昨日、イギリスより帰国した。長かったような短かったような不思議な旅だった。
イギリスで一番感じたのは、個人が個人として自由に生きているということ。他人と違っても迷惑を掛けていない限り、放置されるし、こちらも気にしなくていい、というか。その意味では、日本がずいぶん息苦しい社会に感じた。あまりに、同質的であることが求められるように思う。個人が個人であるためには、ある程度個人のタフさが求められるのだけど、イギリスはジェントルマンの国。街で重いトランクに苦戦していれば、若いお兄ちゃんがすっと手助けしてくれるし、街の人もみな親切。
もう少し話をひっぱれば、なぜイギリスでは、人が幸せそうに見えるのだろうか? もちろん、本当にそんなわけはないのは分かっている。少子高齢化は進行し、産業は低成長、若年層の失業率も高い。だけど、昼間っから年寄りも、家族連れもビールをひっかけ、タクシーの運ちゃんも、ホテルのお姉ちゃんも、バーのバイトのお兄ちゃんも、そして研究者も、皆いきいきと仕事をし、生活している。びっくりするほどに。日本とあまりに違う風景にショックを受けた。
ところで、アメリカの研究者は、「サイエンス」に特化していて、ヨーロッパの研究者はもう少し総合的な知のような形で研究に取り組んでいる、と言ったら大げさか?
ネットワーク・サイエンスの潮流。既に、ネットワークの基本指標を分析し、スケールフリーだ、スモールワールドだ、でOKだった時代は、終わった模様。これから必要なのは、基本指標の意味付けとネットワークのダイナミクスの分析、バラバシの講演でも出てきた「weal tie」の分析、ネットワークの生成原理と外部性の研究といったところだろうか。世界の動向を直接体験できたのはよかった。
帰国しても、特に感慨は感じない。梅雨前線が活発化しているため、快適だったこの時期のイギリスと比べると、格段に蒸し暑くて、雨が降っている。成田のキオスクのおばちゃんに話しかけられた。下町の感じを残した粋のいいおばちゃんだ。NEXの出発まで時間があったので、雑談した。いわく、こんなご時世なのに、海外に行くような金持ち会社の営業の連中は、キオスクでも領収書を発行している。バブルの頃はキオスクの仕事もお金になったけど、最近では時給も安くなって、まじめにやるとバカをみるんだ云々。
善くも悪くもこれが日本。うるわしきかな我が祖国。

