「若者層の投票率低下。政治的無関心。政治離れ。まるであたりまえのように、まるで仕方ないかのように語られています。ほんとうに若者は政治から離れてしまっているのでしょうか。ほんとうにもう手遅れなのでしょうか。」(強調は筆者)

 以上の言葉は、本論文の研究対象である「議員インターンシップ」を主催する「NPO法人ドット・ジェイピー」発行のパンフレットに載せられている一節である。この文章にある「政治的無関心」、この言葉の起源は団体設立20年間あまり前の1970年代末に求められる。それ以降、「55年体制」の崩壊、グローバリゼーションの急激な発達に伴う都市化により「浮動票」、「多党化」などの流動化現象が生じる。[1]そして石原慎太郎に代表されるポピュリスト政治家を生む一方で、「若者の政治的無関心」という言葉も新左翼による学生運動に対比される形でより一層新聞やテレビを賑わすこととなる。

 しかしながら、近年、冒頭の語りのように、この「政治的無関心」という言葉を「バネ」に政治活動に精を出す「活動家」達が目立ち始めている。本論文は「議員インターン」を運営する団体に対するエスノグラフィー調査[2]を通してこうした流れの背景にある「若者」の政治的メンタリティーを明らかにしていくことを目的としている。

本論文の研究手法としては、「議員インターンシップ」組織運営側の学生スタッフ11名へのインタビュー調査及び、「説明会」や「議員交流会」、「報告会」など団体が主催するイベントに対して参与観察を行った。また、こうした質的調査を裏付けるために、補助的な資料としてアンケートも実施した。対象は、「議員インターンシップ」を経験した一般参加者で、サンプル数は合計79名である。インタビューに際しては記録の正確さ、また彼らの語りのニュアンスを大切にするため基本的にはテープレコーダーによる記録を行い、一人のインフォーマントに対して、2時間から3時間程度のインタビューを実施し、彼らの政治に対する意識調査の実施、また時には彼らのライフ・ヒストリーにまで話を踏み込んだ。読み取りづらいと感じる箇所も多く見られるが、彼らの語りの正確さを重視した結果であるため了承頂きたい。

続いて研究対象と時期であるが、現在、「議員インターンシップ」なるものを、主催している団体は3つほどある。第1章において若干これら各団体の成立や特徴を説明はするものの、本論文のメイン・テーマであるエスノグラフィー調査においては、「NPO法人ドット・ジェイピー」(以下「.jp」)を対象に据えることにした。理由としては、まず第一に全国に7拠点(北海道支部、関東支部、東海支部、関西支部、中国支部、福岡支部、熊本支部)を持ち、過去の参加学生数が2618名(200410月現在)で最も多く、「議員インターンシップ」運営団体の中で最大規模を誇る団体であるという理由。また第二点として、国会議員や都道府県知事という国政・「組長」レベルのインターンを実施している団体という以上二点からである。

また、その中でもインフォーマントに関しては、「.jp」「13期」関東支部スタッフを対象に据えた。理由としては以下の2点である。第一に、「場」の問題が挙げられる。ここ数年の「議員インターンシップ」などを扱った研究では、近年生まれつつある「新しい」形の政治活動を「ネットワーク型」政治活動と位置づけているケースが目立つ。こうしたことからも分かるとおり、これらの政治活動はその他の「ネットワーク型社会」と言われるものと同様、インターネットや携帯電話など新しいインフラを最大限利用した個人ネットワーク組織であり、全員が集まることなくコミュニケーションが取れる。即ち、固定した「場」を持たずに運営が可能なのであり、「.jp」一般参加学生はこうした状態に近い。「場」を重視するエスノグラフィー調査を採用するに当たり、ネット空間上の「場」を研究対象に据えるのは困難な作業になるため、今回は比較的可視的な「場」が設けられているスタッフに対象を絞った。

またもう一点としては、「.議員インターンシップ」という制度、及び「政治」に対する積極度という点である。インターンのみを経験しただけの一般参加学生よりも、それ以降もスタッフとして運営側に関わり続ける学生の方が、関係性の度合い、それに伴う、政治意識の強さを見て取ることができるのではないかと考えたからである。即ち、彼らを調査対象とすることで、より若者の「政治意識」及び、「議員インターンシップ」なるものの特長を描くことができると推測したためである。

.jp」による「議員インターンシップ」は、年2回行われる。前期が「夏期」とも言われる時期で、例年4月から10月までの期間である。後期が「冬期」とも言われ、10月から3月までの期間を指す。第1章、第3節で詳しく述べることになるが、今回は、2004年の「夏期」の20044月から10月の約半年間、運営スタッフのミーティングをはじめ、彼らの主催するイベントに足を運び参与観察を行った。インタビューに関しても、この期間内に実施した。尚、アンケート調査に関しては、フィールド調査の終盤であり「.jp」運営スタッフによる最後のイベントである「最終報告会」において、参加学生を対象に行った。

 先行研究に関しては、「議員インターンシップ」という制度が比較的新しいものであるためか、あまり有用なものは残されていない。しかしながら参考として挙げられるのは、社会学者の丸楠恭一と議員事務所の秘書である坂田顕一、山下利恵子らの共著である『若者たちの〈〈政治革命〉〉』[3]である。本著は、「議員インターンシップ」をはじめその他様々な若者による〈政治革命〉を「ネットワーク型政治参加」として位置づけ論じてはいる。しかしながら「議員インターンシップ」に特化して論じているわけではないため本書は広く近年の「政治運動」を紹介しているという意味合いが強いように思われる。本論文の『若者たちの〈〈政治革命〉〉』に対しての位置づけとしては、「議員インターンシップ」団体に対して参与観察を行うなど、更に一層深い視点、細かい分析を加えて、現在の「若者」の政治意識を明らかにしていこうという試みであると言えよう。

 研究手法としての先行研究に関しては、「エスノグラフィー」の手法を用いて執筆された多くの論文である。特に、日本におけるエスノグラフィー調査の古典とされる『暴走族のエスノグラフィー』[4]は、同じ「青年」を対象としたものであり、また、古典的研究ならではの基本的な調査方法、執筆方法まで数多くの視点を提供してくれた。また、近年の著作では小熊英二・上野陽子による『〈癒し〉のナショナリズム』を参考にした。本書は、本研究と同様、現代の政治運動を対象に据えたものであるが、本著が対象とした「新しい歴史教科書を作る会」とはまた違った「議員インターンシップ」という対象を研究することで、この分野の裾の尾を広げることができたら幸いであると考えている。

 また、本論文は、「議員インターンシップ」運営団体に焦点を当てた研究であるため、当然のことながらそれを分析するに当たり、政治学や社会学そして現代史といった既存の学問領域から多くの示唆を受け執筆に漕ぎ着けた。特に、青年社会学。中でも「若者論」研究。ライフ・ヒストリー研究などの社会学の領域からは多くを得た。しかしながら、その他のエスノグラフィー調査と同様に、やはり筆者の根底にあるのは、実際にフィールドにおいて、インフォーマントと接し「ラポール」(信頼関係)を築いてきた過程において感じた「印象」である。時には彼らと同じ目線に立って会話し、時にはできるだけ「突き放し」た格好で彼らを観察する、「同年代」である筆者によって行われたエスノグラフィー調査であることを心に留めておいてもらいたい。

 本論文は、基本的に調査対象の「政治意識」を理解してもらえるよう執筆した。従って、論文構成においても、そうした目的に基づいている。「序論」においては、1970年代後半を「政治的無関心」をめぐる言説の出発点として、「政治的〈再関心〉」が持たれるまでの期間の「若者」の変遷や、「政治“界”」における出来事などを簡単に述べていく。

 第1章においては、本論文の主要対象である「議員インターンシップ」を運営する団体の概要を説明し、それらが一体どのような経緯で作られ、どのような特徴をもっているのかを見ていく。

 そして、メイン・テーマである「議員インターンシップ」のエスノグラフィーに関しては第2章で論じる。ここでは、「.jp」の運営や、スタッフに対するインタビュー調査を通じて、「議員インターンシップ」の特徴とそこに集う人々の政治意識を探っていく。

「議員インターンシップ」に集う若者が何を考え、何を志向しているのかを見ながら、現代において、「若者」が「政治」に関わる意味を「若者」と「政治」を巡る様々な言説を超えて理解していく。本論文「政治的〈再関心〉」の目的はそうした点にある。

最後の用語の用法であるが、本論文中で読者に混乱を招く概念としては、「若者」や「学生」といったものであろう。本論文では、この二つに関して厳密な区分は設けていないが、「若者」を青年区分に分けられる一般的な概念として用い、「学生」に関しては、インフォーマントを指している。即ち、年齢的に若く、一般的に「若者」と呼ばれる世代を指す用語として「若者」、その「若者」の中で、特に「議員インターンシップ」関係者を指す場合には「学生」という言葉を使っている。尚、本文中の強調は全て筆者によるものであることもここで付け加えておく。

 

 

 



[1]小熊英二・上野陽子 2003年 『〈癒し〉のナショナリズム』慶応大学出版会 3頁

 

[2] 「エスノグラフィー」という言葉は日本語で「民族誌」と訳され、フィールド調査を通して組織的に描き出す方法及びその成果として書かれるモノグラフや報告を指す。従来は、文化人類学の分野で未開民族などの調査を実施する際に使われてきた手法である。近年、社会学の分野などでもこうした方法が盛んになり、社会のある組織が持つ特徴を描き出す際には有用な手法とされている。

 

[3]丸楠恭一、坂田顕一、山下利恵子 2004 『若者たちの〈〈政治革命〉〉』中央公論新社

 

[4] 佐藤郁也 1984 『暴走族のエスノグラフィー』新曜社