2008年5月アーカイブ

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6月からガソリンの卸価格が10円程上がるようです。最近の中で最大の上がり幅。ガソリン渋滞も一番長いんじゃないでしょうか。とりあえず満タンにしてみたけど、週6.5日は運転しているので、あんまり意味ない。しかももうすぐ千葉は太東へ向けて出発します。北東風と東うねりのミックスでジャンクコンディションが予想されています。自然は厳しいですね。

命令服従についての有名なスタンレー・ミルグラムによるミルグラム実験について知りたかったのだけど、原著が高かったので入門書で我慢...と思っていたら、結構面白い。社会心理学の有名な実験について多数紹介されている。扱われているテーマはミルグラム実験の他に同調についてのアッシュ実験、認知的不協和論、役割内面化に関するジンバルド実験等々。


Linuxの開発などでもよく知られるオープンソースという在り方。これを政治学者がコミュニティ論とコミュニケーションの観点から検討した本。技術にもちゃんと通じつつ、社会科学的に分析する、という本はなかなかない。山形浩生訳もいいですね。

井庭研の次回の輪読文献として指定されているのが『想像の共同体』。
もはや定番中の定番。だけど、これをナショナリズム論やカルチュラル・スタディーズとしてではなくメディア論の観点から検討するというのが井庭研の真骨頂。随分、昔にSFCの某w研の論読文献に指定されていて読んだような気がするが、増補版になっていたこともあり購入してみた。文体がうんざりするほど退屈なことをのぞけば、なかなか「定番」ぽい感じがしていいんじゃないでしょうか。

井庭研究室の放出本の一番上にあったので、鍵を忘れて後輩を待っている間、ぱらぱらめくっていたら、意外と面白くて全部読んでしまった。

産業は重厚長大から軽薄短小へ、人材はフリーエージェント化が必要です、というIT革命の不可避性を指摘する今となっては特に目新しい議論ではないのだけど、書かれたのが2002年。時代はITバブル崩壊直後。その時期にあって、よくこれを言い続けられたな、というのが一番の関心。

日本経済の1940年システムについてもっと解説が欲しいところだけど、どうもそこは別冊に譲るということのよう。

文系の学問に評論家ではなく専門家がもっと必要という指摘には、現在でも共感するところが多い。

学会報告のためのアブストラクトを作成しています。
コンセプトとボトムアップ、地域活性の関係について少し理論的な話をするつもりです。

昨日、政策・メディア研究科の博士課程に出願しました。指導して下さった先生方、推薦状を書いて下さった先生方に感謝しつつ、後は入試本番を待つのみです。

ほんとは今日からちょっと千葉に行こうと思っていたのですが、雨と風のコンディション不良が予想されるので土曜深夜に出発することにしました。週明けまで連絡取れないかもしれんませんが、よろしくです。

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誕生日プレゼントで、うちに新しい仲間がやってきました。
金魚鉢型の水槽と金魚の模型。

最近徹夜が続いているけど、ちょっと癒される。

慶應義塾大学政策・メディア研究科の後期博士課程の入試の書類提出の〆切が迫っている。ここ1週間ほどレッドブル片手に追い込まれているのが、これ関係だ。政策・メディア研究科の入試の特徴は、海外の大学院のように、研究指導引き受け書と評価書2通、研究計画書(A4 5枚以内)、新規授業科目企画書(A4 5〜10枚)が中心を占めることだ。

この研究計画書と新規授業科目がかなりつらい。後者は、ポリシー・メイキングと社会理論に関わる、学部の卒論のテーマに近い授業企画を作っている。いずれにせよ、明日が〆切なので頑張るしかない。

先日、ヘルプで早稲田の中高一貫校に通う中学一年生の数学のテスト対策を行ってきた。普段は、どちらかというと成績中位〜下位の子の勉強を見ることが多いのだが、久々に刺激になった。

これは全くの直観でしかないが、今の上位の子は、昔の上位の子よりもおそらく「できる」。自分も中学受験組だけども、当時と比べてもさらに中学受験が一般化して裾野が広がったことで、上位の子の学力はますます向上したのではないか。私見だが、何が上位の子と中位以下の子で顕著に違うかと言えば、試行錯誤の速度と集中力。特に試行錯誤の能力は、昔と比べても格段に改善しているように感じる。

最近のいわゆる学力中位〜下位の子達に顕著なのは、集中力がなく、ぼーっとしているか、じっと出来ないこと、また、試行錯誤しないことである。それに対して、先日見た子は、数学の問題で、解法Aがだめなら、解法Bで、それがダメなら、解法Cで、それでも解けなくて、こちらからヒントを与えてあげると、先の解法Bと組み合わせて解く、という作業を実に軽快に行う。こういうリアクションが帰ってくると、まるで反応のいい車のような感覚で、教える側も楽しくなってくる。

まだ、一年生の五月にも関わらず、代数が文字式の応用、幾何が図形の作図の応用をやっている。昔の中高一貫校よりもずっと早い進度な気がする。あと10年も経てば、きっと新しいエリートとなるのじゃないでしょうか。

他方で、問題は、こうした「学力」が決して学校教育の過程で醸成されたものではないことだ。おそらく(掛け持ちで通った)塾の指導によるものだ。公立学校、そして文科省がこの現状を認め現実的な対策を講じない限り、吹きこぼれ対策も公立離れも、そして経済格差と学力格差の相関も改善できないだろう。

今日は、後輩の研究相談とゼミ内の新しいプロジェクトのブレストに参加した。

前者は新しい音楽創造のアルゴリズムを模索している後輩で、後者は詳細は後日に譲るが、久々の少しだけ大人数なプロジェクトになりそう。近々研究費獲得を行うべく、打ち合わせとブレスト。

ブレストに参加しつつ後輩たちのアイディアを三つの軸に編集してみた。

5,6人で正解のないブレストすると、やはりこれまで考えていなかったアイディアが出てくる。三つの軸のうち、1つはこれまで個人的には全く考えていなかったアイディアだ。

「創発」と口にするのはたやすい。「創発」は、ミクロから、どのようなマクロが生成するか分からないという特性を持つ。つまり、原因ー結果の因果論的な図式が成立しないというやっかいな問題を孕んでいる。だが、「創発が起こりやすい状態」に身を置くことは出来る。

例えば、多くのコミュニケーションの場に身をさらすこともその1つだ。最近、後輩の研究相談やプロジェクトにいろいろ首を突っ込んでいることの一因には、間違いなくそうした動機が存在する。コミュニケーションから創発的に生じる予期しない成果物の重要性を最近特に実感しているからだ。

他者がいるところには、必ず情報の非対称性が存在する。情報の非対称性は思いもかけない出会いや仕事の巡り合わせをもたらす。

また、会話はアイディアの洗練を可能にする。非凡な人間ならいざ知らず、凡人の極みたる僕はアイディアを何度も口にし、相手の顔色を見つつ(空気を読みつつ?w)その過程で内容と形式、プロセスを洗練していく必要がある。

もし、他者にとっても何か得る物があり、自分も満足するwin-winの関係になっているとすれば、なおさら言うことはない。

湘南のポータルサイト「湘南スタイル」http://www.shonan-style.jp/を運営されている藁品さんとミーティングしてきました。藁品さんとは先日のSFCの学生支援GP「学生による政策提言 in 茅ヶ崎」(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/gpin-1.html)のプレゼン後に声をかけていただき、一度じっくりお話したいと言って頂いたのがご縁です。

湘南ローカルでありながら、対内的/対外的な「湘南」(そして、さらに域内各地域の)の地域活性の明確なビジョンを持たれている方で、しかも、アクティブに実践されている方です。気がつけば2時間近く話し込んでいました。これからいろいろコラボレーションさせていただくことになりそうです。

徹夜明けで、4時半からそのまま軽くサーフィンをして、一限のTAに行くために、上がろうとしていたら、ロングボード専門誌『NALU』http://www.sideriver.com/surfin/のインタビューにあう。ロングボードの専門誌は2誌しかなく、しょっちゅう興味深く拝読しています。なんでもテクニック特集をやるそうで、一般のロングボーダーがどんなテクニックに関心があるのか聞きたかった模様。

そんなわけで、以前からロングボードでエアをやりたいと常々思っているので、快調に「エアですね。」と言ったら、その旨をホワイトボードに書かされて、それを持って満面の笑みの写真を撮っていただきました。そのうち、「エアーがしたい!」という意味不明な日本語のボードを持った写真が『NALU』誌に載るのだろうか...いやはやおそろしい...

ライティングワーク技法ワークショップのTAとして毎週12人分の下読みと一次編集をしつつ、来週〆切が3つある。しかも、先生にチェックしてもらわなければならないものも多く、結構きつい。

と思っていたら、今、『プレミアムA』で茂木さんが、「根拠ない自信を持つことが大切だ」と言っていた。曰く「脳は暗示に左右されやすく、出来ると思うと、あたかもそれが出来るような活動をする」とのこと。

全部できる!(と、いいな...)

今日は先日の揺り戻しか体調が優れなかったが、用事があったので夕方外出した。その帰りの二子玉川のBook1stで電車対策として購入。

普段車で移動しているため、電車はヘッドホンと本がないと手持ち無沙汰でかなり辛い。で、そんなわけで、電車に乗る前にはだいたいなにか本を買う。二子玉川のBook1stは駅構内のとても小さい店なのに、意外と品揃えが良くてお気に入り。流行りモノだけじゃなくて、厳選されてる感じ。本屋では最近の流行りが分かったり、予想だにしていなかった本に出会えるので、amazonのリコメンドとは別の意味で重宝している。

で、梅田さんのこの本。私淑と私塾がテーマ。ネット時代において、私淑と私塾が動機付けやロールモデル、教育として重要になる、という感じ。完全に共感する。ネット時代でblog等の普及もあり、私淑することの物理的ハードルは下がっている(逆に心理的ハードルはどうか、という問題はあるけれども...)。

それはさておき、個人的な私淑の話をしよう。思えば、大学に入ってから、5年間指導して頂いている井庭先生やこの2年間プロジェクトで指導して頂いている熊坂先生、土屋先生の他にこれまで3人の先生に私淑してきた。世代も分野も異なる3人の先生たちだ。

一人は安全保障を専門にされているK先生。自衛隊を退職されて、特別招聘教授という肩書きでいらっしゃていたのだが、安全保障という日本でまだ学問分野として認知されていない分野を広める為に、自主ゼミを開いてくださっていた。当時、確か留年して2期目の大学2年生(!)で、それほど学問にも興味がなかったのだけど、たまたまとっていた「安全保障論」の授業で、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論の是非を巡ってディスカッションをする、ということになって、前で話す、という人間がたまたま全員肯定派で、それもつまらないので、手を上げて、ディスカッションに参加することに。具体的な内容はもうあまり覚えていないけど、400人教室の壇上で、3人の肯定派とディスカッションしたときのある種の緊張感と、終わった後に先生が自主ゼミに誘って下さったことはよく覚えている。

それから3年弱に渡ってK先生のゼミで、アメリカの核戦略を中心に勉強することになった。その過程で、厚木や横須賀の基地見学や防衛省の幹部や若手、広島の自衛隊学校の生徒達とディスカッションするような貴重な機会を与えて下さった。お酒や歌も好きで、よく人生論をお話されるオールド・スクールな先生で、ダブルの上着がよく似合っていた。こうした経験は、直接、今の専門の地域活性やネットワーク分析、ポリシー・メイキングとは関係しないけど、なにか重要なことを教わった気がする。少なくとも、あのとき声を掛けていただいていなければ、大学院に行って研究者になろうとは思っていなかったはずだ(もともとずっとコンサルに行こうと思っていた)。

M先生には現在もお世話になりつづけている。やはりお世話になって5年くらいか。社会学が専門の方だが、ちょうど安全保障関連の本を立て続けに出されていた時期で、その一歩踏み込んだ議論と砕けた口調が普通の安全保障専門家と一線を画していて、とても興味を持った。著書にメールアドレスが載っていて、メールをしてモグらせてもらった。それから三年半あまりに渡って、知らない、もしくは手を出さないことがSFCのある種の強さであり、弱点でもある「体系だった社会学」と「研究者としてのスタイル」を教わった。こういうスタイルもありだ、と。研究者も個人のネームで仕事をする職業である以上、スタイルは重要だ。そのM先生が先日、ある推薦書を書いて下さった。「申請者との関係」欄に一瞬手が止まった後、「非制度的教員」と書いて下さった。とても嬉しかったことを覚えている。

S先生も同じく現在もお世話になり続けている。10歳くらいしか離れてなくて、まだ、いわゆる若手だけど、なんというか勝手に思っている兄貴分だ。いつも、調子に乗っていると鼻を折ってくれて(大体調子がいいときは周りはちやほやする)、でも、なにかあるときは必ず声を掛けてくれる。自分ではとてもこうはできないけれど、先輩のロールモデルとして、こうありたいといつも思う。

別に細かい議論に同意する/しない、は、どうでもいい。それほど同意できない部分も少なくない。でも、彼らが言っているのなら、というところがある。それらはほとんど内容とは関係しない。それはそれでちょっと危ない思想といえば、危ないけれども。

あと足りないものは、何か? 同世代のライバルと「共闘できる仲間」だ。意外とここが難しい。出会いの問題もあるのだろうか。贅沢な悩みと言えば、贅沢な悩みかもしれない。

先日の井庭研究会で、『声の文化と文字の文化』

を輪読した。ウォルター・ベンヤミンの『複製技術時代の芸術』

の直接体験/間接体験の議論などにも接続できる、文化人類学系の学部でも教科書に使われているオーソドックスなテキスト。

で、衝撃だったのは、輪読担当の女の子たちのプレゼンテーション。なんと、2人は要点を紙芝居にまとめてきたのだ。一瞬、呆然としたが、それも新しいアプローチ。しかも周辺情報はともかく、本自体の筋道はよくまとまっている。

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よく考えれば、プレゼンテーションがpptやレジメでなされなければならない必然性はどこにもない。よくまとまっていて、内容が伝わればそれでいい。既成概念に捕われない新しい試みだし、多分それくらいやってみたほうがいい。

目黒

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ある研究費の獲得に向けて、先生、OG、後輩と目黒で打ち合わせをした。ゼミ後に、目黒に向ったので,目黒着が8時。打ち合わせが終了したのが0時(!)

行きの車の中も、向こうでも、そして帰りの車の中でもひたすらしゃべってたら、かなり体調が回復してきた(ような気がする)。新しいことの立ち上げ期というのはなかなか楽しい。

そういえば、個人的には目黒、あまり行く機会はないけど、うまそうなラーメン屋がたくさんあった。

熱と胃腸炎の模様で苦しんでいます。。諸事レスが遅れていてすいません。でも、来週が入試の〆切なのです。倒れていられないですね。最近、いろいろ追われているので、ストレス性かもw

e-mobileのおかげで緊急事態に対応できた。「10分以内でこれこれをやって送って下さい」みたいな。でも、あとから振り返れば、知的にスリリングな時間でした。e-mobileによって、いつでも、どこでもネットにつながる=どこでも研究室状態に。まあ、逃げられる場がなくなったということでもあるけれどもw

ゆとり教育の見直し時期である。だからこそ、ゆとり教育の立役者である寺脇研の発言を再考してみたい。例えば、これは10年前に書かれた本。

下は昨年出版された本。びっくりするほどその議論の軸はぶれていない。脱偏差値一辺倒の価値観。自分のやりたいことを探すこと。吹きこぼれ対策。これは全く個人的な意見だけど、10年スパンで軸がぶれない人の意見は注目するに値すると思う。そして、もうゆとり教育とは呼ばれないけど、10年経って、当時寺脇さんが言っていたことが普通に認知され、実践されるようになってきているようにも思う。


SQL

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今学期は、大学院のプロジェクト、インターリアリティで、熊坂研の助教の方にSQLを教えてもらっている。これがおそるべく便利さ。まだ、全然触りだけだけど、この作業の効率の良さは感涙もの。そして、また、教え方が、サーバーを用意して下さり、ワンステップずつ演習を交えてとても分かりやすい。全てのプログラミングの授業がこうなら、いいのに、と思うほど。SQL、是非使えるようになりたい。

鎌倉の住民参加型街作りを取り仕切った人の著書。フィールドの距離が近くて、比較的新しい本だったので手に取った。都内の街作りの計画を比較しながら、主に「計画としての住民参加」の観点から鎌倉の街作りについて記述してある。景観法や地方分権推進法についても言及されるなど、制度の側面からの入門書。

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鳩が研究室横の廊下の本の山の中(!)に潜んでいました。
随分、向学心のある鳩です。

真剣勝負を生涯行うプロ棋士にとって重要な要素とはなにか? 情報化によって個々の定跡の知識では若手や下手をするとアマチュアの方が優れているかもしれない、と羽生さんは言う。定跡を外れた未知の領域でどれだけ自分の頭で考えることができるかが重要だそうだ。

このことは僕らにとっても示唆的だ。研究者とはなんだろうか? 個々の知識については、ネット検索で得られる情報の方が個人の知識より遥かに多くなっているだろうし、「知識」の観点ではその分野のマニアの人にもかなわない、ということは十二分にある。そうだとすると、やはり研究者は、ある分野で、知識を運用し、創造する能力に長けた人間でなければならない。そうでなければ、この時代に「研究者」という職業の自明性は不透明になる。


学習曲線、経験曲線は非線形だというのは有名な話だ(例えばhttp://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/experiencecurve.html)。家庭教師をやっていても実感するときが多々ある。例えば、3年間継続してやっている子は、おそらく僕の説明の仕方を暗黙に理解しているので、初めたばかりの生徒に比べてずっと教えやすい。

その違いは質より量だと思う。一緒に勉強した時間や試行錯誤のプロセスが不可欠だ。結局重要な点は、説明の形式より、見えない暗黙知なのだろう。それを形式化できれば、ずっと教育の効率がよくなるように思うけど、でも古臭い言い方をすればそれが形式化できないからこそ、機械ではなく人が教える意味があるようにも思う。

ただ正確な知識が知りたければネットで検索すればいい。人は必ず間違う。それもかなりの確度で。それでも、もし人が人を教える価値があるとすれば、相互作用によって教える側の想定の範囲外に到達できる可能性がある。引き出す側と引き出される側の持ってるストックのかけ算で、時に想定していなかったパフォーマンスが生じることがある。人が教える価値というのはその一点に尽きるのではないか。

従来、ビジネスの対象だったのは、ある程度の資金を持っている層だった。ところが近年、マイクロファンドや社会企業など、視点を変えたビジネスモデルを構築することで社会貢献に取り組む手法が脚光を浴びている。

社会貢献をビジネスにすることの一番のメリットは、運営者の負担軽減という点が大きい。僕もいくつか直接面識があるけれど、社会貢献をやろうとしている人たちの、特に資金的負担は大きい。多くの方が「これがやりたいことだから」とおっしゃるが、やはり人に過剰に負担がかかる方法は長続きしないし、その人が抜けてしまったあとの事業継続や、手法の移転の一般化が困難だ。社会貢献に取り組む人が適切な利益(もちろん、これも議論の対象だけれども)を上げることは当然である、というのが、近年の潮流だ(例えば、http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/post-60.htmlや「社会企業」http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/02/post-77.html)。
その意味で、社会貢献のビジネス化は、NPOから一歩「先へ進んだ」とも言えるのかもしれない。

『ネクスト・マーケット』は、ウォートン経営戦略シリーズの一冊であることからも分かるように、ビジネス・パーソンを主なターゲットとしている。所謂第三世界での社会貢献をビジネスモデル化する理論的背景と豊富な事例を紹介していて興味深い。脱貧困、社会貢献が過剰にビジネス化することにも問題があるが、個人的には、現状より一歩進んでみてもいいのではないかと思う。

同期現象と呼ばれる現象がある。正確な定義ではないけれど、簡潔に言えば、意図せずに行っているミクロの現象をマクロレベルで見ると、そこにある種の調和や秩序が存在するかのように見える物理現象だ。蛍の発光から人間の生態などに同期現象がある、と言われる。ノイズからの秩序形成という意味で、この概念は社会システムや現代の市場の在り方と相性がいいと思っている。具体的なところにまでは、全然到達していないのだけれど。

スティーブン・ストロガッツの以下の入門書は、蔵本由紀さんの新書(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/post-41.html)と並んで最も読みやすい本だと思う。以前から研究室にあって、読みたいと思っていたのをようやく手に入れて読了した。科学読み物としても魅力的な文体だと思う。ところで、同期現象を扱う本には、このレベルと次のレベルの本の間に大きな開きがあってなかなか厳しい。


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先輩や編集者の人たちと浅草の三社祭に行ってきました(http://www.sanja.jpn.org/)。東京三大祭りだそうです。浅草周辺というのは、僕が住んでいる神奈川中部とはまたかなり違う雰囲気です。一応、今回の僕らの集いには、検証すべき命題wがあって、その命題とは、今年は諸事情により御輿がでないらしいのですが、「シンボルのない祭は祭になるのか」だった。夜にはなんというか完全にできあがっていたので、あまり検証されていないのだけれど、それなりにそこそこ祭になってたんじゃないでしょうかw いかんせん初めて見に行ったのでなんともいえない...

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うまい(でも、ちょっとハマるの遅い...)。

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自由が丘の桜並木はすっかり葉桜に覆われていて、変な鳥にも出くわした。落ち着きのない挙動不審な、でもどこかにくめない鳥でしたw

昨日、以前にも紹介したSFCの学生支援GP(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/gp.html)の第一回プレゼンテーションがあった。
参加された皆様はお疲れさまでした。

茅ヶ崎市の方にとても関心を持って頂いているようで、総勢19人余りの服部市長はじめし担当者の方、農家の方、民間の方がいらっしゃった。

学生に求められてるのはユニークなコンセプトかと思いきや、意外と具体的な手法である、という印象を持った。これはある担当の方と話していたときに出た話題なのだけど、一般に役所の公募は、どうしても事務処理の延長になってしまうので、魅力的なアピールが苦手である、そこを改善する方法を検討して欲しい、と。

また、これは邪推なのだけど、今回の学生支援GPは確かに、学生と交流しつつ魅力的な政策があれば検討する、学生の実地教育を促すというプロジェクトだ。だけど、潜在的な機能として、市側にも、学生の質問に答えたり、説明する過程で、自分たちの政策の理解を深める、また、管轄外の政策といった政策の全体性についての関心を促す機能があるように思う。

いくつか個別にコンタクトを頂いたこともあり、まだまだこのプロジェクトは継続しそうだ。

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地域活性に関する過去記事→

「地域活性と社会学的思考プロセス」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/post-7.html

「学生支援GPと茅ヶ崎について」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/gp.html

「陶芸体験」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/02/post-74.html

「新しい地域経済とコミュニケーション再活性の可能性:ビーチマネー(Beach Money)とEco Surfer」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/beach_moneyeco_surfer.html

「地域通貨に関する比較的新しい4論文について」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/4.html

「地域通貨についての5冊」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/5.html

「地域通貨ver2.0へ向けて」

http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/ver20.html

「地域通貨についてのメモ」(基礎知識)
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/post_39.html

最近いろんな書類や研究計画に忙殺されていて、研究支援センターの方とやりとりさせていただいているのだけど、仕事も早く丁寧に見て頂いてとてもお世話になっている。有名な話ではあるけれど、どこかの受付のうんざりな応対とえらい違いだ...

音楽の音楽性とは何か?

最近、一番気になっている課題だ。これは最近よく相談を受けている後輩の研究課題に関係する。その後輩は、ある人文系の理論的メタファーをモデルにして音楽生成のプログラムを作ろうとしている。研究で重要なのは、ゴールのビジョンだ。今回の例で言えば、どのような「もの」が生成されれば、音楽が生成されたと言えるのか、ということを定義しなければならない。よっぽど面白いものを除いて、「やってみたらこうなった」(「やっこう論文」などと言われる)は、高評価は得られない。

改めて音楽の音楽性とは何だろうか?

一般に、音楽は三つの要素から成り立つといわれる。リズム、メロディ、ハーモニーだ。だけれども、これらは必要十分条件ではなく、リズム、メロディ、ハーモニーがあるからといって「音楽」になるとは限らない。ここにもミクロとマクロの解離という創発現象の問題が存在する。

思えば、社会の社会性とはなにか?、というのが社会学の伝統的問題意識だ。音楽の音楽性とはなにか? 既存の分野に照らして言えば、かけ離れているように感じるが、実は問題の前提を遡る思考という点、創発現象を扱うという点で通底する。

このような問題設定をして、井庭先生はよく「横串に刺してみる」という。ある分野の問題設定や方法の関係性をメタファーに、他の分野に移転してみることだ。

井庭研究室には、このように地域のフィールドをやっている学生から、カオスの方程式の表現方法をやっている学生、パターン・ランゲージというボトムアップによる創造支援を扱っている学生まで多様な学生がいる。遠そうで、意外と近い問題意識の学生が集まっているのだ。

昨日、研究室の同期とクリエイティビティについての話になった。僕らの先生は、思考のプロセスがいい意味で飛躍する。例えれば、1,10,50,100...のような感じだ。最近、自分の頭はそういう回転の仕方はしないので、何か別に生き残る方法を考えなければ、と思っているという話を彼にした(他の後輩にも何度かしたような気がする)。

だけれども、同期の指摘はポジティブに示唆的だった。僕らの先生は『複雑系入門』という複雑系の入門書の定番本を修士課程のときに書いている実に早熟な人だ(下)。

その執筆過程で大量のインプットを行ったという話を何度か聞いている。同期の指摘は、大量のインプットによって創発的に現在の思考プロセスが形成されたのかもしれない、というものだ。このことは先生の頭の回転が先天的なものではなく、後天的なものかもしれない、という意味で希望を与えてくれたw 

そういえば、長い間お世話になっている別の先生も20代は仕込みの時期だから、しっかり仕込め、というアドバイスを何度も下さっている。

結論はこうだ。アウトプット志向は重要である。だけど、アウトプットするためには、それに先立つものが必要なので、アウトプットしながら(もしくはアウトプットに向けて)しっかりインプットもしなければならない。

まだまだ修行中の身です。頑張ろう。

トム・ケリー、ダニエル・ホールピンク、ガイ・カワサキらのコンセプト・メイキングやマネジメントのTipsを集めた本。具体的に「〜の役に立つ」という本ではないけれど、疲れたときやモチベーションが下がったときの息抜きにいい。

経済雑誌に『週刊東洋経済』(http://www.toyokeizai.co.jp/)がある。以前もちょっと言及したことがあるけれど(「Appleの流通戦略」http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/apple.html)、最近滅法面白い。

今週号は「こどもの格差」について特集が組まれている。親の収入や学歴と子供の収入や学歴の相関の話を切り口に、統計から海外ルポまで奥行きが深い。他方で、内閣府特命担当大臣のインタビューや小柴さんのインタビューが載っていたり、付け焼き刃的なスキル特集が目立つ経済雑誌の中で広がりと奥行きを感じる。

学会紀要から総合誌、サーフィン専門誌まで結構雑誌は読む方だと思うけれども、個人的に、今一番面白い雑誌だ。

最近、メジャーな雑誌の休刊が相次いでるけど是非頑張って欲しい。

世界各地の都市計画の目的と歴史、経緯を記述した本。著者の日端先生はSFCの先生だったんですね。どこかに自生的な都市計画論やクリエイティブ・シティ論があることを期待したけれども、飽くまでこの本の射程は「都市計画」らしく、その辺りの話題については言及されていなかった。とはいえ、都市計画論はほとんど読んだことがなかったのでいい入門書でした。


20080512002022.jpg眠い時間です。最近、先輩や知人の間で流行ってるレッドブル投入です。確かにレッドブルが、一番目覚める気がする。でも、日本版は欧米版に比べてカフェインやアヤシい成分の量が少ないとか。海外版ってどんななんだろう...

読みました、『思想地図』vol.1。何でも初版一万部に増刷かかったそう。思想モノとしてはハンパじゃない部数。中身は、国家論とマンガ評論が中心。中島さんの日本の右翼思想論はよくまとまってて興味深かったし、黒宮一太さんの民主主義論は面白かったかな。だけど、全般的に、ちょっと食傷気味かもしれない。とはいえ、北田さんも編集後記で書いているように、『思想地図』が良い/悪い、ということよりも、(例えば、かつての社会主義関連の著作やポスト・モダンのように?)コミュニケーションの共通基盤のようなモノになるとしたら確かに十分意味があるのかもしれない。


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一応、専門のひとつが地域活性なので、地域社会学会に行ってきました。今回は東京学芸大学@武蔵小金井でした。僕は中央林間住民なのですが、いかんせん遠過ぎる。橋本周りにせよ、新宿経由にせよ、一時間半コースでした。

会場だった東京学芸大学は武蔵小金井にあります。きっと昔は東横線の学芸大前にあったんでしょう。とはいえ、郊外の閑静な住宅地のど真ん中にあります。日曜日にも関わらず、結構学生さんがたくさんいました。真面目そうな人が多そうに見受けられました。そういえば、武蔵小金井も初上陸です。駅の立体化を含めて、再開発が進行中なようです。駅前で、お土地柄のラーメンでも食べようかとちょっとうろうろしたのですが、残念ながら、発見することはできませんでした...

社会学者芹沢一也さんと気鋭の若手評論家で、アルファブロガーの荻上チキさんが運営する「知性を高める情報マガジン」『α-Synodos』 vol.3(5月10日号)(http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20080510)に寄稿させて頂きました(『α-Synodos』についてはこちら→http://kazuyaserizawa.com/synodos/mm/index.html)。

「湘南と創発型地域活性インフラ--ボトムアップによる地域活性の可能性」

湘南を中心に、60店舗余りのお店に広がっている、海岸美化、地域交流活性、地域経済活性と、実に一石三鳥の機能を持つ創発型地域通貨ビーチマネー(http://www.eco-surf.com/)とボトムアップによる地域活性についてのトピックを紹介しました。

このようなコラムを書かせていただくにあたって、いつも快くフィールドワークに協力してくださるビーチマネーを運営するエコサーファー代表の掘直也さん、並びにビーチマネー加盟店であるビーチマネーショップの皆様、また、サーフィンでもお世話になる湘南ローカルの皆様に感謝します。

査読論文のために議論をすすめた今なら、上記の議論に加えて、コンセプト主導の地域活性や政策学と社会学の関係、湘南の多様性、ハイエクの自生的秩序論と庭師のメタファーなどに言及します。まあ、そこら辺のトピックになってくると、過度に学術寄りになってくるので、論文でおいおい議論していく予定です。

僕の師匠はじっくり95点を求める人ですが、僕はどんどん量産していこうと思います。
これを機に「地域活性論を書き換える!」ぐらいの勢いで、さらに研究に邁進したいと思います。

コンセプト・メイキングの重要性は各所で言及される。その重要性の具体的なイメージを非常に分かりやすく説明する絵本だ。この絵本は先日紹介したSFCを作った井関先生の近著『創発するマーケティング』(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/04/post-109.html)でも引用されている。

「とってもおいしいストーンスープを作ろう」(ストーンスープってなに?!)という一言が高付加価値を生みだす。

魅力的なコンセプトが全てを決定する、と言ったら言い過ぎか。

書類

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この時期、多くの研究者や大学院生が書類作成に追われているはずです。奨学金やら入試やら研究費やら、日本の大学は四月に学期が始まるので、そういったものの多くの締切が春に集中するのです。今や大学院生も自分の研究費は自分で探してこなければならない時代でもあります。

僕も昨日一本研究計画書を提出して、先ほど友人に大きいのを教えてもらいました。すっかり失念していて締切が週明け。急いで事務にコンタクトとって、書きあげなければなりません。

明日、明後日と地域社会学会を見にいくつもりでしたが、多分現地でも書類作成に追われそうです。慶應の大学院の大きい奨学金の締切も週明けすぐだし、まだまだ書類作成ラッシュに追われそうです。

でも、(魅せる)研究計画の書き方は結局企画書と同じだし、書いているうちに企画が練られるということも多々あります。どうやらこれもひとつの修行と言えそうです。

SFCでは多くのケースメソッドの授業が存在する。(ケースメソッドについては、例えばKBSを参照→http://www.kbs.keio.ac.jp/kbs/casemethod.html

主にケース・メソッドはビジネス・スクールや起業を担う人材を育成するために用いられている。ケース・メソッドの教育効果は、僕も何度か受けたことがあるが確かに高い。教師、生徒間の間で相互作用があるために、確かにマネジメントのノウハウや戦略構築をダイナミックに学ぶことができる。だが、これは本当に起業家育成につながるだろうか? 

ケースメソッドの第一の問題点は、成功事例の学習にせよ失敗事例の学習にせよ常に後追いになってしまうことだ。第二の問題点は、マネジメントのノウハウを身につけるには有用だが、新規ビジネスモデルや事業創出に結びつくようには思えないということである。

言い方を変えれば、既に1つ存在するビジネスモデルを2,3,4...と膨らませるのに、ケースメソッドは適しているように思う。様々な状況における先行戦略と意思決定を学ぶのだから。だが、0を1にするのにケース・メソッドが有効だとは思えない。そこに必要なのはコンセプトと優れたクリエイティビティではないだろうか。

その意味で、有能なマネージャー育成のためには(これはこれで大事なことだと思うけれども)ケース・メソッドが有効だが、起業家を養成するために、という文脈でケースが有効だと言われると個人的には違和感を覚える。

これが地域活性の文脈に入ってくるとますますことは複雑になる。最近、地域活性の文脈で、地域活性を担う人材の育成にケースメソッドを使う、というアイディアをしばし耳にする。これらは本当に「成功」しているのだろうか? ケースメソッドで培われるマネジメントや戦略、意思決定についてのノウハウは、何も地域活性のみならず会社やその他公的セクターでも十分使用できる能力だ。首都圏でも今や有能な人材は各アクター間で取り合いとなる。地域になればこれはさらにシビアな問題となるだろう。

そうすると高度なマネジメントや戦略構築能力を身につけた人材は、そのまま地域活性の分野に携わるだろうか?

賃金水準ではどうしても、地域活性を担うセクターと大企業では勝負にならない。

ではどのように地域活性が人材の市場で勝負していくか? このとき地域活性に重要になってくるのは、魅力的で明確なコンセプトとそれを支援する制度ではないだろうか?賃金水準では劣るけれども、うちの地域ではこういう方向性を持っているので面白いことができますよ、それを応援しますよ、という環境があれば地域も人材市場で勝負できるのではないかと思う。もちろん一部の先駆的な自治体で既にそういう環境が構築されつつあるのも認識している。

ともすれば妥当な策が出され、なんとなく盛り上がりと勢いに欠ける最近の地域活性に必要なのは、まず魅力的なコンセプトとその支援だ、と言い切ってこのエントリーを締めくくりたい。

P1000054(茅ヶ崎東海岸南通路).jpg先週、GWの湘南各地の雰囲気の違いを写真に納めたくて、鵠沼、辻堂、茅ヶ崎あたりを走り回った。「湘南」と一口に言うけれど、場所によってその雰囲気は大きく異なっている。細かい話はさておき、茅ヶ崎の某所の写真を。

企業競争力の強化と社員のモチベーションをともに拡大する方法はありうるか? というのが本書の問題意識のようだ。企業の目的とは今や単なる利益の拡大だけに留まらない。そもそも企業理念が社会貢献だという企業も少なくない。企業競争力を強くする為には、活力のある人が必要で、そのためには社員のモチベーションを高め、個々の高いパフォーマンスを引き出す。そして企業競争力が高まれば、また、それは社員に還元され結局会社/社員双方ともに利潤を受け取るというコンセプトが本書の狙いだ。ただし、本書はウォートン経営戦略シリーズの一冊であることからも分かるように、あくまで管理側orコンサル側の目線だ。実際にありうるのだろうか?

今日久々に2人の心の師匠の授業を聞いてきた。いわゆるオールドスクールな授業スタイルで、パワポもなしに、90分間凄まじい勢いで話しつづけ、さらにその後エンドレスに議論。

SFCの授業は基本的にパワポ使用が当然で、しかも、みなパワポ上手かつ理路整然と話す。僕も随分そういうスタイルに慣れているし、確かに上手いパワポは理解が早い。

が、久々に聞いた授業で、オールドスクールの授業の良さを再認識した。確かに、話の論理展開はどこか問題があるかもしれない、何が話されているのか聞き漏らすかもしれない。しかし、それでも、いやそんな細かいことを越えて学ぶべきものというか、少なくとも情熱とある種の凄さみたいなものが伝わってくる。あ、勉強しよう、とこちらの情熱に火をつけるようなもの? なんというか今の大学生や院生が置き忘れてるのってそういうものじゃない?というのは言い過ぎか。

パワーポイントは理解を早める。ただし、その代わりに、講演者の集中をオーディエンスからPCや画面などに分散するため、話の情熱や凄さのようなものを削いでしまうようだ。

分かりやすいパワポを作れることはスキルとして僕らの必須条件。でも、そのうえであえてパワポを使わないスタイルの授業もやってみたい、と思わせるのに十分な、至福の一時だった。

メディア・リテラシーの先進国カナダの主に教育者むけの指導書。つまり、ポイントが書いてあるだけじゃなくて、授業にどのように組み込めるかということが織り込んである。

見ていて思うのは、やはりケース教育の重要性か。とにかく暴力や性描写に関するトピックでも、はじめに結論ありきではなく、ポイントを指導者がいくつか提示しつつ生徒に議論させるという授業スタイルが念頭に置かれている。

日本の中等教育でも総合学習の時間などでケース・メソッドやグループワークをやらせているところも増えた。が、まだまだ議論に十分な時間が割く余裕がなく、結論ありきのところも多いようだ。少し古い本だが、参考になる。

自身もアルファブロガーかつperlの開発者、ライブドア、その他もろもろで有名な小飼弾さんの対談集。perlの開発者のラリー・ウォールやはてなの近藤さんたちと。

さっき自分のmixiのところでもちょっと話題になったけれども、ホットなことをしている人たちがどんなことを考えているのか、どんな思考パターンをしてるのか、ということは、分野を問わず参考になります、多分。

先日、バズ・マーケティングやニッチ関連の書籍を紹介した。http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/post-5.html

ネットワーク科学の観点から、噂や口コミの広がり方を扱ったのがこちら。

ひさびさにぺらぺらめくってみたけど、分かりやすいけど、要所要所に数式を使ったなかなか奥の深い入門書。

最近、ボトムアップ=市民主導の地域活性を扱っていることもあり(というか、あまり関係なく、間宮陽介先生の議論が好きだからかもしれないけれども)、これを読んだ。

丸山眞男の議論を丹念に追うというよりも、実存的な問題意識を探るという形式を取る。それによってこれまで見落とされてきた丸山眞男の議論の本質が浮かび上がるというのが本著の問題提起。いつもの間宮節によって、生き生きとした丸山像が浮かびあがる。魅力的な一冊。

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購入して2ヶ月未開封だったMac Book Proを開封した。いろいろバタバタしていたため、開封してセットアップできなかったのを、ようやくという感じ。

15インチ Intel Core2Duo 2.4G メモリ2ギガ。ちょっとしたデスクトップにも負けないスペック。話題のOS X ver 10.5もやっぱりかっこいい。しかも、思ったより軽くて意外と持ち運べるかもしれない。

中学2年で初めて実家に来たMacは確かLC630。33メガヘルツのマシンだった。その後、Power Book Duoとかもいたような気がする。親父はその後Macを使わなくなるが(当時のMacはほんとによくダウンした)、僕は今日までMacを使いつづけてきた。遅ればせながら、これが初のIntel Macになる。そのうちWindowsも入れて、一台でデュアルOSにしたい。

ちなみに、前から使っているPower Book G4 12 inchもちょっと遅いけど、まだ快調だから、メールを同期させながら使い続ける予定。

地域活性とは実に難しい課題だ。
先日、研究対象である湘南のある地区を一時間ほど歩いきながら考えた。

僕もそれなりに本を読み事例を知り、また、いろいろな人から話を聞かせていただく。多くの地域でいろいろな政策や企画が行政、民間問わず試されている。そして「成功」した事例が多数紹介されている。その中では、「〜によって成功した」という原因が紹介される。そして、それを参照した人が、自分の地域でも、と移転を試みる。

しかし、よく考えてみると考えるべき論点がいくつかある。

まず「成功した」という地域活性はほんとに成功したのだろうか?「成功事例」を紹介している本は当然ある視点に基づいた「成功」だ。だが、フィールドには多くのステイクホルダー(利害関係者)が住んでいる。地域でも少し場所を変えると利害の不一致があることは少なくないし、旧住民と新住民で利害が異なることも多々ある。地域活性の目標設定は簡単なことではないように思える。

第2に、例えば地域活性を経済の活性と交流の活性としたときに、ある地域Aである政策aを導入したときに経済の活性と交流の活性が促進されたとする。が、その政策aは、別の地域Bでうまく機能するとは限らない。地域Aで政策aが功を奏したのは、政策aそれ自体の顕在的機能ではなく、地域Aに潜在的に存在するある文化資本αやある社会関係資本α'を上手く刺激した結果かもしれない。ということは、文化資本や社会関係資本の前提条件のことなる地域Bでは機能しない可能性は十分にある。

そうすると、地域活性を考える際に需要になってくるのは、地域活性の政策aの移転もさることながら、それが機能する前政策的段階ともいえる文化資本αやある社会関係資本α'について詳しく分析する必要がある。この思考プロセスは社会学的な思考プロセスだ。

地域活性について考えるときに、このような社会学的な分析が重要になってくるのではないか、というのが最近の地域活性を考えるときの問題意識だ。

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地域活性に関する過去記事→

「学生支援GPと茅ヶ崎について」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/gp.html

「陶芸体験」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/02/post-74.html

「新しい地域経済とコミュニケーション再活性の可能性:ビーチマネー(Beach Money)とEco Surfer」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/beach_moneyeco_surfer.html

「地域通貨に関する比較的新しい4論文について」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/4.html

「地域通貨についての5冊」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/5.html

「地域通貨ver2.0へ向けて」

http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/ver20.html

「地域通貨についてのメモ」(基礎知識)
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/post_39.html

よく、本を読んでいるね、と言われる。よく考えるとそうかもしれない。もともと読書好きということもあり、専門分野だのなんだのに捕われず読む。いろいろ追われたりしていないときは、一日一冊ということはないように思う。仮に一日一冊読んだとしても、年間300冊でしかない。それを考えると、まだまだ読みたい本は無数にあるのに!と思うことが多々ある。

別に読書のコツというようなものはないけれど、いつの間にか本を読むのが早くなったし、読むジャンルの本が増えた。最近は、ビジネス書やコンセプト・デザインなどの本も良く手に取る。以前は、そういったものは、アカデミックと関係ないよね、という気がして敬遠していたけれど(実際、院生らの間では敬遠されているような気配もある)、井庭先生の影響で手に取るようになったのだけれど、これがなかなか面白い。よく考えれば当然で、ビジネス書は現場の話だし、コンセプト・デザインは研究と重なる点も多々ある。ノウハウ物も読む。例えば、今日読んだのは次の2冊。



前者は研究者としてのノウハウ本。あんまり期待しないで手に取ったが滅法役に立ちそう。昔ながらの研究だけする研究者ではなく、研究費を獲得し、キャリア形成を念頭におきつつ、研究をマネジメントできる研究者になるために、各ステージでのノウハウが記述されている。自分はおそらく理系ではないけれども、成果の作り方や報告書の作り方など十分参考にできる本だ。

後者は、Macユーザーとして使うと便利な基本的なソフトについて紹介している。Latexを便利に使う方法やプレゼンのコツなどMacを使う身としては役に立ちそう。

だいたい読書の速度は、新書や文庫サイズで0.5〜1.5時間、やさし目の専門書で2時間、古典で3時間といったところか。例えば、今日の横浜の帰り道からの電車(約1時間程度)で読んだ本が先の2冊。

今、読まなければならない本や論文は数えきれない。もっと早く、大量に読みたい。きっと世の中の大学生、大学院生全員が思っていることですね。

宮台先生が若者の個別化と交流の断絶をして、島宇宙化と言ったのは90年代前半のことだが、最近マーケティングの分野でロングテール論や冪乗分布の議論で、ニッチとその担い手へのアプローチに関心が集まっている。

『下流社会』の三浦展監修のこんな本が出た。

ニッチなライフスタイルを送るターゲットには、潜在的なビジネスチャンスがあり、そこに対して、どのようにアプローチしうるか、というテーマで、具体的な事例を41紹介している(原著にはもっとたくさんあるが、その中から日本についても考えられるテーマをチョイスしたそう)。三浦さんのコラムも多数挿入されている。

事例としてはそれなりに、面白い。

口コミ創造とその方法論で、しばらく前に少し話題になったこちらもあわせて読むと、マイクロ・トレンドとその担い手へのアプローチを考えることができるかもしれない。

先輩に誘われて、イメージフォーラム・フェスティバル2008(http://www.imageforum.co.jp/festival/)に『ザ・ネット』(http://www.imageforum.co.jp/festival/special.html)を観にいった。

ユナボマーの生い立ちと被害者関係者へのインタビューによって構成されたドイツ映画。絵は正直ひどいが、含んでる論点は特に2つの点で面白かった。1つは、ユナボマーの思考の「善悪」の問題。もう1つはヒッピーカルチャーとコンピューター・カルチャーの関係について。もう少し大きく捉えれば、社会の動きとコンピューターの世界のムーブメントの関係のこと。

前者に関して言えば、ユナボマーが状況証拠から見ると、おそらくは犯罪者なのだろう(ただ、映画は陰謀論も惹起させるが、そこはとりあえずカット)。ただ、革命家と犯罪者の違いは、映画の中でも言及されるが、紙一重。管理社会化からの革命を目指したユナボマーの手段は悪だと言えるが、思考のプロセスについては興味深い。ここら辺の話は、風の噂によれば、最近、いろんな人がやろうとしている模様。

後者に関して言えば、社会の変化のモチーフをそのままコンピューター史の発展に持ち込む議論は、少し躊躇する。コンピューター史を鑑みると、若干時間のズレや、その形態に違いがあるような気がします。この問題も、取り組んでいる方がいて、近日中に読めるようになるのではないでしょうか。楽しみにしています。

先日、友人らと渋谷のwomb(http://www.womb.co.jp/)にいったら、たまたまDJが石野卓球(http://www.takkyuishino.com/) ! 高校生のときから好きだったのですごい上がった。

ビデオよりちょっと老けてたけど、なんというか観客のノリをチラ見しつつも、表情はめちゃめちゃクールで、でも音はちょっと過剰か、と思うくらい答えてて、その片のコントロール感が、どSですか、とw 

良かった。

旧ブログからリンクの移行も兼ねて。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/post-45.html

一昨年やったイベント「方法としての社会学」
( 宮台 真司, 井庭 崇, 西田 亮介, 「方法としての社会学 ~実践、道具、共通言語として~」, @SFC, 2006年6月映像アーカイブ SFC-GCはこちら→
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2006_23636/slides/08/

現在、井庭先生が他の対談とあわせて書籍化すべく奮闘されています。この対談は方法論として見ても面白いし、日本社会学学史としても面白い。

ただし、宮台先生も井庭先生も、現在では2年の月日を経て、いろいろ思考がシフトしている。そのシフトや変遷を楽しむこともできると思います。

なお、宮台先生の発言については、宮台先生のblogにて公開中→
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=534

EMobile買ってみた。
Macユーザーなので、USBで接続できるやつ。
これでどこでもネット、どこでもお仕事が可能に。

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神奈川県の北部に住んでいるのだけれど、
実に快適。
マックとかで飛んでる無線LAN(mobilepoint)もYahoo! BB繋がりで契約しているけど、
体感速度はそれより全然速い。

理論値は確か7.2MBかなんか。

東京大学出版会が、こんな本を出していた。

最近、東大からこの手のものが良く出されている。
確か昨年にも東京大学案内のようなものが出てたような気がする。

ちなみに装丁はかっこいいのだけれど、
イマイチ「東京大学のコンセプトはこれ!」みたいなものは
伝わってこない感じ。

東大ではこういうことをやっています、みたいなのを、ただ
人文から物理学まで集めました的な感じと言えばいいのか。

ただし、見た目がかっこいいことと、いろんな分野が網羅的に載っていることは、
結構重要で、こんなのが高校の進路相談室に転がっていたら、
ちょっと東大に行って研究者になりたい、とか
思うかもしれない。

僕は長い間塾の講師をやっているので、この手の本もよく見るけれど、
いわゆる大学案内とか大学受験ガイドの多くは、
ほとんどこちらのモチベーションに結びつかない。
どれもほとんど一緒に見える。

だから、「偏差値じゃなくて、ほんとにやりたいことや学びたいことで
大学を選びなさい」とか言われても、多くの高校生は困惑してしまう。

この『ACADEMIC GROOVE』がベストだとは思わないけれども(そもそもGrooveって
...)脱偏差値とか言うなら、こんな感じでコンセプトとか
学問の魅力なんかもしっかり受験生にアピールしていかないと
いけないんじゃないでしょうか。

SFCの学生支援GPの一環で
茅ヶ崎の地域活性について、市担当者等に
プレゼンすることになりました。

学生支援GPとは「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」
の略称で、採択されると文科省から資金提供を
受けられるわけです。

文科省によれば、このプログラムの目的は次の通りです。

学生の人間力を高め人間性豊かな社会人を育成するため、各大学・短期大学・高等専門学校における、入学から卒業までを通じた組織的かつ総合的な学生支援のプログラムのうち、学生の視点に立った独自の工夫や努力により特段の効果が期待される取組を含む優れたプログラムを選定し、広く社会に情報提供するとともに、財政支援を行うことで、各大学等における学生支援機能の充実を図るものです。


慶應義塾大学の採択テーマは、
「卒業生と連携した地域協働型政策研究支援-フィールドワークと地域協働型政策研究支援プログラム-」。

その一環として、学生による茅ヶ崎市への政策提言もあるわけです。

そんなわけで最近茅ヶ崎市の基礎資料を調べています。
僕は、以前から湘南を対象にフィールドワークをしているわけですが、
茅ヶ崎というのは独特な土地です。ハードコアに見えるけれども、
実は、優しい人柄をもっているというか。

個人的には、地域活性の文脈を考えるときに、
茅ヶ崎だけの地域活性はありえないと考えています。

世間一般的には鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市は「湘南」として
認識されています。従って、「湘南」というブランドの活性があって、
鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市の活性があるんじゃないかと
思います。

ところが、かつて神奈川県には湘南ブランド
「SEILALIES」を作ろうという構想があって、実質的には失敗をしています。
強い個性がある土地故に、安易なトップダウンは
機能しないということです。

また、ブランドや観光資源としての「湘南」の他に
生活の場としての「湘南」があります。
この二つの両輪がうまく機能するようなコンセプトを考えたいと
思っています。

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地域活性関連過去ログ→

「陶芸体験」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/02/post-74.html

「新しい地域経済とコミュニケーション再活性の可能性:ビーチマネー(Beach Money)とEco Surfer」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/beach_moneyeco_surfer.html

「地域通貨に関する比較的新しい4論文について」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/4.html

「地域通貨についての5冊」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2008/01/5.html

「地域通貨ver2.0へ向けて」

http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/ver20.html

「地域通貨についてのメモ」(基礎知識)
http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/sociologs/2007/12/post_39.html

政策学と社会学は両輪の関係にならなければならないと思う。 

政策学は<社会>の中で問題発見・解決を行うための思考枠組みだ。
 昔風に言えば、社会工学に近い。
 PDCA(Plan Do Check Action)サイクルの中で、ある政策がある目的を達成するために有効に機能しているか、ということを常に評価・確認しながら、課題達成を実現しようとする。 しかし、往々にして問題解決の前提となる社会についての 思考が置き去りにされがちだ。

また、政策学は対象へのコミットメントが要求される時点で、 厳密な意味では科学とは言えないのかもしれない。 他方、社会学は伝統的に、「<社会>とは何か?」という 問題意識を有している。 デュルケム以降、パーソンズ、ルーマンと継承される「社会(秩序)はいかにして可能か?」という問いが代表的だ。 

この社会の社会性を問うという思考伝統は重要だ。社会について考える上で不可欠だ。
だが、社会学は社会学で、現実的な分析手法や政策的コミットメントに体する意識があまり高くないという問題もある。そして社会学も政策学も既に学問分野として1人で両方を習得するには相当な広がりを持つ。

では、どうすればいいか? 話は簡単だ。社会学者と政策学者が 手を組めばいい。社会学者が把握した社会的課題の問題性に対して、政策学者が手法のストックから適切な手法を展開し評価する。結構いい考えじゃないかと思うのだけれど、現実にはなかなかハードルが高い。 
例えば、政策をやっている人間と社会学をやっている人間が出会う機会が少なかったり(所属学会が違うetc)、 何より社会科学では、複数の分野の人間によるコラボレーション研究は主流ではない。

比較的理想主義かつ楽観主義者なもので、 そんな理想を持ちつつ、ふらふら社会学会なんかでも発表したりしている(今年も 東北大行く予定です)ので、どこかでお目にかかった際には、社会学をやっている皆様もどうぞよろしくお願いします。
旧blogはこちらでした→
about me(2011/01/20現在)。

---
西田亮介

1983年 京都生まれ。
(学歴)
慶應義塾大学総合政策学部卒業。
慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了(修士(政策・メディア))。
慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程在学中。

(職歴)
2006年10月~2007年3月 慶應義塾大学SFC研究所研究員(訪問)。
20007年10月~2008年3月 楽天技術研究所客員研究助手。
2009年度 慶應義塾大学政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)。
環境貢献活動団体EcoSurfer戦略担当。
2009年度 サイバー大学メンター((株)日本サイバー教育研究所契約社員)。
2009年度 神奈川県「かながわの協働を推進する県民会議」委員。
2009年 東京工業大学世界文明センター「クール・ジャパノロジー国際シンポジウム実行委員会」委員。
2010年度〜 東洋大学経済学部非常勤講師。
2010年度 〜 文教大学湘南総合研究所準研究員。
2010年度〜 神奈川県「かながわの協働調査研究会」委員。
2010年度〜 独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー。
2011年度〜 デジタルハリウッド大学大学院非常勤講師。

実践としては、2008年度茅ヶ崎市役所発想支援ワークショップ、同産業活性化研究会、EcoSurfer、平塚商工会議所青年部会20周年事業などに関わってきました。

業績、職歴等の詳細は、Researchmapをご参照ください。



仕事の依頼、お問い合わせ等はこちら→
ryosukenishida[at]gmail.com
([at]を@に変えて下さい。)



MT4.1に移行した際に、ディレクトリ等が
おかしくなってしまったので、blogを新しく作りました。
旧blogはこちら→

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