Eiji Kokuma 1997 Spring P18

「戦争責任」と近現代史論争

(Reviewing Debates about Japanese Modern History)
担当 小熊英二(総合政策学部)

1. 主題と目標
日本の近現代史をどう描き、どう教えるか。この問題は、1995年12月、 かねてから「自由主義史観」を唱えていた東京大学教授の藤岡信勝氏が中心 となって「新しい歴史教科書をつくる会」が発足したことで、新たな注目を 集めている。すでに藤岡氏の『教科書が教えない歴史』は30万部を越える ベストセラーとなっており、「新しい歴史教科書をつくる会」では学者や 財界人だけでなく、漫画家の小林よしのり氏や作家の林真理子氏なども 呼びかけ人となった。本研究会は、主としてこの「自由主義史観」をめぐる 論争を検証することを通じて、「現代の問題としての歴史」を研究する。
歴史とは、過去の事実の羅列であって現代とは何の関係もないものと思われ がちだが、そうではない。日本の近現代史におけるトピックである。「東京裁判」 「従軍慰安婦」「原爆」「南京大虐殺」「植民地支配」「侵略戦争」などを どう描くかは、日本の国内政治勢力や思想分布のリトマス試験紙のような役割を 果たしてきたし、近隣アジア諸国との外交関係にも直結する政治問題であった。 その論者の立場によって、あるいは時代の変遷によって、これらのトピックの 描かれ方はまったく異なっている。近現代史をどう描くかは、過去の事実の研究で ある以上に、「日本はどのような国なのか」「日本はどのような過去をもち、 どのような未来へ進むべきなのか」というテーマを賭けた、「過去の解釈をめぐる 現代の政治」なのである。
「自由主義史観」を唱える藤岡氏は、湾岸戦争のさい、日本が「他国がどうなっても、 自分たちだけは血を流さない」という「一国平和主義」のために国際的信用を失った という観点にたっている。氏はそのうえで、彼が「一国平和主義」の源泉とみなした、 日本の戦争責任を強調する「東京裁判史観」を非難し、国民が国家に誇りを持てる 歴史教育の必要を説いている。注目すべきなのは、藤岡氏自身は「大東亜戦争 肯定史観」とのちがいを強調していることで、「新しい歴史教科書をつくる会」の 賛同者も、従来から保守的とされていた論者だけでなく、極めて幅広い人々が 集まっている。冷戦の集結や日本の政党再編とともに、歴史解釈をめぐる対立にも 再編が進みつつあるのだ。
藤岡氏らと、戦争責任の重視を掲げる歴史学者たちは、現在はげしい論争を くりひろげている。こうした論争を感情的に裁断するのではなく、それぞれの 主張を読みこんで検証してゆく。このような作業を通じて学んだ視点は、今後 参加者がどのような道に進んだとしても、「日本はどのような国になるべきなのか」 という問いを持ち続けるかぎり、無駄にはならないはずと思う。

2. 研究会スケジュール(春学期)

3. 受講者への期待
基本的には、好奇心と積極性のある人ならば、予備知識の多少は問わない。ただし、 報告書以外でも可能な限り発言することが望ましい。このテーマは本気でやれば 十分によい社会科学の論文にできるものと思うので、われこそはと思わん方は 卒業論文にしてみてはいかが。


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