2003年度春学期小熊研究会T 7月14日報告
総合政策学部4年 木村和穂 s00327kk@sfc.keio.ac.jp
ナショナリズムがもつ機能の多様性と公共性
M.ヌスバウム『国を愛するということ』を題材として
本発表の目的
本発表では、米国において巻き起こった「愛国主義」と「コスモポリタニズム」をめぐる議論を題材として、ナショナリズムと公共性について考えたい。
発表の前半では、近代国民国家の形成とナショナリズムの現象形態の各国比較を行う。これにより、国家の形成のしかたによって、共同性と公共性のあり方がどのように規定されるのか概観したい。
後半部分では、ナショナリズムがもつ機能の多様性について考えてみたい。「〈国〉を愛するということ」は国や時代、担われる人々の違いといった文脈の違いによって意味や形態が異なる。「ナショナリズム」と「公共性」―――『〈民主〉と〈愛国〉』の副題でもある―――はどのような関係にあるものなのなか考えたい。
著者紹介
マーサ・ヌスバウム(Martha Craven Nussbaum)1947年、ニューヨーク生まれ。ハーヴァード大学で文学修士と哲学博士の学位をとる。現在シカゴ大学で法学・倫理学教授を務める。古代ギリシアを中心とする古典研究をベースに、現代における倫理的諸問題にもとりくむ。アマルティア・センと共同戦線を張りつつ多方面にわたって活発な政治的発言を行っている。「南北問題」や貧困、愛国主義、女性、同性愛、さらには人クローンの問題等にまたがる多くの論考を書いている。1986年から1993年まで「世界開発経済研究所World Institute for Development Economics Research」でリサーチ・アドヴァイザーを務める。
本書のテーマと意義
・ グローバル化と国際間格差の拡大の局面における倫理はいかあるべきかという問題提起
・ 米国内において盛り上がる排他的な愛国主義の論調にたいする批判
・ アメリカ的愛国主義の「まっとうさ」と「危うさ」「いかがわしさ」のあぶり出し
・ 日本の「愛国主義」の相対化―――翻訳者の意図として
・ 公共性の希求の表現としての「ナショナリズム」と「コスモポリタニズム」の機能を考える
近代国家形成と公共性
1.フランス
・ 普遍性に根ざしたナショナリズム
・ 中央集権的国家、残存する地方の王党派や教会勢力を打破(地方の「自治」を否定)
・ 地方ではなく、国家に愛国心を抱く個人(=国民)の析出(県でなく全国民の代表としての代議士)
・ 地方の封建的中間集団の破壊→身分制から解放された「個人」→地域を越えた「国民」
・ 公共性は自由、平等、博愛をかかげる国家に求められ、「個人および国家」と「中間集団」は対立項
・ 軍隊は中央政府による徴兵制
2.アメリカ
・ 開拓共同体――個人(「市民」)の集まりであると同時に共同体である「村town」
「自由」でありながら「平等」であり、「個人」であると同時に「共同体」でもある
・ 開拓民共同体が自治を保ったまま連合する連邦国家型
・ 公共性は第一に地方のコミュニティーに求められ、連邦政府はその外部にある調整役
・ 「個人および中間集団」と「国家」は対立項
・ 「愛国主義」の肯定「国家は自由な人間の集合体」「愛国意識は自発的協力の一種」
・ コミュニティーごとの民兵部隊の連合軍、各人は自弁武器で参加、中央政府による徴兵は例外
3.日本
・ 上からの近代化により、強力な中央政権制の下に各種中間集団が下部組織として接続される
・ 中間集団のリーダー層が国家の中間管理職に任命されることで、国家と下部組織が連結される
・ 社会的上昇の度合いが中央政府との近接度によって計られる
・ 中間集団内部は、身分意識的な有力者支配であると同時に、国家と離れた独自の決定権はない
・ 中間集団と国家は相互に癒着しているがゆえに、ともに独立した公共性の場となってゆかない
・ 個人は直列に繋がれた国家と中間集団の両者から束縛、「個人」と「中間集団および国家」は対立項
・ 軍隊の虐待から脱走してきた息子を、「親不孝者」と非難して当局に通報した母親、「忠孝一本」
・ 「身分的特権の維持の欲求と不可分に結びついて現れた」上からの「前期的」ナショナリズム
・ 戦後思想は、「公」と「私」の関係を新たに構想しなおすところから始まった
ナショナリズムがもつ機能の多様性
ナショナリズムとは何か
・ 公共性とは、個人としての尊厳をもちながらも、共同性が成立している状態
・ ナショナリズムとは、何らかの公的な共同性が「国民」「民族」等の言葉によって表現された状態
・ 「国家」や「民族」の単位ではない「公」、単位を設けない「公」もありうる
ナショナリズムの二面性
・ 排外的な国民統合の論理、権力志向や他者への悪意、侵略の論理、内部の異質性を抑圧
・ 反権力志向や他者への連帯願望、独立や解放を希求する心情の表現
革新ナショナリズム
・ 独立と解放の側面のみを純化しようと試みたもの
・ 支配的な言葉の読み替えによって、抵抗や連帯の心情を表現
・ ナショナリズムの言葉で表現される心情は多様であり、文脈に即して理解する必要がある
「コスモポリタニズム」(ヌスバウム)
・ 愛国主義は国家的排外主義と人種主義(他の国家、文化、民族への無関心)を生み出す
・ われわれは、全人類を、われわれと同じ市民や隣人と見なさねばならない
・ 統治形態や世俗的な権力にではなく全人類の人間性によって構成される道徳的共同体に忠誠
・ 普遍的な価値について、矛盾なく首尾一貫して論じることができる
・ コスモポリタニズムはローカルなアイデンティティを否定しない
・ コスモポリタニズムは「愛国主義」と両立しうる(愛するに値する場合において)
・ あらゆる「愛国主義」の否定ではない、ある種の「愛国主義」の現れ方に対する批判
「普遍的なもの」
・ 独立と排除、解放と侵略、連帯と抑圧のアポリア
・ 「排除」だけではなく「包摂」もまた、抑圧の一つの形態でありうる
・ 「人類に普遍の人間性」を提示し、それに忠誠を誓うことでアポリアを解決しうる(ヌスバウム)
・ なおも達成されねばならないもの、最終的に到達不可能なものとしての「普遍的なもの」
・ 遂行的矛盾を作動させることによって、「普遍的なもの」に暫時接近を試みる
・ 境界のない共同性、公共性
参考文献
小熊英二「「日本型」近代国家における公共性」『社会学評論』第五十号(4)、2000年
小熊英二「市民と武装」『相関社会科学』第四号、1994年
小熊英二『〈日本人〉の境界』新曜社、1998年
小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』新曜社、2002年
小笠原弘親他『政治思想史』有斐閣、1987年
B.バディ、P.ビルンボーム『国家の歴史社会学』日本経済評論社、1990年
M.ヌスバウム編著『国を愛するということ』人文書院、2000年
丸山真男「日本におけるナショナリズム」『現代政治の思想と行動』未来社、1956年