『シリコンバレー精神』

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移動中に駅前の書店でたまたま電車内で読む何かを探していて、ふと目にとまりそのまま興味深く読んだ。梅田は「シリコンバレー精神」について次のように定義する。

「シリコンバレー精神」とは、人種や移民に対する底抜けのオープン性、競争社会の実力主義、アンチ・エスタブリッシュメント的気分、開拓者(フロンティア)精神、技術への信頼に根ざしたオプティミズム(楽天主義)、果敢な行動主義といった諸要素が交じり合った空気の中で、未来を創造するために執拗に何かをし続ける「狂気にも近い営み」を、面白がり楽しむ心の有り様のことである。
梅田望夫(2006)『シリコンバレー精神』筑摩書房p.276


本書を読んでいて、ふとSFCに入学したての頃を思い出した。SFCに入学したのは2002年。キャンパスができて約10年。いろいろなカリキュラムも固まってきてはいたが、同時にある種の硬直化も始まっていて、それを払拭するためSFC ver2.0というプログラムが走っていた。当時ネットバブルのピークは過ぎてはいたが、キャンパスにはその名残は残っていた。熱意と若さにあふれた人間が多数いて、至るところで異業種交流会や名刺交換会、勉強会と称したイベントが行われていた。

有名企業になった会社を生みだしたキャンパスということで、先輩たちにならって一旗揚げようと虎視眈々とねらっている熱気を持った人間が集まっていた。先にベンチャーを起こした先輩たちに企画書をプレゼンして、彼らのポケットマネーでイベントを打ったり、ベンチャーを起こす同級生や先輩も少なくなかった。もちろん、中には何年も留年してるような怪しげな連中もいて、それら全てがよかったのかどうかは分からない。しかし、SFC ver2.0の頃にはエネルギーがあった。少なくとも「SFCはただの高偏差値大学ではない」という共通了解が存在していたような気がする。

時は2009年。僕は未だに大学院生としてキャンパスにいるが、お世辞にももはやその熱気はない。昨年定期試験監督補助をした学部のベンチャー経営系の授業の人の少なさには、逆の意味で驚かされたものだ。もちろん、今でも面白いテーマで起業する人もいる。けれども、キャンパス全体を覆う熱気や怪しさは感じられない。別にそれがいいとか悪いとか、昔はよかったということではない。それはそれで一つの時代が終わったということなのだろう。そのようなことを、底抜けに明るい田舎町でありかつ競争社会でもあるシリコンバレーでの出来事を書き連ねた同書を読みながら思い出した。

既に個人的な感慨と錯綜しているが、特に気になった指摘をあげておくと梅田はリスクをとるためにこそ、セーフティネットが必要だ、と述べる。彼はシリコンバレーと日本の起業を比較して、前者は起業資金にベンチャー・キャピタルやエンジェルからの資金提供が中心になっていて、後者は個人資産を担保にした銀行等からの借金が中心になっていると指摘する。つまりシリコンバレーでは起業資金と個人資産が明確に区別されているからこそ、リスクをとることができるということである。起業が成功するまでに資金が尽きれば会社は解散するが、それは個人資産とは関係ない水準の話であるがゆえに一つの経験にすぎず、貴重な経験をしたとも言える。従って「失敗」によって、次の再チャレンジの動機が損なわれることはないというわけだ。他方で個人資産を担保に起業することの多い日本ではそうはいかない。失敗は事実上不可能であるがゆえに背水の陣で挑まざるをえず、リスクを取りに行き辛い。

この「リスクをとるためのセーフティネット」という発想は、あらゆる分野において日本で欠如している概念のように思う。起業に近いところで言えば、NPOや社会起業。はたまたこれから僕が進もうとしている学術の世界(というか日本における博士課程進学後の就職先の問題)も然り。

近日中にアップされるであろう先日の荻上チキさんによるインタビューの中でも、梅田望夫しかり、勝間和代しかり、ライフハック×自己啓発の文脈で日本を変えようとしているのだということが俎上に載せられた。本書からもそうした気配が多分に漂っている。だが、冒頭にも記したような文脈の中で大学生活を送った僕にとっては、その気配は決して忌むべきものではなく、むしろどこか懐かしく、心地良くさえあるのである。

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