ナショナリズム研究

(Learning the Base of Nationalism Studies)

担当者 小熊英二(総合政策学部)B型

 

1、主題と目標

 国際情勢をはじめ、民族問題にたいする関心が高まっている。グローバリゼーションとナショナリズムの対立ということが語られるばかりでなく、国内でも在日韓国・朝鮮人やアイヌ、外国人労働者などの問題が存在するし、歴史問題などをめぐってナショナリズムの是非をめぐる論議もかまびすしい。

 ナショナリズムの問題が近年になって注目されているのは、偶然ではなく必然である。一昔前までは、社会の近代化が進めばナショナリズムや民族意識などというものはしだいに消えてゆくはずだと考えられていたのだが、その予測は裏切られた。その理由はいくつかあるが、まず第一に、交通や情報の発達のために人間が移動する機会が多くなり、慣習も言語もちがう人間どうしの接触が増大したこと。第二に、世界経済の格差が広がっているために、先進国に流入する労働者が増えていること。そして第三に、マイノリティの権利獲得意識が高まり、「民族」単位で権利を主張する動きが強まっていることなどが挙げられる。こうした傾向は今後強まりこそすれ、弱まることはないだろう。

 この研究会では、ナショナリズムの諸問題について社会学の視点から多様なアプローチをかけてみたい。これは現在もっとも進展が著しい分野の一つであり、さまざまな学問分野で成果があげられている。たとえば社会学では差別/偏見研究やエスニック・アイデンティティの形成の問題が研究され、政治学では多元主義国家論などが論じられ、歴史学では植民地支配や少数者差別の見直しが進展し、さらに文学ではポストコロニアル批評といった試みが行なわれているのである。

 研究会では、おもに社会学を中心にこの分野における代表的研究の一端を知ることで、問題を掘り下げると同時に、人文/社会科学の応用的な学習を図ることを目標する。問題意識と、社会科学の応用への関心をもつ方に、受講していただきたい。

 

2、研究会スケジュール

 当初は履修者全員に報告を行なってもらうことを予定したが、諸般の事情から変更して、各回1名が指定図書を報告し、そののち講義を行なう形式に切り換える。したがって報告する履修者は合計で10名である。報告を行なわない履修者は、代わって履修終了までに下記の指定図書ないし参考文献の「まとめ」を5冊分提出すること(履修時課題の2冊分にプラス5冊)。

全体のスケジュールと指定図書は以下を予定する。上記2の通り。現状認識的な本、歴史研究の本、理論的な本を組み合わせて選んだ。できるだけ開講までに読んでおくこと。

なお全体として、「ヴィジョンと社会システム」の講義をすでに履修ないし聴講していることを前提としたい。

 

 第1回 序論

 

 第2回 総説

 

第3回 アメリカのナショナリズム

  明石正雄・飯野正子「エスニック・アメリカ」(有斐閣選書)

 19世紀からのアメリカ社会のエスニック事情の通史。アメリカ史のみならず現代外国人労働者事情などにも通ずる知識が得られる。

 

 第4回 ヨーロッパのナショナリズム@

  ルナン、フィヒテほか「国民とは何か」(インスクリプト)

 仏独の「ナショナリスト文献の古典」であるエルネスト・ルナンの「国民とは何か」とヨハン・フィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」がまとめて読める。図書館などで入手可。

 

 第5回 ヨーロッパのナショナリズムA

 ケドゥーリー「ナショナリズム」(学文社)

ドイツのナショナリズム思想をひとつの中心に、ナショナリズムの成立と伝播、その政治的機能を論じた、この分野での古典的著作。

 

 第6回 伝統の創出

  ホブズボームほか編「創られた伝統」(紀伊国屋書店)

 よく知られた古典的著作だが、ヨーロッパとインド、アフリカなどにおける19世紀の「伝統の創造」を理解することは、ヨーロッパおよび第三世界のナショナリズム理解に重要。

 

 第7回 第三世界のナショナリズム

 中島岳志「ヒンドゥー・ナショナリズム」(中公新書ラクレ)

24歳の大学院生による、インド右翼団体のフィールドワーク。インド近代史からナショナリズムの理解ができるとともに、自分がフィールドワークに行きたい人にもお勧め。

 

 第8回 エスニック関係の諸理論

  アメリカの社会学辞典から関連項目を抜粋して配布する。報告者は開講時に募る。10数ページの英語によるレビューだが、アメリカ社会学を中心に、エスニック関係の諸理論をほぼ紹介している。

 

 第9回 言語

  田中克彦「ことばと国家」(岩波新書)

 これもこの分野における古典。言語という側面からヨーロッパ史と民族主義運動を眺め、さらにカリブその他のクレオールの紹介まで及ぶ。

 

 第10回 ナショナリズムの諸理論

 アンダーソン「想像の共同体」(NTT出版)

 ナショナリズム研究といえばこの本というくらいの古典になってしまった本だが、微細なエピソードや増補も読ませる。

 

 第11回 従属理論と世界システム論

 ウォーラーステイン「史的システムとしての資本主義」(岩波書店)

 ウォーラーステイン入門書であると同時に、ナショナリズム理解に役立つ本。余力のある人は、ウォーラーステイン「近代世界システム」(岩波現代選書)を読めば、ゼミ前半のヨーロッパ史の理解とつながる。

 

 第12回 ポストコロニアル論

  サイード「オリエンタリズム」(平凡社)

 これもこの分野の古典中の古典。前半でとりあげたルナンも題材にとりあげられる。

 

 第13回 日本のナショナリズム

吉野耕作「文化ナショナリズムの社会学」(名古屋大学出版会)

 面接調査を中心に、「日本人論」の受容という側面から現代日本のナショナリズムを探る。この種の研究をしてみたい人にも参考になる。

 

 そのほか、以下の参考文献は関連が数回にまたがっていたり入手困難だったりしたので省いたが、関連するので読んでおくとよい。上記の指定図書をすでに読んだことのある者は、とくにそうである。文献末尾の数字は、関係のある講義の回数目(第何回)である。

 

 阪上孝「近代的統治の誕生」(岩波書店)第2章C

ハンス・コーン「ナショナリズム」

(「国家への視座」佐々木毅・木村靖二・長尾龍一訳、平凡社に所収)C、D、I

 岡本真佐子「開発と文化」(岩波書店)第4章F、第3章J

梶田孝道編「国際社会学」(名古屋大学出版会)第1章G、第2章I、第13章F

 アーネスト・ゲルナー「民族とナショナリズム」(岩波書店)I

 アントニー・スミス「ナショナリズムの生命力」(晶文社)I

 フランク「従属的蓄積と低開発」(岩波現代選書)J

 スピヴァック「サバルタンは語ることができるか」(みすず書房)K

 大澤真幸編「ナショナリズム論の名著50」(平凡社)

 

3、評価方法

 最終レポートを提出してもらう。目安としては五千字から一万字くらい。テーマは追って指定。

 

4、履修条件

 継続履修以外の四年生からの新規履修は遠慮してもらいたい(先学期から聴講などで内容を聞いていた者は可)。新規履修では二年生・三年生を優先する(やる気があれば一年生で来てもよい)。開講時に希望者があまり多数の場合には、@学年の若い者、A課題図書の読破量が多い者、B先学期からの継続履修者などに優先的に受講チャンスを与える原則で選抜する。一年生以外では、担当者の「ヴィジョンと社会システム」を履修ないし聴講していることを前提としたい。

 受講にあたっては、以下に示す受講課題レポートを提出すること。

 

1、基本テキスト

 受講課題レポートとしては、上記の課題文献を二冊以上読んで、それぞれ「まとめ」を作成すること(教科書類はのぞく)。目処としては、A4数枚程度。提出は開講時でよい。最終的な課題図書の決定リストは、二月に掲示するので再確認すること。

 

 春休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。

 本については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。通販古本も安い。

 本を読むときは、線をひきまくったほうがよい。線を引いておけば、内容を忘れても、あとで思い出せる。借りた本は、できるだけコピーする。

 読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分らない部分は、どのみち知識がつくまで分らないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは、実際に研究会で解説を聞いてから、もう一度読んでみればよい。