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対象――学童保育・“はまっ子”・連協の背景

研究対象となるのは、1.「横浜市内の学童保育」、2.「はまっ子ふれあいスクール」, 3.運動体としての「横浜市学童保育連絡協議会（連協）」である。本論に入る前に、それぞれの概要を示しておこう。

横浜市内の学童保育について
まず、第1の対象である市内の個々の学童保育施設について、そのシステムと、それが担う機能の2面から見てみる。

1-1学童保育のシステム
‘99年4月現在、横浜市内には160の学童保育施設が存在している。横浜市が採用しているのは、委託制度である。市内学童保育のうち、155施設が市から事業委託を受けており、委託条件を満たせない5施設が共同保育で運営している。
委託制度は、学童保育が私的なものから公的なものへと推移していく際の「共同保育」から「公立公営」に至る大きな流れの中間に位置づけることができる。「共同保育」とは、ニーズのある地域の親たちが集まり、完全な自己負担で運営していくというものである。委託制度とは、地元の運営委員会が行政から委託金をもらって事業を委託され、親たちが運営するという形である。市から委託を受けるためには厳しい委託条件があり、①児童数の確保、②運営委員会の組織、③指導員の雇用、④開設場所の確保の4つを満たさなくてはならない。この制度のもとでは、地元の町内会長や小学校の校長などから成る運営委員会は形式であり、実際は父母会が場所と指導員を探して運営を行う。それに対し「公立公営」では、行政が指導員、開設場所、保育料などを保障し、事実上運営に介入していく。
今回対象とする、委託制度下の学童保育の主要な問題点は、親たちの経済的・事務的な負担の多さと指導員の待遇の悪さである。市から下りる委託金は1施設年間6百数十万円あまりであり、指導員の手当てにも足りない。公共施設の利用要求の多くは認められず、開設場所の家賃などはすべて親の負担となるため、平均月額12.000円以上の高い保育料がかかってしまう。1998年の調査では、在所児童数は全体で5123人、委託150ヶ所のうち、開設場所はアパートが89ヶ所と最も多く、学校施設その他の公共施設の利用は全体で7ヶ所に止まっている。そのような資金繰りの厳しい父母会に雇用される指導員は、低賃金・雇用保障がないなど、劣悪な労働条件に置かれている。
しかし、公立公営になれば、問題が解決するかというと、そうではない。98年の学童保育の法制化で、自治体による学童保育推進が義務づけられたことにより、全国的に公立公営が増えた結果、これまで不可視であった問題点が発見され、この形がもっとも望ましいとはもう言えなくなってきている。公立公営が達成された東京都や神奈川県の一部地域などでは、保育料と開設場所の心配こそなくなったものの、行政の運営への介入によって、指導員の解雇や非常勤化をはじめ、親たちが運営に関われず父母会が不活発になるなど、新たな問題が生じている。

1-2学童保育の機能
学童保育の機能は、「子どもにとっての生活の場」となり、「働く親にとっての育児の場」となることである。(注１)
放課後になると、子どもたちはランドセルを背負ったまま、「ただいま」と学童保育に帰ってくる。学童保育には異年齢や男女の混じった集団遊びが存在しており、子どもたちは、指導員に見守られながら、他の子どもたちと群れて遊んだり、キャンプやバザーをはじめとする行事を楽しんだり、それらを通じていろいろな葛藤を経験したりする。さらに指導員や他の親たち、地域の人々など、様々な大人たちが関わる中、多様な価値観もとで育っていくことができる。
また、親たちにとって、学童保育に子どもを入所させることは、２つの意味を持っている。「安心して仕事をすることができる」ことと、「親同士の育児ネットワークをつくる」ことである。学童保育は、ただ仕事中に子どもを預かる託児所であるだけでなく、親たちが育児のことを相談し合える関係作りを促すことで、核家族の中で少子化の進む現代の親たちにとって、閉鎖的な子育てによるストレスの開放を可能にしている。そこにあるのは、「働いているけれど、豊かな子育て」ではなく、「働いているからこそ、より豊かな子育て」という発想なのである。
学童保育は、子どもや親にとって、「遊び・日常生活」や「子育て」をベースとした関係をつくる場である。家庭の教育力の低下や、地域における共同体意識の希薄化が問題視されている現代、学校的・職場的な人間関係を相対化し、遊び・日常・育児といった生活の領域を豊かにする学童保育は、家庭や地域が本来持っている「子育て機能」の再生を示唆している。
といっても、それは決して「家族や地域がしっかりしていた“むかし”を取り戻したい」というような、前近代的な共同体主義への回帰という誘惑に応えるものではない。むしろ、近代家族が機能しなくなった現代において、子育てを支える新しいネットワークづくりを示唆しているのだと見るべきである。学童保育は核家族化以前の地域共同体の残存物である以上に、男女が働きながら子育てをしていく新しい家族のあり方を提示する可能性を秘めている。
　
“はまっ子ふれあいスクール”（“はまっ子”）について
次に、第2の対象である“はまっ子”のシステムを、教育委員会がまとめた「はまっ子ふれあいスクールモデル実施報告書」を中心に見てみることにする。 “はまっ子”は、横浜市教育委員会が、当該小学校内に設置する「はまっ子ふれあいスクール運営委員会」に委託して実施している。運営委員会の構成は、①小学校長、②PTA代表者、③チーフパートナー、④その他運営委員会が認めたものとされている。この中で実際子どもたちの放課後を見守るのはチーフパートナーであり、「アシスタントパートナー」と呼ばれる他の大人2人と一緒に仕事をする。原則としてチーフパートナーは教職員の経験者から運営委員会が選任する専任職員、アシスタントパートナーはPTAや地域の協力者の臨時職員であるとされる。(注２)一般に、チーフパートナーは小学校や中学校などの退職校長、アシスタントパートナーはPTA関係者である場合が多い。連協は“はまっ子”がモデル実施されたばかりの93年度の「理解と推測」において、すでに「教員（退職校長）の再雇用対策ではないか」との見解を表している。[連協：1993]
パートナーの役割は、第一に「安全確保」、次いで「異年齢・集団遊びの促進」である。現在“はまっ子”は登録制を採っており、子どもたちは学期初めに来たい曜日を登録することになっている。放課後になり、子どもたちが“はまっ子”にやってくると、パートナーはまず出欠を確認する（“迎える”）。それから危険がないか、仲間はずれやけんかは起こっていないかをチェックしながら（“見回る”）、用具の整備や集団遊びの提案をし、時には子どもたちと一緒に遊ぶ（“遊ぶ”）。夕方になると、人数を確認し、忘れ物や下校の注意などを喚起して子どもたちを帰す（“終了”）。[教育委員会：1995]
「活動はあくまでも子どもの自主的で自由な遊び」であることがたびたび強調された上で、「子どもが思いやりやわがままを押さえる気持ちを持ち、ルールを守ることなどを自然に体得していかれるよう見守っていくこと」がパートナーたちの基本的な姿勢だとされている。[同上]
横浜市学童保育連絡協議会（連協）について
最後に、第3の対象である連協について、学童保育運動の流れを軸に、その動きを見ていく。
連協は1971年、市内の学童保育の親たちが結集して、行政に援助を求める運動組織として成立させた。学童保育運動は1960年代から全国的に盛んになり、99年度では全国で施設数が1万を超えた。横浜の学童保育も、1963年の立ち上がりから一貫して、“はまっ子”問題が起こった後も変わらず増え続けている。ところが近年、運動の流れと時代背景に関係して、運動体のリーダーとしての連協と個々の施設の親・指導員との意見の不一致が見られるようになった。学童保育が一般化するにつれて、親たちのニーズは多様化し、連協内部で満場一致の運動方針を決定することが不可能になってきているのだ。
60年代の社会には、高度成長期の最中で女性がいっせいに主婦化し、「サラリーマンの父、専業主婦の母、1～2人の子ども」をモデルとする近代家族が日本に定着したという背景がある。学童保育を担ってきたのは、そのような近代家族から逸脱した「共働き・母子・父子家庭」の親たちだった。行政が堂々と「カギッ子には一定の処置が必要であるとは考えているが、母親が働くことに対しては異論がある。ゆえに、行政が保育場所を整えることは逆に、安心して働く母親を助長することにつながらないかと不安である」などと答弁していた時代である。[連協：1977]ひとつひとつの施設では埒があかないと、市内の施設が結集し、援助を求めて強く行政に働きかけていくため「横浜市学童保育連絡協議会（連協）」が誕生した。連協の発会に際して、行政に宛てた初めての公開質問状の中で、親たちは次のように訴えている。

「『母親が働くと子どもが非行化する』『母親が、子どもを学童保育へあずけて働くことは、子どもを教育する義務を果たしていない』また、『学童保育を設置することは、母親が安心して外に出るので無責任な母親を増加させ、家庭教育不在につながることになる』これらの言葉は、私たち市民が学童保育増設で陳情に行った時、必ず聞かされた言葉です。けれども、働く母親にはそれぞれの立場があります。働く権利は勿論のこと、家庭経済を支えるために働くことを余儀なくされている家庭もたくさんあります。学童保育を必要とする児童は、両親共働き（外勤）家庭だけでなく、母子、父子家庭、パートタイマー、自営業家庭などいろいろあります。」[連協：1977]

連協はこうした厳しい状況の中で生まれ、強い運動意識を持って現状改善を主張し続けてきたのである。過酷な時代の風潮が、返って運動を一致団結させ、強力なものにしたともいえる。この意識は、現在の連協の常任役員たちにも受け継がれている。
現在、実際に連協の運動方針を決定しているのは、「常任役員」と呼ばれる14～15人ほどの人々である。常任役員は連協に加盟している全施設の父母・指導員が参加する「総会」で承認される。その中で会長、副会長、事務局長、事務局次長、会計を置き、定期的に「常任役員会」を開催し、総会で決まった方針の日常的な推進と必要事項の討議、決定などを行っている。彼らが運動の方向性をまとめ、各施設を先導しているのである。役員たちの活動はハードで、街頭署名や各会議・集会など、年間の活動日数は120日あまりにものぼる。強制ではないので全て出る必要はないが、ほとんどの役員たちが進んで参加している。給料は出ないため、メンバーたちはみな他に仕事を持っている。このことからも、役員たちが非常に強く運動体意識を内面化していることが分かる。彼らのほとんどは、OB親、OB指導員である。彼らは学童保育運動が「法制化」という目的を掲げて勢いづいていた頃に、現役の親あるいは指導員として関わっており、その後も強い意識を持って運動を続けているものと予測される。(注３)
一方、女性の就労率が高まり、働きながらの子育てが一般化するにつれて、託児所の感覚で学童保育に子どもを入所させる親たちも現れた。彼らはもはや社会の逸脱者ではなく、「働きながら子どもを育てる」ということが、殊更に運動して勝ち取っていかなければならない「特別なもの」だという意識を持っていない。このような人々の出現は、近代家族の崩壊という時代の変化によるものであり、またまさに長年の運動の結果、学童保育の施設数が増加したためということもできる。学童保育の利用者が、極端なマイノリティから、より広範な人々に広がったのである。運動史の中では、長い間の運動の目的であった「法制化」が、1998年児童福祉法改正と同時に達成されたことによって、学童保育の存在は広く認められ、マイノリティでなくなる分岐点となったように思える。
しかし、ある程度認知されてきたからといって、運動が沈静化することはない。連協の事務局長であるAさんは、「学童保育は運動体だから、行政がどんなにいい対応をしたとしても、更にいいものを求めて高い要求を出していく」として、法制化の次には条例化が、委託事業化の次には公立公営化があることを示唆した。
そうした連協の運動的な態度は、新しいタイプの親たちには受け入れられにくい。親たちにとっては、学童保育との関連においては常に「今、目の前で行われている子育て」がもっとも重大な問題であり、過激な運動は敬遠される。こうした親たちと連協との意見の不一致は、“はまっ子”問題を取り上げる上でカギとなるポイントである。

学童保育運動は、マイノリティの運動として立ち上がったが、その行き着くところは「働きながらの子育て」の一般化だった。運動の活力源となっている「もっと行政の援助を」という態度は、「働きながら子どもを育てている自分たちを認めてほしい。行政は、子どもを持つ人々にもちゃんと働く権利を保障し、資金を援助してほしい」という少数者の主張から出発したが、それが広範な人々によって主張されるようになるとき、その主旨の一貫性は返ってある種の落とし穴を作り出してしまうように思える。「子育てにもっと行政の援助を」という主張が、多数派によって担われ、行政がそれににこにこと応じるとき、彼らは本当に所期の目的を達成したと感じるのだろうか。もちろん行政の応じ方にもよるが、管理的で画一的なマニュアル化された保育が提供されるという可能性が非常に高いのではないかと思う。そのとき働く親たちは、「子育て」という私的な領域を、公の手によって侵食されたように感じるのではないだろうか。
学童保育運動の「“はまっ子”対策」は、この矛盾を先取りしている点で非常に興味深い。“はまっ子”は行政によって提案された放課後児童対策の一環だが、連協は留守家庭児童の放課後を“はまっ子”に委ねようとは決して考えない。彼らは「『“はまっ子ふれあいスクール”を、内部から留守家庭児童対策に実質的に変えていく』といった安易な予測にすがった中途半端な批判論から決別する」ことを94年の段階ではっきり確認しており、「“はまっ子”は学童保育の代わりにはならない」という見解を貫いている。[連協：1994]その表向きの理由が何であれ、そこには「行政に援助してほしいのはこんな形でじゃない。行政が手を出すべきなのは子育てそのものではない。私たちが、私たちの手でする子育てを、行政には保障してほしいのだ」という思いがある。“はまっ子”問題は、学童保育に関わる人々が「行政の援助」という言葉のうちに求めているものを見つめ直すことを、必然的に迫っているのである。

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