2003/06/09 小熊研究会T 発表レジュメ

同性愛の分析理論(理論編)

                  伊藤 尭

                  総合政策学部3年

                  70100935

 

0.発表の流れ

 

1. 同性愛の歴史

古代ギリシア

中世キリスト教、前近代

18,19世紀

20世紀前半

(⇒運動編への接続)

 

2. 精神分析/構造主義

精神分析とは

フロイト

性欲動と性対象とを切り離す→同性愛が非病理化される?

エディプス・コンプレックス(陽性/陰性)

ラカン

       フロイトの読み直し

       象徴界(想像界、現実界)

       エディプス・コンプレックスの改変

       女は存在しない

 

3. 精神分析/構造主義批判

フーコー

       同性愛者の誕生

       性的欲望/権力

       精神分析批判

バトラー

       構造主義批判

  実践のための理論構築

(⇒運動編、実存編への接続)

 

4. ホモフォビックな社会はいかにして生まれたか

ジョン・デミリオ

       ゲイ・アイデンティティが生まれるには

セジウィック

ホモソーシャル

ホモセクシュアル・パニック

       クローゼット/カミングアウト

(⇒実存編への接続)

       マイノリティ化/普遍化

(⇒運動編への接続)

 

 

1.同性愛の歴史

 

●古代ギリシア

市民階級では、男性同性愛は合法。年上の男性が少年を求めるのが一般的だった。「実際私は、[・・・]愛する少年を持つこと以上に大なる好事が在るとは主張し得ぬのである」(『饗宴』)

 

●中世キリスト教、前近代

ホモセクシュアリティは他の反キリスト的行為と分化されていなかった。それゆえにホモフォビアという感情が独立して生まれることもなかった。(隣人が同性愛者であると想像することができなかった。)

1631年、あるイギリスの伯爵が男色の罪で裁判をうけた時、「性的個人であると理解されず」、ただ神や国家の法に背く行為をしたという理由で裁かれた。(ゲイル・ルービン、「性を考える」)

 

●18〜19世紀

「性」が医学、教育、犯罪、人口などの側面で問題化され、セクシャリティが集団ごとに分節化される。19世紀に大都市を中心にゲイやレズビアンがパートナーを探すための地域が生まれ始める。19C後半に「悪習」防止キャンペーンがイギリス、アメリカで起き、若者のマスターベーションや売春などが禁じられる。法律の整備(ソドミー法、連邦反猥褻法)。19世紀後半、同性愛者という集団がうまれる。

 

●20世紀前半

20世紀初頭、大都市には男性同性愛者のためのゲイバーができる。労働者階級の移民の間では血縁と道徳を重んじるため同性愛への禁縛が厳しかったが、都市部の黒人の間では寛容だった。

1950年代に、アメリカでは性問題の関心が売春やマスターベーションから同性愛に移る。若者によるゲイへのバッシング。ゲイ人権運動のはじまり。⇒運動編へ

 

 

2.精神分析/構造主義 〜同性愛はなぜ生じるか〜

 

●精神分析とは

@人間の無意識の心理過程を解明する心理学的方法

A上の方法による精神療法

B上の二つから導き出す理論体系

・独自の物語的な理論は歴史的な臨床経験を通して生まれる

・フロイトとブロイアーによる『ヒステリー研究』(1895年)が始まりとされる

 

●フロイト(⇒著者紹介参照)

・性欲動と性対象を切り離して考えた最初の人物。フロイトの理論では、幼児はそもそも多形倒錯的な欲望をもつとされる。また書簡の中で同性愛は病気ではないとも書いた。

「性欲動は最初は、性対象から独立したものではないだろうか。性欲動は、性対象の刺激によって発生したのではないかもしれないのである」「性目標倒錯はたしかに生得的なものを基盤としているが、それはあらゆる人に生得的なものである」(フロイト、性理論三篇)

 

・エディプス・コンプレックス

幼児が男根期(3〜5歳)に、異性の親と性的な結びつきを願うようになり、同性の親に敵愾心を燃やしつつも去勢される不安におびえること。語源はソフォクレスの『オイディプス王』。異性の親に固着した場合を陽性、同性の親に固着した場合を陰性とよぶ。男性では、去勢コンプレックスとナルシシズムの発達によって克服(断念)され、父親という審級を自らの内に取り込むことで超自我が形成される。これにより近親相姦の禁止(インセスト・タブー)がうまれる。女性では去勢された事実を認めることによってエディプス期に入り、母から父へと対象を変えることになる(ペニス羨望)が、男性と違って強い超自我は形成されない。

→切り離した性欲動と性対象を発達理論で物語的につなぎ合わせる

 

・これに対する、「なぜ同性の親を好きになることが否定的(ネガティブ)に語られるのか」や「近親相姦の禁止がうまれる前に同性愛の禁止があったのではないか」という反論。

(私見)マスターベーションを「悪習」をとらえる時代だったからこそ、「去勢不安」はうまれえるのであって、あらゆる人間に普遍的なものではないのではないか。

 

     ラカン(⇒著者紹介参照)

・フロイトの読み直し

それまであった生物学的な要素を取り除き、哲学や言語学をバックボーンとする。晦渋。「無意識とは[・・・]それによって思考という形態があらかじめ表現されているような思考の外にある、ある種のもう一つの光景である」(スラヴォイ・ジジェク)→無意識は脳の機能ではない。

 

・想像界/象徴界/現実界の区分

想像界/象徴界/現実界≒自我/超自我/エス(フロイトの概念)、シニフィカシオン=意義/シニフィアン=記号表現/レフェラン=指向対象(ソシュール言語学)、彼我(母子)が未分の状態/言語によって区別された状態/到達できない物自体

「どちらが上でも下でもなく、全く交わらないにもかからわず結びつき、互いを支えあっている」(福原泰平、『ラカン』)

 

・象徴界≒言語(特にシニフィアン)、構造、超自我、禁止を命ずる父なる法、無意識、不在の領域、自動機械

 

・言語の用法の束(過去)から発話(未来)するという図式は決定論的か? ラカンは大文字の他者(大他者)が「すべてではない」という事実から、主体が何をするかを考えたが?

 

・エディプス・コンプレックスの改変

幼児は母と想像的ファルス(=母の欲望の対象)の三項からなる「享楽」に満ちた状態(前エディプス期)から、想像的ファルスを父に置き換え(エディプス期)、「去勢」されて「父の法」に従うようになる。フロイトとは異なり、ここでの父母は現実(≠現実界)の父母とは異なることが明示されているため、より特定の社会構造に限定されない枠組みだといえる。

→賛否両論をまねく。ファルス(=男根)をあくまで「特権的なシニフィアン」として扱ったこと、女性だけでなく男性も去勢されているとしたことは評価すべきだという肯定的意見

 

・女は存在しない

Q この図式では父・母が非対称になっているが、ならば女の子の場合はどうなるのか?

A フロイトでは「謎という言葉が女性をめぐる精神分析研究のライトモチーフ」(テレサ・デ・ローレティス)になっていた→ラカンは「女は存在しない」=象徴界から排除されている→クリステヴァ、イリガライらに影響

 

 

3.精神分析/構造主義への批判

 

●フーコー 〜性はなぜ問題にされるのか〜

・19世紀に同性愛者が種族としてうまれる(行為→主体)。その他、露出狂、フェチシストなど

→性的欲望の排除ではなく、性的欲望を確固たるものとして存在させるため

 

・性は言説外、権力外にない

性的欲望:絶えず下からのぼってくる活き活きとしたエネルギー、秘密にされており真実があるかもしれない

権力:上からそれを阻もうとする(=抑圧する)秩序、「否」という力しかもたない

→このようなものとして表象されがちであるが、性的欲望こそ権力が生み出したもの

 

・精神分析批判

@特殊な汎性欲主義(パンセクシュアリズム)批判

Aエディプス三角形は、婚姻の装置ひいては人口調整のため

B19世紀の「女のヒステリー化」は、有閑婦人が性的欲望化された結果うまれた

C権力は禁止を命ずる法(象徴界、超自我)ではない

 

●バトラー 〜ジェンダーは変えられるのか〜

・構造主義批判

@父の法への服従と苦悩を強制するラカンの理論は、一種の「奴隷の道徳律」である

→象徴界というスタティックな基盤があるせいで、「オルタナティヴな想像の世界を描こうとする文化の政治戦略を、ことごとく空洞化してしまう」(『ジェンダートラブル』)

A「父の名」のシニフィアンを運ぶ(≒女性の交換)女は、まさにその理由によってそこから排除されてしまうというが、その考えが女からアイデンティティを剥奪してきた

→「女であることが、それを抑圧する文化の規範の本当の外部(=女は存在しない)かどうかを検討すべきだ」

 

・実践のための理論構築

アイデンティティの認識論ではなく問題を意味づけ実践におくことで、基盤とされているものを反復という規則化されたプロセスとみることで、構造主義的な決定論から脱却し、攪乱的な反復実践を行うことができるようになる。社会的現実の可変性。

→ジェンダーのパフォーマティヴィティ

⇒運動編、実存編へ

 

 

4.ホモフォビックな社会はいかにして生まれたか

 

●ジョン・デミリオ(⇒著者紹介参照) 〜資本主義はゲイを成立させ、嫌悪させる〜

・ゲイ・アイデンティティが生まれるには

20世紀に家内経済が廃れ、家族は物質的な基盤を失う→近代家族は男女(父母)の感情的な満足を基盤としているため、異性愛主義を再生産する→一方で自由労働システムの成立により家族の外部で働く人間(主に男性)が増える→第二次大戦時、大量の若者が家族から引き離され軍隊へと配属させられることにより、後にゲイ&レズビアン・ムーブメントを推進する世代を生む

 

・家族は子供が次世代の労働者になるまでの居場所となり、異性愛主義的な家族を重宝する資本主義は、必然的にホモフォビアを再生産するようになる

→ゲイ&レズビアンは社会的不安定性のスケープゴートにされている

 

●セジウィック(⇒著者紹介参照)

・ホモソーシャル

経路:マルセル・モースの「贈与論」→レヴィ=ストロースの「女性の交換」→ゲイル・ルービン→セジウィック

意味:家父長的社会における男同士の絆(≒構造)を揺ぎないものにするために、男から男へと女性を交換することで、女性を交換しない男同士の性的な絆がタブーとなること。同性間の社会的絆。18世紀から。(古代ギリシアではむしろ男同士の性関係が絆を生んでいた。)

→ホモフォビアが近代社会の基盤となる

 

・ホモセクシュアル・パニック

背景:元はゲイ・バッシャーに対する有罪判決を防ぐための弁護戦略。これにより、ゲイに暴力をふるった人間がいたとした場合、弁護側が「彼は同性愛者に性的に接近されたことによって、一時的な心神喪失に陥っていたのであり、彼には責任能力がなかったのだ」と主張することができる。しかしこれは、暴力をふるった人間の性的アイデンティティが不確かであったという仮定を前提している。

意味:同性愛に対する宗教的憎悪が近代社会において世俗化した結果の心理的現象。特にヘテロセクシュアル男性に顕著であり、「ホモセクシュアルだとみられて、男としての権利資格を失うかもしれない」と不安になることを指す。ロマン主義(19C初頭)以降。

 

・クローゼットとカミングアウト

同性愛者には目に見える烙印(スティグマ)がない。セクシュアリティはプライバシーの権利で保護されるものとして構築されているが、実際はクローゼットにゲイ男性が隠れているという秘密が、秘密のまま「公然の秘密」として知れ渡っていく。クローゼット/カミングアウトという比喩は私的/公的、秘密/発覚という二項対立を表している。⇒実存編へ

→はたして「クローゼットの中に閉じこもったままのゲイが多数存在する。彼らがカムアウトすれば体制はひっくり返せるのだ」と主張する戦略は有効か?

 

「制度の中に組み込まれた抑圧に対して、個人が秘密を明らかにすることが持ち得る影響力の程度など高が知れていることを、私たちは知りすぎるほど知っている」「近代のクローゼットの制度を構成し、制度に構成されるようなクローゼットの一つひとつの中に一人のホモセクシュアルな男性が隠れていると仮定すべきでないことを、私たちはもう知ってもいいはずだ」(『クローゼットの認識論』)

⇒実存編へ

 

・マイノリティ化/普遍化(当事者のための概念)

本質主義の見解:性は自然によって生物学的に普遍的に決定されている

構築主義の見解:性は文化によって歴史的に社会的に埋め込まれたものにすぎない

ジェンダー:文化的社会的性差。概念自体は歴史的に仮構されたものだとしても、実質上

は生まれた時から各主体に割り当てられ、不変的である

セクシュアリティ:性的指向、性行為、性現象。行為に焦点をあてることにより、固定さ

れたアイデンティティが生まれず、可変的である

マイノリティ化の見解:ゲイやレズビアンという集団が実在するとみなす。集団毎に分離

普遍化の見解:ゲイやレズビアンを行為の点から同一視し、集団の横断的同一化をはかる

マイノリティ化≒本質主義、ジェンダー分離やゲイ/レズビアン分離

普遍化≒構築主義、セクシュアリティに焦点、ジェンダー移行やゲイ/レズビアン連帯

→セジウィックはどちらの見方にも距離を置く。どちらが正しいかではなく、マイノリティ化と普遍化の互いに矛盾した見解によって、近代の言説は絶対的な支配権を得ているのだと主張。運動も両者の見解をケースごとに使い分けるべきだ。

キリスト教や衛生学に対抗するには→マイノリティ化「ゲイはいる!」

HIVへの対処法は→普遍化「行為が問題だ!」(リスクグループ/セーファーセックス)

⇒運動編へ

 

 

■主な著者紹介

 

ジークムント・フロイト(1856-1939)

オーストリアの精神医学者。無意識、抑圧などの概念を生み出し、主に神経症治療を目的とした精神分析を確立する。また芸術、宗教、文化の分野でも独自の解釈を展開した。主著、『精神分析入門』『夢判断』など。

 

ジャック・ラカン (1901-1981)

フランスの精神分析医。レヴィ=ストロース、フーコーらとともに構造主義四天王の一人ともくされている。自称フロイトの真の後継者。独自のフロイト解釈を展開し、哲学、言語学、文学などの分野に多大な影響を与えた。高等師範学校やパリ大学などでゼミナールを行う。主著、『エクリ』など。http://www.lacan.com/

 

ジョン・デミリオ(1948-)

現在イリノイ大学シカゴ校教授(歴史、ジェンダー、女性学)。主著、『性の政治、性のコミュニティ』(未邦訳)。http://www.queertheory.com/histories/d/demilio_john.htmに情報あり。

 

イヴ・コゾフスキー・セジウィック

デューク大学教授を経て、現在ニューヨーク市立大学大学院教授(英文学)。1985年『男同士の絆』でジェンダー/ゲイ・スタディーズ/リテラリー・クリティシズムをリードする理論家として注目を集める。主著、『クローゼットの認識論』など。http://www.duke.edu/~sedgwic/

に自作詩あり。

 

 

      参考文献

 

イヴ・K・セジウィック(2001)『男同士の絆』名古屋大学出版会

イヴ・K・セジウィック(1999)『クローゼットの認識論』青土社

小此木啓吾(1989)『フロイト』講談社

ゲイル・ルービン(1997)「性を考える」『現代思想』青土社

ジークムント・フロイト(1997)『エロス論集』筑摩書房

ジュディス・バトラーら(2002)『偶発性・ヘゲモニー・普遍性』青土社

ジュディス・バトラー(1999)『ジェンダートラブル』青土社

ジョン・デミリオ(1997)「資本主義とゲイ・アイデンティティ」『現代思想』青土社

新宮和成(1995)『ラカンの精神分析』講談社

田崎秀明(1997)「セックスの何が問題なのか」『現代思想』青土社

テレサ・デ・ローレティス(1997)「フロイト、セクシュアリティ、倒錯」『現代思想』青土社

原和之(2002)『ラカン哲学空間のエクソダス』講談社

福原泰平(1998)『ラカン 鏡像段階』講談社

プラトン(1952)『饗宴』岩波書店

丸山圭三郎(1981)『ソシュールの思想』岩波書店

ミシェル・フーコー(1986)『性の歴史T 知への意志』新潮社