みのりのひとりごと
(7日の続き)日付は変わる。家に電話を入れなかったのが間違いだった。
2:10ぶちきれた母親から電話。あの人が携帯にかけてくるなんて、よっぽどの
こと。どなられておこられて恐る恐る帰宅…。2月8日*
爆睡。12:30母親に起こされる。バナナを食べる。13:00就寝。
16:00目覚ましに起こされる。かぼちゃのお味噌汁にねぎを刻んで入れ、ごはんを
食べる。17:00家庭教師へ。21:30友達に就職資料を横流しする。ついでに
逗子についてデニーズで熱く語る。2月7日*
初めて自分の運転で東京都に入った。運転歴3年、でもぐるぐると神奈川県を
走り回ってただけだったんだな。大和から国道246号で世田谷へ。上馬の
交差点を左折して代田5丁目へ。地図片手にハンドルを握る深夜のドライブ。
先生の自宅を見つけて、抜き足差し足ちどりあし(?)、玄関の前にそっと
レポートを「提出」。23:50、2月6日*
今日までに先生のうちに「郵送」しなきゃならないレポート。まったく終わってない。
テーマがテーマだけに、書きたいこととかはいっぱいあるんだけど、中途半端に
文章にするのは自分の中で納得がいかない。そう、こだわりがあるからすすまない。
ただだらけてるわけじゃないもん。大事なテーマだから慎重なんだもん。2月5日*
一日中学校にいたけど、まったくすすまない。いつもすらすらレポート書く人じゃ
ないけどこんなにすすまないのも珍しい。場所が悪いのか?ここはドイツ語研究室。
入れ替わり立ち替わり人が出入りする。みんな話しかけてくれる。楽しい。うわあい。
きのうのSA慰労会に出された大皿に山盛りのたらこスパゲッティとピラフが
テーブルの上にある。食べてみる。まだ食べれる。ら抜き言葉。2月4日*
今日で学部3年生の試験が全部終わり。授業もおしまい。わーい!って手放しで
喜べないのは、5日締め切りの研究会レポートをまだ一文字も書いてないから。
字数は5000字〜10000字、大した量。それでもとりあえずはテスト終わった
んだし、っていって寝ちゃう最近の意志の弱さはかなり問題…。2月3日*
2年間めんどうみてきた家庭教師のコも高校受験目前。やっぱこの時期になると
テンション高くなるみたいね。不安を紛らわすためにも、とか思いながら、
勉強時間と同じくらいオーバーして語りあってしまった。2月2日*
比較体制論という名の授業のテストは半分穴埋め問題。その中に……(どっかの国)
では 「__」党による一党支配が続き……という一文あり。「労働」とかっていう
ふうに、党の名前を入れるとこだったのは分かってたんだけど、答えがわからず
……「与」党による一党支配……と書き込んで一人でウケてみた。2月1日*
「虹と緑の500人リスト」という全国の地方議員のネットワークの決起集会
みたいなやつに参加してきた。飯田橋まで行った。飯田橋ってあんまおりないよね。
かつての逗子市長だった冨野輝一郎さんとかの講演があった。なんかなつかしかった。
私が中学の時市役所でやった学校5日制についてのフォーラムでおしゃべりしたのを
おぼえてるかな?おぼえてないだろうな…。1月31日*
逗子の市会議員二人が企画した「次世代政策研究会」に出た。ゲスト:田中美乃里、
だった。30分の持ち時間があったけど、いろんな人の話を混ぜつつやってたら
あっという間に終わっちゃった。次世代っていうから若い人ばっかりかと思いきや
今世代の人が多くて、しかもこういうとこに来る人はみんな意見を持ってて強くて。
そのあと近所で2次会やって、逗子だからって甘く見てたら気がついたら午前3時を
まわっていた。1月30日*
大学に入ってからの一番身近な先生だったかもしれないHendrichっていうドイツ人の
先生と、同じくドイツ人Janssen先生が辞めちゃうからお別れ会をした。
ドイツ語履修者OBなんかもずいぶん集まって、改めて人徳とかそういうものについて
考えた。1月27日*
凍結していた、日々のひとりごとを再開しようと思う。前に書いてたのは一昨年の
初夏の頃だったみたい。すごく時間が経っちゃって、自分で読んでてなつかしか
ったよ。でも、再開するにあたって、今日何かすごいことがあったよ!って
わけじゃないんだけどね。そうだな、これから学校に残留(宿泊)して課題を
やるぞー!っていうくらいかな。まずは夕御飯へ。1999年1月26日*
もっと過ぎ去った日々
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Tanaka Minori
s96588mt@sfc.keio.ac.jp