これまで何度か「『週刊東洋経済』が面白い」ということを書いた(例えばhttp://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/05/post-19.html)。
先週の2008年7/12号(目次はこちら→http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/2008/0712/index.html)も大変刺激的な内容だった。「地球はホントに危ないか? 経済で読む「温暖化の真相」」という特集でポスト京都議定書の検討や排出権取引、新しい環境ビジネスの取り組み等々大変刺激な内容だった。
環境対策ということで言えば、節約やLohasといった人の善意に期待する環境対策よりも、ビジネスや経済セクターを巻き込んで、イノベーションを活用する広義の制度としての環境対策に関心がある。節約やLohas的なライフスタイルによる環境対策は問題を先送りしているだけで根本的解決に結びつかないように思えるからだ。例えば、節約はごくわずかに石油の枯渇速度を抑えることに貢献するかもしれない。だが、そもそもエネルギー効率が他国と比べて非常に高い日本の現状を思い出せばその貢献度は極めて微々たるものだし、むしろ経済活動のシュリンクに結びつくのではなかろうか。経済活動の後退は、企業が社会貢献に投資できる余力を奪うことに繋がるかもしれない。
そして、人の善意に期待するタイプの環境対策は、「善意」というどこか得体の知れないひとつの概念に、人が集うなにかしらの気持ち悪さを拭い去ることができない。この手の方向性は、共感できない、共感はするが実行に移せる余力がない人間が多数を占める場合、その効果と実効性に疑問がある...等々の理由で個人的には、イノベーションと広義の制度の活用による環境対策にしかほとんど関心がない。
その意味で、大変興味深い特集だった。
そして、雑誌として『週刊東洋経済』の懐が広いな、と思うのは、以前も述べた通りこうしたアクチュアルな記事がいつも複数あることだ。例えば今回の号では、「経済を見る目」という連載の広井良典先生による「「いす取りゲーム」としての雇用」という論考も興味深い。日本において労働生産性の向上と労働時間の増大が掛け合わさることが、雇用のポスト減と過剰競争を招いているという議論だ。
「大学博物館という至福 静かに進む東大の試み」という大学に存在する活用されていない資料を活かすユニバーシティ・ミュージアムについての特集も、「イノベーションの担い手を育てる、という方向性をそろえる」という広告特集さえ面白かった。
若干ベタ褒め気味だが別に褒め殺しというわけではない。昨今、雑誌離れが加速している、と言われている。某論壇誌も近く休刊するとか。出版社や編集部にもいろいろ事情はあるのだろう。しかし、広告と企画広告だらけのコンテンツではなくて(特に同一の雑誌を、5年前の号と比べると広告の増加と内容が薄くなったことを実感するものが多い)、しっかり練られたクオリティのコンテンツを創っていれば、自然と活路は見出せるんじゃなかろうか(『週刊東洋経済』が売れているのかどうかは良く知らないけども...)。

