本書はフローレンス代表の著作。79年生まれとあるから、かなり近い先輩筋に当たる人だ。残念ながら、在学時期は重なっていないが、この著作のある種の雰囲気から、入学した頃のSFCを懐かしく思い出した。
彼は「フローレンス」という有名なNPOの代表だが、しかし本書はNPO論ではなく、ワークライフバランス論である。ざっくりまとめると、1)がむしゃらに頑張ることは意外と効率が悪いことが多くて、2)自分の周りの環境(特に「個人の幸せ」のようなもの)を自ら悪化させている、3)そこで、見える化とか在宅勤務とかその他合理化の手法を使って生産性を向上させることで、4)多様な生き方を可能にすることで、業務効率の改善と個人の幸せの追求を両立させよう(viva! ワークライフバランス)、ということを、主に自身の経験をベースに語られている。
この「合理化によって、業務改善と個人の幸せを両立させよう」という発想などとても共感する(しかし、やけに最近多くの論者が「ワークライフバランス!」と言うことに、なにか違和感を覚える)。
ワークライフバランスは間違いなく重要である。が、その前提のもとで、ワークライフバランスを導入するためには、その前段階として(願わくば、取り返し可能な段階で)、1)、 2)を経験する必要があるのではないか。そうでなければ、ワークライフバランスの必要性を内面化して理解することはできないだろう。最初から徹底的に合理化された環境では、うまく説明しにくいが、人はキャパシティを拡張できないのではないか。不合理な環境で暗中模索した到着点として、合理的な環境が整備されることが必要ではないか(しかし、合理的な環境が整備できるとは限らないから、言っていて空恐ろしい。というのも、今、自分が1) 2)の状態にあるように思うからである(笑))。
ところで思い出したのが、charlieさんの『カーニヴァル化する社会』である。第3次ベンチャーブームの頃に、「カーニヴァル化」を内面化したごく一部の世代(というか、そういう島宇宙があった)がいる。僕もその末端にいるといえるかもしれない。こうした雰囲気を内面化した世代は、ともすればとどまることを知らない自己啓発のスパイラルに巻き込まれ、ある種の自己啓発中毒になることがある、というようなことがcharlieさんの約5年前の「予言」だった。そうした雰囲気はあっという間になくなってしまったが、ある意味ではカーニヴァル化の果てに辿り着いたところが「ワークライフバランス」なのかもしれない。

