2003年度秋学期研究会概要 B(テーマ)
社会学の基礎学習
(Learning the Base of Social Theories)
担当者 小熊英二(総合政策学部)
1、主題と目標
春学期の研究会では、「中流崩壊」「学力崩壊」からフェミニズム、グローバリゼーション、歴史認識、ナショナリズムなど、現代社会の諸問題を社会学の視点からとりあげている文献を集中的に購読した。秋学期では、こうした学習をふまえ、これらの文献の基盤となっている古典的な著作を読む。
現在、社会学の最前線ともいわれるポストコロニアル論やジェンダー研究、ナショナリズム論などの諸理論は、予備知識のない読者にはとっつけないほど難解で、抽象的になっているともいわれる。こうした問題をのりこえるため、春学期には具体的な社会問題から、理論が必要とされてくる状況を学んだ。そこで秋学期には、これらの理論を基礎から理解するための文献を読もうというわけである。
難解といわれる現在の社会学理論だが、その源流となるものは、大ざっぱにいえば三つに分けられるといえる。その三つとは、@フロイトから始まる精神分析、A構造主義・記号論(およびそこから派生したテクスト分析や歴史分析)、Bマルクスから始まる資本主義分析、である。今期の研究会では、これらも交えながら、社会学の基礎文献を読んでゆく。
一見すれば現代社会との関係がみえにくい文献もあるが、複雑化してゆく現代をさまざまな角度から深く理解するうえで、役に立つ視点を身につけられる機会となる。予備知識のない受講者でも、できるだけ理解ができるように説明と講義は加えるので、恐がる必要はない。ただし、以下に紹介する課題図書や入門書を、事前にできるだけ読んでおくこと。入門書から読めば、それほど理解困難ではないと思う。
なお、並行して開講される「ヴィジョンと社会システム」で、社会学の「基礎の基礎」を講義する。そちらをまだ聞いていない者は受講すること。
2、研究会スケジュールと受講資格
1回から2回、社会学史を簡単に講義する。そのあと、発表と講義を行なってゆく。履修者は原則としてメインの課題図書ないし関連図書について必ず報告を担当し、期末レポートを提出してもらう。
受講にあたっては、以下に示す受講課題レポートを提出すること。開講時に希望者多数の場合には、@春学期からの継続履修者、A課題図書の読破量が多い者、B担当者の「ヴィジョンと社会システム」「近代思想」の履修をした者、C学年の若い者、などに受講チャンスを与える原則で選抜する。ただし、現時点で春学期からの継続履修希望者がかなりいるので、四年生秋学期からの新規受講者は(よほど優秀かつ熱心なら配慮するが)遠慮してもらいたい。
3、基本テキスト
受講課題レポートとしては、課題図書ないし関連図書を二冊以上読んで、それぞれ「まとめ」を作成すること(教科書類はのぞく)。目処としては、A4数枚程度。提出は開講時でよい。
いろいろ考えた結果、いわゆる「現代思想」よりの「難解本」はメインに挙げるものは減らし、関連図書に回すことにした。社会学の系統的学習としては、あまり「現代思想」に偏るのはよくないと考えたからである。かつ初学者にとって過度にとっつきにくい本を減らし、フィールドワークなど実践的な研究の模範例になるものを追加した。「難解本」を読んで報告したい人は、関連図書としての報告を考えてもらいたい。
また最初の数回は、読みやすい本にした。とはいえ、どれも社会学史において重要な本であり、「ためになる」本なので、できるだけ夏休み中に目を通すよう努力すること。
教科書類としては、関連図書に挙げた
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)正続編
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)
があるが、ほかに杉山光信編「現代社会学の名著」(中公新書)は、社会学の名著を要約して紹介したアンチョコ本で、フーコーやホワイトが紹介されている。同じく佐々木毅編『現代政治学の名著』(中公新書)には、ロールズ『正義論』の要約が収録されている。
@ ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫ほか)
社会学史に必ず出てくる古典。近代化論、資本主義、宗教社会学、価値意識、近代化にともなうストレスなど、さまざまな問題を含む。関連図書として
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)第1章
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第6章
Aホワイト『ストリート・コーナーソサエティ』(有斐閣)
フィールドワーク調査、移民コミュニティ研究、若者文化研究など、いろいろな分野の元祖といえる作品。関連図書として
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)第三章(シカゴ社会学の解説)
佐藤郁也『暴走族のエスノグラフィー』(新曜社)
Bガーフィンケルほか『エスノメソドロジー』(せりか書房)
一世を風靡した「エスノメソドロジー」の実例研究集。所収論文「アグネス、彼女はいかにして女になり続けたか」はゲイ・スタティーズでも有名。エスノメソドロジーや現象学的社会学の入門ないし概説としては、以下が挙げられる。
新睦人ほか『続 社会学のあゆみ』(有斐閣)第4−7章(相互作用論から現象学的社会学まで)
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第11−15章(同上)
そのほか、関連図書としては以下がある。これらは社会学では古典として知られるが、上記の教科書の概説を読めば、今ではそれほど無理に読む必要はない。とはいえ「どんなものか」を知るために、手にとってもよいだろう。またフッサールの現象学を読みたい者は、それを読んでみるのもよい。
ゴッフマン『アサイラム』(誠信書房)
バーガー=ルックマン『日常世界の構成』(新曜社)
シュッツ『現象学的社会学』(紀伊国屋書店)
C デュルケム『自殺論』(中央公論社『世界の名著』シリーズほか)
これも社会学史の必読古典。「集団心性」という問題設定の元祖だとみなせば、アナール学派も構造主義もこれが出発点だともいえる。関連図書として
デュルケム『宗教生活の原初形態』(岩波文庫ほか)
レヴィ=ストロース『野性の思考』(みすず書房)
D 網野善彦『無縁・公界・楽』(平凡社ライブラリー)
中世史の本だが、社会学の都市論や社会運動論、民俗学、宗教学、経済学、はてはエンターテインメント小説にまで影響を与え、「社会史ブーム」を起こした本。「学術書がこんなに面白くていいのか」とまで言われたが、著者の志は極めて高い。関連書としては
デーヴィス『愚者の王国 異端の都市』(平凡社)
E フロイト『自我論集』(ちくま学芸文庫)
フェミニズムからポストコロニアル論まで、現在でも影響を与え続けている。同じ文庫の『エロス論集』も併読してよい。関連図書として
ラカン『フロイトの技法論』(岩波書店)
(上記はラカンの著書のなかではまだわかりやすいほう。ラカンの要点を押えるだけが目的なら、久米博『現代フランス哲学』、新曜社の記述を読むのがよいかもしれない)
F マルクス『資本論』第一巻(中央公論社『世界の名著』シリーズほか)
すべての社会科学が影響され、あるいはライバルとしていた作品。入門書および関連書(応用例)としては以下を挙げておく。
内田善彦『資本論の世界』(岩波新書)
見田宗介『現代社会の社会意識』(弘文堂)所収の「まなざしの地獄」「現代社会の社会意識」の二論文
G フーコー『狂気の歴史』(新潮社)
現代社会学に多大な影響を与えたスーパースター。『監獄の誕生』や『性の歴史』第一巻も名高い。入門書は桜井哲夫「フーコー」(講談社)があるが、関連図書として今回は以下を挙げておく。全部読めなくてもよいが、どれも重要。
ニーチェ『道徳の系譜』(岩波文庫その他)
アルチュセール『アルチュセールの<イデオロギー>論』(三交社)
サイード『オリエンタリズム』(平凡社)
H 柄谷行人『日本近代文学の起源』(講談社文藝文庫)
当時としては先駆的な、今から見れば「模範演技」的な、「フランス現代思想」の日本への応用例。客観的にいえば(著者は否定するかもしれないが)、その後にはやった「国民国家論」の元祖ともいえる。以下のような関連図書へ、逆遡行して勉強するのにも便利。
デリダ『グラマトロジーについて』(現代思潮新社)
フーコー『知への意志』(『性の歴史』第一巻、新潮社)
I ブルデュー、パスロン『再生産』(藤原書店)
教育社会学の古典として知られるが、文化人類学および構造主義を現実に応用して「階級」概念を再生したものともいえる。ブルデューの入門書および日本での応用例としては
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第16章
『ピエール・ブルデュー―1930‐2002』(藤原書店)(インタビューでわかりやすい)
竹内洋『教養主義の没落』(中公新書)
Jノージック『アナーキー・国家・ユートピア』(木鐸社)
政治哲学ないし「公共哲学」とよばれる分野の定番書。一種の思考実験だが、生命倫理や法哲学、アニメ批評などにも影響を与えた。関連書としては
ロールズ『正義論』(紀伊国屋書店)
夏休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。
本については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。通販古本も安い。
本を読むときは、線をひきまくったほうがよい。線を引いておけば、内容を忘れても、あとで思い出せる。借りた本は、できるだけコピーする。
読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分からない部分は、どのみち知識がつくまで分からないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは、実際に研究会で解説を聞いてから、もう一度読んでみればよい。