2009年4月アーカイブ

知人が携わっているイベントの告知です。

B級グルメ全国No.1を決めるフードバトルが、神奈川県で開催されるにあたっての前哨戦という位置づけでもあるそうです。

僕も用事を兼ねてですが、遊びに行ってみようと思っています。

5/5~5/6:イベント 【神奈川フードバトルinあつぎ】

★小田急線本厚木駅近くの厚木公園で、県内の「ご当地B級グルメ」を集め、来場者の投票で一位を決める「神奈川フードバトルinあつぎ」が開催されます。

日時:5月5日(火)~6日(水) 10:00~16:00 (雨天決行)
会場:小田急線本厚木駅近くの厚木公園(通称ハトポッポ公園)厚木市中町3-7
内容:出店は、厚木の豚ホルモン焼き「厚木シロコロ・ホルモン」、パンに厚木名物の「とん漬」を挟んで味付けをした「厚木バーガー」など計20品です。参加者は各地の味が楽しめます。

お問合せ:厚木市商店会連合会 046-230-3159

公式サイト→
http://blogs.yahoo.co.jp/food_in_atsugi

神奈川県商店街連合会→
http://www.kenshoren.com/index.php?e=2397

宮台真司先生のエントリーによると、新刊の『日本の難点』の売れ行きが好調だそうである。

先日拝読したのだが、個人的な感想は「宮台真司 is back!!」。

先日の『思想地図』のイベントについてのエントリーでちょっと触れたように、個人的に評論家に求めるものは1)インデックス機能と2)文脈接続機能なのだけれど、メディア論、教育論、幸福論、米国論、日本論を同時に扱った、ひさびさに宮台先生の真骨頂ともいえる情報量とスピード感に満ちた作品である。

最近の宮台先生には各論を扱った仕事が多かったように記憶しているが、思えばもう6,7年前初めて宮台先生の著作を手に取ったとき、この決定的な情報量とスピード感、文脈接続の手腕に圧倒され心酔したものである。実証性や論理的精緻さとは少し異なるが、時代の文脈を念頭においてもとても重要な仕事であることは間違いない。宮台先生以降、東さんやcharlie(鈴木謙介)さんたちがそうした仕事を担っているが、彼ら自身も時折言及するように特に政治分野からは撤退気味で、個人的にはそれ以下の世代の評論家になると、ネットと教育、政治などをさまざまな媒体で繋いでいく荻上チキさんの仕事のような例外を除いて、ただ個別のコンテンツや媒体が対象としている人たちだけが存在していて、文脈接続という観点はすっぽり抜け落ちてしまっているように見える。実際、宇野さんと濱野さんの仕事は理解できるのだが、正直福嶋さんや黒瀬君の仕事となると、もはやほとんど理解できない。もしこのままの状態でいきなり評論家の世代交代が起きたとすると、人間としては二人とも好きなのだけど、残念ながら内容が理解できないというただひとつの理由によって、少なくとも僕はその市場の消費者から撤退することになるだろう(もちろんそれは大勢とは関係がないことだけれども)。

東さんは最近「批評とはなにか」などでよく批評の批評性についてよく言及されているが、実は意外と答えはシンプルで、評論家という独自の立場を「確保」するためには関心がなくても他の分野に目配りしてやっていったほうがメリットがある、というある種の損得の問題に帰結するのではないかという気がするし、個人的には『思想地図』やゼロアカを主催する東さんの振る舞いはそのようにも見える。

僕は研究者と実務家を目指しているわけで評論家ではないが、メタ視点を取ってみることはあらゆる分野で重要なことだと思う。ただし、メタ視点をとったうえで、再度コミットすることが必要だとは思うけれど。

少し話がそれたが、『日本の難点』について、どうやら「僕たちの好きな宮台真司が帰ってきた」といえそうである。

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早稲田大学文化構想学部の有志で作った、フリーペーパー『Re:ALL』vol.1が発行されました。

リアル製作委員会編集長の西山くんからいただいたメールによると、昨日の朝日新聞朝刊の教育欄で紹介されたそうです。

文化系トークラジオLifeがスポンサードしたそうで、裏表紙に大きな広告が掲載されています。

数年前に改組された早稲田大学の文化構想学部ですが、ようやくコンセプトが分かりました。かなり高いクオリティのフリーペーパーですが、初めてのフリーペーパー製作だそうです。ウェブもかっこいいですね。大学生のこうした活動を見ていると、僕もモチベーションを刺激されます。

公式サイト→
http://reall.nsf.jp/

リアル製作委員会のブログ→
http://bunkakousou.blog.shinobi.jp/

【お知らせ】宮台真司先生への質問募集中、だそうです。

主催者の方のひとりからご連絡いただいたので転載しておきます。

 下記アドレスにて質問を募集中。みなさんの質問をお待ちしています。

(受付期間:〜5月8日24:00)

Mjqq.abc@gmail.com

 メールに宮台さんに答えてほしい質問と一緒に、1.お名前(公開してもよいもの、仮名、ハンドル名など)、2.住所、3.性別、4.年齢、5.ご職業(所属)をお知らせ下さい。(書いていただける範囲で結構です。よろしく、お願いします。)

 プレゼントもあります。奮ってご応募下さい。詳しくはこちらをお読みください。


青山ブックセンター:『日本の難点』刊行記念 宮台真司トークショ-- 「日本の難点」 (本店:2009年5月10日)


http://d.hatena.ne.jp/Mjqq/20090510


キャンペーン公式サイトはこちら→

http://d.hatena.ne.jp/Mjqq/

『思想地図』関連のイベント、「ポスト・ゼロ年代の思想」に行ってきた。評論家の東浩紀さん、美術家、批評家の黒瀬陽平くん、文芸評論家の福嶋亮大さんの鼎談。

結論から先にいえば、出発直前にちょっと危惧したように、現代美術にも、アニメ、ラノベ的なものにも詳しくない僕にとっては、話されているコンテンツとその内容についてほとんど理解できないイベントだった。

現存するあらゆる問題を俎上にあげることはできないし、いろいろなリソースの制約が存在するとはいえ、東さん、宇野さんと継承されてきた「ゼロ年代の思想」を乗り越えるような「ポスト・ゼロ年代の思想」が十分に語られた場だったとは思えない。

後半東さんが宇野常寛さんを引きながら「戦わないことというのも、戦いにおける意見表明のひとつである」というようなことをいっていたけれど、これはやはりそのとおりで、批評のみならず資本主義社会のあらゆる事柄について言えよう。もちろん地域やコミュニティの問題も例外ではない。そして東さんも言っていたように、このロジックはかなり強い。

横槍ついでに、個人的な批評家観をまとめてみると、批評家というのは、コンテンツについて、1)特異な人称性のもと、2)インデックス生成機能と3)誤配も含めた文脈接続機能を有する仕事をする人なのではないだろうか。つまり学問や実証、科学的知識等々ではなくある種のたたずまいを背景に、一般の消費者が知りえない独自のコンテンツのインデックスと文脈接続に取り組む人と定義することで、例えば学者とは異なる批評家という独自の立ち位置が明確になるような気がする。さらに、これもやはり僕の乏しいアニメやラノベ観からの類推にすぎないが、映画や純文学と比べてコンテンツの絶対量が多くないポピュラーカルチャー批評を行う場合、インデックス生成機能では特異なポジションには到達しにくいので、誤配も含めた文脈接続機能がより重要になるのではないだろうか。

宇野さんの場合、立ち位置がロジカルに強いという点と僕のようなサブカルチャーに詳しくない人間にも理解できる有名な対象を扱うことで、誤配込みの文脈接続的な仕事を行っている点も特筆できる。その意味では、「批評とは何か」「批評家とは何か」についての問題について、もっと若手の批評家の人たちは真剣に考えなくて大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になった。

以下はとても個人的なことだけれど、打ち上げの3次会で(実は初めてお話させていただいた)福嶋さんとルーマンについて議論できたこと、かなり久々に藤田君、坂上君、峰尾君、村上さん、廣田さんなどゼロアカ関係の人たちと話せたことも有意義であった。ゼロアカは、なんというか平和な『思想地図』と比べてかなりハードな事態になった(なっている?)みたいだけれど、少なくとも僕の知っている数少ない同世代の書き手候補の人たちなので単純にイベントで勝ち残る、残らないと関係なく頑張っていってほしい。話を聞くに、人生は長いし目先のイベントで勝ち残ることも重要だがそれ以外のことも少し視野にいれたほうがいいのではないかともちょっと思ったけれど、これもまた余計なお世話なのかもしれない。

ここまで書いていて、思い出した。またしても超直近だけど、『思想地図』vol.2でデビューした入江哲朗くんが代表のソシオグラフィ研究会主催で今日も東さんと福嶋さんの対談が行われるそうです@東大駒場。

くわしくはこちら→

http://d.hatena.ne.jp/sociographie/

追記

東さんがコンテンツの話をしていても不思議と内容が理解できるのななぜかということを考えていてふと思ったのだけど、僕の印象では東さんは「〜ということが起きているのは、〜というコンテンツで、これは大事だと思う」という語り方をしていた。それに対して、福嶋さん、黒瀬君はわりと「〜というコンテンツの〜という点が、〜という意味で大事だと思う」という語り方をしていたように記憶している。

東さんの語り方では、コンテンツに依存しているように見えてコンテンツが事例になっているため(≒コンテンツの取り替え可能)、実はさほどコンテンツに依存していないのに対して、福嶋さん、黒瀬くんの語り方はコンテンツに依存しきっている(≒コンテンツの取り替え不可能)。だから内容の是非は検証できないが、少なくとも東さんの語りたい意図は、僕にも理解できるということだと思う。些細なことかもしれないが、結構重要な方法論的問題ではなかろうか。

昨日のイベントの告知たち→

http://www.nhk-book.co.jp/books/nhk_books/shisou/info01.html

http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090410/1239332942


超直近というか今日ですが、『思想地図』等々でお世話になったNHK出版さんのイベント「ポスト・ゼロ年代の思想」に行ってきます。

評論家の東浩紀さんと美術家、批評家の黒瀬陽平くん、文芸評論家の福島亮大さんが鼎談するそう。「ボスト・ゼロ年代の思想」というからにはコンテンツありきじゃなくて、僕にも理解できる話をしてほしいなあ。

告知たち→

http://www.nhk-book.co.jp/books/nhk_books/shisou/info01.html

http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090410/1239332942

一昨日、SFCで建築を専攻している院生の宮崎敦史くんとお会いしてきた。藤村龍至さんのブログ経由で、僕のことに関心を持ってコンタクトしてくれたらしい。彼は「小さいチームで、大規模で複雑な建築をつくる」ということに関心を持ちつつ、建築士の資格を目指して修行中とのこと。

「耳学問」なんて言われたりもするけれど、やっぱり業界のことは業界の人に聞くのが一番。僕は最近、立て続けに建築専攻の人たちと話して、建築業界の慣習についての素朴な疑問がいろいろと解消された(「ググれ、カス」は勘弁してください(笑))。

直接的、短期的なメリットはないかもしれないけれど、パースペクティブやバックグラウンドの異なる人と話すのはとても楽しい。異なる思考パターンを持っていたり、同じ対象について全く異なる捉え方をしていたりするからである。

先日は、遠く北海道のコンサルティング会社の方から、ブログ経由でコンタクトをいただいたりもした。誰も見ていないかのようで意外に見られている、この総表現社会。いろいろ言われたりもしているけれど、トータルで見れば選択肢が増えたことは間違いない。「昔はよかった」と個人的に思うこともあるが、具体的な活動や言説の水準では、事態を受け止めたうえで対策なり将来の展望なりを考えるほうがはるかに生産的だろう。懐古趣味は、厳しかろうが、どうしようもなかろうが眼前の「いま、ここ」の問題から目を背けているにすぎない。


大阪の下町から考える、というスタンスを徹底した、著名編集者の著作。内田樹さんの『街場の〜』シリーズの名付け親らしい。僕も18歳まで京都、大阪、奈良で育ったため、感情的には筆者の描写や考え方はとても親しみ深い。

本書ではグローバルなもの、新しいもの、ミーハーなもの、入れ替え可能なもの、に、ローカルなもの、古い町並み、イケてない(と思われる)もの、入れ替え不可能なものを対置してみせる。

いろいろなところで「僕はニュータウン的なものも結構好きです」というとちょっと驚かれることもあるけど、先の対立軸でいえば前者にあたるものは大好きである。普段から人と会う機会は比較的多いほうだと思うが、例えば休日には知り合いに誰にもあわず寝癖のままコンビニに行ってビールを買うとかそういうスタイルはよっぽど他人に気をつかわないで済む程ローカルな街に溶け込むか、匿名的な街でないと困る。特に幼稚園以後ニュータウンで育ったこともあり、どちらかというと後者のほうが性に合っている。

ただし重要な留保がある。そこにはいざというとき、接続可能なコミュニケーションが存在するか否かということである。伝統的なコミュニティの担った重要な機能のひとつに、接続可能なコミュニケーションを半強制的に担保するという面があった。その機能敵側面を改めて現代的に擁護するためには、コミュニティを方法論的に再解釈する必要があるように思う。『思想地図』vol.2でもこの問題に少し言及しているが、詳述はしなかったように記憶している。まだしばらくはかかりそうだが今準備している一連の仕事の中では、これらについても詳しく言及していく予定である。


先日、文化系トークラジオLifeに遊びに行ったときの感想をウェブで紹介していただいています。


http://www.tbsradio.jp/life/2009/04/life_19.html

葉桜

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つい先日まで満開だった桜の花は、すっかり散ってしまって葉桜になった。しかし青々と茂った葉桜を見ていると、これはこれで良い気がする。ふと足下をみると、やけにたくさんの蟻の巣ができていることに気がついた@SFCの休日の午後

『ワイアード』の創刊や(株)インフォバーンの設立を手がけてきた筆者がさまざまなデータに基づいて、既存メディア、特に雑誌メディアを中心に、「メッタ斬り」にした著書。出版業界を取り巻く周辺環境の変化や対応しようとしない(もしくは後手後手に回る)既存の大手企業について、気持ちいいくらいにやり玉にあげていく。

出版業界の企業の売り上げ額と企業数はロングテール的な様相をなしているのではないかと思われるが(注: 調べたことはない)、ヘッドに位置する大手企業が既得権益の重要な部分とその大くを握っているとき、そこが苦しくなった場合市場全体はどうなるのか、ということが、80年代〜90年代のIT業界の事例と比較すると特に興味深いかもしれない。

というのも、当時のIT業界でもヘッドに位置する企業とテールに位置する企業(=ベンチャー)の「交代」が起きたが、市場全体が拡大しているという今回のケースとの大きな違いが存在している。

しかも、IT業界では本当に「交代」が起きたのか、という問題も存在する。というのも、以前の大手企業も当時の勢いや覇権こそ失ったかもしれないが、IBMしかり、Dellしかり未だに大手企業として存在しているからである。

いずれにせよ、経営学的ケーススタディとしてはとてもinterestingなテーマだが、あまり傍観できる問題ではないということだけは確かなようである(なにかできることがあるかどうか、というのはまた別問題として)。

先日EcoSurferが「平成20年度かながわボランタリー活動奨励賞」を環境分野で唯一、受賞したことを各サイトのみなさまが告知してくださいました。それらのサイトを挙げておきます。

波伝説→
http://www.namidensetsu.com/top2/cate_envi/index.php?no=r544

とても詳しい情報を配信している波情報サイト。僕も携帯からいつもお世話になっております。

海岸美化財団→
http://bikazaidan.main.jp/?p=1842

神奈川の海岸清掃活動を主催する財団です。

藤沢市民活動推進センター→
http://center.f-npon.jp/staff/archives/2009/04/06-2150.php

藤沢市内の市民活動を、情報配信や複写機器の貸し出しなどで支援されています。

他にも告知していただいているかもしれません。
告知していただいたみなさま、ありがとうございます!

木曜日に後輩のSくんが、SFCで建築を専攻している学生を紹介してくれた。

建築士を取れるコースを履修しながら、社会科学系のゼミに参加していて、詳述は避けるが某社と組んで面白いプロジェクトに取り組んでいるそうである。

建築家の藤村龍至さんたちの試みも興味深く見守っているが、しかし批判的にというところがあるらしい。彼はおそらく藤村さんらよりもう10歳若い世代といったところ。「自分たちの創作について、自ら語る言葉を取り戻す」ということに対する志向性は共通するが、その形式は袂を分つといったところだろうか。この問題意識の微妙な差異もおもしろい。

以前も言及したような気がするが、実際に創作する人が自ら創作物に語るという営みは興味深い。さらにいえば、その言説が所属コミュニティ内に通用する言説にとどまるのか、そのコミュニティを越えて流通するか否かという問題もある。

建築士を目指すコースは、一連の不祥事以来とても厳しくなっていると聞く。そんな中で社会科学系のゼミにも所属し、さらに会社も巻き込んで独自のプロジェクトを持っているアクティブでSFCらしい学生にあえた気がする。頑張ってほしいし、これからもコンタクトを取って行きたい。

来週は同じく建築系の院生からコンタクトをいただいている。建築系の人と話すと、なぜかこちらのクリエイティビティ(存在するのなら(笑))も刺激されるような感覚があって楽しい。

『週刊SPA!』4/21号で、「[間違いだらけのエコ活動]が地球を壊す」という特集が組まれていた。市民団体などが「地球環境に貢献したい」という善意で取り組んでいる活動が、逆に環境負荷の高い結果を生み出している事態を取り上げている。取り上げられている事例は、「かつて鮭が生息したことのない川への鮭の稚魚の放流活動」、CO2吸収量が多いケナフの植栽活動、バイオエタノールの三つ。

個別の事例については、さほど詳しくないのでその賛否についてではなく、「地球環境に貢献したい」という善意で取り組んでいる活動が、逆に環境負荷の高い結果を生み出すということに関して言及してみる。

昨今空前のエコブームでなんでもかんでも「エコ〜」と名づけるのが、最近の流行りだが、ちょっと考えてみればエコとはなにかは良く分からない。大抵の「エコ」はおそらく英語のEcologyの略だが、Ecologyは「生態系」を意味するにすぎない。

僕も環境貢献活動にも携わっているのでいろいろとウォッチしているけれど、環境貢献活動に関わっている団体にはニューエイジ的な団体や70年代のヒッピームーブメントの名残も少なくなく、実証可能な根拠に乏しい活動も少なくない。その意味で、個人的には「エコ」というどこか曖昧模糊とした言葉は、あまり好きではない。ネーミングや語呂は悪くないけれど、だからこそ行政のウェブサイトや団体の活動報告書にまで、なんでもかんでもとりあえず「エコ」という言葉をつけるのは適切ではないだろう。

いずれどこかで詳しく述べたいとは思うけれど、社会問題としての環境問題(そもそも「問題」とされている時点で既に社会的な概念になっているのだけれど)と各種の環境の変化は別の水準の概念であるということだけは指摘しておく。例えば社会学者ニクラス・ルーマンはこの問題を『エコロジーのコミュニケーション』で詳しく説明している。社会学者のウルリッヒ・ベックの一連のリスク論も参考になるだろう。

また、同特集のコラムで環境ジャーナリストなる人物が「エコ3か条」として「大きなエコより小さなエコから」「いきなり始めるのではなく、徐々にはじめていくのがコツ」「エコは知ることから始めよう!」を掲げているが、これらは全く実効的な提案とは思えない。

それよりも環境問題に取り組むうえで重要なことは、

  1. 活動を外部から評価可能な形にしておくこと
  2. いろいろなアクターとコミュニケーションを取り続けること
  3. 活動について絶えずPDCAサイクルをまわし続けること
  4. 環境貢献活動の限界を踏まえた上で、それでもコミットし実践していくこと

である。日本の個々人の取り組みと現存の仕組みで地球環境の劣化の大局的な流れを変えることは、世界の人口分布や後発発展諸国の開発などの問題を念頭におくと、現時点では現実的とはいい難い。

しかし、このことは無駄だから何もするな、ということだけを意味するわけでは全くない。論理的に考えれば、現実を見極め(≒正しく評価し)、絶えず新しい効果的な仕組みや制度(=イノベーション)について、より実効的な方法を試行錯誤と創意工夫し、それらを広く周知し自分ができる範囲のことからコミットしていくということも帰結される。後者は、少なくとも僕の環境貢献活動についての信条である。

善意の市民活動を非難するわけではないが、その方法(How?)についてはまだまだ研究、改善の余地があることだけは間違いない。


昨日、一橋大学の大学院で思想史を専門にされている院生の皆さんに呼んでいただき、交流してきました。僕のように、研究にしても、各種実践活動にしても自分をコンテンツとしながらやっていくと決めた人間にとっては、各所から呼んでいただけるというのはありがたいことです。

7時くらいから終電近くまで、思想や業界動向にはじまり比較的とりとめのない話に終止しましたが、アイスブレイクとしてはよかったのではないでしょうか。やっぱりそうしたベースがあって、初めて重要な話ができるということは多分どこの業界でも同じでしょう。実はちょっといじめられるのではないかと身構えて行ったのですが、とてもコミュニケーション能力の高いみなさんでよくしていただきました(笑)。

フーコーを専門にされる方々で、付け焼き刃的にフーコーと関連の著作を5,6冊読んだのですがなかなか面白かった。自分の関心領域にひきつけていえば、フーコーの権力観とルーマンの権力観には通じるものがあるようにも思える。

これをきっかけに院生同士、特に「あちら側」にいくと決めた博士同士は特に交流していきたいものです。具体的に勉強会やプロジェクトなど面白いことをしたいものです。

明日と来週は、今度は建築系の方と会ってくる予定です。どんな話になるのでしょうか。僕も楽しみです。

『週刊SPA!』で批評家荻上チキさんの連載、「荻上チキのトラバルメーカー」が始まりました。赤木さんと隔週の連載みたいですね。

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20090415

初回は『ヤバい社会学』を取り上げていらっしゃいました。そういえば、この本、僕のようなフィールドワーカーにとっても(ギャングの抗争の模様を参与観察するという内容のみならず、この本がビジネス書として享受されるという事態も面白い!)とても面白いと思って取り上げてみたことがあったのでした。

チキさんの単著一覧 →



人間の意思決定は合理性のみに依存しているわけではないことは言うまでもないだろう。むしろ様々な非合理的な要素に、強い影響を受けている。そして、そのような人を惑わす非合理的な要素に存在する共通項を、優秀で安全運転に太鼓判が押されていたパイロットが引き起こした航空機事故のプロセスなどさまざまな事例を扱いながら論じていく。

本書は、最近流行りの人の合理性と非合理性を扱う本の一種といえよう。筆者は、オリ・ブラフマンとロム・ブラフマン。自律分散協調型の組織の強さをテーマにした『ヒトデはクモよりなぜ強い 21世紀はリーダーなき組織が勝つ』の筆者である。

非合理的な振る舞いは少なからず失敗や事故を引き起こす。だがこのご時世、非合理的な振る舞いが魅力的に見える瞬間が時折あるともいえるかもしれない。なにせ、非合理的な振る舞いは人間の特権なのだから。



コラボレーションと呼ぶのかどうかはまだちょっとよく分からない、というか明らかに気が早いのだけど、今週はほとんど面識のない思想史を専門にされているという一橋の院生の人たちに飲み会に誘われていて、その後週の後半には、後輩を介して建築系の学部生(確か)を紹介していただくことになっている。

また、他にもちょうど先ほど、知人を介して建築系の院生の方からもコンタクトいただいた。建築系の方がどうして僕に関心を持つのか、ちょっと読めないところもあるのだけれど、まちづくり関連かそれとも藤村さんの言説にコメントしたことだろうか。人が自分にどのように/どのような関心を持つのかということそれ自体は、たぶん誰しも少なからず興味があることだろう。

最近、『思想地図』のお陰か、批評家荻上チキさんに収録して頂いたインタヴューのお陰か、それともこのblogのおかげか面識のなかった方から連絡をいただくことがとても増えた。

声を掛けて頂くのはありがたいことだし、わりとコラボレーションとかネットワーク的なものの力を信じていることもあるので、これからも勉強会や飲み会、はたまたお仕事のお話などお気軽にご相談いただければと思います。

一昨日はNPO学会が主催する市民社会研究フォーラム@田町に行き、その後、先日EcoSurferが受賞した「かながわボランタリー活動奨励賞」の原資となる県の基金21の関係者の交流会@横浜に参加した。

前者は、服部篤子先生の「社会起業家入門」などのプログラム。欧米を中心に昨今メディアで頻繁に取り上げられるようになってきた社会起業に関する研究動向をご教授いただく。質問者を見ていると企業の方も結構来ていたようだ。最近、ところどころで代理店の方を見かけるが、今回も某大手の人が来ていた。結局、「革命」が現実的でないとするならば、現状を絶えず改善していくしかない。そのような前提に立つと、(既に大きな影響力を持つ)多様な参加者の関心を引きつけることはとても重要である。まだ、拝読していないが、大阪大学の研究チームの「世界の市民社会の動向」と日本総研の「日本のソーシャルキャピタルの現状」(ちょっと家に置いてきたので、精確なタイトルではないかもしれない...)の最新版が販売されていたので購入。今後の研究に役立つかもしれない。

後者では、「助成金、寄付金の集め方」がプログラムにあったので期待したが、相変わらず年配の参加者が多く、また既存の団体が成功例を語るだけで、僕らのような新規参入者の参考になる内容はなかった。メディアの使い方やいろいろなやり方を見るにつけても、世代的なギャップを感じざるをえない。社会貢献活動を現代的かつ実効的なあり方に刷新するには、若い世代にアピールし巻き込んで行くしかないという認識(まあ、誰でも思っているだろうから、How?が問題なのだろうが...)を改めて持った。

前者では研究者の視線、後者では当事者の視線でいたと思うのだけど、人の役割は環境に応じて変化する。さまざまな役割とパースペクティブを持ち、かつそれを適宜切り替えて使うことの重要さと強みは日々感じている。

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先日、自由が丘にて。

近くの無印でビールを買ってベンチで飲んだ。

ここ数年、この時期の恒例。

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宮台ゼミの後輩の石山将仁くんが代表を務める学生団体BUZZ!が制作したフリーペーパー『BUZZ!』の創刊号をお送りいただいた。

報知新聞社と組んだだけあって装丁も格好良く、かなり本格的な仕上がりとなっている。今回は裁判員制度について取り上げている。

「私たちが製作する根本には「何が公共的なのか」という問題意識があります。でも、特定の政治的な思想や活動を支持しているわけではありません。私たちに出来る公共的な事とは「考える為のソースを提供すること」だと考えています。」
『BUZZ!』創刊号裏表紙<BUZZ!活動方針>より


と活動方針に掲げているだけあって、今回も賛成、反対の意見に加えて、前提知識として宮台先生の法に関する解説も収録していて、裁判員制度に関して広く大学生たちの間に議論の場をつくりたいという思いが伝わってくる。島宇宙をこえて議論を喚起したいというアジェンダ・セッティングの試みといえよう。

欲をいえば、「公共性」について考える石山くんたちが、なぜ今「裁判員制度」に注目するのかという問題意識についての言明が欲しかった。それから構成的には宮台さんの解説があったうえで、賛成、反対の議論があるほうが自然な気もした。とはいえ、インタビューの細かい構成などもさておき、代表の石山くんは今年大学2年である。彼のような現役の学部生が志を同じくする仲間を、大学を越えて集め、資金を集め、アジェンダ・セッティングを試みるフリーペーパーを実際に形にしたことが賞賛に値するといえるしそのプロセスもまたさまざまな啓蒙の効果をもつことだろう。

僕も久々に後輩の活動から刺激を受けた。彼らの今後の活躍が期待される。

p.s.

『BUZZ!』に興味がある方は僕までご連絡いただければ、彼らをご紹介します。

先日、文化系トークラジオLifeの「Life存続サミット!」回の収録にお邪魔したときの模様がアップされています。

『2009年3月29日「Life存続サミット」Part7』↓
http://www.tbsradio.jp/life/2009/04/2009329part7.html

ちょっとだけお話を振ってもらったときの模様も収録されているので、ポッドキャストもぜひ聞いてみてください。

しかし、当日も思いましたが、収録中にスポンサーが決まったり、リスナーの方から真剣な収益の可能性についての投稿がよせられたり、はたまた遠方から自腹でかけつける方がいらっしゃったりとLifeはリスナーの方に愛されている番組ですね。

若手建築家の藤村龍至氏と若手建築家を中心としたroundabout journalによるインタヴュー集。

大変興味深く拝読した。昔から建築家が社会的な議論を展開しているということは、認識していたのだが、あまり親しむ機会がなかった。藤村さんは『思想地図』関連で何度かお話させていただき、一度は東さんや濱野さんと一緒にBUILDING Kを案内していただいたこともある。

BUILDING M日記 「2009-01-24 東浩紀さん・思想地図ご一行様 来訪」

そのとき以来、藤村さんたちが展開する批判的工学主義という議論に関心を持つようになった。寡聞にして体系だって解題された文献を知らないのだけれど、批判的工学主義とは、僕の理解では、工学の限界を踏まえた上で、あえて工学的手法を使っていく、ということであり、その具体的な方法論としての超線形プロセスがあるということのように思う。

しかし、本書ではこうした藤村さんたちの思考の軌跡というよりは、若手建築家の同時代的で多様な問題意識を浮かび上がらせることに主な焦点があてられている。こちらはこちらで、実際のクリエイターの人たちがどういうことを考えているのかを、僕らのような門外漢も窺い知ることができる貴重な内容になっている。実際、建築家ではない人を対象に、建築家が考えていることを伝えたいという試みだったようである。ただし、そのためには前提としてもう少し詳しい前提の説明が欲しい。どうやら建築の世界では、修士課程を卒業すると「〜設計事務所」という個人事務所を持つのが通例のようなのだし、また、建築の世界の師弟関係なども少し他の学問分野と違うような印象もうけた。こうしたことの意味が説明されているともっと深く話の内容を理解出来るように思う。けれども、島宇宙について、島宇宙の外に伝えようとする試みがなされているということ自体が貴重な試みといえよう。

ところで、直接お話したときから思っていたのだが、おそらく抽象的には「コミュニティ」の限界を踏まえた上で、手法としてコミュニティを活かすという僕の問題意識と藤村さんの持つ問題意識はかなり近い。批判的工学主義は、おそらく漸進的社会工学的な思考と接続するはずだが、こうした議論はコミュニティについても適用可能だろう。
ちなみに、批判的工学主義など藤村さんたち自身の思考については、筑波批評社による藤村さんのインタビューが一番体系だって藤村さんの思考を知ることができたように思う。

本当はここら辺の体系だった藤村さんの見解が知りたかったのだけど、ここら辺についてはおそらく次の『思想地図』vol.3に掲載予定の論文で論じられることだろう。僕にとって、本書は『思想地図』vol.3藤村論文の前提となる建築家の言説の片鱗に触れるいいウォーミングアップとなった。


『週刊ダイヤモンド』で社会起業家の特集をやっていて、思わず購入した。

現状から歴史、法制、多数の事例紹介もあり、日本における社会起業家についてざっくり分かるいい特集だった。この特集では、SFCが社会起業家育成に力をいれている大学ということでフィーチャーされていた。実際最近の社会起業家ブームの数年前から、ソーシャル・アントレプレナー教育に力を入れていたし、この4月から政策・メディア研究科(「SFCの大学院」という位置づけ)修士課程に社会イノベーターコースも新しくできたこともあり、先駆的な事例と言えよう。

しかし、『週刊ダイヤモンド』で言及されているような社会起業を実際に行う学生が増えたかどうかというのは良く分からない。例えば今回の特集でとりあげられていた社会企(起)業の事例は、社会起業関連の本ではおなじみの「いつもの事例」である。そうすると事態は、「社会起業家が増えた」ということではなく、「事業化に成功した社会企(起)業が増えた」ことであり、ボランティア、NPOに続く若い世代の社会貢献のスキームはこうなりそうだ、というコンセンサスが生まれつつあるという程度な気がする。

誤解を招きかねないが、社会起業に反対しているわけではない。個人的にはボランティアやNPOより、若い世代の感性にあったスキームだと思う。僕がコミットするEcoSurferも社会企業の一種といえよう。若い世代がさらに進出し、自由に試行錯誤と創意工夫を積み重ねる環境の整備が早急に必要であると言いたいだけである。その意味では、やはりSFCの取り組みは先駆的な事例と言えるのだろう。今回の特集に関して言えば、社会起業に実際に携わっている人と『週刊ダイヤモンド』を読んでいる人の間にギャップがあるような気がするのだけれど、実際に取り組んでいる人たちにもとっても今回の特集から学ぶことは大きい気がする。


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家庭教師で、補助教材を使いながら小学生に英語を教えている。

その中でアルファベットや「This is a pen.」クラスの英文をCDの発音に続いて、彼らと一緒に発音しているのだが、侮るなかれこれが意外と僕にとっても勉強になっている。

市販の教材の付録CDは、簡単な文章だがネイティブ・スピードで発音する。もちろん文章は簡単すぎるのだけど、一緒になって発音しているとアクセントの置き方など細かいところに新しい発見がある。勉強するきっかけは意外なところに転がっているものだ(まあ、僕の英語運用能力の問題かもしれないが...)。物事を分かりやすく説明する力も8年程の塾や家庭教師での経験によって養われたと思う。

ところで、ニュースではゆとり教育の転換が話題になっているけれど、ちょろっとその補助教材を見せてもらった(写真は東京書籍の小学三年生向け算数の補助教材)。なんというか内容的には教科書と大差なく、この補助教材の存在意義は良く分からない。というか、付け焼き刃で作られた感がありありと出ている。

日本の小学校の教育課程には、内発性を促進する積極的プログラムが乏しいが、脱ゆとり教育は、授業時間数のちょっとした増加やおまけみたいな補助教材の導入ではなく、早急に内発的な学習を促進するプログラムへの転換を行う必要があるだろう。そもそも「ゆとり教育」でさえ本来の目的のひとつは、そうしたプログラムの導入だったのだから。

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随分暖かい一日だった。普段運転する時間がわりと長いのだけど、窓を開けて運転するととても気持ちがいい。桜は満開で、ということは逆にいえば、今年の桜もあと数日ということか。

今学期、SFCの学部の科目(創造技法科目)で、井ノ上達矢先生による「出版編集技術」が開講されます。井ノ上先生は、現役ばりばりの『中央公論』の編集者です。

定員(選抜あり)、課題ともになかなか厳しい科目になりそうですが、出版業界やメディア志望の人にとっては、とても実践的な科目ですので、該当する人はぜひ受講してみてください。

昨年度の井之上先生による「ライティング技法ワークショップ」に引き続き、僕がTAを務めさせていただくことになりました。商業出版の世界に半歩足を踏み入れた人間として、そんな経験も踏まえてお手伝いができればと思っております。

それにしても、このような実践的な科目を履修できるのもSFCのいいところですね。

講義案内はこちら↓

http://vu8.sfc.keio.ac.jp/course2007/summary//class_summary_by_kamoku.cgi?yc=2009_31247&ks=10200&cat=&g=0

昨年度は多くの皆様のお世話になりました。

昨年度は、商業出版の仕事をさせていただくようになり、また、EcoSurferの活動では、神奈川県のかながわボランタリー活動奨励賞をいただきました。また、このブログも昨年5月に旧ブログから移行して約一年ですが、一日当たり100件近いページビューにまで成長してきました。これも多くの皆様のお力添えあってのことです。

昨年度もいろいろと環境が変化しましたが、今年度はさらなる飛躍の年にしたいと思っております。既に新しい仕事をはじめており、新しい展開もいろいろと準備していますので、一部につきましてはそれほど遠くない時期にお知らせできる日も来るかと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします。

すっかり遅くなってしまいましたが、新年度のご挨拶とさせてください。

『リ・ジェネシス』のシーズン3を全部見終わった。

以前にも書いたことがあるけれど、派手さはないけど良質なサイエンスドラマである。特筆すべきは、サイエンスドラマでありながら、科学が話題になっているだけでなく、人間関係にまつわる感情のフックの設定がとても豊かであることだ。男女、親子、同僚、友人、恋愛、同性愛、さまざまな設定があるのだけれど、押し付けがましくなく視聴者に考えさせるつくりになっていて、さすがメディア・リテラシー先進国カナダのプログラムだと思った。過激なブッシュ批判言説なんかが、随所に織り込まれている点も目を引く。ところで、最近の日本の「サイエンスドラマ」といえば、もしかして『ガリレオ』とかになってしまうのだろうか...

しかし、『ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ』の次のシーズンも6月公開予定だし、チェックしてる海外ドラマが全て「待て」状態になってしまったw

公式サイトはこちら。
http://www.regenesis.tv/

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駐車場の近くに、つくしが生えていた。冬より春のほうが、自然にはいろいろと分かりやすい変化がある気がする。

集合行動を対象に、文理双方の概念を紹介する著作。

昨年イギリスに行ったときに、同書の英国版(著者のPhilip Ballはイギリスのサイエンス・ライター)を手に取った。しかし、ホッブズのリバイアサン、理系では熱物理学の考え方から、コンピュータ・シミュレーション、ネットワーク、べき則まで論じる約600ページの分量に圧倒され、読み切るまでに随分時間がかかった。

知らない分野の話を、大量に英語で読むのはなかなか厳しい。歯ごたえがあるものを一冊一冊読破していくことが、院生という修行中の身にはふさわしいか。しかし、洋書にはときどきあるけど、日本の著作には、なかなか古典的な社会科学の議論から新しい科学の話までを対象とする著作は少ない(強いて著者をあげれば、松岡正剛とか茂木さんとかなのかな。)。

チキさんに収録してもらったインタビューでもちょっと話題にあがったけれど、日本では専門家は専門のことだけやってろという圧力が高いからだろうか。

ちなみに冒頭に比べて、結論が分量も少なく尻すぼみなことだけが残念。せっかく文理双方からいろんな概念を紹介したのだから、それらを総合して論じきってほしかった。だが、そこを差し引いても、最近流行ってる集合行動の前提の概念を知ることができるよい本だと思う。

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瀬谷の海軍道路に桜を見に行ってきました。まだ4分といったところでしょうか。近くの瀬谷の在日米軍基地も開放されてて、気持ちのいい公園です。週末には桜祭りも行われるようですが、花見のピークを迎えるのではないでしょうか。

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