慶応藤沢 「小熊研究会1(1) 現代思想を学ぶ」 第7回  1999・5・31
総合政策学部3年 石野純也
    「アルチュセール」

1. アルチュセールの略歴
・ 思想的にヘーゲルに依拠していた  ex. ディプローム論文「ヘーゲル思想における内容について」
・ ヘーゲル哲学を矛盾や止揚といった観点からではなく、「欠如(manque)」や「真空(vide)」といった観点
  から見ていた。

「出来事レベルでのヘーゲルの現象学的意識は、我々にとっては、なによりもまず真空の経験にして真空への
恐怖に他ならない」(ディプローム論文P. 68)

・ それと同時にこの論文を著した時のアルチュセールは熱心なカトリック信者であった
・ ヘーゲル主義的である限りのマルクスの言葉を使用している
                        ↓
・ マルクスをヘーゲルの構図の中に収めようとする努力
・ 哲学的にはヘーゲル的疎外論、社会理論では初期マルクス的用語法、心情ではキリスト教的
・ 教条的マルクス主義に没頭していく=カトリックとの決別 ヘーゲル主義からの離脱

2. 重層的決定の概念
       ・時代背景 
           理論の貧困
          「第一に、フランスとフランス以外の諸国におけるマルクス解釈の現状を批判し、乗り越えなくてはならな
           い。第二に、ソ連その他の社会主義諸国の否定的現実とマルクス的理念との落差を測定し、現実の社会主
           義を批判する武器を磨きあげなくてはならない。」(P. 130‐131)

           「フランスではよその国とは違ってブルジョワ階級が「革命的」であったので、知識人はほとんどすべて
            ブルジョワ階級の側についた。そのために、フランスの労働者階級は伝統的に知識人を信じなくなり、
            フランス共産党内部にも「労働者中心主義」が圧倒的に強くなった。」(P.134)

       ・認識論的切断
             問いの構造
            「どういう問いを問いとして許容するか、どういう解答を解答として許すのかを「知らぬまに」方向づ
             ける」(P.139)

             認識論的切断
             「古い「問いの構造」から別の新しい「問いの構造」に移行すること」(P.140)

              マルクスにおける認識論的切断
               青年期  1840−44年
               切断期  1845年
               成熟期  1845−57年
               円熟期  1875−83年
              
              青年期
             「初期マルクスはヘーゲルやフォイエルバッハを批判して自己の言葉で語ろうとしているが、その批判
              的言説のなかに、ヘーゲル化されたフォイエルバッハの人間学的「問いの構造」が隠れ潜んでいて、い
              つしかマルクスの思考を方向づける。」
           
              切断期
              「ドイツイデオロギー」 認識論的切断の兆候

              成熟期
              「沈黙の10年」

              円熟期
              「経済学批判」「資本論」


       ・弁証法の改作 −重層的決定―
              ヘーゲル的「矛盾」の概念  複雑な媒介過程のなかでつねに単純で単層的な構造を維持し続ける
              マルクス  諸矛盾は、互いに異質であり、同じ起源、同じ方向、適用の同じ水準と同じ場所をもつとは
                        限らない

              「最終審級における決定」
                    経済が他のすべての進級を直接的に決定する→俗流ヘーゲル主義の焼き直し
                 「最初の瞬間にせよ、最後の瞬間にせよ、「最終審級」という孤独な時の鐘が鳴ることはけっしてな
                   い。」(邦訳『マルクスのために』P.185)

                  「「最終審級における決定」は決して経済を支配的な審級にするというものではない。それはあく
                   までも、古代では政治が、中世では宗教が支配的審級となった、そのヒエラルヒーを経済が決定
                   した、という意味での決定なのである。」(柳内隆『アルチュセールの読解』P.177)

       ・理論的労働過程
               前提:マルクスの資本論 労働過程は三つの要素から構成されるー原材料 労働手段 労働生産物
                   「理論的労働とは、原材料を理論的道具を使用して理論的生産物へと変形し生産する事である。」

               原材料「第一の一般性」 理論的道具「第二の一般性」 理論的生産物「第三の一般性」
               ex.  マルクスの「第二の一般性」はヘーゲルの弁証法でありそうして生まれたのが理論的生産物とし
                    ての「概念」である。

3. アルチュセールの<イデオロギー論>前半(国家のイデオロギー装置について)
                社会構成対の存続のための条件
                   ● 生産諸条件の再生産  
                     ・生産諸力の再生産
                         労働力の再生産(物質的、非物質的)
                                 物質的: 賃金 ビール等の奢侈品
                               非物質的: 労働者の≪資格付け≫の再生産 支配イデオロギーへの服従の再生産 支
                                          配イデオロギーを巧妙に操作する能力の再生産
                     ・現存する生産諸関係の再生産

       ・下部構造と上部構造
1, 土台に対する上部構造の≪相対的自律性≫が存在する
2, 土台に対して上部構造の≪反作用≫が存在する
       ・マルクス主義的国家理論
1, 国家とは国家の抑圧装置の事である
2, 国家権力と国家装置を区別しなければならない
3, 階級闘争の目標は国家権力に関わっており、したがって国家権力を掌握している諸階級(あるいは
諸階級や階級の諸分派の同盟)が彼らの階級目標に応じて国家装置をどのように利用するかに関連
している
4, プロレタリアートは現存するブルジョワ国家装置を破壊するために国家権力を奪取しなければなら
ない
       ・アルチュセール的補足
             「単に国家権力と国家装置の区別を考慮するだけでなく、明らかに国家(の抑圧)装置の近くにあるが、
               それと混同されることのない別の現実をも考慮に入れる事が不可欠である。われわれはこうした現実
               を、国家のイデオロギー装置と呼ぶことにする。」(『イデオロギーと国家のイデオロギー装置』P.34−
               35)
       ・抑圧装置とイデオロギー装置
            ≪抑圧装置≫ 政府 行政機関 軍隊 警察 裁判所 監獄
             少なくともその限界においては暴力によって機能する国家装置の総称
            ≪イデオロギー装置≫ 宗教的AIE学校のAIE法的AIE政治的AIE組合的AIE情報のAIE文化的AIE
             イデオロギーによって機能している
       ・イデオロギーによって機能しているとはどういうことか
             「学校や教会は、処罰や排除、選別などそれぞれに適応した方法によって、祭式執行者だけでなく、そ
               の信徒をも≪調教≫するのである。」(同上P.39) 
               ・AIEにおいて機能しているイデオロギーは多様で矛盾しているがそれらを統一しているのは≪支配階
               級≫のイデオロギーである支配的イデオロギーである
               ・つまり、支配階級が国家権力を掌握するためにはイデオロギー装置の掌握が不可欠である
       ・生産諸関係の再生産
              抑圧装置とイデオロギー装置の中での国家権力の行使によって保証されている
              ≪抑圧装置≫ 力によって搾取の関係である生産諸関係の再生産の政治的条件を保証する
              ≪イデオロギー装置≫ 抑圧装置の元で生産諸関係の再生産の大部分を保証している
       ・資本主義社会構成体の支配的イデオロギー
             「古い支配的な国家のイデオロギー装置に対して、荒々しい政治的、イデオロギー的階級闘争のあと成
               熟してきた資本主義的社会構成体において支配的地位にあるのは、学校のイデオロギー装置だ、」(同
               上P.49)
               何故学校のイデオロギー装置が支配的となり得たか
        資本主義的搾取諸関係の再生産 → 様々なイデオロギー装置 → 矛盾を統一する支配的イデオロギー → 学校
        のイデオロギー装置

4. アルチュセールの<イデオロギー論>後半 (イデオロギーのメカニズムについて)
[イデオロギーは歴史をもたない]:イデオロギー一般は歴史をもたない
   イデオロギーは一つの構造と機能を持っておりその構造と機能は歴史の移り変わりによって変化したりはし  
   ないということ
[イデオロギーは諸個人が彼らの存在の現実的諸条件に対してもつ想像上の関係の≪表象≫である]
     [イデオロギーは物質的な存在をもつ]
         実際行為、慣習行為などは儀式などを通してイデオロギー装置の物資的存在となる
         儀式はイデオロギー装置によって限定される
        「イデオロギーは物質的なイデオロギー装置の中に存在し、物質的な儀式によって規則化された物質的な慣習
          行為を規定し、そしてこの慣習行為は、信仰にしたがって全く良心的な行いをとっている主体の物質的活動
          の中に存在している」(同上P.80)
      [イデオロギーは主体として諸個人に呼びかける]
         「イデオロギーは具体的主体を対象としてしか存在しないし、こうしたイデオロギーの使命は主体によって
           しか可能とならない。」(同上P.81)
           明証性を明証性と信じ込ませる イデオロギーの再認/誤認のメカニズム
           1,主体は諸個人に呼びかける    
           2,諸個人を諸主体として主体に従わせる
           3,諸主体は主体の元で主体間の再認、自己の再認を行う
           4,諸主体は絶対的に保証される

5. アルチュセールは構造主義者か?
         共時態/通時態のカップルは結局、等質的/同時代的時間性のイデオロギーを前提にしている
        「各レベルの時間性または運動リズムは特有の性質をもつのだから、この時間性は等質的でもなく同時代的で
          もない。」(今村仁司 『アルチュセール』 P.224)
         他方、山本哲士、柳内隆、両氏はアルチュセールを構造主義の枠組みから捉えている
         アルチュセール本人は自分を構造主義者と思っていない(?)





参考資料

1、
疎外 
「人間としての自分自身の能力が他の存在によって奪取されている、という意識。この用語は、もともとマルクスが、
神にたいする人間の諸力の投影を指称するために使った物である。その後マルクスは、労働上の課業の本質や、労働の
成果を労働者が統制できなくなった状態を指すために、この言葉を用いていった。」(アンソニーギデンズ 『社会学』 用
語解説P.27)

2、
問いの構造
「(前略) 問いの構造は、形式的には、複数の問いの定立を可能にし、同時にそれらの問いに答える複数の答えの提案
を可能にする、きわめて厳密に限定された思考の構造である。それは視点、観点、問題意識などの単なる主観的な設定
ではまったくない。思考する者は、問いと答えの可能性の構造化された条件によって方向づけられて思考する。たとえ
ば、思考する主体が、自分では、まったく新しい立場に立ったと確信しているとしても、実際には既存の特定の「問い
の構造」の境界内にあり、それの無自覚な変奏でしかないことがしばしばある。(後略)」(今村仁司 『アルチュセール』 
P. 329)

3、
「人間は、彼らの生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係に、すなわち、彼ら
の物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造
を形成する。これが実在的土台であり、その上に一つの法律的および政治的上部構造が立ち、そしてこの土台に一定の
社会的諸意識形態が対応する。物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。」(マ
ルクス 『経済学批判』 序言P.15)





参考文献
ルイ・アルチュセール  訳 柳内隆、他 『アルチュセールのイデオロギー論』 (三交社、1993)
今村仁司  『現代思想の冒険者たち22 アルチュセール』 (講談社、 1997)
マルクス  訳 杉本俊朗 『経済学批判』 (大月書店、 1953)
アンソニー・ギデンズ  訳 松尾精文 他 『社会学(改訂新版)』 (而立書房、1993)