小熊研1 2002/6/10

牟田和恵 『戦略としての家族 近代日本の国民国家形成と女性』

総合政策学部2年 石澤洋平s01065yi@sfc.keio.ac.jp

 

問題設定

近代において全体社会と個をつなぐ戦略的な政治的装置として、家族はどのように機能したか。また、その中枢たる女性はどのような位置付けがなされていったのか。

研究手法

近代日本における家族の変容を国民国家の成立・形成過程との関連において捉えるために、日本やヨーロッパにおける社会史、家族史の研究書(P.アリエス、ストーン)や、明治期に刊行された総合雑誌(家族意識の変遷を捉えるため)、修身教科書(家族国家観形成に与えた影響大)、婦人問題に関する言説(平塚らいてう、与謝野晶子ら)を分析している。

著者紹介

1987年京都大学大学院文学研究科博士課程退学(専攻 社会学)。現在、甲南女子大学文学部教授。専門は歴史社会学、女性学。研究テーマは「近代化とジェンダーに関する比較歴史社会学的研究」

本論

■ 家と近代

(1)家族史・社会史研究の概観

形態…産業化、近代化による家族形態の縮小は「捏造された歴史」

cf. 江戸時代における世帯規模は5〜3.9人、西ヨーロッパでも核家族が主流

意識…個人のメンタリティに対して大きな意味をもつようになった「家族」

cf. フランドラン:19c〜今日的意味を帯びるようになる

         「近代家族」は地理的、年代的、社会的にかなり限定された家族形態

→現代家族の変動=「近代家族」的な家族の終焉に過ぎない

(2)「近代家族」と近代日本の「家」

         二つの「近代家族」概念

家族社会学的概念…愛情で結ばれた夫婦を中心とする核家族

社会史的概念  …情緒性とプライバシーがあり外部共同体から分離している家族

         近代家族の特性とは?→「心性における家内性」と「外部環境からの独立」

cf. 山田(1994)による「近代家族の基本的性格」

1外の世界から隔離された私的領域

2家族成員の再生産・生活保障の責任

3家族成員の感情マネージの責任

cf.落合(1989)による近代家族の8つの特徴(資料6)、社会学辞典の定義(資料7)

         「家」のもつ二重構造

近代的側面 …共同体からの独立(しかし完全に私化・自律化しなかった)

前近代的側面…非民主的(権威はすべて家長にある)

         家族=情緒的かつ閉鎖的となる(近代家族化する)には?

@     国民国家形成による人間の管理権の移行(共同体、親族→国家)

A     産業化の進展による生活と生産の領域の分離(労働再生産のための慰安と愛情の場である「家庭」へ)

         国家体制を支える制度としての「家」と「家庭」

以上の2点が近代の家族形成に変容をもたらす構造的な要因である(資料1)

 

■「家庭イデオロギー」

(1)イデオロギーとしての「家庭」

         「家庭」とは何か?

→清浄で無垢、道徳の守護者、子ども・女性が中心、「家庭」が国家を構成する要素となるような構造をもつことを要請される。日本においては明治20年前後に登場。

         「家庭」イデオロギーのパラドックス

→西欧的「家庭」観念を経由しての儒教的家族観の復活

         「家庭」イデオロギー=(今まで女性を忍従させてきた)古い諸価値の再構築(資料3)

         明治20−30年代という時代

→明治22年の帝国憲法発布、民法・教育勅語の公布、義務教育制度の完成など近代国家体制の確立・整備が進んだ時期+日清日露戦役

         「家庭」イデオロギーの構築

→家庭教育論での心理学・衛生学・児童研究法(外来の他律知、専門知)などの援用、家庭ジャーナリズムによる家政・家事・育児に関わる実践的マニュアル

(2)   「家庭」のディスクール

         家族とは人間を近代の国民として社会化するエージェント

→以前は地域共同体、職能共同体が担っていた役割(資料2、7)

         法、社会・教育システムを全国的に普及浸透させる装置としての家族

「国民」としての意識を醸成し且つ、人々を国家社会に組み込むための装置として、「家庭」ということばに象徴される道徳的、自閉的な新しい家族のありようが理想とされる

国民を国家に編入する装置としての「家庭」は実は為政者と民衆とが共犯関係をなして拵えるもの

         「家庭」のディスクール

@     ジャーナリズム…明治期総合雑誌における新しい家族のあり方の模索

A     家庭教育論…女性をその担い手に据えなければならないという要請につながる、良   妻賢母教育の必要性が唱えられる

B 家庭小説…新聞に連載され、「家庭」というコンセプトを普及させる

ex. 徳富蘆花『不如帰』、尾崎紅葉『金色夜叉』)

■ 日本近代の家族

(1)       明治期の総合雑誌にみる家族像

         明治20年前後に「家庭」が登場

         新しい家族道徳を普及させるためのロジック

@     拝西洋・廃東洋…夫婦親子間の関係に関する規範(「離婚は儒教的悪習」)

A     産業化…日本の発展のためには伝統的直系家族を改革すべし(財産分与について)

B     「家」に優先する国家…家の利害よりも国家のそれが優先される

C     「家庭」と国家の連続…「家庭」型家族は国家発展の礎となるもの(家族国家観イデオロギーのはじまり)

(2)       日本における家族観の変容

         直系家族的家族制度への批判として「家庭」が登場

         日清・日露戦争の影響により明治20年後半〜家族観が変化

→「女性も独立・社会参加すべし」から「女性は主婦たるべし」へ

         家庭の「私化」「女性化」のロジック

@     性別役割分業の固定化…「主婦」任務の美化、分業に基づくパートナーシップの賛美

A     封建的女性像の賛美…良妻賢母的女性が理想

B     女性の母役割の強調…よき母親であることが女性一般の性役割

         近代化とナショナリズム形成の土台としての「家庭」

→家族国家観などのイデオロギー注入する土台

(3)       家族国家観再考

         家族国家観とは?

→一国を一家と観念させることで、家族への心情を拡大、延長すれば愛国に至るという一種のイデオロギー

         近代国家に普遍的な家族を媒介とした政治手段の一変種としての「家族国家観」

         家族国家観の特徴

@     天皇制国家体制のもとでの「家族」と「国」の接合(資料4)

A     儒教的家族主義の伝統の重視、「孝行」と「忠節」が人倫の最大義

B     教育勅語によって一国を一家と観念させる(家族への心情の拡大は愛国へ至る)

         家族国家観イデオロギー教化の背景

@     国家支配体制に対する危機意識…自由民権運動、社会主義思想などへの警戒

A     家族の危機…農村から都市への移住、一家離散問題

(4)       明治期修身教化書にみる家族国家観の普及過程

@親子の心的関係と「家庭」

孝行の変容…明治10年代まで 親への徹底的な服従

       明治20年前後〜 孝行の「合理化」、「適正化」(親子の対等な情愛)

親子の情愛と家庭…上下関係の衰退、親愛・敬愛が親への責務として孝行に加わる

         (修身教科書の挿絵での親子間の距離が次第に接近していく)

A親族の疎遠…明治10年代前半〜 親族意識の縮小及び家族の凝集

「親族は枝より枝の出たるごときもの」(14年『小学修身書』)

B父親としての天皇…天皇と臣民の関係が家族間の感情を模して表現される

15年〜 概念としての天皇が登場(天皇の実体化)

(5)       家族国家観に適合する新しい家族意識の登場

         「家族主義」のもつ二つの意味

@     支配・服従関係を含む「前近代的」家族関係を強制するイデオロギー

A     親子を核とする小家族が担うべきとされる「家庭」イデオロギー(新しい家族意識)

         新しい家族意識の出現

@     家族における権威の国家権力への集中、国家の民衆管理は一層の進捗

A     ナショナリズムの基盤としての家内的で穏和に規律化された「家庭」

B     「父性」イメージで覆われた天皇の民衆側への接近

 

■ 戦略としての女

(1)       明治・大正の「女に関する言説」

         「女に関する言説」…女の地位役割、あるべき姿、期待されるありようなど

         明治から大正にかけてのナショナリズム浸透、性規範に対する不寛容の普及

「展開」…進歩的、近代的な女性解放論に連なる系譜

 (廃娼論、婦人参政権論、開明的女子教育論、一夫一婦論、婦人解放論など)

「抑圧」…男尊女卑思想ないし保守反動思想(良妻賢母論、婦徳論、淳風美俗論など)

         思想史上の観点から見た流れ

明治初頭・・・近代的女性像の模索

明治20年代〜30年代・・・その反動としての男尊女卑観の優位

女性解放思想の芽生えと軍国主義化の中での抑圧

(2)       女性の権利と母性・ナショナリズム

         政治的権利を求めるための戦略として女の性役割を強調する

→政府による思想統制と女性の政治参加問題の冷遇という「2重の疎外」が背景

「男性に伍して「国民」となるためには女性は男性以上に愛国心を表明するのである(p.123)」

(3)       セクシュアリティと秩序

         近代社会の生成にとって重要な要素としての「生」と「性」の規範作り

(違式詿違条例、修身書による生活規範の遵守徹底)

         売買春と貞操、処女性に関する言説

@     廃娼論

女の二分法…売娼は家庭の幸福との関係で罪悪視される(性を一夫一婦制に囲い込む)

廃娼と国家…近代国家体制確立期における性管理とナショナリズムが結びつく

A     処女・貞操の意味変遷

女性達の自立と自我の意識から生まれた処女性の崇拝、セクシュアリティの物象化(処女はなくすもの)→しかしそれは同時に女性のセクシュアリティを女性自身から疎外するものとなり再び女性にとって重荷、抑圧となる(資料5)

         「女性の言説」の落とし穴

→女性の地位向上・自我の確立が結果的に女性を家庭のなかに固定させる(資料8)

本書の研究史上の意義

         明治期に刊行された総合雑誌や修身教科書を資料として、当時の家族意識がどのような変遷をたどったかを実証的にしめしたこと

         「家庭イデオロギー」という概念を導入することで、明治期の家族が国家へ戦略的に組み込まれていった過程を明らかにしたこと

 

【資料】

1 「日本の「家」は、西欧近代の家族のような家族を保障する厚い外皮を持たず、その精神においてはむしろ外部に向かって開かれた存在であった。(中略)「家」は世間の世論や権力の支配を自由にその内部に浸透させ、他の家族との連帯の中に織り込まれて、家族のプライバシーは充分に保障されることはなかった(p.19)」

2「「国民」という「想像の共同体」を作り上げるためには、階層的な多様性や身分制度に基づいた人々の間の非等質性、各々の「家」の論理に基づいて存在する個別性を否定し、均質的で国家の直接の構成員となりうる個人を作り上げねばならず、そのために要請されたのが新しい家族形態としての「家庭」に他ならない(p.181)」

3 「家庭という新しい家族が道徳、特に性的・身体的な慎みや規律を浸透させる場であり、同時に、その家族が私的な世界として自律し、女性が献身・自己犠牲することでその主役としての幸せが獲得できるという「イデオロギー」がここに成立したといえるであろうし、そのイデオロギーはまさに現在の家族と女性が保持し続けているものではなかろうか(p.181)」

4「国家神道によって天皇家の神話的先祖の傘下にこれとは元来無関係の国民の「家」の先祖を組み入れて天皇と国民の一体化が図られたのである。(p.83)」

5 「新たなジェンダー、セクシュアリティの観念は「国民」の観念と強く結びつき近代の社会体制の維持形成にはなはだ機能的に働いた。女性たちは自発的に、国民を産み育てる母親と自己規定し、性の自由を放棄していく。(中略)それは家族制度や様々な法的規制、あるいは良妻賢母を旨とする国家によるイデオロギー教育によって強化・固定されていったことは事実であろうが、そこには管理統制される側が自らそれを招来する複合的なプロセスが存在している。(p.145)」

6 「1家内領域と公共領域の分離 2家族構成員相互の強い情緒的絆 3子ども中心主義 4男は公共領域・女は家内領域という性別分業 5家族の集団性の強化 6社交の衰退とプライバシーの成立 7非親族の排除 8核家族」

7「近代家族 modern family

近代家族は、社会史の視点からの規定と理念型の視点からの規定とは異なる。前者の視点に準拠すれば、日本の明治以降、そしてイギリスの産業革命以降の家族は、それが近代社会によって規定されているという意味で近代家族である。しかし後者の視点に準拠すれば、近代家族は家父長家族と対比される一つの理念型概念である。家父長家族は「家族主義」の価値規範によって統制され、家長による息子、娘の配偶者の決定、長男の家督相続、兄弟姉妹間における財産不平等分配、妾の承認、および「家」継承のための生殖重視などを、基本的特徴としてもっている。それに対して、近代家族は、「民主的個人主義」の価値規範によって統制される。家族成員の基本的人権と自由が尊重され、「家」継承のための生殖よりも夫婦の愛情と信頼が強調され、そして家族が子どもの社会化のための基本的場として重視される。そこでは財産相続も兄弟姉妹間で平等に分配される。実体概念でなく理念型であるため、現実の具体的な個々の家族との間に距離があることはいうまでもない。→夫婦家族制、友愛家族/制度家族、核家族 」

8「(女の言説で観察されたことは)女性の地位や権利を高めようとする思潮、そして個としての女性の自我を確立しようとする近代的な女性解放の思想が、社会における女性の位置を家庭のなかに妻・母として固定化させる新しいジェンダーの規範を創造し、セクシュアリティを閉じ込めて女性自身から疎外していく逆説であった。そして、「国民」としての意識・自覚がそれを強固なものにしているのである(p.144)」

【参考文献】

フィリップ・アリエス1980『〈子供〉の誕生』 みすず書房

上野千鶴子1994『近代家族の成立と終焉』 岩波書店

上野千鶴子1998『ナショナリズムとジェンダー』 青土社

エリザべート・バダンテール1991『母性という神話』 筑摩書房

落合恵美子1989『近代家族とフェミニズム』 勁草書房

落合恵美子1994『21世紀家族へ(新版)』 有斐閣選書

山田昌弘1994『近代家族のゆくえ』 新曜社

岩波講座 現代社会学 第19巻1996『〈家族〉の社会学』 岩波書店

アエラムック1996『社会学がわかる。』 朝日新聞社アエラ発行室

森岡清美他編集1993『新社会学辞典』 有斐閣