テクニカルライティング課題 担当:小熊英二先生

 

 

まちづくり施策の事業評価に関する研究

−墨田区京島地区におけるアートプロジェクトを事例として−

 

 

 

[ 要  旨 ]

 地域活性の手段として実施したアートプロジェクトをいかに事業評価すべきか。本研究は、2000年度に墨田区京島地区で実施されたアートプロジェクト「アーティスト・イン・空き家」を事例として、住民参加度、作品影響度、経済効果の3つのパラメータをたてて、その成果を評価する。

 本論2.1では、評価パラメータを選択する手順とその妥当性を論じた。プロジェクトの使命、顧客が期待する価値、プロジェクトの成果をどう定義づけるかを分析した後、対象プロジェクトの特徴が浮き彫りとなり、かつ既存研究の枠組みに沿ったパラメータを採用した。

 本論2.2では、第一のパラメータ「住民参加度」によりプロジェクトを評価した。住民参加の場における参与観察および住民へのアンケート調査の結果、住民参加の度合いは「意見聴取」の水準にとどまった。

 本論2.3では、第二のパラメータ「作品影響度」により事業評価を行った。住民の作品に対する反応や作品の扱われ方から、作品の意図が住民には、ほとんど理解されていないことが明らかとなった。

 本論2.4では、第三のパラメータ「経済効果」による評価を行った。インプットとして予算、スタッフの人数、アウトプットとして会期日数、集客人数を取りあげた結果、「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトは、効率の高い事業では必ずしもなかった。

 結論としては、設定した3つのパラメータにより、アートプロジェクトの成果というよりは、改善すべき点が明らかになった。本研究は、想定したプロジェクトの目標と、実現できたプロジェクトの成果を比較し、実証的に評価する手法を導入することにより、アートプロジェクトのようなソフト・アーバニズムに、事業としてのアカウンタビリティとフィードバックシステムを付与した点に、その意義がある。

 

 

 

 

 

2001年7月25日

 

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程2年

80032174 藤田 朗

afujita@sfc.keio.ac.jp

まちづくり施策の事業評価に関する研究

−墨田区京島地区におけるアートプロジェクトを事例として−

 

[ 目  次 ]

 

1 序論                                                                                                                     

 

1.1 問題設定                                                                                                                           

1.2 先行研究                                                                                                           

 1.2.1 アートプロジェクトの成果に関する研究                                                

1.2.2          まちづくり施策の評価に関する研究

1.3 調査方法と対象                                                                                   

1.3.1 調査方法                                                                                                     

1.3.2 対象地域                                                                                                     

1.3.3 対象とするまちづくり施策                                                                 

 

2 本論 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの事業評価             

 

2.1 評価パラメータの設定

2.2 住民参加度

 2.2.1 参加のデザイン

 2.2.2 参与観察の結果                                                                                                            

 2.2.3 アンケート調査の結果

 2.2.4 住民参加の成否

2.3 作品影響度

 2.3.1 パブリック・インタレスト形成の仕掛け                                                                  

 2.3.2 作品と地域のコミュニケーション

 2.3.3 パブリック・インタレスト形成の成否

2.4 経済効果                                                                                                           

 2.4.1 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの集客手段と経済効果

 2.4.2 他のアートプロジェクトとの比較

 

3 結論                                                                                                                     

 

3.1 仮説に対する答え                                                                                

3.2 研究の意義と将来の課題                                                                                      

 

4 注                                                                                                        

 

 

 

1 序論

 

1.1       問題設定

 地域活性の手段として実施したアートプロジェクトをいかに事業評価すべきか。これが、本研究の主問である。 

 1990年代後半から、まちづくりや地域活性の手段として、アートプロジェクト(注1)など従来の都市環境整備策にとらわれないソフト的な施策を実施する非営利組織、地方自治体が増えている。2000年度には、新潟県の6市町村が広域的に行った「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」(注2)、茨城県取手市と東京芸術大学先端芸術表現科が一体となって実施した「取手リ・サイクリング アートプロジェクト2000」(注3)、建築家など専門家集団が墨田区向島を舞台に実施した「2000向島博覧会」(注4)等、多数のプロジェクトが実施された(注5)

 それらのプロジェクトは、「地域活性」を目標として掲げたが、施策の成果は、多義的かつ定性的な要素が大きく、実証的な評価はほとんど行われていない。しかし、非営利的な事業であろうと、地元の住民をはじめ、寄付者、地方自治体など様々な顧客が存在しており、それらの顧客に対する説明責任や、活動の改善のために評価手法をもつべきである(注6)

 本研究は、過去に筆者が参画して実施したアートプロジェクト「アーティスト・イン・空き家」を事例として、有効な価値指標で実証的に評価・検証することにより、事業評価モデルを開発することを目的としている。

 また、本論で詳述する通り、事業評価するためのパラメータとして、住民参加度、作品影響度、経済効果の3つを採用する。よって、本研究は以下の命題が仮説となる。「2000年度に墨田区京島地区で地域活性の手段として実施されたアートプロジェクト『アーティスト・イン・空き家』の成果は、住民参加度、作品影響度、経済効果の3つの評価パラメータにより評価され得る」

 

1.2 先行研究

1.2.1 アートプロジェクトの成果に関する研究

 南條(注7)は、アート本来の概念的な目的が、地域活性に直接的に寄与することの困難さを指摘すると同時に、アーティスト・イン・レジデンスの成果は、やはりアート本来の批判精神であるとしている。つまり、滞在しているアーティストと地域との交流、反発、誤解、無視が、その地域に異質な価値観を持ち込み、文化的発展につながるとしている。川俣(注8)は、アートプロジェクトの効力を作品の長期的影響度に求め、そのためには作品および企画者側双方の、地元とのコミュニケーション能力が必要であるとしている。同様に長谷川(注9)は、アートプロジェクトの意義を「パブリック・インタレストの形成」という観点から整理した上で、その仕掛けやインターフェイスをつくる人々の質を重要な要素としている。また、橋本(注10)は、アートプロジェクトの成果を「文化体験の選択肢提供」「アートと住民との距離感の認識」「地域の隠された資源の発掘」など多義的に価値指標化した。

 以上の論考は、いずれもアートプロジェクトを評価する際のパラメータを提示している。しかし、過去のアートプロジェクトの事例を、パラメータに則して実証的に評価を行った研究はほとんどない。

 

1.2.2 まちづくり施策の評価に関する研究

 北原(注11)は、参加型まちづくりに恒常的マネジメントの観点を導入し、POEという建築計画における評価システムの発想をもとに、客観的な評価システムの開発を試みている。まちづくりにおける事後評価の要素として、技術手法論の観点からアプローチする技術系要素、結果としての目標像の実現性を機能面から判断する機能系要素、まちづくりの過程で発生する行為を目標ー評価のプロセスにあらかじめ組み入れる行為系要素、の三つを提唱している。世古(注12)は、住民参加の尺度を価値指標化した上で、市民参加に関わる評価の課題と方策を具体的に述べている。ただし、いずれもハード的な都市環境整備策を前提にしたもので、アートプロジェクトのようなソフト的な施策をまちづくりとして捉え、市民参加の技術手法論や評価システムを論じた研究は少ない。

 

1.3 調査方法と対象                                                                                                       

1.3.1 調査方法

 設定した3つの評価パラメータについて以下の調査方法をとる。

@住民参加度

 「アーティスト・イン・空き家」実行委員会(本論で詳述)をはじめとした住民参加の場において参与観察を行う。住民の意見が、どの程度プロジェクトの運営に反映されているか、そのプロセスや仕組みも含めてチエックする。アートプロジェクト修了後、アンケートによる住民満足度調査も併せて実施し、住民参加度評価の裏付けとして使用する。

A作品影響度

 個々のアート作品がどの程度社会化できる質を備えていたか、および企画者側が構成した仕組みが、住民の興味をいかに喚起できたかを、アートプロジェクト実施当日における住民へのインタビューや、プロジェクト終了後の住民の感想をアンケートにより調査する。

B経済効果

 事業が顧客である地域住民に対していかなる経済効果を及ぼしたかを、予算や所用人員をインプット、集客人数をアウトプットとして、その効果を測る。また地域活性を目標に掲げた他の二つのアートプロジェクトとの比較検討も行う。

 

1.3.2 対象地域

 まちづくり施策を実施する対象地域は、墨田区京島2〜3丁目である(図1)。この地域は、関東大震災後、罹災者を吸収する形で市街化がはじまり、第二次世界大戦の空襲も免れた経緯があり、老朽化した木造住宅の密集と細街路を特徴としている。また、自宅の玄関に機械を持ち込んで営業を始めた零細工場や昔ながらの店舗併用住宅が混在し、独得の都市景観を形成している。かねてより、都市防災および住環境の問題が指摘されており、1971年東京都住宅局の「京島地区開発構想」を始め、多くの都市環境整備策が検討されてきた(注13)

 しかし、住宅の不燃化や共同建て替え、道路の拡幅といったハード面での事業は、短期間で成果をあげることは困難であった。その理由として、地権者が土地利用に消極的で、事業用地確保が困難であること、行政からの開発計画の提示が、トップダウン的な事業と受け取られ、住民の合意形成のシステムが不十分であることがあげられる。

 また、近年においては、地域人口の高齢化や地場産業の衰退から起こるインナーシティー問題も顕在化している。京島地区は、大正時代から中小工場のまちとして発展してきたが、現在は事業所数が年間11%の割合で激減しており、従業者高齢化や後継者不足も深刻で、産業基盤の低下を招いている(注14)。商業においても、かつて夕方には歩行困難なほどの活況を呈した地区内の向島橘銀座商店街は、商圏内人口の減少や、空き店舗の増加が見られ、新しい活性化の方策を模索している(注15)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1 墨田区京島地区

 

1.3.3 対象とするまちづくり施策

 慶應義塾大学三宅研究室では、ハード面での都市環境整備策ではなく、ソフト面での地域活性化策として、2000年11月に、「アーティスト・イン・空き家」(注16)というアクションプランを実施した。これは、地区内の空き家に、海外のアーティストを呼んで一時的に住んでもらい、そこで制作活動を行うというプロジェクトである。都市計画的な枠組みと芸術振興のための施策が重ね合わされた点に特徴がある。制作された作品は、芸術関係者や新聞各紙にて、芸術作品としての質の高さが評価された。だが、同時に、アートそのものが、直接的に、地域活性という社会の要請に応え得るのかという課題が企画者自身に問われる結果となった。

 

2            本論 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの事業評価

 

2.1 評価パラメータの設定

 事業の評価パラメータ設定の条件として、客観性があること、対象のプロジェクトの特徴が浮き彫りとなること、パラメータ相互が独立的で矛盾がないことが求められる(注17)ここでは、P.F. ドラカーの「自己評価手法」(注18)のフレームワークに沿って、まずプロジェクトの分析(表1)を行う。

 

表1 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの分析

プロジェクトの主体

アートプロジェクトの企画者であり、慶應義塾大学三宅理一研究室の所属員から構成される組織。「アーティスト・イン・空き家」実行委員会の事務局でもある

プロジェクトの使命

 

地域活性の方策を企画・実施すること、および芸術振興

プロジェクトの顧客

 

第一の顧客 : 墨田区京島地区2〜3丁目の住民

支援してくれる顧客 : 次世代街区フォーラムなど公的助成機関

顧客のニーズ

 

第一の顧客 : 外から京島に人が来ること。自律的な地域活性。作品の地域への還元

支援してくれる顧客 : プロジェクトが事故なく運営され、芸術作品の質が高いこと

プロジェクトの成果

 

住民の主体的なまちづくりの取り組みを組織すること

アートプロジェクトにより芸術への関心を喚起すること

外から京島に人をよぶこと

 顧客のニーズは、企画者側が京島の住民に対し、度重なる説明会を実施していく過程で明らかになった。すなわち、商店主など集客が直接経済効果につながる立場の人はもちろんのこと、他の一般の人も外部から人をよぶことを望んでいること、過疎化する地域の現状を危惧し、自分たちでも方策を立てたいがきっかけがつかめないことである。また少数意見ではあるが、芸術作品そのものが、パブリック・アートとして地域に還元されることも期待された。

 以上を踏まえて、企画者は、プロジェクトの期待される成果を、住民とパートナーシップを組んだ実行体制の組織、アート作品への関心の喚起、集客効果の3点に定めた。そこで、本研究では、プロジェクトの期待される成果に対応する形で@住民参加度A作品影響度B経済効果という三つの評価パラメータを設定する。住民参加度とは、まちづくり施策のプロセスの質を評価し、作品影響度はメンタル面でのアウトプット、経済効果は集客を主な要素として実利的なアウトプットを評価するもので、パラメータ相互の独立性は確保される。以下に、各パラメータの妥当性と、いかに客観的に指標化するかを述べる。

@ 住民参加度

 住民の意志と自治体政府が決定する意志が必ずしも一致しない、間接民主制のジレンマを補完する方法として、「住民参加」が1990年代以降、まちづくりにおける最大の課題となった(注19)。そもそも「まちづくり」という言葉には、地域社会が主体となった活動であるとのニュアンスが含まれている。しかし、地域住民が実質的にまちづくりの主体となるような仕組みは、制度面においても各地域のまちづくりの現場においても十分に確立されていないのが実状であり、改善が望まれている。そこで、まちづくりの立場から施策を行う本プロジェクトにおいても、住民参加度をパラメータとして採用することが妥当であるといえる。

 ここでは、Sherry Arnstein(注20)が、住民参加の形態を8段階に分類した「住民参加のはしご」を指標として、プロジェクトにおけるそれぞれの住民参加の場の実質的な住民参加度を評価する。またこの評価は、住民参加の方法を技術手法論の観点から検証することに還元され得る。

A 作品影響度

 アートプロジェクトは、目に見えるものとしては作品が唯一の成果である。作品が住民にどの程度の影響を与えたかは、個々の作品が持っている質と、コーディネーター側がいかに住民の関心を喚起する仕組みをつくったかの関で表すことができる。ここでは、住民の作品に対する反応および作品の扱われ方から、作品の影響度を評価する。この評価は、コーディネーター側のパブリック・インタレストを形成する能力を検証することに還元される。

B 経済効果

 アートプロジェクトのもつ社会性は、直接的には、経済効果に還元される。また、一般に行政評価においては、予算や経済効果に関して説明責任が問われる場合が最も多い。住民の多数が京島に外から人をよぶことを期待していることから、ここでは、予算、所用人員をインプット、集客人員をアウトプットとして、経済効果を評価する。

 

2.2 住民参加度

2.2.1 参加のデザイン

 浅海(注21)は、参加の方法論として、参加のデザインを三要素に分けて計画すべきであるとしている。すなわち、長期的なフローの構想である参加のプロセスデザイン、具体的な集まりの企画である参加のプログラムデザイン、参加者の選択である参加形態のデザインの三要素である。この枠組みに沿って、「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトにおける参加のデザインをみていく。

 参加のプロセスデザインとして、2000年3月から12月まで、地元サイドとの意見交換の機会が設定された(表2)。企画者である慶應義塾大学三宅研究室は、住民の代表者で構成されたまちづくり協議会各部会等にたいして、かなりの労力を費やしてアートプロジェクトの説明会を実施した。その後、企画者と住民側のパートナーシップを目指して、事業の母体となる「アーティスト・イン・空き家」実行委員会(以下、実行委員会)を組織した。プロジェクトの初期段階から、全体の進め方やプロセスが、明確であったわけではないが、企画者と住民の信頼関係を築くには、十分なステップを経たといえる。

2 参加のプロセスデザイン

2000年3月

京島まちづくりセンター(行政機関)とのアートプロジェクトの打合せ開始

7月

京島まちづくりセンターおよびまちづくり協議会(住民の機関)会長への企画説明

8月

まちづくり協議会各部会(計画、商業、工業)、商店街組合への説明会(計5回実施)

9月〜11月

住民の諸機関、専門家、慶應義塾大学からなる実行委員会開催(計4回実施)

12月

住民との反省会

 

 参加のプログラムデザインとしては、実行委員会のみならず、多様な参加の場を提供した(表3)。その結果、アートプロジェクトを多くの住民に知ってもらうという目標は達成できた。

 

3 参加のプログラムデザイン

2000年8月

大学生によるプレ・ワークショップの開催。住民による講評を行う

9月〜10月

住民の諸機関、専門家、慶應義塾大学からなる実行委員会開催(計4回実施)

10月

地域の工業をテーマとした作品制作。アーティストと町工場の協働を試みる

10月〜11月

地元小学生を対象としたまちづくり教育(計4回実施)

11月

地元商店街を対象地域とした作品の発表、展示

 

 参加形態のデザインとして、実行委員会は、各町内会長や商店街組合代表、工業者組合代表、まちづくり協議会各部会長といった地元サイドから21名、行政や小学校から4名、アートやまちづくりの専門家5名、事務局である慶應義塾大学から7名、計37名で組織された。住民の年齢構成がやや偏っていた点を除けば、適正な規模と多様性を確保できた。実行委員会開催前には、住民代表者の自宅を廻って参加を呼びかけ、出席率も毎回60〜70%程度確保できた。

 

2.2.2 参与観察の結果

 2000年10月3日の実行委員会において、全十三条からなる実行委員会規約が制定された。これは、住民サイドや専門家、事務局である慶應義塾大学が一体となってアートプロジェクトの主催母体の役割を務めるという内容である。この規約を事務局より発案した際は、住民側より、「住民サイドの役割は何か」「いきなり主催側に入れられても困る」「住民はオブザーバーでよい」との意見が多数挙がった。それに対して、主催者としての実労働は事務局側が引き受けること、実行委員会の運営は住民サイドの意向を極力反映させることなどを口頭で申し合わせ、いわば本音と建前を使い分けることにより、規約制定にこぎつけた。

 他の議題の場合では、例えば「営業上連携のない商業者と工業者の連携を意図したらどうか」「京島の地域資産を表したアートマップを作成してほしい」「商店街のホームページにアートプロジェクトとのリンクをはりたい」など、建設的な意見や要望が住民側から活発に出された。しかし、アートプロジェクトの企画や実質的な運営については、事務局が詳細な実行計画を立案したものを、実行委員会に提示し、意見を聴取し、承認を得るといった図式が終始変わらなかった。

2.2.3 アンケート調査の結果

 2001年6月に、京島地区の住民に対して「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトについてのアンケート調査を実施した。対象者は40〜70歳代の男女で、まちづくり協議会各部会参加者であるため、まちづくりに対する意識は、高めであることが予想される。回答数は36であった。図2では、「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトを知っているかという質問に対し、80%の住民が知っていると回答した。図3では、何らかのイヴェントにより京島に人を呼ぶことに賛成であるかという質問に対し、88%の住人が賛成であると回答した。それに対して、図4では、「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトをやってよかったかどうかという質問に対しては、70%の住民がわからないと回答した。

 

   

2 アートプロジェクトの認知度                          図3 京島に外から人を呼ぶことについて

 

4 アートプロジェクトをやってよかったか

 

 以上により、多くの住民に認知され、また、まちづくり施策として期待された「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトではあったが、住民満足度はけして高くなく、住民とのコミュニケーションが十分にとられたとは、いいがたい結果となった。

 

2.2.4 住民参加の成否

 住民参加の成否を判断する尺度として、ここでは世古(注22)よりSherry Arnstein「住民参加のはしご」(表4)を引用する。同書では、第5の「懐柔」段階で、はじめて本当の意味で、参加者が決定に関する力を持ち始めるとされている。

 しかし、「アーティスト・イン・空き家」実行委員会では、住民の意見が十分に活かされる形態には、結果的になっておらず、第4の「意見聴取」段階にとどまったといえる。その理由として、プロジェクト運営における資金と労働力の問題があげられる。地元からは、資金や労働力を提供する意向はなく、したがって活動の主体であるという意識が生まれなかったといえる。同様に、住民アンケートの結果が、本プロジェクトにおいて必ずしも住民参加が成功していないことを裏付けている。

 

4 シェリー・アーンスタイン「住民参加のはしご」

 

1)あやつり                              (Manipulation)

2)セラピー                              (Therapy)

3)お知らせ                             (Informing)

4)意見聴取                            (Consultation)

5)懐柔                   (Placation)

6)パートナーシップ  (Partnership)

7)委任されたパワー (Delegated Power)

8)住民によるコンロトール           (Citizen Control)

 

 

2.3 作品影響度

2.3.1 パブリック・インタレスト形成の仕掛け                                                                    

 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトでは、地元住民とのインターラクティヴな関係性を築くため、サイト・スペシフィックな制作プロセスおよび作品を目指した。フィンランド人およびエストニア人アーティストへの出展交渉に際しては、京島にふさわしい特色として「空き家をテーマとしたアートワーク」「地域の工業をテーマとしたアートワーク」「商店街をテーマとしたアートワーク」「ガーデニング」といった企画の枠組みを提示し、了承された。各アーティストが、来日して空き家に滞在し制作する約一ヶ月間、いかに京島らしさを作品に盛り込むかが、アーティストと企画者、学生ボランティアの間で議論が重ねられた。また、作品制作の段階から、住民との交流会や現場探訪などコミュニケーションの機会を設けられた。

 

2.3.2 作品と地域のコミュニケーション

 以下に、各作品(注23)のサイト・スペシフィックな質と住民からの扱われ方を見ていく。

 マリヤ・カネルヴォ(図5)は、今も京島に多く残る空き長屋を直接の素材とした。空き家の壁面に無数の穴を開け、一カ所の光源から光を当てることにより、かつての住人が残した生活の記憶や近隣との関係性といった問題を提起した。この作品は、展示期間修了後は建物所有者への意向により撤去されたが、展示期間中は、多くの来場者からその詩的な空間に対する反響が挙がった。

 ミンナ・ヘイキンアホ(図6)は、映像ドキュメンタリーという手法で、”About Kyojima”および”Values”の2作品を制作した。京島の住民へのインタビューや風景で構成された映像が、商店街に大きく映写され、多くの人が立ち止まって見入った。これらの作品は、芸術性のみならず、京島のフィールドノートとしての資料性も保持している。

        

   図5 マリヤ・カネルヴォ ”Three Houses”           図6 ミンナ・ヘイキンアホ “About Kyojima”

 

  ピア・リンドマン(図7)は、内風呂のない老朽住宅が今も京島に多く残っていることから、公衆浴に着目し、一人用のモバイルバスを制作した。もらい水をしながら公共の場で、一人入浴するという行為が、パブリックとプライヴェートの境界のねじれを提起している。大がかりな移動装置ゆえに人目をひき、何人もの一般来場者が入浴した。この作品は、ほぼ同時期に開催された「取手リ・サイクリング アートプロジェクト2000」から招待され、出張展示という栄誉も受けたが、展示期間修了後は、作品の引き取り手や保管場所がなく、廃棄処分の危機に瀕している。

 ヴェルゴ・ヴェルニク(図8)は、かつての銭湯の跡地に玉砂利を敷き詰め、ビールケース300個を基壇状に積み重ね、さらにケース内部に植木鉢を仕込んだ。京島の日常風景を素材に、ミニマムなオブジェを出現させることが狙いである。この作品は、目立つ場所に展示されたが、住民から「作品の意味不明」とのネガティヴな反応が最も多く、展示期間修了後も、あの作品はなんだったのかと問われることがしばしばあった。なお、ビールケースはアサヒビールから一時的に借り受けた。

 

     

 7 ピア・リンドマン “Ugoku  Sento”            図8 ヴェルゴ・ヴェルニク “Untitled”

 

2.3.3 パブリック・インタレスト形成の成否

 2001年6月に、京島地区の住民に対して各作品についてのアンケート調査を実施した。質問は、作品を見たか、好きか嫌いか、その他感想を質問したもので、回答数は36であった。ピア作品とミンナ作品が「好き」との感想を3票ずつ、ヴェルゴ作品が1票獲得するにとどまった。また、約3割の人が4作品すべて「わからない」と回答したのをはじめ、作品が「わからない」との回答が多く見られた。

 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトは、小規模イヴェントながらも産経新聞、東京新聞に大きく取りあげられるなど、それぞれの作品の質が専門家から評価された。しかし、住民にメンタルな部分で作品が影響を及ぼしえたかという問いについては、住民の直感的な反応からは、否であるといわざるを得ない。企画者が、さらに作品の解題をしていく必要があったと思われる。

 

2.4 経済効果                                                                                                           

2.4.1 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの集客手段と経済効果

 集客の手段として、各住戸へのチラシ配布、全国の大学や関係機関へのポスター送付、新聞・雑誌を活用した広報、100人規模のシンポジウムの開催などを行った。表5は、企画ごとの、予算、スタッフ延べ人数、集客延べ人数を表したものである。予算にはアーティストが個人的に獲得した助成金は含まれていない。学生ボランティアも含めて、延べ600人を外から京島に集客した。なお、延べではなく実人数の場合、スタッフ30人、一般の鑑賞者250人であった(注24)

 

表5 「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの経済効果

 

予算(千円)

所要人員

集客人数

空き家を利用したアーティスト・

 

 

 

イン・レジデンスおよびシンポジウム

1,075

120

93

 

 

 

 

京島の工業をテーマとした作品制作

 

 

 

アーティスト工場見学・スタンプ制作

60

6

8

 

 

 

 

商店街における作品展示

 

 

 

 

300

50

190

 

 

 

 

児童に対するまちづくり教育

 

 

 

 

90

30

40

 

 

 

 

大学生によるプレ・ワークショップ

 

 

 

 

50

25

38

 

 

 

 

 

2.4.2 他のアートプロジェクトとの比較

 表6は、「アーティスト・イン・空き家」プロジェクト、ならびに地域活性を目標に掲げた他の2プロジェクトについて、短期的な経済効果を比較したものである。インプットとして、予算、スタッフの人数、アウトプットとして会期日数、集客人数を取りあげた。一人集客するのに予算いくら使ったかという点で見ると、プロジェクトの規模に関わらず「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトは、集客の効率が低かったといえる。

 

6 アートプロジェクトの経済効果比較

プロジェクト名称

予算(千円)

所用人数

会期日数

集客人数

集客単価(円)

アーティスト・イン・空き家

1,575

30

7

250

6300

越後妻有アートトリエンナーレ2000

650,000

1800

50

162,800

3990

Mt.Fuji Project 2000

210

60

50

100

2100

3 結論

3.1 仮説に対する答

 2000年度に墨田区京島地区で地域活性の手段として実施されたアートプロジェクト『アーティスト・イン・空き家』の成果は、住民参加度、作品影響度、経済効果の3つの評価パラメータにより評価され得る」というのが本研究の仮説であった。本論でみた通り、設定した3つのパラメータにより、このアートプロジェクトの、成果というよりは改善すべき点が浮き彫りになったといえる。

 第一のパラメータ「住民参加度」は、地域活性を目標として掲げる施策であれば、地域住民が活動の主体として参加し、責任の一端を担うのが前提であるという理由から採用した。「アーティスト・イン・空き家」プロジェクトの場合、結果的に住民参加度は「意見聴取」の段階にとどまった。これは、意見交換の機会を増やしても住民参加は生まれず、住民側が相応の資金や労働力を提供する戦略が企画者側に必要であったことを示している。

 第二のパラメータ「作品影響度」は、アートの社会性を問うアートプロジェクト本来の動機から導かれた。本プロジェクトにおいては、サイト・スペシフィックであろうとする企画意図が、住民にはほとんど理解されず、作品の出来を不満とする意見が多数を占めた。ここでは、専門家対素人の対立が鮮明な構図となって現れたわけであるが、作品と設置行為の意味を周到に住民に説明することがさらに企画者側に必要であった。

 第三のパラメータ「経済効果」は、住民がプロジェクトに期待する価値から導いた指標である。学生ボランティア含め延べ600人を京島に集客した結果となった。しかし、一般の鑑賞者ベースでみた場合、一人を集客するのにかかった費用は、他のプロジェクトより相対的に高く、効率のよい事業ではなかった。顧客の満足度を高めるためには、経済効果の面から効率を考慮する必要あった。

 

3.2 研究の意義と将来の課題

 本研究は、想定したプロジェクトの目標と、実現できたプロジェクトの成果を比較し、実証的に評価する手法を導入することにより、アートプロジェクトのようなソフト・アーバニズム(注25)に、事業としての説明責任とフィードバックシステムを付与しようとする試みである。過去に実施したアートプロジェクトを見直し、より有効性の高いアートプロジェクトの開発に寄与することに、研究の意義がある。

 事業評価のパラメータ選択においては、プロジェクト固有の特徴が浮き彫りになることを前提とした。そのため、他のアートプロジェクトに対しても汎用性のあるパラメータであるかどうかは、論じておらず、さらに研究を進める必要がある。また、一部を除いては数値での指標化が困難なパラメータを設定したため、いかに客観性のあるデータに変換するかが今後の課題である。

 

 

4 注

 

(1)         橋本敏子「日本のアートプロジェクト」長田謙一他編『文化をつくる』千葉大学、2000. を参照。アートプロジェクトは、美術館での作品行為や都市空間における狭義のパブリック・アートのあり方から批判的に抜け出そうとする、アーティスト側の意識の変化を基盤として始まった表現活動である。既存の施設・制度・領域から自由であること、双方向的な表現であることが特徴である。日本国内での最初のアートプロジェクトは1986年からはじまった山梨県白州町の「アートキャンプ白州」であるとしている。

(2)         越後妻有大地の芸術祭実行委員会編「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」現代企画室、2001.

(3)         www.toride-ap.gr.jp/TAP2000-J/index.htmlを参照。

(4)         山本俊哉「向島博覧会による地域おこしからまちづくりへ」『造形』2001年4・6合併号

(5)         背景には、芸術文化分野においてもNPOのへの関心が生まれ、その中で芸術文化を支える市民組織という新しい芸術文化の母体が誕生しているという時代状況がある。伊藤裕夫「推進支援機関としての企業メセナ」伊藤裕夫他著『アーツマネジメント概論』水曜社、2001.より。

(6)         事業評価の目的については、P.F.ドラッカー、G.J.スターン編著田中弥生監訳「非営利組織の成果重視マネジメント」ダイヤモンド社、2000. 島田晴雄他著「行政評価」東洋経済新報社、1999.など。

(7)         南條史生「美術から都市へ」鹿島出版会、1997.

(8)         川俣正「アートレス マイノリティとしての現代芸術」フィルムアート社、2001.

(9)         長谷川祐子「環境、コミュニティ活性化の手段としてのアート」八束はじめ編『ソフト・アーバニズム』INAX出版、1996.

(10)     橋本敏子「地域の力とアートエネルギー」学陽書房、1997.

(11)     北原啓司「まちづくりを評価する『POE』」佐藤滋編『まちづくりの科学』鹿島出版会、1999.              

(12)     世古一穂「協働のデザイン」学芸出版社、2001.

(13)     京島の都市環境整備策については、山本俊哉「文脈の解読とまちづくり」佐藤滋編『まちづくりの科学』鹿島出版会、1999. 墨田区編「墨田区京島地区密集住宅市街地整備促進事業 事業計画現況調査報告書」墨田区、1999. などを参照。

(14)     墨田区商工対策室産業経済課編「京島地区工業の実態分析と振興策」墨田区、1984. なお墨田区の調査によると京島地区の製造業者数は、1988年の348社に対し、2000年は272社に減少している。

(15)     向島橘銀座商店街については、www2.ttcn.ne.jp/~kirakira/index.htmを参照。なお各年国勢調査によると京島地区の人口は、1975年の11,574 人に対し、1995年は7,277人に減少している。

(16)     三宅理一「京島から密集市街地の将来を見る」『造景』2001年4・6合併号

(17)     島田晴雄他著、前掲書では、評価指標の3原則として、@成果を測ることA事実に即した客観的データの使用B指標の体系的取り扱い、をあげている。

(18)     P.F.ドラッカー、G.J.スターン編著、前掲書

(19)     荒木昭次郎「参加と協働 新しい市民=行政関係の創造」ぎょうせい、1990.

(20)     Sherry Arnstein, “Eight rungs on the ladder of citizen’s participation”, Journal of the American Institute of the Planners, 1969.

(21)     浅海義治他著「参加のデザイン道具箱」世田谷まちづくりセンター、1993.

(22)     世古一穂、前掲書

(23)     各作品の詳細は、孫銀卿「アートとまちづくり『アーティスト・イン・空き家』プロジェクト」『造景』2001年4・6合併号、後藤武「空室あり : アーティスト・イン・空き家プロジェクト」『新建築』2001年1月号を参照。

(24)     アートプロジェクト当日における目視による計測。

(25)     磯崎新「アーバニズムの変容」八束はじめ編『ソフト・アーバニズム』INAX出版、1996.