2005年度秋学期研究会概要 B(テーマ)

 

                  社会理論を学ぶ

            (Learning the Base of Social Theories)

              担当者 小熊英二(総合政策学部)

 

1、主題と目標

 現代社会の諸問題を考える上では、各種の社会理論がベースとなっており、その学習は欠かせない。また社会学の「現代の古典」を読むことは、社会学の基礎学習になるだけでなく、自分自身の研究を進めていくうえでも参考になることが多い。そこで秋学期では、そうした社会理論の書籍をとりあげて、学習してゆきたいと考える。

 とりあげる本は、政治、経済、文化、格差、環境、性別、民族、外国人、南北問題など、現代社会のさまざまな問題をあつかっている。また近年、社会学などで注目を集めているポストコロニアル論やカルチュラル・スタディーズなどの基本となっている書籍も多い。

 こうした研究の特徴は、政治と文化の中間領域をあつかっている点にあるだろう。政治なら政治、文化なら文化のみを扱うのではなく、政治のなかの文化、文化のなかの政治を対象としている傾向が強い。具体的には、国民統合やナショナリズム、階層構造と文化的アイデンティティの関係といったものである。

 現代社会においては、こうした政治と文化のクロスした領域が拡大しているため、こうした社会理論が台頭しているのだともいえる。また同時に、人間のアイデンティティの問題、つまり「自分は何者か」という視点から政治や国際関係を研究するという関心が、高まっていることの反映でもあろう。従来の政治研究などがとりこぼしてきた、アイデンティティの問題から政治をあつかっていることが、一つの特徴となっている。

 研究会では、こうした研究の源流となっている著作を、一週に一冊ずつ読んでゆき、できるだけ参加者に報告してもらう。

2、参加資格

 下記に挙げる課題図書を読んで、まとめを提出すること(提出方法などは末尾参照)。担当者の研究会を始めて履修する者は、並行して開講される「ヴィジョンと社会システム」を必ず履修すること。

 

3、研究会スケジュール

 1回か2回の講義を経て、発表と講義を行なってゆく。

 

3、テキスト

 現在のところ、以下の書籍が候補予定(変更可能性あり。7月〜8月もホームページをチェックしておくこと)。履修者には抜粋のコピーを配布するつもりだが、新書や文庫は自分で購入すること。またやや高価な本でも、どれも購入しておいて損はない。一応、読みやすそうな順番から挙げておくが、まったく読めないほど難しい本は選んでいない。

 

@佐藤郁也「暴走族のエスノグラフィー」(新曜社)

 日本における小集団エスノグラフィーの古典。著者の方法論や着眼点に学ぶものが多い。

 

Aポール・ウィリス「ハマータウンの野郎ども」(ちくま学芸文庫)

 カルチュラル・スタディーズの元祖的研究。イギリスの不良少年グループの、生々しく面白い聞きとり調査。

 

B刈谷剛彦「大衆教育社会のゆくえ」(中公新書)

 欧米の教育社会学を日本に応用し、現代の教育格差を論じるアクチュアルな本。いささか「読みやすすぎる」感はあるが、問題の指摘として興味深い。

 

Cブルデュー「ディスタンクシオン」(藤原書店)

 社会学調査と構造主義的分析を合体させたアプローチは、階層構造分析や教育社会学などに大きな影響を与えた。

 

D     フロイト『自我論集』(ちくま学芸文庫)

 フェミニズムからポストコロニアル論まで、現在でも影響を与え続けている。同じ文庫の『エロス論集』も併読してよい。

 

Eアリエス「<子供>の誕生」(みすず書房)

 近代家族論でよく言及される歴史的研究。「子供」の発生をフランス史から検証。

 

Fミッシェル・フーコー「性の歴史T 知への意志」(新潮社)

 社会学および性研究の基礎文献として必読書。フーコーの本にしては薄い。

 

Gハーバーマス「公共性の構造転換」(未来社)

 メディアと政治意識の関係を、ヨーロッパ史の事例と哲学者たちの思想を交えて論じた社会学・政治学の古典。

 

Hエティエンヌ・バリバール/イマニュエル・ウォーラーステイン「人種・国民・階級」(大村書店)

 近年の人種問題研究ではよく言及される。経済システムと人種問題、アイデンティティの関係を、社会経済学者と哲学者が論ずる。

 

I真木悠介(見田宗介)「時間の比較社会学」(岩波現代文庫)

 日本が生んだきわめて独創的な社会学者の代表的著作。「こんな大風呂敷が社会学で言えるのか」という意味で読むとおもしろい。

 

Jマルクス「ドイツ・イデオロギー」(文庫本が各出版社より)

 この手の社会理論では、基礎である。

 

1、桜井哲夫「フーコー」(講談社)

 フーコー入門書としてはもっとも親しみやすい。フーコーの人生もわかる。

 

2、落合恵美子「21世紀家族へ」(有斐閣)

 近代家族論の入門書として定着。講演なので非常に読みやすい。

 

3、内田義彦「資本論の世界」(岩波新書)

 マルクス入門書としては不朽の名著。これも講演である。

 

4、杉山光信編「現代社会学の名著」(中公新書)

 社会学の名著を要約して紹介したアンチョコ本。課題図書のうち、フーコー、ハーバーマス、ウィリスが紹介されている。

 

 ガイド本としては、最近以下の二冊が出た。前者はそこそこ読みやすいので、入門書にも悪くない。後者はこれだけ読んでもかえってわかりにくいと思うが、一応紹介しておく。

 

 以下は名著だが、過去に研究会で何回かとりあげたので、今回は外した。買って読んでおいて損はない。

 

アンダーソン「想像の共同体」(NTT出版)

ウォーラーステイン「史的システムとしての資本主義」(岩波書店)

マクルーハン「グーテンベルグの銀河系」(みすず書房)

ボードリヤール「消費社会の神話と構造」(紀伊国屋出版)

*課題について

研究会に入るに当たっては、上記の課題図書のうち3冊を読み、まとめを提出すること。 まとめの提出は、研究会開講の時点でよい。分量の目安は、A4二枚程度でよいが、長くてもよい。それでも入会希望者が30名を超えた場合は、開講時に再検討する。

 研究会を履修した者は、上記課題図書の発表を担当するか、あるいは期末に5冊分(研究会入会時とは別個の本)のまとめを提出すること。さらに、研究会期末にはおよそ5000字を目安にレポートを提出すること。

 

 夏休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。

 本については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。通販古本も安い。

 読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分らない部分は、どのみち知識がつくまで分らないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは、実際に研究会で解説を聞いてから、もう一度読んでみればよい。慣れれば、そんなに恐くない。