小熊研究会T

バダンテール『母性という神話』

                             発表者 総合政策学部2年 

小谷吉範(おだによしのり)

                 s01211yo@sfc.keio.ac.jp

 

     主題

女性に母性が押し付けられてきた歴史を追い、母性愛とは生まれつき備わっている感情ではないことを明らかにする。

 

■著者

Elisabeth Badinter1944〜)。女性。心理学・社会学を修め、哲学を教える。「母性という神話」は1980年出版。

 

     研究手法

アリエス、ショーターなどアナール派の歴史学の流れを汲む。「子育て」という日常的な活動に焦点を当て、人々の意識、ものの考え方、感じ方、世界観を探る。(歴史家の資料だけではなく、

母性が本能であるならそれはどんな状況でも全ての個体にあてはまるはずである。ある時代において母性が認められない、もしくは表れたり消えたりする状況を発見すれば母性が本能でないことを証明できる。

 

     内容

 

母性について語る前に女性の置かれた社会状況としての男性の地位と子供の地位についてバダンテールは書いている。夫権の優位→子供の地位→母性の歴史の順に説明。

 

T.夫権の優位

父権・夫権は古代から現代に至るまでキリスト教の登場によって男女平等が説かれた一時期を除き常に女性の権利にたいし優位に立ち続けてきた。その背景にあるのは権威主義、その後登場した絶対主義である(←そもそも権威主義って何?)。

 

◎夫権優位の根拠

権威主義―アリストテレスによる哲学的な理由付け:女は自然に劣ったもの。

     キリスト教神学による宗教的な理由付け:「創世記」「エペソ人への手紙」の引用

後になると絶対主義に伴う必要からの正当化:王の権威を正当化のために父=神=王の図式を作り出す。

U.(現代人の感覚とはかけ離れた)

子供の軽視の歴史

 (子供は忌むべき存在。理由は・・・)

キリスト教の原罪:アウグスティヌスが唱えた。(子供は自分では何も出来ない無力な存在)神の全性から最も遠い存在としての子供。原罪を象徴。

   デカルトの子供観:(罪の意識とは別だが、理性を重視したゆえ)理性から最も遠い存在としての子供。(子供の期間の存在が人を完璧な理性に到達することを阻むものと見た。)

 

V.母性の歴史

 (あくまでフランスの研究1318C

 □18C:母性欠如を表すもの

18世紀都市の全階層に里子の習慣が広まる:パリで里子に出される子供の数と階級別の割合。

最も貧しい人々

商人・職人

中産・ブルジョワ

最上級の貴族

自分の手で育てるか子捨て

遠隔地に里子

パリ近郊に里子

住み込みの乳母

 

  「毎年パリに生まれる21000人の子どものうち、母親の手で育てられるものはたかだか1000人にすきない。」(1780年パリの警察長官ルノワール)

18C後半(1760年頃)の転換:母親の役割、母性愛の強調。母性本能という神話の誕生。

   →(バダンテールが最低限としてあげる)三つの原因。

1.経済学的要因:18世紀中頃、重農主義

          2.哲学的要因:平等の観念と個人の幸福の観念(子供を含めた男女平等、子育ては女の喜び)

          3.モラリスト達の勧告という要因:母性愛を強調する書籍の大量出版。母性は自然なもの。

 

3.の知識人、モラリストによる理想の母親像の宣伝について

啓発に従う母親も抵抗する母親もいた。→しかし、結果としてどちらにも罪悪感を植え付けることには成功。

ルソーの影響:「エミール」が1762に出版、エミールの妻ソフィーを通して理想の母親像を伝播。献身、マゾヒズム、受動性を女性の本性とする。女性の心に罪悪感を植え付ける。自分のためではなく完全に子供のための献身を求められる。

19C:神から与えられた使命という説明。宗教的に母性を正当化。

キリスト教徒の妻達は神から授かった仕事である子供への献身に賛成した。

子供の教育を女性固有の役割とする考え方を受け入れることによって、社会の中に地位を確立することができた。

20C:フロイトの精神分析学が母性に与えた影響。:医学的な説明。乳幼児期が子供の無意識の形成に決定的な影響を与えるという考えは、子供の教育者として役割を母親に押し付けた。物理的に乳児が保護を必要とする9ヶ月間をこえて子供の世話をしなければいけなくなった。←医学という科学によって母性愛が正当化される

エディプスコンプレクスによる説明:男も女も生まれつき女性性、男性性を持っているがペニス羨望への断念によって女は受動性、マゾヒズムを内在化する。

 

社会に出て仕事をする女は、家庭を顧みないとして悪とされた。

 

□最近の統計:女性による母性への抵抗+父性の登場

母親と同じように子供に感情移入する父親の存在。

少年、少女の境界の曖昧化。

その先にあるのは平等主義か、もっと新しい思想か?

 

■結論

本書で明らかにされてきたように母性愛というものは生まれつき持っているものではないし女性のものでもない。今後女性は母性愛の押し付けをますます拒否し、男女の役割の同一化が進むであろう。

 

 

参考文献

E.バダンテール『母性という神話』

エドワード・ショーター『近代家族の形成』

アリエス『子供の誕生』

上の千鶴子『近代家族の成立と終焉』