『ハマータウンの野郎ども』
LEARNING TO LABOR
2002年11月9日(土)
総合政策3年 横川大輔
―なぜ労働者階級下層の子供達は再び親と同じ最下層の労働に入っていくのか―
イギリスの典型的な労働者の町、ハマータウン。落ちこぼれの男子中学生「野郎ども」の日常を通して、どのような選択を重ねて階級に属するようになるのか構造的に説明する。「反学校文化」の形成とその可能性、そして「意図せざる」結果としてのあらわれる社会的再生産のメカニズム。
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■著者 ポール・ウィリス
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労働者階級出身、大学へ進み知識人となる
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CCCS(バーミンガム大学現代文化研究センター)
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カルチュラルスタディーズ
・ マルクス主義の影響
■手法 エスノグラフィー(民族誌)
@ フィールドワークを使って調べた研究 Aその成果として書かれた報告書
・ 参与観察
・ 利点・・・調査対象の視点から世界をみることができる。深い
・ 問題点・・・データの絶対数の不足。主観の問題
「深いが狭い」質的調査と「広いが浅い」量的調査
・だれがだれのためにかたっているのか?
■背景
1977年 イギリス(複線的な教育制度)
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@「野郎ども」をめぐる概念
・「野郎ども」/「耳穴っ子」
・「異化」/「同化」
異化・・・自らの価値観により制度を(インフォーマルなものに)読み替えること
同化・・・インフォーマルなものを公式の枠組みに制度化すること
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「洞察」/「制約」
洞察・・・社会の真実を自分で見抜く力
制約・・・洞察を阻む様々な障害物や影響
A反学校文化(≒労働者階級文化)
・インフォーマルな場所からの影響
・独自性・・・権威への反抗、笑いふざけ、暴力、男尊女卑、人種差別、「理論」に対する
懐疑心、実践の重視
・
「生徒」ではなく「労働者階級」の一員という意識
B洞察
(1)教育に対する洞察
・ 教師と生徒の交換関係(知識⇔敬意)の否定
・ 教育神話の否定
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能力主義競争の否定
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個人主義的努力の拒絶、集団の重視
(2)労働(就職)への洞察
「どれも大差ない」
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「手労働」に限定、雰囲気が大切、自我の投入の拒否
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全ての労働は「抽象的労働」として共通
C「制約の影」
(1)分断
精神労働(女々しい)⇔肉体労働(男らしい)
男(労働が目的論的)⇔女(労働が存在論的)
家父長的価値。
#最悪の条件の労働は異人種の移民労働者が引き受ける。
・社会の支配的イデオロギー⇔労働階級文化
精神労働を優遇⇔手労働を優遇
(2)イデオロギーの反学校文化への影響
・ 反学校文化への固定化への「誘導」
例)就職指導用の教育映画における男女の役割分担。
・ 「不能化」
・ 究極的にはフォーマルなイデオロギーの大枠の範囲にいる
D「意図せざる結果」としての社会的再生産
(1)文化というフィルターを通しての「洞察」
(2)「洞察」して取り入れた外部構造が一定の枠を生む
(3)そのまま「自発的な」選択を積み重ねる
#それに「制約」も加わる
結果⇒社会的再生産
・
楽観論or 悲観論
E結び
・
一定の文化を十分に理解する方法
・
理論と実践の一体的な性格
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■カルチュラルスタディーズとは
様々な学問を横断するような形で行われる文化についての新しい批判的アプローチ。
日常生活や生活世界の問題を対象とする。ある社会的、政治的、文化的問題に具体的な文脈、特定の場において実践的に分析、解釈を行い、問題解決の方向を示すことを行う。
・「文化」の定義
・「理論」と「実践」を不断につなごうとする試み
・「正しい」理論ではなく「適切な」理論
・マルクス主義
単なる学際的なアプローチではなく、社会学の下位分野でもない。人文社会科学にたいする問題提起であり、限界への挑戦である。
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参考文献
グレアム・ターナー『カルチュラルスタディーズ入門』(作品社)
上野俊哉/毛利喜孝『カルチュラル・スタディーズ入門』(ちくま新書)
上野俊哉/毛利喜孝『実践カルチュラル・スタディーズ』(ちくま新書)
杉山光信編『現代社会学の名著』(中公新書)
AERAMook『社会学がわかる』(朝日新聞社)
資料
(1)異化
「ある制度の内部で、その制度を身にまといながらも、なお一定の距離を保ちつつ労働階級の文化が創造的な展開を示す過程」(P158)
「異化は、それを推し進める人々にとっては、制度が出来合いの役割から自己とその未来を批判的に分かつ体験的学習の過程であり、他方で制度を代表する人々にとっては、さしあたり説明不可能な障害や抵抗や対立の存在を思い知る過程である。」(P160)
「教育の基本的枠組みが階級差というもの排除するならその枠組みを異化する過程は階級差を招き入れるのである・」(P180)
(2) 洞察
「ある文化を共有する成員達が自分達を囲む全体社会とのかかわりで自分達の生存の位相や条件を見抜こうとするとき、その文化の内部で働く衝迫的な力」(P288)
(3) 制約
「衝迫力の全面的な展開を阻害したり混乱させたりする方向に働くさまざまな障害物や牽制やイデオロギーからの影響など」(P299)
(4) 暴力
「暴力をふるうそのこと自体よりも<野郎ども>自身の文化に内面化されている暴力の社会的意味こそが重要なのである。暴力は、インフォーマルな集団秩序への最後の参入儀礼であり、集団のうちに一定の地位を引き受ける最終的な意志表明なのだ。(中略)
集団を率いるリーダー達の細かい格付けをしかるべきところに落ち着かせるのは上手に争うことのできる能力である。喧嘩早い「凄腕」が影響力をもつ場合はむしろ少ない。」
(P92〜93)
(5) 精神労働と手労働
「手労働の世界にはほんとうのおとなの世界の味わいがある。逆に、精神労働は貪欲にひとの能力を食いつくそうとする。精神労働は、まさに学校がそうであるように、ひとのこころの侵されたくない内奥へ、ますますいとおしく思われる私的な領分へ、遠慮なく入り込んでくる。」(P254)
(6)楽観論
「労働階級の文化の中に既存の社会の再生産に好都合な要素があるようにみえても、それはそのまま手ごわい異和を伏在させた要素に他ならないゆえに、資本主義は決して確固不動の安全を保障されていない。それは千年王国ではありえないのである。」(P409)