求める→しかしプラトニックでなくては‥
→心中しかない=一種の殉教。
W;「色」でもない、「愛」でもない;多様な男女関係を求めて。
・
G『炮烙ほうらくの刑』T3 G『八重桜』M23
女性の自己主張、主体性
・ 多様な男女関係を求める。
・ 平塚らいてふ、年下の男性との「共同生活」日常世界でも実践
X;「色」でもない、「愛」でもない;理想の関係を求めて。。。
・ 「愛」の理想の楽観的な信じ込みはない
・ 自由、個人、人権、自我 → 人間関係の根源的な疎外
自我ゆえの他者との相容れなさ、“恋愛=他者との結合”の否定
・
F『明暗』T5 H『煤煙』M42
究極のエゴイズム、醜さ
・ 死という神話的解決(男女の融合)には向かわない。
→ 死をもってしても疎外からは抜け出せない
・ 本当の「愛」とは? → 帰結がない。
● 結論
“人間関係(男女関係)は、より良い理想を求めて変容していく”
“すべての人間関係が固定的な「色」や「愛」におさまるのではない”
(前近代)
(近代以降)
西洋 → 日本の文明開化にとって必要な西洋像
・ 男女平等、明治時代にふさわしい新しい概念
・ 自由・平等・人権などを掲げたヒューマニズムや科学的知識の普及
・ “自我”意識の誕生
・ パラドクシカルな面@(女性のセクシュアリティの桎梏となる)
−自我の主張=「処女性」に価値をおく → 女性の性を固定的なものとする
−芸娼妓批判 女性による女性蔑視
・ パラドクシカルな面A(恋愛結婚は自由結婚ではない)
−女を家父長制(父の権力)のもとから夫の権力の下へ
● 参考文献
・ 『戦略としての家族』牟田和江(新曜社,1996)
・ 『近代家族の成立と終焉』上野千鶴子(岩波書店,1994)
・ 『女性学への招待[新版]』井上輝子(有斐閣選書,初1992,新1997)
・ 『21世紀家族へ』落合恵美子(有斐閣選書,1994)
・ 『近代日本の差別と性文化』今西 一(雄山閣,1998)
・ 『スカートの下の劇場』上野千鶴子(河出書房新社,1989)
・ 『江戸幻想批判』小谷野敦(新曜社,1999)
・ 「解説(三)」上野千鶴子、『日本近代思想体系23 風俗 性』(岩波書店,1990)
・ 「V 愛と性」、『死にがいの喪失』井上俊(筑摩書房,1973)
・ 『岩波講座 現代社会学10 セクシュアリティの社会学』上野千鶴子 他(岩波書店,1996) のうち一部
・ 『日本のフェミニズムEセクシュアリティ』井上輝子・上野千鶴子 他(岩波書店,1995) のうち一部