小熊研究会発表レジュメ
1999年11月8日 平野貴之
0、アイヌ民族とは?
1、アイヌの財産所有
2、 旧土人共有財産とは
3、旧土人保護法以前
の共有財産
4、北海道における土地
の処分
5、旧土人保護法
6、共有財産・土地の変遷
7、問題の現状と今後
アイヌ民族の共有財産問題
0、 アイヌ民族とは?
・ 「アイヌ」(aynu)=人
・ 北海道、サハリン、千島列島、東北にまたがって住む〜50万人(最大
時)
・ 鎌倉時代から日本人と交易
・ 江戸時代以来、北海道に大量に日本人が流入
・ 文字を持たない〜口伝「ユーカラ」(叙事詩)
・ 独自の自然観〜「神」
・ 狩猟・採集民族〜土地私有の観念なし
自己の属する団体の権利内にあって他人の使用していない土地ならば、
随意にこれを使用することができるが、それが終わると、又元の無主地に帰っ
たのである(高倉,1939)
1、アイヌの財産所有
・ 土地は集落で共有?狩猟・採集の場として
・ 「土地占有の慣行あった」という説も?「クイタクペ」の使用による
(林,1953)
・ 財産に関する欲望が薄い
数十日間労働して得たるものを一夜の酒のために之を失い、或は数項
の土地を一樽の酒に換えたるの例少なからず(河野常吉,1911)
・ 不公平な交換比率?ニシン1,200尾と米8升、米8升と酒4升
・ 「アイヌ勘定」(小笠原,1997)
2、 旧土人共有財産とは
a. 共有財産の種類
・ 現金、預金、公債証書?利息を分配
・ 土地(田畑、海産干場)?アイヌどうし、あるいは和人(在来日本人)
に貸与
・ 漁場?利益を分配、和人に貸与
b. 共有財産の発生(貫塩,1934)
・ 旧土人教育資金として、1883(明治16)年宮内省より(1,000円)、翌
年文部省より(2,000円)下付されたもの
・ 給与地の賃貸料、海産干場の賃貸料、払い下げを受けたもの
c. 共有財産が生ずる収入の使用目的(貫塩,1934)
・ 毎年分配
・ 生業扶助・医療費・学資金給与
・ 支出せずに蓄積
3、旧土人保護法以前の共有財産〜北海道、各町
村のズサンな管理が問題に
a. 1893(明治26)年帝国議会(衆議院)「北海道土人保護法案」提出
・漁場の貸与、売却益で購入した会社が破綻(十勝国大津川沿岸住民)
b. 1895(明治28)年帝国議会(衆議院)「北海道旧土人に関する質問書」
(このとき、「北海道土人保護法案」提出→廃案)
・ 宮内省等から下付された教育資金の恩恵にあずかる者がいない
・ 漁場の貸与、売却益で購入した会社が破綻(十勝国大津川沿岸住民)
・ 土地貸下請求を戸長が出願せず、自ら土地の貸下をうけ、アイヌには
「却下」と伝える(日高国沙流郡)
・ アイヌの共有金1,600円を戸長が使い込み、残高300円に(日高国沙流
郡)
「自然淘汰でなくして、人意の所為に依って斯くの如く土人は惨状を
極めて居ると云うことであります」(鈴木充美議員)(第8回帝国議会速記録)
4、北海道における土地の処分
a. 「地所規則」1872(明治5)年?和人に分け与え私有化
「山林沼沢従来土人等漁猟採仕来シ地ト雖更ニ区分相立持主或ハ村請
ニ改テ是又地券ヲ渡」(第7条)
「原野山林等一切ノ土地、官属及従前拝借ノ分目下私有タラシムル地
ヲ除ノ外都テ売下地券ヲ渡永ク私有地ニ申付ル事」(第8条)
b. 「北海道地券発行条例」1877(明治10)年
「旧蝦夷人住居地所ハ其種類ヲ問ワス当分総テ官有地第三種ニ編入ス
ヘシ」(第16条)〜所有権なし、地租なし、管理責任は官に(アイヌは自由
に使用できる)
c. 「札幌県旧土人救済方法」1885(明治18)年
「開墾地ハ旧土人居住地近傍差支ナキ場所ニ於テ一戸一町歩以上ニ相
当スル地所ヲ撰ヒ之ヲ無代価貸与スヘシ」(第5条)※一町歩は約1ヘク
タール
d. 「北海道国有未開地処分法」1897(明治30)年
「開墾牧畜若クハ植樹等ニ供セントスル土地ハ無償ニテ貸付シ全部成
功ノ後無償ニテ付与スヘシ」(第3条) ※開墾の場合、150万坪(500ヘ
クタール)まで
● 国有未開地選定、区画の際、官有地第三種として一戸5ヘクタールの給与
予定地を存置、近文、千歳アイヌなどが土地の仮引き渡しを受ける
北海道庁は、「拓殖の成果を挙げることに急で他を省る暇なく、又諸
制度未だ整わずして行政上遺憾な点が多く」(北海道,1954)アイヌ地を
めぐり様々なトラブルが起きた
・ 第一次近文アイヌ地問題 1900(明治33)年
5、旧土人保護法 1899(明治32)年
a. 土地の給与
「北海道旧土人ニシテ農業ニ従事セムト欲スル者ニハ一戸ニ付土地一
万五千坪以内ヲ限リ無償下付スルコトヲ得」(第1条)
・ 相続以外では譲渡できず、質権、抵当権、永小作権は設定できなかっ
た。
・ 賃貸借は制限されなかった。
よい土地は、高位者・富者、そして資力のない屯田兵、一般移民の順に分
配され、最後がアイヌであった。(中略)荒地・崖っぷち・川原等の不毛の土
地ゆえ、農業を継続できずに土地を手放さざるを得なかったアイヌは少なくな
かった。(小松,1999)
b. 共有財産に関する規定
「北海道庁長官ハ北海道旧土人共有財産ヲ管理スルコトヲ得」(旧土
人保護法第10条)
「旧土人共有財産ハ現金ノ儘保存セス預金貸金ヲ為シ又ハ公債証書ヲ
置入レ利殖ヲ図ルモノトス」(北海道旧土人共有財産管理規程第2条)
・ 1899(明治32)年に、全道旧土人教育資金(6,206円)ほか7件が指定
6、共有財産・土地の変遷
a. 共有財産の金額の推移
・ 1902(明治35)年 8,186円+建物2棟
・ 1917(大正6)年 75,388円(現金・土地等の時価)
・ 1934(昭和9)年 373,343円(現金・土地等の時価)
・ 1988(昭和63)年 991,438円(現金のみ)
・ 1997(平成9)年 1,293,098円(現金のみ)
b. 共有財産の内容(河野本道,1981)
種別
|
形態
|
数量
|
指定
|
使用目的
|
全道旧土人教育資金 |
公債・現金 |
6,266円
|
1899
|
就学奨励の資 |
天塩郡外2カ郡旧土人教育資金 |
公債・現金 |
266円
|
1899
|
同上 |
勇払郡鵡川村外7カ村 |
現金 |
1,309円
|
1899
|
土人救護 |
勇払郡苫小牧村外7カ村 |
現金 |
191円
|
1899
|
同上 |
白老郡各村 |
現金 |
135円
|
1899
|
同上 |
沙流郡各村 |
現金
建物 |
349円
2棟
|
1899
|
同上 |
室蘭郡元室蘭村・輪西村 |
現金 |
20円
|
1924
|
同上 |
有珠郡稀府村外4カ村 |
現金 |
58円
|
1924
|
同上 |
虻田郡虻田村外2カ村 |
現金 |
47円
|
1924
|
同上 |
室蘭郡絵鞆村 |
現金 |
40円
|
1924
|
同上 |
十勝国中川郡各村 |
鮭曳網漁場
海産干場
郡村宅地
木造倉庫
北海道製麻株券
現金 |
3ヵ所
1ヵ所
1ヵ所
1棟
90株
213.33円
|
1902
|
同上 |
河西郡伏古村外1カ村、河東郡音更村 |
鮭曳網漁場
郡村宅地
木造家屋
北海道製麻株券
現金 |
1ヵ所
2ヵ所
1棟
80株
346.934円
|
1902
|
同上 |
白老郡白老村、敷生村 |
現金 |
100円
|
1902
|
備荒のため |
厚岸郡厚岸町 |
海産干場
畑 |
15ヵ所
9ヵ所
|
1924
|
旧土人救護のため |
旭川市旧土人50人 |
畑
宅地 |
191ヵ所
173ヵ所
|
1934,
1942 |
旧土人救護、福利増進のため |
旭川市 |
現金 |
3112.98円
|
1942
|
同上 |
中川郡池田町旧土人4人 |
原野 |
4ヵ所
|
1927
|
同上 |
札幌郡対雁村・樺太旧土人 |
海産干場
宅地
鮭地曳網漁業権 |
4ヵ所
7ヵ所
8件
|
1902
|
同上 |
札幌郡対雁村・樺太旧土人 |
畑 |
24ヵ所
|
1907
|
|
色丹郡斜古丹村 |
公債証書等 |
5305円
|
1931
|
救護・住宅改善 |
・ 沿革不明の財産が多い
→火災のため書類焼失
→まったく記録が存在しない
・道庁の指定を受けなかった共有財産も存在(留萌郡留萌町など)
c. 共有財産の使用目的
・ 教育、備荒儲蓄のみ→一般救護費に…1923-24(大正12、13)年
・ 1930-34(昭和5〜9)年度 救済費、勧農費、救療費、教育費等に
38,603円支出
(約1割)
d. 共有財産の処分
1876(明治9)年 千島樺太交換条約により、樺太から移住
1885-87(明治18-20)年 コレラ・赤痢流行により、石狩河口へ転住
1902(明治35)年 共有財産として石狩町の宅地・漁業権を指定
1906(明治39)年 日本領となった樺太へ再移転
1907(明治40)年 対雁村の土地を共有財産に指定、道が管理(和人小作)
1924(大正13)年 共有財産の処分、国が認可
35,348円57銭の分配
道内残留の困窮共有者2名…1,004円30銭
共有地の小作人23戸…690円
樺太現住の共有者99名…21,607円16銭
道内残留の共有者…2,804円55銭
道内残留のアイヌ救護のために寄付…9,242円86銭
・ 旭川市近文旧土人共有地特売〜1939(昭和14)年
80町歩(約80ヘクタール)を約40万円で売却、利息を分配する
・給与地の多くは、貧困や家族の病気による借金のために、和人富農との
間で99年もの永代小作契約を結ばされて実質的には取り上げられていた(石
井,1993)
・貸付地を実力行使で小作(大狩部旧土人給与地解放闘争)
・ 1948(昭和23)年、GHQが貸付地も買収の対象とすると決定
・ 2,318ヘクタール、全下付地の約26%が買い取られ、3,638ヘクタール
に
・ 1962(昭和37)年、最高裁が上告棄却(給付地を買収から除外する理
由がない)
7、問題の現状と今後
a. 共有財産返還をめぐる経緯(北海道新聞1999.10.19)
1997(平成9)年7月1日 アイヌ文化法が施行。これに伴い、旧土人保護
法を廃止
9月5日 道、共有財産返還を官報に公告
1998(平成10)年6月6日 アイヌ民族の原告らが「旧土人保護法に基づく
共有財産を
考える会」を結
成。以後、道に対して共有財産の管理の経
緯などの資料開
示、返還作業の一時中止など要請
9月4日 共有財産の
返還請求を締め切る。延べ62人が返還請求
1999(平成11)年4月2日 共有財産の返還を延べ50人の該当者に通知
6月12日 「考える会」
を原告団などに改組
7月5日 共有財産返
還手続きの無効確認などを求める行政訴訟を
札幌地裁に提起
10月21日 第1回口頭弁
論
b. 返還問題の焦点
・ 共有財産が現金だけになった経緯など、財産の管理状況が不明
・ 官報の公告に応じて請求した人だけを返還対象にしている(北海道新
聞1999.10.19
)
・ 第二次大戦前にさかのぼる賠償は、当時の貨幣価値に換算することが
確定している(北海道新聞1998.2.20 札幌学院大学・松本祥志教授の発表)
c. 旧土人保護法による給与地の現状
・ 9,061ヘクタールが給与
・ 1991(平成3)年時点で1,315ヘクタール
d. 今後の課題
・ 公判のゆくえ
・ その他の戦前の賠償との比較
・ 「返還済み」とする現金以外の財産のゆくえ
引用・参考文献
●石井清治 1993 『勇者たちの道〜昭和期北海道アイヌ運動小史』
●小笠原信之 1997『アイヌ差別問題読本』 緑風出版
●川村シンリツ・エオリパック・アイヌ 『アイヌ・モシリに生きて』
川村アイヌ民族記念館(パンフレット)
●河野常吉 1911「北海道旧土人」(河野本道選 1980『アイヌ史資料集
第一巻 一般概況編』 北海道出版企画センター)
●河野本道選 1980『アイヌ史資料集 第一巻 一般概況編』 北海道出
版企画センター
●河野本道編 1981 『対アイヌ政策法規類集』北海道出版企画センター
●小松豊 1999 「アイヌ差別法の清算のために 共有財産返還問題を問
う」『歴史地理教育』593 歴史教育者協議会
●高倉新一郎 1939「アイヌの土地問題」『社会政策時報』230号 協調
會
●貫塩法枕 1934『アイヌの同化と先蹤』 北海小群更生団(復刻 1986
サッポロ堂書店)
●林善茂 1953「アイヌの土地占有慣行」『民族学研究』18巻4号
●平田 剛士 1997「アイヌ民族への返還共有財産『一四八万円』の背後
にあるもの」『週刊金曜日』9.26
●北海道 1954『北海道農地改革史〜上巻〜』
●北海道 1957『北海道農地改革史〜下巻〜』
●北海道ウタリ協会アイヌ史編集員会編 『アイヌ史』 北海道出版企画
センター
●北海道庁 1934『北海道旧土人保護沿革史』(復刻 1981 第一書房)
●百瀬響 1994「北海道旧土人保護法の成立と変遷の概要」『史苑』55巻
1号 立教大学