小熊研究会T 1216日      70247571  環境情報学部4年 姫野貴之

『人種・国民・階級』         レジュメ

 

0.本発表の目的

 

本書は1985年から1987年にパリ人間科学館で開催されたセミナーで発表された論文を元に構成され、1988年に刊行されたものである。それを踏まえ、本書が描かれた時代背景、そしてアメリカとフランスという著者の出身地の歴史的背景からみる本書の問題意識、さらに各著者の思想背景を分けて説明することでこの『人種・国民・階級』という書物を読む手助けになるよう発表を行う。

 

1.本発表の構成

 

本発表の構成は、まず時代背景として、主にマルクス主義の変遷を中心として本書の問題意識を明確にする。さらに各著者の思想的背景を説明した後で、本書の内容を解説するという構成で発表を行う。

 

2.時代背景 マルクス主義の変遷から問題意識を探る

 

@マルクス解釈

初期マルクス 疎外論 疎外論的革命論(人間主義的)・・・「経済学・哲学草稿」

後期マルクス 唯物史観 剰余価値説・・・「ドイツ・イデオロギー」「資本論」

Aマルクス主義思想の変遷

後期マルクス→レーニン−スターリンのソ連公式解釈としてのマルクス主義の登場

初期マルクス→「経済学・哲学草稿」の発見から上記に対抗すべく、人間主義的マルクスをテーゼとした西欧マルクス主義の登場

B西欧マルクス主義

1932年の「経済学・哲学草稿」の発見→ホルクハイマー、マルクーゼなどフランクフルト学派が「主体」を重視する人間主義的なマルクス主義を受容

サルトル・・・マルクス主義+実存主義 マルクス主義のなかに人間的自由の意味を見出す、実存的マルクス読解

C1970年代以降の変容

高度成長が広がり、資本主義自体の変容 ソ連の影響力が弱まる

ブルジョア、プロレタリアートの区別、階級対立よりも、民族対立や人種対立が表面化

東西ではなくて、南北という軸、中心と周縁という軸でみることが必要

フランク、アミン 従属理論(階級構造が国と国との間にも存在する)

→ウォーラーステインの史的システム論

D問題意識 西欧マルクス主義刷新の必要性

・資本主義的社会構成体はなぜ国民的形態をとるのか?

・近代世界はなぜ、(日本人とかフランス人という)人種を創出するのか?

・近代世界において、ナショナリズムと人種主義の関係は?

・際限なき資本蓄積は、どうして自由な賃労働者の搾取と不自由な労働者の搾取の双方に継続的に依存するのか?

・階級的コンフリクトと人種主義・ナショナリズムはどのような関係にあるのか?

→【焦点】現在の人種主義の独自性、そしてそれと国民主義、階級構造の関係は?

 

3.イマニュエル・ウォーラーステインの史的システム論

 

(1)  イマニュエル・ウォーラーステイン(1930−)

1930年 ニューヨークの政治意識の高いユダヤ系の家庭で生まれる

1947年 コロンビア大学に入学 

→左翼陣営の大分裂(社会民主主義と共産主義の間の相互批判)

資本主義による貧富の格差の拡大に対する無力と、人種的負正義という主張

スターリニズムと恐怖政治、党綱領の無原則な改変という主張

どちらも納得がいくが、説明がつかない。ディレンマ

1955年 アフリカ留学 ガーナとコートディヴォワールの民族解放運動をテーマに博士論文を執筆

1968年 独立運動の昂揚と成功の後に社会経済発展の困難と挫折の時代 

1960年代後半にヴェトナム反戦運動や公民権運動の盛り上がりを背景に、大学の民主化を望む学生のムードが昂揚。「コロンビア学園紛争」

→「世界システム」として全面的な否定の運動(パリ、メキシコ、東京 新左翼の運動)

1970年代 英語版のブローデルの著書がアメリカで反響を呼ぶ

1976年 テレンス・K・ホプキンス(カール・ポランニーの弟子)の尽力によりフェルナンド・ブローデル・センターの所長になる

 

(2)ウォーラーステインの史的システム論

 

@「近代世界システム」は「資本主義世界−経済」から現われてきた史的システムである

→システムであるため、「構造」「変動」「危機」をもつ(普遍ではない、普遍主義への批判)

・中核 半周辺 周辺 という「構造」

周辺・半周辺から中心へと剰余の吸い上げ「構造」ができる 

 

Aサブシステムとしての国家、世帯、民族集団

・国家、国境

インターステイトシステムとしての国家 

国家の役割は??・・・領土の支配権(国内の商品や労働力を管理する公式の権利)、法的権利(社会的生産関係を支配する規制問題)、課税権、軍事力

一国が強力になりすぎた状態・・・ヘゲモニー国家(が入れ替われることでシステム内に「変動」が起こる)[1]

・民族集団

労働力の教育・訓練装置が内臓。国家の負担を減らすための労働集団の形成。

民族集団化によって経済的役割の制度化、つまり制度としての人種差別が起こる

労働者の階層化ときわめて不公平な分配とを正当化するためのイデオロギー装置 108項参照

・世帯

賃金労働=生産的労働という定義・・・性別による分業の習慣 女性労働の価値がどんどん下がってくる ex.シャドウワーク →性差別主義の制度化

・反システム運動

資本主義的経済に反抗する運動 

昔 民族解放運動 社会主義運動・・・・周辺による中核への反抗、労働による資本への対抗

今 新左翼の社会運動(68年をターニングポイントとした)フェミニズム、エコロジーなど

「新しい社会運動」

→システム内の地位向上を目的としている

革命をするという反システム運動→世界全体をひとつの集合体としてみた場合のそれは、劇的に強化された・・・革命後も史的システムとしての資本主義の社会的分業の一部を担い続けることになったから 

 

(3)ウォーラーステインの思想の源泉

A.マルクス主義的諸理論の思想の系譜

・資本主義を歴史的固体として捉える、ウォーラーステインは史的システムとして資本主義化の過程に注目したことが画期的である

B.ブローデル(アナール学派第2世代)+社会学者としての視点

◇フェルナン・ブローデルの影響

世界経済という視点

「地中海」1部 環境の働き          静的

2部  小取引の統計、情報の交換   やや静的

3部  戦争 政治          動的

アナール学派は静的な時間を重視している。

ウォーラーステインは経済=資本主義経済として理論を展開

 

4.バリバールの思想

 

(1)フランスのナショナリズムと移民問題

 

@フランスのナショナリズム≒普遍原理(自由・平等・友愛)

「伝統」より科学技術、理性、議会制民主主義への信頼

植民地政策における同化主義(同化できないものは、文明に遅れたものとして人種差別[2]の対象となる)

・ちなみにアメリカの場合

移民の増加に伴い、移民排斥→同化主義→文化多元主義(サラダボウル)への移行という形で変化する

「多民族社会アメリカ」という像は都市部のみの現象である

 

A移民問題

WWU以後 戦後復興に必要な労働力不足を補うため外国人労働者の国内流入が積極的に行われる。当初出稼ぎなどの一時的「経済移民」にとどまっていた外国人は60年代半ばより次第に定住化・政治化し、家族呼び寄せを行うに至る。

1974年  ジスカ−ル・デスタン大統領による移民労働者庁の設置、移民の新規入国禁止

→外国人の就業率の低下、失業、教育・文化摩擦、社会問題の温床となる。

1984年  ルペンを代表とする国民戦線(FN)の台頭 人種主義、排外主義を主張

→移民・外国人労働者を社会のスケープゴートに仕立て徹底的に攻撃する

 

移民問題はフランスのアイデンティティを揺るがす大問題であるという認識が現在も続いている(2005年の移民労働者の反抗、パリ郊外で暴動が多発する)

 

(3)アルチュセールの系譜

 

@フランスのマルクス主義思想

・フランスの戦争直後の状況 

マルクス主義が知識人の中に浸透 特に「初期マルクス主義」解釈の浸透

青年哲学者は大挙して共産党に入る。

「初期マルクス」を参考に(元は反マルクス主義者だが)実存主義的マルクス主義をテーゼとして共産党に接近したサルトル、そしてフランス共産党のヒューマニズムに対抗。

・反ヒューマニズム・・・構造主義者として関連付けられる点が多い

・「初期マルクス」主義も所詮教条主義(伝統的マルクス主義)の補完物に過ぎない

◇フランスの理論的貧困

ブルジョワ階級が革命的であり、労働者階級は伝統的に知識人を信じなくなった。

フランス共産党内部の「労働者中心主義」

フルシチョフのスターリン批判以後の知識人の欠落(共産党の宣伝に使われていた知識人に理論を作るだけの力は残っていなかった)

マルクス哲学再建の必要性をアルチュセールは感じた

 

Bアルチュセールを読むキーワード

◇認識論的切断

マルクスの思想的生涯の分断

-----------------------------------

青年期 184044

切断期 1845

成熟期 184557

円熟期 185783

------------------------------------

「理論的な問いの構造」の変化によって思想構造が変化する。

 

◇重層的決定

・経済下部構造決定論に対する異議

ex.最高裁判所(最終審級)=経済、地方裁判所(下位の審級)=国家、学校、教育、(カルスタでいえば)文化、政治など

・複合的全体において、経済を最終審級としながらも、各領域がお互いに影響を与える状態

・マルクス主義は反歴史主義で、反人間主義である→フーコー、デリダに通ずる見方

 

要するに経済下部構造決定論のように単純ではなく、社会現象にはさまざまな要因が絡んでいるということ。

 

◇国家のイデオロギー装置

西欧社会では、教会と学校が人間の精神に関与(教え、管理)する点で重要な装置であり、裁判所、軍隊、警察、政府、監獄は、権力と暴力を独占、管理する重要な装置である。

→これらを「国家の装置」として定置する

特に教会、学校、政党、メディアなどの装置は「国家のイデオロギー装置」と呼ばれる。

 

・学校・・・教育という「よびかけ」を通じ、子供たちを未来の労働者または、管理者に割り振り、社会構造の上下の担い手を作る。同時に階級分断線を消去するような形で「市民」という主体を生産する。主体が自立した人格であることの保証をあたえて、かれらが国家に服従するように誘導するシステム。

 

5.本書の内容

 

(1)第一部 普遍的人種主義

【焦点】「進歩」のイデオロギーに対する、対案的な問題設定

【共通項】人種主義は進行的である[3]

◇ウォーラーステイン

・普遍主義・・市場の形態そのもの[4]

・労働力の中心部と周辺部の分裂→人種主義の発生

◇バリバール

・トランスナショナルな新人種主義[5]

ex.フランスにおいては外国人排除政策を正当化しようとする傾向を持った理論や言説に対する人類学や歴史哲学の立場からの内在的批判

・人種主義の独自性はナショナリズムとの接合関係[6]

 

(2)第二部 歴史的国民

【焦点】「民族」および「国民」という範疇に関する議論[7]

【共通項】「民族」と「国民」は構築物である

◇ウォーラーステイン

共時的な仕方で、いくつもある政治制度の一つとしての国民的上部構造が世界経済のなかで占める機能的役割を検討している。

・人種・・中核−周辺の対立構造、世界経済における垂直的分業

・国民・・近代世界システムの政治的上部構造に由来、主権国家の統合強化のため創出

・エスニック集団・・マイノリティ=エスニック集団、世帯構造と密接な関係

→マイノリティのエスニック化を説明できる

◇バリバール

通時的なやり方で議論を進めながら国民形態の発展の系譜を検討している[8]

・国民国家の誕生・・・非国民国家装置(「前国民」国家から通時的に)      

・国民 「実在的」共同体 vs 「想像上の」共同体

 →民族が絶えず自己自身を国民共同体として創出し、諸制度の機能によって再生産する

・国民国家において創出された共同体=虚構的エスニシティ

・創出するための「言語共同体」と「人種共同体」

[言語共同体] 学校教育や家族生活が言語共同体としてのエスニシティを創出するイデオロギー装置

[人種共同体] 言語共同体が特定の民族の境界と結びつくための閉鎖の原理、排除の原理

→マジョリティのエスニック化を説明できる

 

(3)第三部 諸階級 −両極化と重層的決定−

【焦点】階級闘争の「経済的」側面と「政治的」側面との接合関係はどうなっているのか?

【共通項】諸階級の理念型が存在するのではなく、プロレタリア化、ブルジョワ化の過程が存在している 

◇ウォーラーステイン

 ・資本主義・・・剰余創出の極大化がそれ自体で報酬を与えられるような唯一の生産様式

         剰余価値の一部を自分の報酬にし、他の部分を再投資に用いる所有者、管理者層に報酬を与える制度も備えている

・ブルジョワジー・・・管理者層、所有者層、形態と構成が不断に変化しつつある一階級

・プロレタリアート・・自ら創出しない剰余価値を取得し、その一部を他者に移譲する者[9]   

・国家 国境内での権力の合法的な行使の独占にたいする要求、市場の歪曲化

 →資本主義世界経済全体における構造的分業に政治的基礎を与えている国家の能力

 

つまり、

資本主義とはプロレタリアの作り出した剰余価値をブルジョワが取得するシステムである

→「即時的階級」「対自的階級」という問題設定に忠実(両極化しつつあるがマルクスの言うように社会主義への移行になるとは限らない)

 

◇バリバール

・階級対立図式はもはや現実に照応しない 

  19世紀末の「産業社会」の現実には、少なくとも近似的に照応していた

   賃労働関係の一般化、労働の知性化、第3次産業の発展→プロレタリアートの消滅

   経済に対する社会的コントロールの拡大→ブルジョワジーの解体

 ・19世紀および20世紀に現われた「プロレタリア的アイデンティティ」を客観的なイデオロギー的産物として理解しなければならない(イデオロギーの産物)

 

ナショナリズムこそが生活様式と、個別イデオロギーを唯一の支配的イデオロギーにおいて

統一する鍵である。

 

(4)第四部 まとめ 社会的コンフリクトの軸心移動

【焦点】人種問題に対してどのような提言を出せるか?

【共通項】現在の社会的諸問題への提言

◇ウォーラーステイン

・社会的抗争が先鋭化するにつれて身分集団は階級に近づく 

・身分集団間の差異と相関関係にある階級間の差異が消滅しない限り身分集団の抗争も消滅しない

身分集団が階級の不鮮明な集団表象であった(階級予備軍?)

◇バリバール

・人種主義は階級構造のあらわれではない

・人種主義と階級構造は単純に結び付けられない→重層的決定

・移民現象コンプレックス

→あらゆる「社会」問題を「移民」の存在という事実に起因する問題に転化してしまうという現状

 

6.参考文献

 

・「人種・国民・階級」I.ウォーラーステイン、E.バリバール著 若森彰考訳 大村書店 2002

・「史的システムとしての資本主義」I.ウォーラーステイン著 川北稔訳 岩波書店 1985

・「脱商品化の時代」I.ウォーラーステイン著 山下範久訳 藤原書店 2004

・「時代の転換点に立つ ウォーラーステイン時事評論集成19982002I.ウォーラーステイン著 山下範久訳 藤原書店 2002

・「アフターリベラリズム」I.ウォーラーステイン著 松岡利道訳 藤原書店 2002

・「入門ブローデル」I.ウォーラーステイン他著 尾河直哉訳 藤原書店 2003

・「地中海を読む」I.ウォーラーステイン、網野善彦他著 藤原書店 1999

・「世界を読み解く20022003I.ウォーラーステイン 山下範久訳 藤原書店 2003

・「今われわれが踏み込みつつある世界は 20002050」猪口孝編著 藤原書店 2003

・「世界史とヨーロッパ ヘロドトスからウォーラーステインまで」 講談社 2003

・「知の教科書 ウォーラーステイン」川北稔著 講談社 2001

・「現代思想の冒険者たち アルチュセール」今村仁司著 講談社 1997

・「マルクス」今村仁司著 作品社 2001

・「フランス現代史」渡邊啓貴著 中央公論社 1998

・「多文化主義アメリカ」湯井大三郎・遠藤素生編著 精興社 1999

・「歴史としての資本主義」若森章孝・松岡利道編著 青木書店 1999

・「エスニックアメリカ」越智道雄著 明石書店 1995

・「ルイ・アルチュセール 訴訟なき主体」エリック・マルティ著 椎名亮輔訳 現代思潮社 2001

・「歴史学の革新 アナール学派との対話」グレーヴィチ著 粟生沢猛夫・吉田俊則訳 平凡社 1990

・「ポストエスニックアメリカ−多文化主義を超えて−」ディヴィッド・A・ホリンガー著 藤田文子訳 明石書店 2002

・「マルクスの哲学」E.バリバール著 杉山吉弘訳 法政大学出版局 1995

・「資本論を読む」ルイ・アルチュセール、E.バリバール他著 権寧・神戸仁彦訳 合同出版 1985

 



[1] 資料0参照

[2] ここで留意すべきなのは、人種の本質的差異ではなく、文化的差異によって差別されているということである。

[3] 資料1参照

[4] 資料2参照

[5] 資料3参照

[6] 資料4参照

[7] 資料5参照

[8] 資料6参照

[9] 資料7参照