2006年度秋学期研究会概要 B(テーマ)
社会理論を学ぶ
(Learning the Base of Social Theories)
担当者 小熊英二(総合政策学部)
1、主題と目標
2006年春学期では、日本近代史の近年の研究をとりあげ、参加者に報告してもらった。
現代の日本史研究や社会学では、各種の社会理論がベースとなっており、春学期の講義ではそうした基本理論の解説も若干も兼ねることとなった。近現代社会の諸問題を考える上では、現在の研究では各種の社会理論がベースとなっており、その学習は欠かせない。また社会学の「古典」および「現代の古典」を読むことは、社会学の基礎学習になるだけでなく、自分自身の研究を進めていくうえでも参考になることが多い。そこで秋学期では、そうした社会理論の書籍をとりあげて、学習してゆきたいと考える。
とりあげる本は、社会学その他の「古典」とされているもの(ただし現代でも読むに値するとされているもの)、構造主義その他の理論的な学習になるもの、その著者の方法論や問題提起が広く応用されているものなどである。いずれも、近現代社会を理解するうえで読んでおいて損はない本を選んだつもりなので、この機会に一人で読むのは難しい本を、担当者の解説つきで読んでみるとよい。受講者が研究方面に進むにしても、またその他の方面に進むにしても、一つの経験ないし財産になるだろう。
一見すれば現代社会との関係がみえにくい文献もあるが、複雑化してゆく現代をさまざまな角度から深く理解するうえで、役に立つ視点を身につけられる機会となる。予備知識のない受講者でも、できるだけ理解ができるように説明と講義は加えるので、恐がる必要はない。ただし、以下に紹介する課題図書や入門書を、事前にできるだけ読んでおくこと。入門書から読めば、それほど理解困難ではないと思う。
なお、並行して開講される「ヴィジョンと社会システム」で、社会学の「基礎の基礎」を講義する。そちらをまだ聞いていない者は受講すること。研究会では、こうした研究の源流となっている著作を、一週に一冊ずつ読んでゆき、参加者に報告してもらう。
2、参加資格
下記に挙げる課題図書を読んで、まとめを提出すること(まとめの作成方法などは末尾参照)。担当者の研究会を始めて履修する者は、二年生以上の場合は「ヴィジョンと社会システム」を履修ないし聴講していることを条件とする(熱心な場合は並行受講も可)。履修人数は三五名以内としたい。履修希望者は、9月10日までに
まで、「履修図書のまとめ」および「過去の担当者の科目や研究会の履修歴」を添付して、参加希望を申し込むこと。
9月10日までに希望者多数の場合には、@春学期からの継続履修者、A担当者の「ヴィジョンと社会システム」「近代思想」「研究会」などの履修をした者、B課題図書のまとめが簡略すぎない者、C学年の若い者、などに受講チャンスを与える原則で選抜する。四年生秋学期からの新規受講者は(よほど優秀かつ熱心なら配慮するが)遠慮してもらいたい。選抜から洩れた者は、9月19日までにメールにて連絡する。
3、研究会スケジュール
1回か2回のオリエンテーションと講義を経て、毎週一冊ずつ発表と講義を行なってゆく。担当した著作の内容や背景などがわからないときは、担当者にメールや相談などで質問してくれれば答えるので、早めに相談すること。研究会ホームページは以下の通り。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/
4、テキスト
現在のところ、以下の書籍が候補(変更可能性あり。7〜8月もホームページをチェックしておくこと)。高価な本は履修者に抜粋のコピーを配布するつもりだが、新書や文庫は自分で購入すること。またやや高価な本でも、どれも購入しておいて損はない。
なお各図書は、できるだけ読みやすい順番に配置してある。第一回の講義で発表者を募るので、自分が発表したい本を選んでおくとよい。発表を行なわない者は、末尾にも記すように五冊分のまとめを別に提出すること。
また社会学の教科書としては、
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)正続編
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)
が悪くない。またフランス哲学系の入門書としては
久米博「現代フランス哲学」(新曜社ワードマップ)
がわかりやすい。そのほか、
杉山光信編「現代社会学の名著」(中公新書)
は社会学の名著を要約して紹介したアンチョコ本で、フーコーやホワイトが紹介されている。
@ホワイト『ストリート・コーナーソサエティ』(有斐閣)
フィールドワーク調査、移民コミュニティ研究、若者文化研究など、いろいろな分野の元祖といえる作品。とくに自分がフィールドワークをやってみたい者は、大学院生だった著者がフィールドにどのように入っていったが詳細に記されているので、非常に参考になると思う。関連図書として
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)第三章(シカゴ社会学の解説)
Aガーフィンケルほか『エスノメソドロジー』(せりか書房)
一時は社会学の世界で一世を風靡した「エスノメソドロジー」の実例研究集。所収論文「アグネス、彼女はいかにして女になり続けたか」はゲイ・スタティーズでも有名。エスノメソドロジーや現象学的社会学の入門ないし概説としては、以下が挙げられる。
新睦人ほか『続 社会学のあゆみ』(有斐閣)第4−7章(相互作用論から現象学的社会学まで)
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第11−15章(同上)
B ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫ほか)
社会学史に必ず出てくる古典。近代化論、資本主義、宗教社会学、価値意識、近代化にともなうストレスなど、さまざまな問題を含む。関連図書として
新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)第1章
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第6章
C デュルケム『自殺論』(中央公論社『世界の名著』シリーズほか)
これも社会学史の必読古典。「集団心性」という問題設定の元祖だとみなせば、アナール学派も構造主義もこれが出発点だともいえる。中央公論版の「世界の名著」ではていねいな解説が付されているが、新睦人ほか『社会学のあゆみ』(有斐閣)でも一章あてて解説されている。
Dマルクス『資本論』第一巻(中央公論社『世界の名著』シリーズほか)
すべての社会科学が影響され、あるいはライバルとしていた作品。入門書としては内田善彦『資本論の世界』(岩波新書)がいちばんとっつきやすいが、「現代的解釈」が知りたい人は今村仁司編「知の攻略シリーズ2 マルクス」(作品社)も参考になる。
E マクルーハン「グーテンベルグの銀河系」(みすず書房)
メディア研究の元祖であり、現代に至るまでほとんどすべてのメディア論に影響を与えているが、およそ他人がマネのできない、よくいえば唯一孤高、悪く言えば非常に独特で風変わりな本。同じ著者の「メディア論」(みすず書房)のほうが現代的に整理された本だが、本書の方がマクルーハン独特の思想がわかる。よい入門書はない(担当者は知らない)。
Fレヴィ=ストロース『野性の思考』(みすず書房)
いわゆる「構造主義」の元祖の代表作。いきなりとっついてもわかりにくい人は、久米博「現代フランス哲学」の第V章を読むといくらかわかりやすいと思う。やや「独自」な解説ではあるが、橋爪大三郎「はじめての構造主義」(講談社現代新書)もわかりやすい。以下、いわゆる「フランス現代思想」とその影響をうけた著作が続く。
Gミシェル・フーコー「監獄の誕生」(新潮社)
現代の社会学・教育学・フェミニズム・文学批評・権力論・地域研究など、およそあらゆる分野で応用されているスーパースターの代表作。入門的解説書としては、久米博「現代フランス哲学」でも解説されているが、桜井哲夫「フーコー」(講談社)がいちばんだと思う。
H ブルデュー、パスロン『再生産』(藤原書店)
教育社会学の古典として知られるが、文化人類学および構造主義を現実に応用して「階級」概念を再生したものともいえる。ブルデューの入門書としては
那須嘉編『クロニクル社会学』(有斐閣)第16章
『ピエール・ブルデュー―1930‐2002』(藤原書店)(当人がインタビューでわかりやすく自分の学説を解説している)
Iサイード「オリエンタリズム」(平凡社)
もはや「オリエンタリズム」という言葉なしには、地域研究も移民研究もできなくなってしまったほど、一つの思考形態を提起した本。原著はやや難渋だが、枠組みはそれほどむずかしくはない。あまりよい解説書はないが、姜尚中編「知の攻略シリーズ4 ポストコロニアリズム」(作品社)はいくらか参考になる。
Jガヤトリ・スピヴァック「サバルタンは語ることができるか」(みすず書房)
これも「サバルタン」という、地域研究や社会学その他で欠かせない用語を一気に有名にしてしまった著作。上記と同じく姜尚中編「知の攻略シリーズ4 ポストコロニアリズム」(作品社)がいくらか参考になる。
*履修課題について
研究会に入るに当たっては、2にも記したように9月10日までに上記のメールアドレスに申告する。そのさい、担当者の科目履修歴と、上記の課題図書のうち3冊分のまとめを添付して提出すること。まとめの分量の目安は、一冊あたりA4一〜二枚程度でよいが、長くてもよい。
研究会を履修した者は、上記課題図書の発表を担当するか、あるいは期末に5冊分(研究会入会時とは別個の本)のまとめを提出すること。さらに、研究会期末にはおよそ5000字を目安にレポートを提出すること。
*評価について
履修課題を提出した上で、発表を行ない最終レポートを提出した者、あるいは五冊分のまとめと最終レポートを提出した者は、基本的にB以上の評価は与える。A評価になるかどうかは、まとめや発表、最終レポートの出来や、ふだんの出席などから判断する。
夏休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。
本については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。通販古本も安い。
本を読むときは、線をひきまくったほうがよい。線を引いておけば、内容を忘れても、あとで思い出せる。借りた本は、できるだけコピーする。
読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分らない部分は、どのみち知識がつくまで分らないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは多少面倒でも、実際に研究会で担当者の解説を聞いてから、もう一度読んでみればよく身につくと思う。
近代社会研究
(Studing Modern Society)
担当者 小熊英二(総合政策学部)B型
1、主題と目標
この研究会は、履修者が自分の研究テーマについて発表し、それについて担当者のコメントと関連講義、そして全体の討論を行なうという、いわば通常の大学院などでよく行なわれるゼミ形式で進行させる。
ここSFCではいまのところ卒業論文を必修とはしていないが、来年度のカリキュラム改正で卒業論文ないし卒業制作が必修になる可能性が大きい。また大学4年間で一つのテーマを研究し完成させる経験をもつことは、その後にどんな分野に進んでも役にたつ。研究テーマについては各自の関心によるものでよいが、近代社会の問題点を問う社会科学的なテーマであることが望ましい。
担当者が受講者に求めるのは、どんな関心でも分野でもよいから、ほかに研究が行なわれていないオリジナルな論文を書いてもらうことである。そのためには、過去の先行研究の学習を行ない、自己の力量と与えられた時間で可能な研究テーマを定める必要がある。過去の研究会でどのような研究発表がなされてきたかは、研究会ホームページを参照してもらいたい。また卒業製作として提出された論文も、ホームページに掲載してある。
なお自己の研究テーマを決め、それを本格的に展開させるためには、最低でも一年以上必要になる。したがって、二〇〇六年度末に卒業予定の四年生は、原則として遠慮してもらいたい。二年生や三年生(あるいは一年生)は、必ずしも研究テーマが事前に固まりきっていなくとも、チャレンジのつもりで参加するのはかまわない。一回か二回の発表の失敗と試行錯誤を経て、よい卒論を書くに至ったケースは過去に多い。
この研究会の長所は、あまり大人数でないメンバーで、その他の講義や研究会ではできないような発表や指導、討論などが行なえる点である。参加者は40分から1時間くらいの発表を行ない、それに対して担当者が数十分のコメントと指導を行ない、さらに参加者が質問や討議を行なう。そうした相互のコミュニケーションによって、自分の問題意識を発展させると同時に、関連の社会科学の知識を増し、その応用の訓練を行なえる。
自分が企画を自由に立て、それを完成させるまで努力し、世界唯一の研究としていくなどというチャンスは、人生に何度も訪れるものではない。この機会を、いわば総合学習と相互交流の場として、利用してもらいたい。
2、受講条件
原則として、過去に担当者小熊の「ヴィジョンと社会システム」および研究会を一つ以上履修ないし聴講し、具体的な研究テーマについて報告を行なう意欲のある者に限定する(研究内容が優秀で熱意のある者なら例外はありうる)。担当者の「テクニカルライティング」を履修したことがあれば、なお望ましい。なお、上にも記したように四年生の新規履修は遠慮してもらいたい(過去に履修して留学などで中断していた者は別)。
四年生は、この研究会の終わりまでに卒業論文を制作すること。また三年生以下の者は、今期のみにとどまらず、来年度まで履修を続け、最終的には卒業論文作成にまで到達できることを意図するつもりで受講してほしい。
毎回一〜二名が自己の研究発表を行ない、指導をするため、研究会履修者は20名を限度とし、できれば十数名が望ましいと思っている。
履修希望者は2006年9月10日までに
まで、担当者の科目・研究会の履修経過と、自己の研究テーマと研究プランを書いたペーパーを添付して申告すること。ペーパーはA4版1〜2枚程度でよいが、長くても良い。研究テーマが定まりきらない者は、現在考えている漠然とした構想でもよい。履修希望者が多数すぎる場合は、過去の担当者の研究会などの履修程度や、研究テーマやプランの具体性などで選抜する。履修希望が多すぎて選抜から洩れた者に対しては、9月19日までにメールにて連絡する。
3、日程・評価方法など
受講者の集まりにもよるが、できれば一回めから報告を募り、毎週各自の研究発表を行なっていく。とくに4年生で卒業論文を作成したい者は、早めに報告したほうがよい。来年度以降も履修して研究したい者は研究の進行状況を記した中間レポート、今学期のみの者は最終論文を期末に提出させる。
過去の卒業論文などは以下の研究会ホームページで見ることができる。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/
なお発表を行ない、中間レポートないし卒論を提出した者は、B以上の評価は与える。A評価になるかは、出席の度合いや、発表ないし卒論の出来で判断する。