「逸脱の政治 ―スティグマを貼られた人々のアイデンティティ管理 

石川准『アイデンティティ・ゲーム』

 

 

概要

 

     逸脱者の系譜

ルネッサンス期:神の下で理性と狂気は同等

古典主義時代 :排除・監禁

近代     :解放・治療

     レイベリング理論:「まなざし」が逸脱を助長

積極的に排除・村八分・犯罪者の社会復帰・無関心をよそおう

     逸脱増幅説:下位文化へ同調し、補償的な満足を得る

     逸脱者であっても「見せる存在」(E.ゴッフマン)

印象操作(パッシング・偽装工作・役割距離)

     アイデンティティは他者との相互作用。自給できない

     常人は自分たちの社会的地位を保全するために逸脱者を必要とする

     コンフリクト・アプローチ(現象学的社会学・シンボリック相互作用論)

「現象学的アプローチを持つ社会学がその問題に与えたひとつの解答は、個人の意識の内部に深く内在化された社会性と、そうした個人が作り上げているという社会という考えである。」

「ブルーマーによると、⑴人間は意味に基づいて行為すること、⑵意味は社会的相互作用過程において生じること、そして⑶意味は人間によって解釈されることがシンボリック相互作用論の三つの前提である。」

     ミクロな権力の問題とマクロな構造の問題を総体として把握しなければならない

     個人と集団の矛盾を架橋する社会的ネットワーク

 

 

資料

 

「理性は、狂気を受け入れることによって、こっそりとそれを取り込み、それを自覚しそれを位置付けることができる。」

「文芸復興までは、狂気に対する感受性は、想像上の様々の超越的なものの現存と関係があったけれども、古典主義時代より後には、しかも初めて狂気は、怠惰に対する倫理上の非難をとおして、また、労働中心の共同体によって守られている社会に内在する性格の中で知覚されるようになる。」

『狂気の歴史』

 

「「わしの知っている男に、何もかも理論、理論っていう野郎がいたよ。とにかく何ということなしに本の注文書を送るのさ。よく聞けよ、あるときこの男が本を申し込んだら、これが木箱入りで送られてきたんだな。やっこさんその木箱を開けることができないんで本は今でも木箱の中ってわけさ」」

「連中よりもおれたちのほうが世の中を知ってるよ。やつら、数学や理科ならちょっとは知ってるかもね、でもそんなこと、どうってことないや。あんなもの誰の役にも立つもんか。苦労したあげくにそれがわかるんだろうな…おれたちが今知ってることを、連中は二十歳になろうかってころにやっと気がつくのさ。」

「現代の庶民の労働はすべてくすんだ灰色をしており、特にどの職種で働こうと思い悩む必要はない、<野郎ども>はこころの奥底でそう見ぬいている。学校当局が気づかないところで少年たちが反学校の文化から学びとる、これはもっとも基本的な観点の一つである。労働それ自体に特別の意味や満足感を追い求めようとやっきになって努力するのとは別の方向を、反学校の文化は様々な形で少年たちに指し示すのだ。この対抗文化は、労働そのものとは別の次元の、仲間集団に根ざす満足のあり方を知っており、そういう満足感によってそれぞれの自我とその尊厳を支える術を心得ている。」

「…事務所なんかで働いているああいう連中のことを思うと胸クソが悪くなるよ。正直言ってさ、どうしてあんなことができるのか、信じられないね。俺は自由にやるさ、おれはね…給料はちゃんとかせぐし…どう言ったらいいかむつかしいな…」

『ハマータウンの野郎ども』

 

「自ら進んで手助けをしないだけでなく、OLは頼まれたことを拒否することもある。たとえば、ある銀行のオフィスでの話である。一人のOLが翌日開かれる会議の資料を用意していた。分厚い資料を三十八部ホチキスで留めるのだ。そこへ次長から電話がかかってきた。「一ページさし替えてもらえないか」OLは、次長が作業を手伝ってくれたらさし替えてもいいと答えた。次長はコピー取りなど手伝いたくなかったと見え、頼みを引っ込めた。OLも多少後ろめたく感じたらしく、受話器を置いたとたん、「次長に強気に出ちゃった」といって舌を出した。すると隣の席で一部始終を聞いていた男性社員がびっくりして顔を上げた。「ええっ、今の次長だったの?!」」

「男性が優しく接してくれれば、女性はその男性の仕事を陰ながら支える―どこかで聞いたような男と女の関係だ。OLの抵抗の行為の結果として行きつく男性と女性の役割関係は、実は非常に伝統的な男女の関わり方なのである。」

『OLたちの<レジスタンス>』

 

「たとえば、伝えられるところでは、マリファナ喫煙者は、彼らをよく知っている人たちの面前で、その人々に何もさとられずに<ハイに>振舞えるとき、右の事情を徐々に理解するようになるという。この理解は、明らかに非常習的使用者を常習的使用者に変えてしまうにあずかっている力がある。同じようなことであるが、たった今処女でなくなった娘たちが、この〔非処女という〕スティグマがどこかに現れてはいないかと鏡をのぞいて調べてみて初めて、自分たちは事実以前と少しも変わってはいないと徐々に信ずるようになるという記録もある」

「彼の説明は自分のアイデンティティを晦ますためにそうしたのだ、ということであった。何故なら―彼はいみじくも推測している―十才ぐらいの男の子の手を引いて歩いている男が、死刑執行人で、殺人犯の絞首刑執行に赴く途上にあるとは、よもや気づく人もいまいからである。」

「スティグマとは、スティグマのある者と常人の二つのグループに区別することができるような具体的な一組の人間を意味するものではなく、広く行われている二つの役割による社会過程を意味しているということ、あらゆる人が双方の役割をとって、少なくとも人生のいずれかの脈絡において、いずれかの局面において、この過程に参加しているということ、である。常人とか、スティグマのある者とは生ける人間全体ではない。むしろ視角である。」

『スティグマ』

 

「スティグマのある者は、自分自身を他の人間とは全く違ったところのない人間と規定するが、ところがまた一方では同時に、自分を彼の周囲の人びと共々別種の人間と規定している、ということであった。スティグマのあるものに、右のような根源的な自己矛盾がある以上、結果的には自分自身のおかれている状況に首尾一貫した意味を見出すドクトリンを得るに過ぎないにしても、何とか努力してこのジレンマを脱出する方途を探し求めようとするのは理解に難くない。この努力は現代社会にあっては、欠点のある者がコードとなるものを独力で工夫して創出しようと試みるという形ばかりでなく、すでに指摘したことがあるように、職業的代弁者たちが―時に彼らの生い立ちの記を語るとか、彼らが困難な状況をどのように処置したかを語る、といった形式を取って―援助の手をのべる、という形でも行われている。」

「この種の集団の代弁者は、スティグマのあるものの真の集団、すなわち彼が本来的に所属する集団は、この集団である、と主張する。〔したがって〕個人が不可避的に帰属する諸他のすべてのカテゴリーおよび集団は、暗黙のうちに彼の真に帰属する集団ではないと考えられているのである。」

「足萎えが不幸だなどといったのは誰か?足萎え自身か?それともあなたか?ただ踊れないというだけの理由で?どんな音楽にしろいずれは必ず終わりがくる。(略)小児麻痺はみじめなものではない―ただひどく不便なだけなんだ(略)足萎えとはひどい言葉だ。この言葉はきめつけ、差別する!」

「世間の人びとは、君〔=障害者〕には哲学があるといい貼りたいらしく、そんなものはもち合わせないといおうものなら、君が嘘をいっているのだと考える。(略)一般的な定式は明らかである。すなわち、スティグマのある者に要求されていることは自分の荷が重いとか、また彼がその荷を担っているので、常人とは違った種類の人間になってしまった、といったようなことを些かも見せずに行動する、ということであり、同時に、常人が〔彼の荷はそれほど重くなく、彼はわれわれとはさほど違ってはいない〕ということを苦痛なく信じつづけることができる程度に、常人から距離を保って、身を恃さなくてはならない、ということである。」

『スティグマ』

 

「競争して不愉快な思いをしたくないし、僕は、専攻が同じ女の子は絶対に選ばないよ。話しかけてくる女の子が同じ専攻科目でいい点を取っていたら、急いで逃げることにしているんだ」

「いちばんいい手はね、時々、長い綴りの単語を間違えて書いてあげるの。彼ね、図にのって手紙をくれるの。『君って、本当に字を知らないね』」

『男らしさのジレンマ』

 

「ところが私みたいな「結婚拒否型」ばかりがフェミニストを占めているわけではなかった。「皆、結婚しないんでしょ?」いつも、他人から聞かれる質問と同じテンションで聞いてみる。同じゼミの仲間の学生たちは口いっぱいにケーキをほおばっていた。「するよ。」そのなにげなさにフォークを落としそうになった。(略)「なんで?」私がいつも皆にされている、けげんな表情で同じ質問をした。「やってみたい。」「研究のため?」「違う。やってみたいの。かわいい食器をそろえてみたい。」その答えに私は深く息を吸い込んだ。無理もない。博士課程はまだ、三十歳前後だ。男と暮らすことに甘い幻想がある。(略)ただ、彼女たちは「知ってて」やっている。」

『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』

 

「面白いと思ったのは、「どんな男に魅力を感じるか」という質問。下層女性だけでなく、それまで男女平等を説いていた知識人女性でも、「やっぱり背が高くて逞しくないと」とか「ヒゲガあったほうがいいわ」などと述べていたのには、私も観客も笑った。」

『インド日記 日本を語る旅』

 

「スーツが背負うかたくななまでの男性性も、やはり謎の一つである。(略)しかし、女は、メンズ・スーツのシステムにだけは手出しができない。パンツ・スーツならば当たり前に存在するが、首まできっちり留めるシャツ+ネクタイを合わせたフル装備のスーツは、どうもいけないのである。(略)女性誌主導のキャンペーンのもとに、女性用ネクタイが一時店頭に並んだこともあった。しかし、一般の女性はついてこなかった。(略)スーツから拒絶を食らっているのは、女だけではない。生物学的には男であっても、ゲイやコドモもスーツとは相性が悪い。」

『スーツの神話』

 

「髪振り乱してでも女性たちが働けるようにしてきたのも、フェミニズムの成果のひとつなのは確かでしょ。そうやって子持ちの先輩に冷ややかな視線を向ける若い女性たちが働けるために努力してきたわけですよね。でも人は皆、自分が得たものを、誰かのお陰だというふうには考えない。先人をありがたいと思えというのは無理なんです。(略)ただその選択肢があまり魅力的でないの。だから選択肢をふやしたのはフェミニズムの成果ですなんてことをフェミニズムから教えてもらう必要はない。」

「浸透したがゆえの伝わらなさ」『インパクション』