20021111

「母性という神話」コメント

『近代家族の形成』By Edward Shorter (Canadian Social Historian)

〜フランスの近代家族形成における愛情の役割〜

         総合政策学部3年 石井幸代

 

■ 本書の目的(前文より)

アリエスの研究は上級ブルジョワジーや貴族階級のものだが、私の関心は一般庶民にある。本書の狙いは、アリエスの古典的分析に1つの修正を加えることである。

 

 
 

 

 

 

■ 研究手法:近代家族の形成を、当時の庶民の心性の変化から説明しようとした試み。

資料は、主にフランスの都市や農村の医師や行政官の記録等を使用している。

 

■ ショーターが本書で述べたかった論点

1.庶民階級の平均的な女性にとって、すくなくとも彼女たちの立場から見て、「資本主義」は全体として恩恵をもたらした。(女性の解放)

2.多くの人々が、性抑圧の世紀とされている19世紀に、伝統的な農村社会の強烈な性抑圧から解放された。(ロマンティック・ラヴ)

3.質の高い子育ては、女性の胸の中に宿っているある種の普遍の「本能」というよりも、まさに150年前の発明であった。(母性愛)

 

■ <3の説明> 母乳保育と母性愛(*フランスのケース)

19世紀半ば、仏では毎年約33000人の捨て子。当時、幼い子を母親から引き離すことは、貧富にかかわらずあらゆる階級で組織だった慣行。子どもの遺棄はまさしく伝統的な慣習であったといえる。

 

母乳保育は子どもの幸福への関心と関連 → 乳児に対する保育方法の全般的な変化は、母性愛の革命を示すものと言えるのではないか

 

1762に出版されたジャン・ジャック・ルソーの『エミール』そのものが、母乳保育の普及を主導する役割を果たしたとはいえない。というのも、それが出版されるずっと前から母乳保育の考えは流布しており、1760年代には、中流階級の間で母乳保育への切り替えがかなり進んでいたからである。(p191

(例:1766年頃、田舎の乳母に里子に出した子どもの死亡率の高さに衝撃を受けて、ラ・ロシェルの裕福な婦人たちは母乳保育を始めている)

 

@ 母親側の変化

伝統社会の母親は子どもを乳母に預けるのが慣行 → しかし、1780年代、田舎の乳母の間で梅毒が流行。母親たちはわが子を自分の手で育てるようになった。これが母乳保育への移行の始まった原因を解く鍵である。(1796年末、人口調査では乳飲み子の98%が母親から授乳されている)

A 乳母側の変化

伝統社会の乳母にとって子どもは商品(経済至上主義) → しかし、1835、ギゾー政府の捨て子移管政策で、落胆し身銭を切ってでも預ろうとする乳母の出現(これが乳母の母性愛の出現である) 

 

その他の母性愛の指標として:

巻き産衣からの解放      上流階級 1780年頃 巻き産衣少なくなる

都市   1790年代 巻き産衣の廃止、19c初に禁止

                  農村   1850年  巻き産衣すたれる

  ○両親による非嫡出子の認知   1885年〜第1次大戦前夜まで着実に増加

 

これらから、母性愛は18世紀中までに都市の中流階級で生まれ、19世紀末までに庶民に定着したと考えられる。(*但し、ヨーロッパ各国の近代化過程に、はっきりした差異があるのと同じように、母性愛の発達においても差異があった。)

 

近代初めの乳幼児死亡率のデータが示唆していることは、母性愛の欠如こそが高い死亡率の原因(の一端)であって、その逆(高い死亡率が母性愛欠如の原因である)ではない。両親の努力で子どもの育児環境はかなり変えられたのに、母親たちはそうした配慮をしなかった。ゆえに子どもは死んでいった。感情のうねりが人々を縛っていたこの慣習や伝統を破壊してはじめて、母性愛が根を下ろすことになるのである。

 

■ <2の説明> 母性愛と男女の愛情(ロマンティック・ラヴ)/ 家族の愛情(家庭愛)

伝統的な農村社会では、個人の結婚やセックスに関して厳格な共同体管理(公的介入)

そこでは財産やリネージが優先され、人々の感情はそれによって支配されていた(愛情の欠落)

 

しかし、幼児に対する純粋な母性愛、つまり、自発性とか感情移入にもとづいた母親の愛の誕生は、新しく愛情に基礎をおく家庭をつくりだし、一方では、ロマンティック・ラヴを生みだし、家族と共同体の結びつきを希薄にさせたのである。(p176

 

近代家族形成の3要素

 

          資 義(自由の希求・都市化)

                       

母性愛の出現       ロマンティック・ラヴの出現

 

                        家庭愛の出現(近代核家族の誕生)

 

母性愛は近代家族形成の核となった。子どもの幸福についての<意識>が中流階級に芽生え、母親と乳児の情緒の輪がやがて年長の子や夫を包み込む。かけがえのない幼子の命のためにデリケートな環境が必要だという意識が生まれ、家庭愛が現れた。この愛の炎が共同体(慣習と伝統)を焼き尽くしてしまった。(p215

 

■ <1の説明> 資本主義と母性愛 / ロマンティック・ラヴ

 感情革命の起源は資本主義にある(自由放任の市場組織、資本主義的生産、プロレタリアートの出現)

ロマンス革命の原因  未婚の若い人々、とりわけ女性が多く自由な労働市場に参入

母性愛の原因     資本主義の浸透によって性的分業が進み、女性が生産活動よりも育児に専念

 

★ ショーターによると、資本主義はなぜ女性の抑圧ではなく解放(恩恵)なのか?

     (a) 女性の賃労働への大量参入は、農村の家父長制を分解させた

     (b) 18世紀の女性達は、非常に劣悪な地位(牛の価値>妻の価値)にあり、それよりましになった

     (c) 核家族は男女の情緒的安息を与え、夫と妻の位置関係は全般的にいって平等になった

 

参考文献

             エドワード・ショーター、『近代家族の形成』(1975)田中俊宏・岩崎誠一訳、昭和堂(1987

             ジャック・ドンズロ、『家族に介入する社会−近代家族と国家の管理装置』(1977)宇波彰訳、新曜社(1991

             フックス、『風俗の歴史2ールネサンスの恋愛と結婚』(1912頃)安田徳太郎訳、光文社(1953

             ヴェルナー・ゾンバルト、『恋愛と贅沢と資本主義』(1967)金森誠也訳、(有)論創社(1987

             ブリジット・ヒル、『女性たちの18世紀−イギリスの場合』(1984)福田良子訳、みすず書房(1990

             イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ、『母親の社会史』(1977)中嶋公子・宮本由美訳、筑摩書房(1994