ジョン・ロールズ「諸民衆の法」
“ON HUMAN RIGHTS” The Oxford Amnesty Lectures 1993
「ロールズは、戦争は地獄だからどんな手段を使ってもいいという論法と、戦争に突入すればみな有罪だから誰も他人を非難できない、という論法を、ともにニヒリズムとして退ける。あらゆる戦争が同じように不正なのではない、文明国では、道徳や政治に関する意味のある区別こそが重要だというのだ。」[1]
ジョン・ロールズ:ハーヴァード大学哲学科教授。英語圏の政治哲学(法哲学)における「スタンダード」の1人。『正義の理論』1971年・(改訂版)1999年、『政治的リベラリズム』1993年・(増補版)1996年、など。『正義の理論』は1972年、ニューヨークタイムズ書評新聞が年間ベスト5に選定。
正義の二原理
[第一原理]各人は、平等な基本的諸権利・諸自由を保障する<じゅうぶんに適正な制度枠組み>を要求できる、正当な資格を等しく有している。ただし、じゅうぶんに適正な枠組みというのは、〔無制約なものでなく〕全員が同等の保障を受けている状態と両立できる限りにおいてのものである。そしてこうした枠組みを通じて、平等な政治的諸自由の(そしてそれのみの〔単なる均等ではない〕)公正な価値が確保されねばならない
[第二原理]社会的・経済的不平等は、以下の二条件を満たすべきである―@公正な機会均等という条件下で、全員に開放された職務や地位に結びついた不平等に限られること、A社会でもっとも不遇な成員の最大の便益に資するような不平等であること
諸民衆の法
「着想としては、ローマ法における「万民法」からヒントを得ており、国際法の主体を国民国家に枠づけられた「国民=民族」ではなく、世界各地に生きる人々の集団である「ピープル」に置きかえたところがポイントである。」[2]
目的
1、諸民衆の法がリベラルな正義の理念からどのように展開されうるか、そのあらましについて述べること
2、リベラルでない社会に対する寛容はどのようなかたちをとるのか、明らかにする
秩序ある社会(リベラルでない、階層社会 ( a hierarchical society ) も)
1、平和を好み膨張主義的でない
2、法体系が、社会を構成する人民からみて正当
3、基本的人権を尊重する
T どうすれば社会契約説は普遍的な射程を持つようになるか
・社会とは孤立しているものではなく、他の社会との関係の中にある
・ライプニッツやロックの時代とは異なり正義の根拠を神や理性に求めることはできない
公正としての正義という構成主義の学説は、そのつど問題となっている課題に合致するように修正される。功利主義などの「一般的」な理論とは異なる。
U 三つの予備的問題
1、原初状態→主権の再定式化
2、グローバルな原初状態からは始めない
3、諸民衆の法は、国際法が正しいか判断するための基準
V リベラルな社会への拡張
・リベラルな正義の理念は、自由主義の文脈において、より平等主義的
・諸民衆の法の構築に際しては、政治的自由の公正な価値・公正な機会均等・格差原理は必要とされない
諸民衆の法への拡張
<第一段階>理想理論の枠内で議論を進める
リベラルな社会について論じてから階層社会について論じる。
<第二段階>非理想理論(もっとも重要だがあまり触れられない)
遵守が期待できない場合、不利な諸条件がある場合。
・無知のヴェールにより公正な社会モデルをつくる(公正で合理的な市民)
・世界政府は地球的規模での専制政府となるか、脆くはかない帝国となる
「法は統治範囲が拡がるとともにますます重みを失い、魂のない専制政治は、善の萌芽を根絶やしにしたあげく、最後には無政府状態に陥る」[3]
自由で民主的な人民のあいだでの正義の諸原理
(諸民衆の法に属するものとして久しく認められてきた一定のなじみ深い諸原理を含む)
1 (それぞれの政府に組織される)人民は自由かつ独立しており、その自由と独立は他の人民から尊重されるべきである。
2 諸民衆は平等であり、みずからの合意を取り決める当事者である。
3 諸民衆は自衛の権利を保有するが、戦争の権利はもたない。
4 諸民衆は〔他の社会への〕内政不干渉の義務を遵守すべきである。
5 諸民衆は条約ならびに約定を遵守すべきである。
6 諸民衆は(自衛目的が前提の)戦争遂行に課された一定の諸制約を遵守すべきである。
7 諸民衆は人権を尊ぶべきである
・境界線が歴史上恣意的に定められたものだという事実から判断して、諸民衆の法において境界線の担う役割が正当化できないということにはならない
W 階層社会への拡張
・無知のヴェールを伴う原初状態において、秩序ある階層体制の代表者は道理に従い、かつ合理的であり、しかも適切な理由に従って行動する
・秩序ある階層社会の代表者は、原初状態においては、リベラルな社会の代表者が受け入れるのと同じ諸民衆の法を受け入れる
階層社会が秩序を保つために必要な3つの条件
第1 外交や通商その他の平和的手段を通して、みずからの正当な目的を達成
第2 領内に住むすべての人々に道徳上の義務と責務を負わせる法体系
第3 生存権・強制労働の禁止・(人的)財産権・形式的平等
・階層社会であっても、秩序ある社会であるためには信教の自由が必要
・グローバルな原初状態では、文化を度外視するためあまりに狭隘
X 人権
・人権の根拠を神や理性に求めると、西欧以外の社会は拒絶する
・正義の共通善的構想と、法の正しさについての誠意ある公式の証明、という必要条件を拒否することはできない
・個人主義でなく、人々を共同体(や同盟団体・職業団体)の構成員とみなす社会であっても、固有の協議階層性を備えているのならば、権利は保障される
・人権は別格の権利(主権をも制限)
人権の役割
1 人権は体制の正当性とその法秩序の妥当性との必要条件である
2 人権はそれが適切に存在するならば、他の人民による正当化された強制介入、すなわち経済制裁や、深刻な事態では軍事力による介入を排除する十分条件となる
3 人権は人民のあいだの多元主義に制限を設ける
Y 非理想理論―遵守が期待できない場合
・道理ある諸民衆の法を認めようとしない無法な体制
(抑圧とテロ、究極にはナチスの体制。歴史的には絶対王政も含む)
・無法な体制に対して戦争に訴える権利の唯一正当な根拠は、秩序ある諸民衆の社会の防衛
・長期的には、秩序ある諸民衆の社会の自立した構成員として人権が保障されるようにする
Z 非理想理論―不都合な条件がある場合
不都合な条件:秩序を可能とする政治的文化的条件・人的資本・ノウハウ・物質的技術的資源、などの欠如
・不都合な条件が秩序ある社会の条件にまで引き上げられるための支援をすべき
ただし、格差原理は一国内の正義には妥当しても、諸社会間にみられる不都合な条件といった一般的問題を扱うにはふさわしくない。
・人権はどこにおいても保障されるべきであるので、結局、諸条件達成のための手助けを秩序ある社会はすることになる
・天然資源の不足が問題であることは少ない。むしろ、抑圧的な政府と腐敗したエリート
[ 結論的考察
・非寛容への寛容。専制的で独裁的な体制は排除。膨張主義的国家も排除
・階層社会に宗教制度を廃止しリベラルな制度を採用するよう求めないことは必須の条件
方針変更のために経済制裁を課したり軍事的圧力をかけることは正当化できない。
・特定の包括的見解の優越性の確信と、優越性を押し付けない正義の政治的構想の堅持は両立する。したがって政治的リベラリズムとも両立する