小熊研究会U 615日 発表レジュメ

公衆浴場のエスノグラフィー

〜集団呼称を伴わないカテゴリー形成について〜

総合政策学部三年 木村和穂

70003278, s00327kk

序論

1−1.問題意識

公衆浴場に集まる人びとの間に存在するカテゴリーとは何なのか?どのようなプロセスを通してカテゴリーは形成され、何がそのカテゴリーを維持しているのか?その場に参加している人びとはカテゴリーをどのように認識しているのか。

1−2.主題

本研究の関心は、複数の人々が集まる場においてカテゴリー形成がいかになされ、その形成された幾つかのカテゴリーがいかに互いを意識しながらも併存し、その場の秩序を維持しているのか、ということにある。

本研究は「カテゴリー形成」の問題を実践レベルで理解することを目的とするため、特に以下の点を重点的に見てゆく。

何がそのカテゴリーを成立させているのか(成員のどのような相互行為によってカテゴリーは成立しているのか)、異なるカテゴリーのメンバーどうしは、どのような相互行為を通してその場の秩序を維持しているのか、その場に境界が存在していることにまだ気づいていないメンバーに対し、既にカテゴリーの内部に位置しているメンバーはどのような働きかけをしているのか、という点である。

本研究では、公衆浴場のフィールドワークを通して、メンバーの間で繰り広げられる「カテゴリーをめぐるかけひき」を明らかにし、カテゴリー形成に関する理論的考察を行うことを目指す。

1−3.仮説

本研究では仮説生成法をとる。

作業仮説:

「集団呼称が用いられずとも境界が成立し、「包摂」と「排斥」が見られるのではないか?」

1−4.対象(フィールド)

藤沢市が運営する公衆浴場(男湯)

1−5.研究手法

フィールドワーク(参与観察・インタヴューを含む)

1−6.先行研究

社会心理学における集団研究。

@マートン『社会理論と社会構造』みすず書房、1961

社会構造を集団・集合体・社会的カテゴリーの三種類に分けて定義した上で、「すべての集団は、もちろん、集合体であるが、成員間の相互作用の規準を欠く集合体は集団ではない」(p299)と指摘した。

ABrown, R. ”Mass phenomena”, Handbook of psychology, Vol2 Reading, Mass. 1988

人々の集まりを、「大きさ」・「集会性」・「成極性」・「同一性」という4つの次元を提起することによって分類した。

BNewcomb, T.M. “Social psychology”, New York: Dryden Press. 1950

a.集団規範が形成されて、これがメンバーの行動を拘束するということと、b.メンバーそれぞれが互いに密接に連結する社会的役割をもっている、という点において、集団を特徴づけた。

CSherif, M. & Sherif, C.W. ”An outline of social psychology ”, New York: Harper & Row. 1956

集団が単なる集合状態から区別される由縁は、個々の成員間に確立された地位と役割の相互関係があり、成員が共通に分有している一連の規範(標準や価値)の存在する点にある、とした。「集団とは、多くの個人からなる一つの社会単位であって、それらの個人は(多かれ少なかれ)相互に明確な地位と役割の関係をもち、少なくとも集団“結成”の結果として、個々の成員を規制するそれ自体の一連の価値や規範をもっている」(p190)。

「カテゴリー」と「集団」というタームの使い分け

「集団」というタームは、何らかの基準で特定の集合体を限定して捉えるものであるが、本研究では、むしろ「集団」を成立させている「枠組み」それ自体に関心があるので、「カテゴリー」というタームを用いることにする。

1−7.本研究の意義

「カテゴリーをめぐるかけひき」の様子を実践レベルで明らかにし、集団研究においてなされてきた議論を「カテゴリー」という観点から検証する。

本論

2−1.フィールドの概要

本研究のフィールドは、藤沢市が運営している総合運動施設の一角に存在する公衆浴場である。人々は藤沢市民であるか否かに限らずだれでもこの施設を利用することができる。浴場へ入場するには一枚500円のチケットを購入しなくてはならないということ以外には施設側が定めている規則は何もない。

本研究では、@脱衣室(ロッカー、洗面所、壁鏡)、A浴場、Bサウナ、の3つを具体的なフィールドとする。

2−2.方法

本研究では仮説生成的な視点に立って、当該公衆浴場にて参与観察を行っている。現在までの観察期間は2002年5月に5回、6月に2回の計7回、観察総時間は8時間である。観察者はコアメンバーが集まり始める午後7時前にフィールドに入り、浴場で人々に混じって過ごしながら、浴場が閉まる午後8時まで観察を行っている。

当該フィールドにおいて観察者は、「個人主義者」の位置をとるようにしている。今後インフォーマルインタヴュー(脱衣所・サウナ内でのカジュアルな会話)を行う段階では、「個人主義者」としての観察者がいかに「コアメンバー」との接触を行い、どのように「成員性」を獲得するのかも観察することになる。

2−3.メンバー(インフォーマンツ)

 本研究のフィールドは藤沢市が運営している公共施設であるため、原則的に全ての人に対して開けている。しかし、浴場へやってくる人々は同じ総合運動施設の中にあるプールや体育館を利用する人々とは明らかに年齢構成も見た目も異なる。浴場の利用者は8割以上が50代半ば以降の地元の人たちであると思われる(メンバーの属性については今後も調査が必要。メンバーの属性とカテゴリー形成がどのように関係しているのかも明らかにしなくてはならない。多少離れた地域からわざわざやってくる人もいるようである)。

2−4.カテゴリーとは何か

2−4−1.メンバーのアイデンティティ・カテゴリー

現在までの観察の結果をもとに、メンバーたちに以下の三つの群を仮定している。

コアメンバー  / 個人主義者 / 部外者

これらのカテゴリーを図示すると下の図のようになる。縦軸は浴場へやってくる頻度の軸として、横軸は「集団性(仲間意識)」の軸として理解すると良い。

「コアメンバー」とはいわゆる「常連」のことで、彼らは多い人は毎日、少ない人でも週一回は必ず浴場にやってくる。彼らがやってくる時間は決まって午後7時前後であり、彼らはお互いに顔見知りであり、おしゃべりの相手である。コアメンバーの内の一人が自宅でとれた野菜を大量に持ってきて、他のコアメンバーへ分け与えたりすることがたまにある。リーダー的存在はみられない。コアメンバーはお互いにコアメンバーとして認識しあっているようにおもわれる。このカテゴリーの境界は非常にはっきりとしている。

「個人主義者」は、「コアメンバー」との対比において浮き上がる。「個人主義者」の中には浴場へやってくる頻度が比較的高い人もいるが、コアメンバーのように打ち解けて会話をすることは決してない。「個人主義者」どうしの交流もみられない。

「部外者」とはいわゆる「一見さん」のことである。初めて浴場へ訪れた「一見さん」は、その行動から明らかに「部外者」であることが見てとれる。観察者自身もはじめは「部外者」であった。「部外者」は自分自身のことを「部外者」と意識していると思われる(インタヴューでもそのような回答を得ている)。

2−4−2.コアメンバー

当該フィールドにおけるカテゴリーの問題を明らかにするためには、「コアメンバー」というカテゴリーを理解することが重要になる。他のカテゴリーは「コアメンバー」を意識することで成立しているカテゴリーであると思われるからだ。

コアメンバーとは何なのか、今後観察を通して明らかにしてゆかなくてはならない。

2−4−3.コアメンバーからの働きかけ

3つのカテゴリーはお互い全く無関係に存在しているわけではなく、相互を意識しあって存在しているように思われる。特に、「コアメンバー」との対比によって「個人主義者」のアイデンティティは強化されているように思われる(ただし、互いをカテゴリーという単位で意識しているのかどうかはいまだ不明。)

カテゴリーを越えた働きかけは、必ず「コアメンバー」の側からなされる。「個人主義者」や「部外者」から「コアメンバー」へのアプローチはほとんど見られない。

排斥(異化):

 部外者がフィールドに現れたときのコアメンバーの反応(「部外者」を共有する「コアメンバー」)。

包摂(同化):

 背中を洗って周る人(コアメンバー)の果たしている役割とは何か?

2−4−4.カテゴリーの揺らぎ

カテゴリーはいつ発生するのか?

「コアメンバー」が二人以下の場合、彼らは「個人主義者」となるのではないか?

2−4−5.カテゴリーとは何か

それぞれのカテゴリーを成立させているのは何なのか。境界はどのように形成され、参加者にはどのように認識されているのか。今後さらに観察を通じて明らかにさせてゆく必要がある。

注目しているイベント

「カテゴリー」について理解するために注目すべき観点として以下の点が挙げられる。

今後の課題

もうしばらく全体観察を行い、リサーチ・クエッションを再検討することが必要である。その後、ユニットを限定した焦点観察を行う必要がある。また同時並行的に観察結果を読み解くための理論的枠組みの探索を行うことも必要。解釈的なアプローチの危うさを乗り越えるためにも先行研究をさらに読み込み、理論的な裏付けを行ってゆく必要がある。

抽出したカテゴリーや仮説を先行研究や関連研究と比較対比させながら、領域密着理論からフォーマル理論へと発展させてゆきたい。

参考文献

野村昭『社会と文化の心理学』北大路書房、1987

岡部慶三『集団形成と集団構造』新曜社、1972

児島和人『集合行動』新曜社、1972

箕浦康子編著『フィールドワークの技法と実際』ミネルヴァ書房、1999

佐藤郁哉『フィールドワーク』新曜社、1992

吉見俊哉「都市文化としての現代文化」『現代文化を学ぶ人のために』世界思想社、1998

E・ゴフマン『集まりの構造』丸木恵祐・本名信行訳、誠信書房、1980

H・ガーフィンケル『エスノメソドロジー』山田富秋・好井裕明・山崎敬一訳、せりか書房、1987

G・サーサス、H・ガーフィンケル、H・サックス、E・シェグロフ『日常性の解剖学』マルジュ社、1995