小熊研究会最終論文サマリー

総合政策学部3 石野純也 79700729

 

 

本論文では教育政策を担当しているものがその政策の作成過程で用いている、一見すると国家主義的に見えるような語等が、実は、「ハビトゥス」として用いられているので実際には政策担当者がそれほど意識してその言葉を使っているのではないのではないか、という仮定に基づいて分析を進めていく。教育を改革することに対して何らかの理由が求められた時に戦後間もなくであったならばそれは「国家」という語でそれが正当化されるであろうし、現代に近づけば近づくほど「個性化」「多様化」「国際化」などの華々しい言葉で教育改革の目的が飾られていくことになる。それらの内実がどの様なものなのかを検証していくことが本論文の目的である。

本論文で具体的に分析したのは「教育刷新委員会・教育刷新審議会」と「臨教審」、及びその周辺の教育政策である。結論を述べてしまうと、教育刷新委員会では一瞥しただけでは国粋主義ともとられかねない論議が交わされているがそれの結果である実際の政策や委員たちの言葉を分析した結果それらのボキャブラリーにとりたてて重要な意味はないのであって一種の記号の様なものとして用いられているにとどまっている。一方「臨教審」の方はといえば「個性化」「多様化」「国際化」「情報化」のようなキーワードが国家主義的なボキャブラリーと結びついており、一見すると教育に大改革をもたらしたよな印象を受けるが「国際化」を例にとって検証してみると、何のことはない、ただの外国語教育の推進であったりするだけであって、それらの語の持つ意味やそれがどの様に国家主義的なタームと関連しているかということは実はあまり深く考えられていないように思える。

以上が、本論文のサマリーである。尚、本論文の構成は、序論、本論(1、2、3)、結論という具合になっている。以下に、本論文におけるキーワードを列挙しておく。

 

「ハビトゥス」「教育刷新委員会・教育刷新審議会」「臨時教育審議会」「教育政策」